表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/247

第8話「世界の底からの脱出」(4)


「……あ?」


 ヴィルフィが目を覚ますと、そこには巨大なドラゴンがいた。

 どんな攻撃も弾き返すほど硬そうな黒い鱗に、すべてを吹き飛ばしてしまいそうなほど大きい翼。四足で座っている龍は、黄色く鋭い瞳をこちらに向けて、じっと見つめている。

 ファンタジーに対する知識は最低限のヴィルフィでさえ、よく知っているフォルムのドラゴンだった。


「ようやく目を覚ましたか。私は待ちくたびれたぞ」


「いや、ちょっと待ってくれ」


 ヴィルフィは目の前の現実が理解できず、横になっていた体を起こしながら、痛む頭に手を添える。

 魔女の森で賢者と戦っていた自分は、魔災による崩壊に飲み込まれて、地の底に落とされた。なぜかは分からないが無事だった自分は、地底を歩いていたはずだ。

 そしてそこで出会ったのが、ヘルギガスというモンスター。しかもそれは魔災の影響によって凶暴化しており、致命傷を負ったもののなんとか倒すことに成功する。自分はそのまま意識を失って……という所まで考えて、目の前に座る龍の口調が、どこかで聞いたことをヴィルフィは思い出した。


「おまえ、アタシの声を使って頭に直接話しかけてきたヤツか」


「左様。姿を見せろと言われたのでな、お前の望み通り、こうして姿を見せているわけだ」


「……そんなこと言ったっけ?」


「覚えていないのか、まったく……」


 ドラゴンは呆れるように息を吐く。まさかドラゴンにため息を吐かれる日が来るとは、ヴィルフィも思っていなかった。

 ヴィルフィは体をドラゴンの方へと向け、あぐらをかいて座る。どうやら目の前のモンスターに敵対心はないらしい。もしあれば、ヴィルフィはとっくに彼の胃袋の中だろう。

 だが意識がはっきりしてきて、ヴィルフィはこれまでの経緯いきさつをもう少し詳細に思い出すことが出来た。

 このドラゴンは自分を「女神に仇なす者」と呼んでいた。それはこの地の底に落下するまでの間に、女神に対して喧嘩を売ったせいだろう。もしかしたら地上の事を何かしらの方法で知り、女神の天啓にある討伐する相手が、まさしく自分だという事を知っていたのかもしれない。

 どちらにせよ、このドラゴンは自分に関する何かしらの情報を握っており、そして別に敵対心は無いから、女神の遣いで自分を殺しに来たわけでもないだろう。


(……いや、むしろ”こっち側”なのか?)


 ヴィルフィは自分をじっと見つめる黒いドラゴンと、一瞬目を合わせる。

 彼はこうも言っていた。『お前は女神を殺すには相応しい存在だな』と。むしろこちらを応援しているような言い方だ。

 だとすればこのドラゴンは女神を殺したいと思っているか、あるいは女神など別にどうでも良いと思っているかの二択だろう。

 できれば前者であってほしいが、ここからは本人に聞いてみないと分からないことだ。ヴィルフィはあぐらをかいて敵対心が無いことをアピールしつつ、上目遣いでドラゴンを見つめた。


