第7話「理想を胸に抱け」(7)
王都に暮らす住人たちは、逃げる暇もなく襲ってきた大群のミドルホーンに襲われ、為すすべが無かった。
メインストリートから少し離れた場所にある、魔法学校の通学路として使われている通りに、一人の男性がモンスターに襲われ逃げている。ミドルホーンと呼ばれているこのモンスターは、リートの世界で言うところの闘牛を少し小さくしたようなモンスターだ。彼らは直線的な動きをするため、横に避ければこの男性でもなんとか躱すことができる。しかし体力は向こうの方が上であり、いずれ追いつかれて撥ねられ、餌となるのが見えていた。
もう体力の限界、そう男が感じて脚がもつれ、盛大に転んだところを、ミドルホーンは容赦なく襲いかかってくる。
もはやこれまでかと思った刹那、横から一本の矢がミドルホーンの頭部を貫いた。
「大丈夫ですか!?」
矢を放った少女、ベールは男性へ駆け寄り、傷がないかを確認する。
ようやく助けが来たと感じた男性は、安堵のため息を吐いてベールの方へ顔を向けた。
「ありがとうな。でもモンスターは大勢押し寄せてきてる。騎士団も頑張ってくれちゃいるが、それでも収まらねえ」
「王都はどこも安全じゃないですよね。一体どうしたら……」
困り果てたベールに、他の場所で別のミドルホーンを狩っていたリートが合流する。
男性は大丈夫だと言いながら立ち上がり、駆け寄ってきた少年の顔を見て、驚いたように目を丸くした。
「賢者さま! 賢者さまが助けに来てくれたら、百人力だよ!」
「いえ……それより、何かモンスターに関する情報はありませんか? 僕たちも今知ったばかりで」
男性は頭を掻きながら、何かを思い出そうとしていた。
おそらく逃げるのに必死で、周りの様子を注意深く見ることが出来ていないのだろう。二人は彼の記憶が出てくるまで、緊張した面持ちのまま待ち続ける。
すると何かピンとくるものがあったのか、男性は「そうだ!」と大声を上げた。
「メインストリートに、大型のモンスターがいたような気がするぞ。こいつらと似たような四足歩行で角が生えてたから、きっと親玉だ」
「ありがとうございます! ……ベールはキャロシーと合流して、二人で町の人の救助を。僕はその大型のモンスターを追ってみる」
「わかった。気をつけてね」
リートはベールの言葉へ頷き、踵を返して王都のメインストリートへの道へと向かう。
王都の構造は至ってシンプルで、中央の湖の真ん中の島にそびえる立派な城とその城郭、王都を囲む防壁には最も大きな正門があり、広場を介して一本の直線で結ばれている。
その一本の直線が、王都のメインストリートだ。魔法学校は王都の東部にあるが、メインストリートは決して遠くない。
そしてリートが時折襲いかかってくるミドルホーンを倒しながら、ようやくメインストリートへと到達すると、広場の方に大きなモンスターの影が見えた。広場には女神像のオブジェがあるものの、それとはまた違う、丸いシルエットだ。
リートは襲いかかってくるミドルホーンを魔法剣で薙ぎ払いながら、中央広場の方へとたどり着く。
そこには今まで倒してきたモンスターよりも数倍は大きく、頭部から生えている角も立派なモンスター――ビッグホーンが足を地面に擦り鳴らしながら、鼻息を粗くしていた。
彼は広場にいる一人の男性を見つめている。その人物の正体は、リートもよく知っている男性だった。
「師匠!」
そこにいたのは、リートの剣術の師匠で元騎士団長であるグレンだった。
彼は自分の身の丈ほどありそうな大剣を右側頭部付近に両手で支え、その剣先を身長の三倍ほどあるモンスターに向けている。
「リートくん! どうして君がここに!?」
「助けに来ました。このモンスターがあいつらの親分ですよね、倒しましょう!」
「……そうだな。協力を頼む」
剣を構えるグレンの横で、リートも同様に剣を両手で前に構えて、ビッグホーンに対峙する。
モンスターは敵が増えたにも関わらず、その勢いを止めることはない。その場で四本の足を踏み鳴らし、地面を揺らし、時にひび割れを起こさせる。
そのぎろりとした眼がグレンと合うと、モンスターは彼めがけて突進を始めた。
グレンはモンスターの突撃に怯むことなく、一つ呼吸をして精神統一、そのまま目を見開いて剣を振るう。
「――ぐッ!」
グレンの持つ一本の大剣が、それよりも数倍大きいビッグホーンの突進を食い止めていた。
その刃はビッグホーンの体を両断するように向けられているが、しかしまるで硬い金属とぶつかったように、甲高い衝突音が聞こえる。
確かに相手は筋肉質だ。だが大型の剣を弾くほどの頑丈さを持っている筋肉などない。
(――魔法障壁か!)
