第9話「預言者と魔女」(2)
セネシス教の本部はスコラロス王国の王都内に位置する。ゆえに王都の警備は厳しく、怪しい者は誰一人として入れることは無いはずだった。
ヴィルフィもかつてトリンフォア村を出るために王都で金を稼ぐ必要があったが、その時もトリンフォアの人間ということでなんとか無理矢理入れたのだ。少なくとも厄災の魔女として名を馳せたヴィルフィを入れるほど門番も馬鹿ではない。今のヴィルフィが王都に入るには、騒動を起こすなど、多少なりとも強引な手が必要であるはずだった。
しかしヴィルフィは、顔と姿こそ暗い灰色の外套で隠しているものの、容易に王都へ入ることができていた。もちろん正式なルートではないが、王都は何やら混乱状態にあるようで外敵からの侵入を防ぐ壁が壊れており、ヴィルフィはそこからこっそり入ることが出来たのだ。
街に入ってみると、あちこちで建物が何か大きく重いものがぶつかったような壊れ方をしていた。街路もひび割れており、広場へ向かうメインストリートを中心に、その惨状はますます酷くなっていく。
「誰かに襲われたのだろうな」
肩に乗っている黒猫――ティアマットがそう呟く。
敵国の人間か、それともモンスターか。何かしらの襲撃者が王都を狙ったのだろう。
今の目的は教団本部にいるはずの預言者だとはいえ、流石のヴィルフィも街の様子が気になっていた。復興に勤しむ住民を一人見つけて、話を聞くことする。
「……すまない。旅の者なんだが、これはどうしたんだ?」
ヴィルフィはいつもと声色を変えて、中年男性に対して質問する。別に声がバレている訳では無いため、あまり意味のある行動ではなかったが、念の為だ。
瓦礫を片付けていた男性はヴィルフィの姿に少し怪しむも、旅をしている人間ということで納得したのか、腕を組んでヴィルフィの方へと向き直る。
「昨日、モンスターが襲ってきたんだよ。しかもただのモンスターじゃなくて、魔災によって凶暴化したやつだ。元騎士団長と賢者様が中心になってモンスターの親玉を倒してくれて、後は騎士団と戦える奴らで残党を狩って、なんとか返り討ちにしたってところだ」
案の定、モンスターだった。敵国からいきなり襲われるというのは、魔災に苦労する王国とその周辺諸国にはここ最近起きていないことだ。むしろここ最近激しくなっている魔災によるものだと考える方が自然である。
ヴィルフィはむしろ、”賢者”という言葉に反応していた。
リートが自分を討伐するために魔女の森へとやってきたとき、彼は迷っていたのだ。魔災の原因が本当にヴィルフィなのか、と。
ヴィルフィも彼に対して、幾つか意地悪な質問をした。リートはそれに対して、自分がこの世界の事を好きだという姿勢をずっと見せていたのだ。
そんな彼のことだ、王都がモンスターに襲われれば率先して助けに行くに違いない。ヴィルフィはリートの思考が手に取るようにわかって、心の中が少しだけ温かくなった。
「……なるほど、大変だったな。アタシに何か手伝えることはないか?」
ヴィルフィは男性に向かって、そう質問する。
本当は預言者に会わなければいけないはずなのに、気付けば自分も何かこの街に出来ることはないかと探していた。
「……うーん、手伝うなんて、旅人さんにそんな事はさせられないよ」
男性は困ったようにそう答える。ヴィルフィはしかし、その男性の視線をずっと追っていた。
目の前には瓦礫があり、それはおそらく男性が目を配らせた建物から、通りの向こうにある、瓦礫を集めている集積所へと運ぶものだろう。
ヴィルフィは建物の近くに少し寄って、その瓦礫に手の平を伸ばす。
「――運搬せよ、力持ちの小人よ」
そうヴィルフィが詠唱すると、瓦礫は一斉に空中へ持ち上がり、浮遊しながら集積所へと送られていく。
やがて全ての瓦礫が向こうに行き渡ると、ヴィルフィは再び男性の方を振り向いた。
「旅人さん、魔法使いだったのか」
「ああ、そうだ」
「そうかそうか。俺は魔法がからっきしだから、助かったよ、ありがとうな」
「気にするな。こちらこそ教えてくれて、ありがとう」
慣れない口調と声色で感謝を述べながら、ヴィルフィはメインストリートを離れて、教団がある方へと歩を進めた。
やがて男性の視線からヴィルフィが外れると、肩にずっと乗っていたティアマットが、不思議そうな表情でヴィルフィの横顔を見つめる。
「お前と出会ってあまり時間はないが、今の行動は意外だったぞ」
「あん? どうしてだよ?」
「女神嫌いのお前のことだ、この王国のことも嫌いなのだと思っていたのだが」
「別に、嫌いじゃねえよ。好きでもねえけど」
ヴィルフィは歩を進めながら、この世界に対して自分がどう感じているのか、頭の中で整理する。
自分は前世か今生であれば、間違いなく前世の世界の方が愛着があった。もちろんこの世界には魔法があって、それは理不尽に対抗するための手段であり、それはそれで魅力的ではある。それに比べて元の世界は、理不尽なことはたくさんあるし、それに対抗する魔法という手段もあの世界にはない。
それでもヴィルフィが――コトノがネムと一緒に帰りたいと願うのは、元の世界なのだ。
「ではどうして、あのような事をしたのだ?」
ヴィルフィの真意が汲み取れず、ティアマットはじっとヴィルフィの横顔を見つめながら、そう尋ねる。
ヴィルフィはティアマットの方を振り向くことなく、ただ真っ直ぐ、往く道をじっと見つめながら、口を開いた。
「そりゃ、アイツが好きな世界だからな」
「アイツ、とは?」
「昨日言ったろ? 賢者リートだよ。アタシはアイツのことが、好きなんだよ。好きなヤツの好きなものを大切にしようって、おかしいことか?」
ヴィルフィは少し顔を赤らめながら、そう答える。
ティアマットに対しヴィルフィは、自分の事情を全て話していた。こことは違う別の世界から転生したこと、そのきっかけがネムという少年がこの世界に転生したこと、そして自分がネムの事を好きだということも伝えている。
「……なるほどな」
そしてティアマットは、その話に対してちゃんと理解してくれる。
ティアマットは、いい意味で人間味があった。彼は一度、女神に恋をしているのだ。ヴィルフィの内にある恋心を語る上で、これ以上ない相手だった。
「しかしリートという少年の運命は残酷なものだな。この世界を愛しているにも関わらず、この世界を崩壊に導いている原因が彼自身なのだから」
「……そうだな」
ヴィルフィは表情こそ変えなかったが、この世界の残酷さに覚えた、悲しいものがその声色には含まれていた。