「なあ、アンタって女神のこと嫌いか?」


 ヴィルフィは率直にそう尋ねる。別にここは王国ではない、多少女神を冒涜したところで、厄介に絡んでくるヤツはどこにもいなかった。

 ドラゴンは少し困ったように目を背ける。意外な反応にヴィルフィは、俄然このドラゴンに興味が湧いていた。

 こころなしか目がキラキラしている魔女に対し、ドラゴンは答えを考えあぐねていた。しばらくして何かしら話す方向性が固まったのか、ようやくヴィルフィと目線が合う。


「……少し前の私は若く愚かでな、ちょっと頼りにされれば、ころっと惚れてしまうのだ」


「なんの話してんだアンタ」


 呆れるような表情で見つめる魔女に、こころなしか気まずそうな表情を浮かべる漆黒のドラゴン。


「女神――ここではシゼリアードと言っておこうか。彼女は見目麗しくてな、私は一目惚れだったと思う。そんなお方の傍に侍り、この世界を守ることが私の唯一の使命であり、彼女にアプローチする唯一の方法だった。……だがな魔女よ、人に限らず神でさえも外面で判断してはならない。シゼリアードは世界のバランスを引き換えに、一人の少年をこの世界に招き入れた。この世界が崩壊する事を恐れた私はシゼリアードに進言する、止めておいたほうが良いと。すると彼女は私を裏切り者だと、女神に仇なす者として地中に封印したのだ。その時の冷酷な表情と言えばもう……」


 すごく気まずそうに顔を背けながら、漆黒の巨龍は己の心の内を語る。

 ヴィルフィの頭の中が疑問符でいっぱいになったが、とりあえず整理することにした。

 このドラゴンは元々女神に仕えていたが、女神が一人の少年――これはネムのことだろう――をこの世界に招くことを決定し、それに反対したこのドラゴンは地下に封印されてしまったのだ。


「……つまりあれか、外っつらだけで好きになった女が、自分に気に入らない事を言ってきたから、嫌われて埋められたのか」


「端的に言うとそうだな……先程の質問に答えよう。私はあの女神が”大っ嫌い”だ」


 逞しく自信満々にそう告げる黒龍に対して、ヴィルフィは心の中でだけ、男子高校生かよ、とツッコミを入れた。

 とはいえこのドラゴンの言っている事には、幾つか大事な点がある。

 まずこのドラゴンは、”こっち側”だ。女神を殺そうとする自分の味方になってくれるだろう。もしかしたら殺す直前に過去を引きずる可能性はあるが、まあ説得すれば大丈夫のはずだ。

 そしてヴィルフィの中で、女神が本当に”故意に”ネムをこちらに招き入れたという確信が高まった。ドラゴンは女神が「世界のバランスを引き換えに、一人の少年をこの世界に招き入れた」と言っている。女神の行動は同じレベルの、それこそ他に神様でもいなければわからないと思っていたが、女神の関係者だったこのドラゴンの証言はかなり確証が高い。

 そこから更に言えることは、女神の意図をこのドラゴンは知っているかもしれないということだ。自分は推論こそして事実こそ正解できたものの、肝心の”どうして女神がネムを殺してこの世界に転生させたか”という動機の部分が全く分かっていない。

 もしかしたら詳しいことまで知っているかもしれない、そんな希望を持ってヴィルフィはドラゴンに質問する。


「なあ、どうして女神はその男をこの世界に転生させたんだ?」


「私が知るものか」


「だよなあ」


 まあ女神の決断に反対して閉じ込められた時点で、女神からそこまで信用はされていなかったのだろう。悲しい奴だなと思いながらヴィルフィはため息を吐く。


「……それよりも女神に仇なす魔女よ、お前はこれからどうするつもりだ?」


「アンタも知ってんだろ? アタシが今するべきは、女神をぶっ殺すことだって」


「……そうだな、ふむ」


 漆黒のドラゴンは金色の瞳でじっとこちらを見つめて、何かを考えているように黙っている。ヴィルフィも余計に言葉を挟むと機嫌を損ねるだろうから、黙ってじっとドラゴンを見据えていた。


「魔女よ、本当に女神を殺すつもりなのだな?」


 先ほど女神に惚れていた話をしたときとはうって変わり、低く芯の通った声で、率直に魔女へと問いかけていた。

 ヴィルフィは龍の金色の瞳をずっと見つめて、伝えるべき言葉を探っていく。質問の答えは聞かれる前から決まっていたことだが、この回答が今後の自分に大きく関わるような気がしたのだ。

