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第9話「預言者と魔女」(5)


 ティアルムの体が、炎を帯びた箒の一撃によって吹き飛ばされた。

 カーペットに叩きつけられたティアルムは叫び声を上げる。しかしその命の灯火が消える事は決してない。

 ヴィルフィは決してティアルムを殺すつもりはなかった。もちろんティアルムから女神に繋がって、ティアマットの封印された力のことを聞き出すのは大事だ。

 だがヴィルフィはこうも感じている。彼女は決して悪い人間ではない。

 確かにこちらを殺すために声を上げたのは彼女だ。ヴィルフィにとって自分が命を狙われるきっかけになったのは、この女の言葉である。もちろんそれがすべて狂言であったとすれば、ティアルムをここで殺すという選択肢も上がってくるかもしれない。

 しかし結局悪いのは、彼女を焚き付けた女神シゼリアードなのだ。ティアルムは女神に踊らされているだけの可哀想な存在で、世界平和を願っている気持ちは本物である。少なくとも先程の戦いを通じて、ヴィルフィは彼女の勇気を評価していた。

 ヴィルフィはティアルムに近付いていく。その最中に詠唱を行い、反抗すればいつでも攻撃を加えるという抑止力として、炎球を出現させた。


「さて、預言者サマよ。さっきも言ったけど、少し聞きてえことがあるんだ」


 魔女の真剣な表情に少し気圧されながらも、ティアルムは、ぎっ、とヴィルフィを睨んでいる。話すつもりはないのだろう。

 やれやれ、とヴィルフィはため息を吐く。どうやらまだ反抗の意志が残っているらしい。


(こちらが急いでいるのを知ってて時間稼ぎをしているか、あるいは――)


 ――死が怖くないか。

 どちらかと言えば後者だろうなとヴィルフィは感じていた。

 先程の戦いを通じて、彼女は自分の全てを賭けて戦っているように、ヴィルフィには感じたのだ。おおよそ女神に尽くして死ぬなら本望、といったところだろう。

 そういった相手は、こちらがいくら脅したところで絶対に屈したりはしない。殺してしまえば、明らかにこちらが不利になることもよく分かっている。

 そうすると、取るべき行動は一つしかない。こちらの内をそれとなく明かして、相手を納得させるしかないのだ。


「――預言者ティアルム、アンタは女神に仕えていた龍の存在を知っているか?」


「龍……?」


 ティアルムは睨みを止めることはなかったが、目の前の魔女から発せられた自分の知らない事柄に対して、思わず聞き返してしまった。

 ヴィルフィは彼女の食いつきに、まるで釣りでもしているかのような気分になる。


「そう。アンタはまだ幼かったかもしれないが、女神を敬愛してその命を尽くしていた龍がいたんだ。その龍は色々な事情があって、女神のもとを去らなければいけなかった」


 ヴィルフィは自分もここ最近知った情報を、女神の専門家であるティアルムに対して得意げに話す。

 一応、嘘は言っていない。もう少し分かりやすく言えば「女神に惚れた龍が女神の横暴さによって追放された」のだが、あえてその情報は隠している。ティアルムがそれを聞けば、龍も女神の敵であると思われるからだ。あくまで龍は女神のもとを”仕方なく”去ってしまったということにしたほうが、ティアルムは話しやすい。

 ティアルムは何か思い至るところがあったのか、魔女を睨む視線を一度外して、床を見つめながら口を開いた。


「……お父様から一瞬だけ、女神様に仕えていた龍の話を聞いたことがあります。といってもそれ以上は聞いておりませんが」


「だろ? ……んで、こっからが本題だ」


 やはり思い当たる節があったらしく、ヴィルフィの言葉が決して嘘ではないことをティアルムは察する。どうやら多少は話を聞いてくれるらしい。

 ティアルムは先ほど受けたダメージが残っているのか、まだ上半身を起こすことしか出来ないものの、体を魔女の方へ向けて話を聞く姿勢に入る。


「女神に仕えていた龍――名前をティアマットって言うんだけどな、彼はこの世界の地下深くで眠っていた。魔女の森が崩壊した時にアタシはティアマットと出会って、一通りの事情を聞いたんだよ」