リートはトレイスに学んだ、魔災によるモンスターの凶暴化の類型を思い出す。
かつてリートが幼い時にも対峙したことがある、泥のようなモンスターと同じ特徴だ。凶暴化したモンスターとしては典型的だが、魔法で障壁を溶かしてから修復するまでに倒すか、またはよほど強い攻撃を当てるしかない。
そうなると、自分の魔法剣が有効だ。グレンが防いでくれている間に、リートはモンスターに対して攻撃を仕掛ける。
「――なっ!?」
しかし突進が止められたビッグホーンは、その場で自らの身体を横方向に回転させ、その勢いのまま足踏みを始める。
巻き込まれれば吹き飛ばされてしまう行動に、リートは剣撃を中断する。
同じく巻き込まれるのを防ごうとするグレンとともに、バックステップでビッグホーンから距離を取った。
「師匠、相手は魔災の影響を大きく受けています。僕の魔法剣が効果的だと」
グレンは白髪交じりの茶髪が少し乱れていることも気にせず、ビッグホーンから目を逸らさずに口を開く。
「魔法障壁なら魔法が有効……だが先程のように暴れられると、そもそも近接攻撃が効かないと」
「ええ。ですから師匠が突進攻撃をもう一度防げるのであれば、それと同時に僕は魔法剣で相手を攻撃します」
グレンは相手から目線こそ逸らしていないが、ふむ、と何か考えている素振りを見せる。
師匠の様子を横目で眺めていたリートは、その考えている間に疑問符を浮かべる。
「師匠?」
「……いや、面倒だな。リートくんは下がっていなさい、万が一の事があれば対応できるように」
「どうするつもりなんですか?」
「まあ見ておいてくれ」
グレンはモンスターと対峙している所から初めて、ニッと笑みを浮かべた。
ビッグホーンは再び突進を繰り出してくる。その行先はリートとグレンを共に巻き込む方向だ。
リートはバックステップで一歩下がり、グレンの背中とモンスターの動向を注視する。何か師匠には秘策があるのだろう、あの笑顔を浮かべている時のグレンは本当に頼りになるのだ。
グレンは突進してくる自分よりも何倍も大きいモンスターへ、真っ向から剣を振り下ろす。
またしても金属のぶつかるような高い衝突音が聞こえた。そこから、ぎりり、とまるで鍔迫り合いをしているような音が続いていく。
そしてビッグホーンの勢いがようやく止まる。
「はあああッッ!!!」
その瞬間を突いてグレンは更に力を込めて、自らの何倍ものの質量を持ったモンスターを、下からの払いで宙に浮かせた。
突然宙に浮かされて動揺した様子のビッグホーンは、その短い四本の足では暴れまわることが出来ず、無防備に腹を晒す。
そのモンスターの腹を、グレンの大剣が狙う。口角を上げてにやりと笑いながら、グレンは大剣を握る両手の力を一層込めた。
「刮目せよ、これがかつて何物も貫く王国の矛と呼ばれた騎士の剣だッ!」
彼は両手で持った大剣の先端を、モンスターの腹部へと目一杯突き刺す。
まるで盾を貫く槍のように突き立てられた剣が、普通”魔法攻撃で解除するはず”の魔法障壁を貫いた。
モンスターの腹部はそのまま剣先に晒されて、刃に割かれていく。
(……すごい)
リートは自らの師匠の、その繊細でありながら非常に暴力的な攻撃に、惚れ惚れする。
リートだって剣を力任せに振るう事は出来る。魔女の森でヘルギガスを相手にした時、飛ばされてきた樹木を両断したときなどは、力任せに剣を振るった結果だ。
しかしそんなリートでも、魔災によって凶暴化し、魔法障壁を纏った相手を素の剣で崩したことは無かった。
もちろんリートとグレンでは体格差があるため、単純な力の差はあるだろう。
だが彼の剣は暴力的であっても、その中に秩序を感じる。単純な筋力の差だけでは語れないものを、彼の弟子であったリートは見抜いていた。
グレンは得意げな表情を浮かべながら、更に斬撃を加えるような形で大剣をモンスターから抜く。血飛沫がグレンへと降り注がれ、彼は出来るだけ獣の血を浴びないように素早く退散しようとした。
「――っ!? 師匠!!」
だが、それだけで戦闘が終わるほど、魔災によって凶暴化された魔物は甘くなかった。
「これは――っ!?」
リートの叫びに呼応するように、グレンは大剣を前にして防御の姿勢を取る。
グレンは降り注ぐ血飛沫が、何か蒸気のようなものを発している事に気が付いた。やがてその血飛沫は火炎となり、グレンの体を燃やしつくそうと襲いかかってくる。
「はッ――!」
炎の存在にいち早く気付いたリートは無詠唱で水魔法を放ち、消火を試みる。その炎は少しだけ勢いを減らし、グレンの身を焼き焦がす事だけは避けることに成功した。
グレンは再びリートと並び、ビッグホーンの状態を観察する。
また先程のように暴れまわっているモンスター。その体には炎を纏っており、彼が暴れることで広場にある植物に炎が移っている。それは隣の植物へと、倒れた商店に使われている木材へと広がっていき、あっという間に王都の広場へ炎の海を作り出した。
グレンとリート、そして目の前のビッグホーンが炎の中で対峙している。グレンの大剣が熱を帯びて、少しだけ赤く染まっていた。
「こいつめ、血液を炎に変えているのか!?」
グレンの言う通り、このモンスターが血を噴き出した瞬間、その血が炎へと姿を変えた。
この特性はリートも、様々なモンスターと戦ってきたグレンでさえも知らないものだ。ゆえにこの特性は、魔災によるものだろう。
「……第二形態、ってところかな」
リートはそう呟きながら、剣を握りしめる指の力をより一層強くする。
グレンは魔法を使うことが出来ない。ゆえに炎を纏うような相手であれば、自分が突破口を見つける事が大事だろう。
リートはグレンに目配せする。弟子の頼もしい表情に、グレンはふっと笑みを浮かべた。
「気をつけるんだぞ、リートくん」
「ええ、師匠も」
そう言葉を交わして、再び二人は炎を纏うビッグホーンと相対する。
業火の中で、凶暴化したモンスターとの二回戦が始まろうとしていた。