 だが、ヴィルフィは魔女だ。それに執着心は強い方である。なにせ、恋した男子を来世まで追っているほどだ。

 だからこそ、一度決心した事は決して曲げようと思わなかった。


「――もちろん、この手で殺してやりたい」


 ふっ、と黒龍が笑った気がした。

 ドラゴンは翼をはためかせ、一声、地中全体に響き渡りそうな遠吠えを放つ。ヴィルフィは耳を塞ぐことはせず、風圧に帽子を飛ばされないよう押さえるだけで、後は黒龍の方をじっと見据えていた。


「――先程の戦いで放ったお前の叫び、私はいたく感動したものだ。あの女神にも届いているだろう」


「へっ、そりゃどうも」


「だからこそお前に、この世界の底から抜け出すための翼を授けよう。我が背中に乗れ、地上まで送ってやる」


 黒龍が首を自らの背中に向けて、乗れ、と合図する。

 言われた瞬間こそ少し戸惑ったが、それでもヴィルフィは黒龍の力を借りて、地上へ戻る選択をした。

 この龍は、モンスターとは言えども信頼できる……ヴィルフィはそう感じている。だからこそ仲間になれると、話していてずっと感じていたのだ。

 それに黒龍の力を借りずに地上へと戻るプランがそもそもない。自分が地上へ手っ取り早く戻るためには、やはり彼の力が必要だ。

 ヴィルフィは体をひょいと起こし、腕、肩を経由して、背中へと飛び乗った。隆起した背骨の凹凸に捕まり、ドラゴンがいつ飛び立っても良いように準備する。


「なあ、幾つか質問あんだけど。お前封印されたんだろ? ここから脱出できんのか?」


「丁度我が封印されし場所が地上で崩壊したのだ。お前が落ちてきたのもその穴だろう? ――ゆくぞ!」


 ドラゴンが翼をはためかせ、その巨体を一気に浮かせる。

 その風圧は地下にある魔石を砕くほどの力だ。龍の体は徐々に速度を上げていき、ヴィルフィを襲う風圧も厳しくなった。

 ヴィルフィは龍の背骨に捕まりながら、自分たちが進んでいる方向を見据える。

 邪魔する魔石は、時に風圧で吹き飛ばし、時に体に当たって砕け散り、時に黒龍から吐き出された青白い炎によって砕かれた。

 地上は未だ光が見えないほど遠い。しかし宙に浮いている魔石の通り過ぎる速度が、この龍のスピードを物語っていた。


「……なあ! もう一つ質問あんだけどさ!」


 ヴィルフィは体勢を低くしたまま龍の背骨を辿って、首の近くまで這ってくる。


「どうした!」


 ヴィルフィはようやく見えてきた地上の光に口角を上げて、龍へと大声で問いかけた。


「アンタの名前! なんていうんだ!!」


 地上の光が少しずつ、魔女と黒龍の体を包んでいく。


「私か! 私は、ティアマット! いずれ”神を屠る龍”になる名だッ!」


 ティアマットと名乗る黒龍は、口を大きく開きながら、こころなしか笑っているような表情でそう叫ぶ。

 地上の光が近付いてきて、ヴィルフィは眩しくなり少しだけ目を細めた。


「魔女! お前の名前も聞いておこう!!」


 ティアマットは目を前から逸らすことなく、大きな顎を開いてそう尋ねる。

 やがて大きな光が二人を包んだ。ティアマットの金色の瞳も光を吸収しきれず、目を細めてしまった。


「アタシか! アタシの名前はヴィルフィ! いずれ女神を殺すことになる”災厄の魔女”の名だッ!」


 ヴィルフィが口角を上げて、これ以上ない大きな声で叫ぶ。

 その瞬間、一体の巨大な黒龍が、大穴を抜け出し、崩壊した魔女の森の上空に舞い上がった。

 崩壊から免れた木々の木の葉が、風圧に飛ばされ紙テープのように舞っている。そして太陽の光は、地の底から生還した二人を祝福するように、燦々(さんさん)と輝いていた。



第8話「世界の底からの脱出」 (終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