「事情、ですか?」


「ああ、女神が実際にいて自分がそこに仕えていたって話もだけど、もう一つ――女神に会うためには、ティアマットの封印された力を解放する事が必要だってな」


「女神様に、会う……!?」


 ティアルムは驚愕の声を上げる。

 この世界に暮らす人々であれば、当然の反応だ。女神は地上に顕現することはなく、預言者を通じてのみこの世界に干渉する。

 それが目の前の魔女が言い出したことといえば、龍の力を目覚めさせて女神に会いに行くというのだ。その突飛すぎる発想に、ティアルムも疑いの気持ちが強くなっていく。

 だが、それと同時に魔女ヴィルフィの真剣な瞳を見て、彼女が本当の事を言っているようにも感じてしまっている。ティアルムには、彼女がどういう意図で自分にこれを伝えているのか分からなくなってしまっていた。


「……貴方はこの世界を襲う魔災を引き起こしているのでしょう? 仮に女神様と会えるよう、その龍の力を取り戻す方法を知っていたとしても、貴方に教えると思いますか?」


「まあ魔災の原因であることを否定する証拠は、今のところねえな。アンタが女神サマを信じてるのはよーく分かるから、これ以上真偽に対してとやかくは言えねえ」


「ではやはり貴方を女神様に会わせるわけには――」


「――じゃあ預言者サマにもう一つ質問だ。もし女神サマに仕えていた龍が、アタシのことを魔災の原因ではないと言っていたら、アンタはどうする?」


 自らの言葉に割り込んできたヴィルフィの質問が、ティアルムの心を外から見ても分かるほどに動揺させた。

 ティアルムにとって女神はもちろん絶対的な存在だ。彼女の言うことは全て正しく、彼女の言った通りに行動していれば世界は安永を保証される。

 しかし同時に、女神をかつて敬愛していた龍についても、ティアルムにとっては神聖な存在だった。

 目の前の魔女は嘘をついているように思えず、かつ父親からも龍の存在を少しだけ聞いたことがある。少なくともその龍の存在については、紛れもないものだろう。

 そうなると、ティアルムは自らの信仰している二つのものから、全く違うことを告げられているのだ。

 もしそんな事があった場合、ティアルムは――


「――失礼を承知で女神様に、真偽をお尋ねします」


 そうするほかは無かった。

 ヴィルフィは表に出さないように心の中だけで、ガッツポーズをする。ティアマットの名前を出せば、ティアルムは絶対に食いつくと思ったのだ。


「だろ? アタシは今まさにその状態なんだよ。自分が魔災の原因なのかも分からねえ、もしかしたらもっと大きな悪がいるのかもしれねえ。だからこそアタシは、龍とともに女神に直接会って、話をしたいと思ってる。――世界平和のためにな」


「……世界平和の、ため。なるほど」


 “世界平和”という言葉が、ティアルムのとどめになった。彼女の瞳はやはり警戒こそしているものの、先程の敵対心に溢れた睨みではなく、真剣に相手の話を聞こうとするものだった。

 わだかまりが解けたところで、ヴィルフィは本題に入る。ティアルムには多少ぼかしているが、ヴィルフィはティアマットの力を復活させて、女神に会いに行き、ぶっ殺す必要があった。そのための一歩目を、この預言者は掴んでいるかもしれないのだ。


「じゃあ質問に戻るぜ。アタシは女神に仕えていた龍ティアマットの力を――」


「――止まれ、厄災の魔女!」


 ティアルムとようやく有意義な話が出来ると思った刹那、魔女の言葉を遮る低いしわがれた男の声。

 ヴィルフィが振り返ると、預言者の間の入口から入っていく教団兵数人と、いかにも偉いですと言わんばかりの高年齢の男性一人が、ヴィルフィの方を睨んでいた。


「お父様!」


 ティアルムが男性に向かって叫んだ。

 ヴィルフィは預言者の父親についての話を思い出す。確か女神の天啓を聞いているのはティアルムだが、教団の運営を担っているのは先代の預言者であり、ティアルムの父親であるザペルという男だ。

 そしてティアルムのこの男への呼び方から、彼が先代の預言者で教団のトップ、ザペルに他ならなかった。


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