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第8話「世界の底からの脱出」(3)


(こんなところでアタシは、死ぬのか……?)


 ヘルギガスの強い握力で握りつぶされるように首を絞められているヴィルフィは、霞んでいく視界の中で、自らが死に向かっている事を察していた。

 魔石に貫かれた腹から血が流れ出ており、ヴィルフィの体を徐々に凍らせていく。

 致命傷ゆえ体に思うように力が入らず、首を絞められているせいで魔法の詠唱もできない。この状況から乗り切る方法は、無いに等しかった。


『女神に仇なす者が、こんなちっぽけな魔物ひとつ倒せないとはな』


 薄れゆく意識の中、突如意識に語りかけてくる言葉。それは口調こそ違えど、紛れもなくヴィルフィの声だった。

 ヴィルフィの声――先ほど魔石に映った自分がヴィルフィに語りかけた声は、失望するような口調でそう告げる。ヴィルフィはその言葉に対して、怒りとともに、どこか納得感を感じていた。

 確かにこの声の言う通りだ。凶暴化しているとはいえ、モンスター一匹倒せないようでは、女神を殺すなど出来るはずがない。それこそ自らは口だけの存在へと成り果ててしまうだろう。


『……本当に、お前は女神を倒すことは出来ないのか?』


 しかし頭の中で響く自らの声は、ヴィルフィへとなおも語りかけてくる。それは先程の呆れたような声色ではなく、自分を試しているかのような声だ。

 ヴィルフィは視界を黒く闇に染めていきながら、思考だけははっきりと繋ぎ止めていた。

 自分はネムを追ってこの世界に転生し、生まれの理不尽に耐えながらも、最終的にはこの世界の常識を覆すような能力を持った存在――賢者リートと互角に渡り合ったのだ。ガラリエという最高の師匠がいてくれたことも大きいが、自分は”世界をひっくり返すような能力を持っている”と言える。

 そう、それはまるでこの世界のことわりである、女神シゼリアードを殺すことも出来るのではないかと思えるような。


『お前は誰だ?』


 自らと同じ声は、答えが分かっていて確認するような声色で、ヴィルフィにそう尋ねる。


(――アタシは)


 自分とは何者なのか。いいや、自分とは何者であるべきなのか。

 こんなモンスターにやられるような、平凡な魔法使い。そんな脇役で終わることが出来るほど、ヴィルフィの心は大人びていなかった。

 

(――アタシは、魔女! 女神を殺し、自らの望むワガママを魔法で叶える、”厄災の魔女”だ!!)


 ヴィルフィの瞳に、炎が灯った。視界が一気に開け、彼女の視界は炎で満たされていく。

 くだらない死に方をするような、そんな魔女でいてたまるものか。前世で飛び降り自殺をして、この世界へ転生して、生まれの理不尽に耐え忍んで、ガラリエの優しくも厳しい修行に耐えて、大好きな賢者リートの前に立ち塞がった――それは、ここで死ぬためではない。

 ヴィルフィにはしなければいけないことがあった。ネムの命を奪った女神を殺し、ネムと共にもとの世界へと戻るのだ。


 ヴィルフィの心に再び、炎が灯った。

 そしてそれは、彼女の心象風景だけに留まらない。

 貫かれた彼女の腹部から流れる血が、まるで蒸発するかのように、火の粉へと変わっていく。

 火の粉はやがて灯火、そして火炎へとなり、ヴィルフィの体を這うように少しずつ包んでいった。

 そして首を絞めるヘルギガスの腕へと巻き付き、その毛を、筋肉を、骨を焼き尽くしていく。

 目の前で自らの腕が炎に包まれるのを見て、ヘルギガスはヴィルフィの攻撃を警戒し、一度自らの腕を彼女の首元から離した。

 だがその瞬間、ぼとりと重く柔らかいものが落ちる音。それは骨の髄まで焼き尽くされ、支える力を失ったヘルギガスの腕だった。

 ヘルギガスは自らの腕が落ちたことに対して驚愕の表情を浮かべながら、痛がる様子はなく、ヴィルフィの方へ眼を向ける。

 ようやく解放されたヴィルフィは、地面に足をつきふらふらと揺れながら立っていた。

 そして依然腹部に突き刺さっていた、長く尖った魔石に彼女は手を伸ばす。魔石を両手のひらで握り、ぐっと力を込めていく。魔石は少しずつ彼女の腹部から抜かれていき、同時に粘性の高い血液が地面へと落ちていった。


