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第8話「世界の底からの脱出」(2)


(くそ、なんだってよく分からねえ場所で、いきなりモンスターと戦わされるんだよ)


 目の前に突如として降ってきたモンスター、ヘルギガスと対峙しながら、ヴィルフィは口角を上げて強気な表情を浮かべる。

 心理的な余裕はないが、そのままモンスターにぶん殴られて殺されるのだけはごめんだ。ヴィルフィは右の手のひらをモンスターへとかざし、叫ぶように詠唱を始めた。


「生まれいでよ火炎の赤子共――ッ!」


 先手必勝、ヴィルフィの手のひらから火炎球が勢いよく放たれ、ヘルギガスへと直撃する。

 ヴィルフィの鍛え上げられた魔法ならば、これくらいの詠唱時間でもモンスターの身を焼いて瀕死にすることくらいは可能だった。普段、魔女の森を探索する時にも同じ姿のモンスターと戦ったこともある。決して無謀な相手ではない。


「なっ――!?」


 だがヴィルフィの眼が驚愕によって見開かれた。炎魔法を受けたヘルギガスの体は焼けて、毛が灰に、身がぼろぼろになっている。

 しかしその体が、ヴィルフィの炎魔法による白煙が晴れていくと同時に、少しずつ回復しているのだ。


(効いてないのか? いや、それにしてはちゃんと傷が見えたはずだ)


 ヴィルフィはヘルギガスと対峙し、警戒を怠らないようにしながら、相手の特性について推測する。

 同じモンスターでも何かしら特別な能力が付与されるのは、魔災の影響によるものだ。魔女の森は魔災による崩壊が起こったが、同時にそこへ住んでいるモンスターにも影響が出ているとすれば。


(……野郎、傷を再生できるのか)


 ヴィルフィは苦虫を噛み潰したように顔をしかめながら、一つ舌打ちを入れた。

 傷が再生する敵に対して、自分の魔法であれば何が出来るかをヴィルフィは考える。魔法を受けてもそこまで痛みを感じている様子は無かったが、ヘルギガスが不死だと決めつけるのはまだ早い。一撃で仕留める――それも致命傷という生易しいものではなく、確実に命を奪うほどの魔法を撃つことができれば、相手を倒すことが出来るだろう。

 ヴィルフィは魔法を唱えようと再び手のひらを前にかざし、詠唱を唱えようとする。


「――くそ!」


 だが先に行動を始めたのは、ヘルギガスの方だった。彼は前傾姿勢でこちらへと突撃し、一気に距離を詰めてくる。

 残念ながら防御魔法を唱える時間はない。だとすれば攻撃の回避が最優先だ。あんな筋肉質な腕で殴られようものなら、ひとたまりもないだろう。

 ヴィルフィは相手の行動――動き方の癖、力を入れている方向、目線を即座に理解する。

 そしてヘルギガスの拳がヴィルフィを狙った刹那、体勢をあえて崩してそれを避けた。

 くうを切ったヘルギガスの拳を流し見て、ヴィルフィは自らの手のひらをヘルギガスの顔へとかざす。


まばたけ星の鼓動よ!」


 その短い詠唱が生み出した魔法は、相手の目を眩ませるための簡単なものだ。

 だが視界を少しでも奪うことで、ヘルギガスには隙が生まれる。突然の強い光に混乱して腕を振り回しているヘルギガスから視線を逸らさず、ヴィルフィは後ろへステップし距離を取る。

 そして再び手のひらを前にかざして、詠唱を始める。


「大地に住まう尊き大蛇よ、その牙で彼奴きゃつの全身を噛み砕け!」


 ヴィルフィが普段使っているような魔法とは、詠唱の長さが違う。普段よりも長い詠唱が意味しているのは、目の前の敵を一撃で葬り去ろうとする意志の現れだ。

 詠唱が完了すると、突如ヘルギガスの周りにある地面が彼を囲むように隆起し、壁を作った。そしてその壁が勢いよくヘルギガスの方へと迫り、両側で彼の体を押しつぶす。それはまるで地面から突如現れた大蛇が、大きな口を開けてモンスターを食ったようだ。

 あの筋骨隆々なヘルギガスと言えど、押し潰されて圧縮されてしまえば一撃も免れない。仮に生きていたとしても、あの岩から脱出することなど不可能だろう。なぜならあの魔法はこれから地面に潜り、モンスターを地中に封じ込めようとしているのだから。


「――っ、マジか!?」


 しかしヴィルフィのその予想は、続けて空間に響いた轟音によって打ち砕かれる。ヘルギガスはヴィルフィの魔法を内側から砕き、破片を散らしながらほぼ無傷で生還したのだ。

 打ち砕かれ土煙を上げた魔法の衝撃に耐えつつ、ヴィルフィは驚愕の表情を浮かべる。

 魔災で凶暴化したモンスターについて、どれほど強くなっているかはなんとなくの想像がついていたはずだった。しかしその強さはヴィルフィの予想を軽く上回っている。

 ヴィルフィは思考を回していく。魔災によって凶暴化したモンスターは、世界に流れる魔力によってその能力が向上するのだ。だからこそ再生能力などの特殊能力がつくことになる。

 それならば、魔力が巡るこの地中において、その影響が強くなる可能性があった。魔力によってより凶暴化したモンスターの強さは、地上のものとは比にならないだろう。

 ヴィルフィは次の一手を考える。自らの魔法で出来ることは多岐に渡るが、生半可なものでは到底太刀打ちできないだろう。

 何か一つ巨大な魔法を唱えて倒す、種々の魔法を組み合わせて倒す、倒さずに行動不能にする……様々な可能性を土煙の中で考えるヴィルフィ。


 ――だが、そのヴィルフィの思考を一気に持っていくように、彼女の腹へ、尖った棒状の魔石が突き刺さった。


(……な)


 ヴィルフィは突如として起きたことに理解が出来ず、ただ自らの体の中をこみ上げてくる、火傷するように熱いものの存在を感じる。そしてそれは喉を焼き付きしたあと、血となって吐き出された。

 自らの手のひらで受け止めてようやく、ヴィルフィはそれが自分の血液であることを理解する。そして自分はどこかから飛んできた魔石に貫かれ、致命傷を負っていることも。

 突如として雄叫びが聞こえた。それはヘルギガスによるものだとすぐに理解するヴィルフィ。その声が耳をつんざいた瞬間、ヴィルフィの喉元に巨大なてのひらが迫り、握りつぶすような強い力で彼女の首を掴んだ。

 土煙の中からヘルギガスの体が現れる。彼はヴィルフィを掴んだまま走り出し、魔石の作り出す壁に彼女の小さな体を叩きつけた。

 押し付けられるような形で首を絞められるヴィルフィ。油断すると首の骨が折れてそのまま死んでしまいそうだった。


(こんなところでアタシは、死ぬのか……?)


 彼女の思考が、酸素と血液の欠乏によって徐々に霞んでいく。目の前には荒い息を吐くヘルギガスが、彼女を逃さないようにじっと眼を向けている。

 しかし腹に致命傷を負っている彼女には、力を入れて反逆しようというすべもなく、酸素も肺に届かないため魔法の詠唱さえできない。

 厄災の魔女に、絶体絶命の危機が訪れていた。


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