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第7話「理想を胸に抱け」(4)


「リート、休憩にしよう。剣先に迷いが見える」


 白髪交じりだがどこか若々しい筋骨隆々の中年男性が、剣の鍛錬をしているリートに対して待ったをかける。

 今日は剣術の師匠であるグレンが久々にリートのもとへ来ていた。ここ最近は魔災によるモンスター退治、および厄災の魔女の対応など、騎士団を引退しても忙しいようで、中々リートは指南を受けることが出来ずにいる。

 そんな忙しい中で、合間を縫って来てくれたグレンに対し、リートは自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えていた。


「……すみません」


 剣を下ろし、俯いたままの表情でそう答えるリート。練習場所の草原は春風を受けて葉たちが音色を奏でている。

 リートはこれから自分がどうするべきかを迷っていた。簡潔に言えば、魔女討伐に対して積極的になるか、それとも魔女と和解して新たな解決策を練るか。

 リートとしては後者の選択をしたかった。厄災の魔女ヴィルフィは夢の中で女神から確認しても、正体はあのコトノだ。いじめられている自分を支えてくれた恩人を助けたいと思うのはごく自然なことだった。

 しかし預言者ティアルムや女神の……あるいはトレイスの言葉にも一理ある。魔災はこのまま放っておけば、被害者が増えていくばかりだ。ヴィルフィと和解して解決策を探るにしても、時間が経てば経つほど魔災の被害は大きくなっていく。

 王国近郊でも魔災による魔力崩壊が何度か起きている。リートが経験した中でもトリンフォア村と魔女の森の崩壊があり、後者はともかく前者は多くの人たちが犠牲になったのだ。

 ティアルムや女神の言う通り、魔災の原因となっている厄災の魔女ヴィルフィを討伐すれば、犠牲は少なくて済む。しかし厄災の魔女ヴィルフィはコトノだ、助けたいとも思う。

 二者択一の状況に迫られているリートは、あれほど普段扱えている剣さえも重く感じて、思わずその場に座り込んでしまう。

 グレンは白髪交じりの頭を掻きながら、ふむ、と考え込む。

 既に自分から剣術を教えることはないと思っていたのだが、どうやら今日は来て正解だと、弟子の姿を見てそう思った。


「一体どうしたんだ、リートくんらしくもない」


 自分の状態を見抜かれて、自分がこれほどまでに落ち込んでいたのかとリートは取り繕う。

 しかしその取り繕う笑い声さえ途中から消え去っていき、リートはため息を一つ吐き、自らの師匠にそれとなく相談することを決めた。


「師匠は、もし自分の大事な人が敵になって、自分と戦うことになったら、どうしますか?」


「例えば俺が騎士団に所属していて、敵国に恋人がいたら……って感じか?」


「そんなところです」


 グレンはあごひげを親指と人差し指でこすりながら、一度リートから目を逸らして考え込む。

 リートの質問の意図を掴みあぐねているグレンは、ひとまず聞かれている事に対して自分の率直な意見を述べることにした。


「敵国に恋人がいても、俺なら騎士団としての正義を全うするな」


「……それは、王国の敵だからですか?」


「半分正解だ。どちらかと言えば、俺の正義の問題だな。俺は騎士団の一員で、騎士団はこの王国を守る責任がある。たとえ俺個人にとっては残酷な結末でも、王国のためになるのであれば、致し方ないと思うんだ」


「そうですか……」


 リートはグレンの回答に、つい俯いてしまった。

 自分が欲している答えと違うから落ち込んでしまう、なんて幼稚な考え方があったのは否めない。それが信頼するグレンの言葉ならなおさらだ。

 自分はわがままだと心の中で自嘲するリートに対して、グレンはもう一つ声をかけるために口を開く。


「リートくんが今何を考えているか、俺にはわからない。……だが、大事なのは”自分がどうしたいか”ということだ。二者択一に迫られた時、リートくんならどうする?」


「自分が、どうしたいか……」


 リートは顎に指を添えて考え始める。このあたりは父親譲りで、そして我が父親はグレンに影響を受けてもいるのだろう。

 リートの目の前には、この世界の人々と、魔女ヴィルフィを左右に置いた天秤がある。

 その天秤が揺らぐことなく、水平になっていた。どちらかを押したとしても、天秤は上下に揺れて、最終的には元の場所へと戻ってきてしまう。

 リートにとっては、そのどちらもが大切なものだった。

 この世界が大好きだからこそ、世界の人を守りたい。

 魔女ヴィルフィ――コトノが大切な人だからこそ、彼女も守りたい。

 リートは俯いていた顔をゆっくりと上げて、目の前にしゃがみ込んで目線を合わせてくれていたグレンに、自らの瞳を向ける。


「……僕は、どちらも守りたいです。さっきの質問で言えば、この王国も、恋人も、両方守りたい」


 リートは、二者択一という残酷な選び方が、本当に嫌いになっていた。

 我儘わがままでも、青臭くても。大人になれなくたって良い。

 理想的な世界を創り出せない事に、苛立ちを覚えていた。

 グレンはリートの瞳の奥にある、微かに燃える炎を見逃さない。ふっと笑みを浮かべて、まっすぐにリートを見つめながら口を開いた。


「それがリートくんの正義なんだな」


「理想的すぎて、子供っぽいって言われそうですけどね」


「がっはっは、まあそうだろうな! 俺以外の大人たちに言ってみろ、呆れられるぞ! ――だがな」


 グレンはお得意の大笑いを見せたあと、その歯を見せて少年らしい笑みを浮かべながら、リートの胸に拳を突き立てた。

 その力が少し強くて、衣装越しでもわかる拳についた筋肉を感じながら、リートはグレンの次の言葉を待つ。


「――理想を胸に抱け。どんな現実に直面しても、理想だけは忘れるな」


 それは、グレンなりのメッセージだった。

 確かにこの世界には、自分の理想通りにならず、残酷な二択を迫られたり、選んだ結果に後悔しもう一方を選んでおけばと後悔する時もあるだろう。

 だが、二者択一に怯えてはいけない。自らが二者択一に慣れ始めた時こそ、人というのは理想を追い求める事を忘れてしまうのだ。

 グレンは騎士団を引退する歳で、久しく理想を追い求められていないだろう。それは既に面白くない大人になってしまったということだ。

 しかし目の前の少年は、まだ若い。青臭くても、机上の空論でも良い。理想を追い求めているのであれば。

 そういった奴らが、この国を、いいや世界をより良く出来るのであれば、グレンはそれでも良いと思っていた。

 そして目の前の少年は、実力としても理想を叶えるのに分相応だ。いつか彼がこの世界をより良くしてくれる事を願って、グレンは剣術の指南を再開する。

 剣先の迷いはまだ残っているが、それでも少しだけ、ほんの少しだけ迷いが晴れていることに、師匠としての役目を果たせただろうと、グレンは満足していた。


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