「ぐ、お、おおおおおおオオオオオオオオっ!!」


 まるで獣のような雄叫びを上げながら、ヴィルフィは自らを貫いた魔石を徐々に抜いていく。

 腹が燃えるように痛い。魔石と内臓がこすれるたびに、火傷した部分を更に焼かれるような痛みが彼女を襲う。

 しかしヴィルフィは、それでも魔石を引き抜くことをやめない。それは相手を威嚇しようとか、傷口が酷くなる前になんとかしようとか、そういった打算的なものではなく。

 ただその火傷のような痛みという”熱”を、”炎”を欲していただけだ。


「オオオオアアアアアああああああ――――――!!」


 続けて彼女の口から叫び声が発せられる。その声は世界の底にいても、天上の女神に届くような、世界を揺るがすような叫びだ。

 そしてその叫びが声にならなくなった瞬間、その魔石はヴィルフィの腹部から完全に離れた。

 吹き出すように飛び出る血飛沫。その飛沫は地面に落ちること無く、空中で火の粉となり、そして炎となってヴィルフィの体を包んでいった。

 致命傷を受けた自らの体から魔石を抜く痛みが、傷口が空気に触れる痛みが、ヴィルフィの心の奥底を点火する。

 そしてその炎の勢いで彼女を直視できなくなったヘルギガスは、まだ残っている左腕で炎の閃光からまなこを庇う。

 やがて彼女を包んでいた炎が収まっていき、ヘルギガスは再び目の前の敵へ眼を向けた。

 そこには、体のあちこちに炎を宿した、赤髪の魔女がいる。

 そして自分が開けたはずの腹部の大きな穴が、完全に塞がっている事にヘルギガスは気が付いた。

 モンスターと同じ再生能力……いや、傷口の再生速度を見れば、モンスターの再生能力よりも更に特化した何か。

 それはまるで、魔災によって”人間”が”能力”を手に入れたようだった。


 ヴィルフィは、右腕を横へ突き出す。そして血と唾液が混ざりあった液体を飛ばしながら、ほぼ叫びにも似た詠唱を始める。


「――生まれ変わりし我が命に宿る、混沌に満ちた輪廻の炎!」


 詠唱を始めたと同時、ヴィルフィの右手に顕現したのはほむらで形作られた一本の剣。

 それが詠唱を続けていくとますますその大きさを増していく。右手をゆっくりと前に差し出すと更にその勢いが増して、ヘルギガスから見るとヴィルフィの顔の右半分が炎に隠れてしまっていた。

 詠唱を吐き捨てるように告げたヴィルフィの口には、自らの血液が炎へと姿を変え飛んでいく。がなりと同時にその炎が一気に燃え上がり、更に剣を猛火へと仕立てていく。


「愚かなる女神に罰を下す、我がつるぎと為り給え!」


 そしてその詠唱を続けていくと、そこに出来たのは業火とも呼ぶべき赤白く光る大剣。ヴィルフィはその剣を重量を感じさせず片手で、しかし握る力は彼女の覚悟と比例して、剣先を立てるように構えていた。

 この魔法を、ヴィルフィは一度も使ったことがない。それどころか学んだことすら無かった。

 ヴィルフィが行っていたのは、自らの内側から紡がれた詠唱。すなわち、”どこの魔術書にも載っていない”魔法だ。

 かつて彼女の師匠ガラリエが彼女に伝えた、魔法は”核”を理解することが大事であるということ。それは魔術書を読んで魔法を使う上で大事であると同時に、その魔法が持っている強い”信念”を知ることとも繋がる。少なくともヴィルフィはガラリエと過ごした数年間、毎日それを欠かさずに行ってきた。

 しかし、もしその”核”と自らの”信念”を繋ぎ合わせることができれば。例えば転生を行ってきた自分の信念を、炎魔法の核である”誕生”と繋ぎ合わせることができれば。


「そして”厄災の魔女”と契約した冒涜なるつるぎよ、我が一部と為りてあまねく理不尽を切り開け――ッッ!!」


 それは自分だけの――理不尽を覆し自らの我儘わがままを貫くための、魔法となったのだ。

 ヴィルフィは右肩をぐっと前に出し体を捻りながら、剣を左肩の後ろから振りかぶり、ヘルギガスに向けて高く跳躍する。

 ヘルギガスはもう一方の腕で防御の姿勢を取った。だが、そんな防御はもはや彼女の魔法つるぎの前では無力だ。

 ヴィルフィは、目の前の相手を殺し、自らの信念を貫かんとする瞳で、剣を振るった。

 決して大きくなかったそのリーチが、爆発的に大きくなる。つるぎはヘルギガスの体を両断、それどころか一瞬で命を全身ごと焼き尽くす。

 ヴィルフィが着地する頃にはもう、ヘルギガスの体は炎に包まれて、その姿は毛一本見当たらなくなっていた。


「……はあ、はあ」


 再生能力レストアを持ち殺すことは絶望的だったヘルギガスを、見事倒したヴィルフィ。彼女は攻撃を終え地面へ着地したが、奪われた血液が多く、足をついた瞬間に崩折れてそのまま地面へ無抵抗に倒れてしまった。

 うつ伏せになった彼女の唇が、地面のざらざらとした摩擦で傷付いていたが、力の入らないヴィルフィにはどうすることも出来ない。


『……やはり私の思った通りだ。お前は女神を殺すには相応しい存在だな』


 そして満身創痍のヴィルフィに向けて、またあの彼女自身でありながら彼女の言葉ではない声が、朦朧とした頭へ鮮明に流れる。


「――けっ、応援、ありがと、よ。いい加減、姿、見せやが、れ……」


 息を切らしたヴィルフィの表情には、汗が滲み出し苦痛に呻くようなものが、隠す力も無く浮かんでいる。

 そしてその瞳が映している景色が徐々に暗闇に包まれていき、ヴィルフィは悪態を最後までつけずに、そのまま意識を失った。


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