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第7話「理想を胸に抱け」(2)


 預言者ティアルムに報告をしたその後、四人は魔法学校のトレイスの研究室に集まっていた。

 自分たちが掴んでいる情報、ティアルムから伝えられた女神の啓示など、情報を一度しっかりと整理しようというのが建前だ。

 本音としては、ベールがリートの気を遣い提案して、トレイスとキャロシーがそれに同調したのがきっかけだった。


 今日は魔法学校は休校日で、高等部のような研究に従事している学生を除き、立ち入りは禁止されていた。

 ベールとリート、それからトレイスに関しては何ら問題はない。ただまだ中等部の年齢であり、そもそも魔法学校の学生でもないキャロシーは不法侵入だった。

 トレイスはその事に関して、何か問題が起きれば私が説得しておくと、自らの権力をフル活用するつもりでいる。最悪リートの賢者としての立場も使えば、全く問題なく説得できるだろう。

 おかげでトレイスが通っている研究室には誰一人としておらず、窓を開けても外から学生の声が聞こえなかった。


「……危なかったね、リート」


 沈黙を打ち破ったのは、トレイスだった。その言葉に俯きがちのリートが口を開く。


「本当にごめんなさい、トレイスさん。トレイスさんがいなかったら僕は……」


「気にしなくて良い。コネは使うためにあるものだよ」


 トレイスは相変わらず無表情で、リートの方をじっと見つめている。ベールやキャロシーのように、特に彼を心配している様子は無かった。


「っていうか、トレイス先輩ってどうしてティアルム様のお気に入りなんですか?」


 ベールがそう呟くと、キャロシーも同調したのか、うんうんと頷いていた。

 トレイスは頬杖をついて、窓の外に広がる空を眺める。そろそろ夕刻が近付いており、徐々に世界は茜色へ染まっていた。その茜はトレイスの水色の髪も、少しずつ暮色に染めている。

 トレイスのどこか物憂げな表情に、何か簡単には語れない、奥深い理由があるのだろう……そう推測したベールは身を乗り出して、トレイスの言葉を待っていた。


「……いや、なんでだろうね?」


「って、トレイス先輩も分からないんですか!?」


 ベールは盛大にずっこけた。コントのようなやり取りに、落ち込んでいたリートも思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「嘘じゃなくて、本当にどうしてか分からない。別に私は女神信仰ではないし、ティアルムに気に入られる要素なんかないよ。なんなら女神の言葉を信じる奴らくそくらえ派閥だからね」


「教団本部から帰ってきたらこれですか……」


 ベールは呆れてため息を吐くしかなかった。トレイスは頭をかしげている。どうやら本当になぜか分からないらしい。

 その様子を笑わずにじっと見つめていたキャロシーが、珍しく口を開いた。


「信仰していないからこそ、惹かれるものがあるのでは?」


「ふふふ、女神様の言葉を信じない面白い女として認識されてるのかもね」


「私も猫には懐かれませんが、それでも猫は好きですから」


 キャロシーは珍しく饒舌だ。この旅を経て、三人と親交を深める事ができ、緊張がほぐれたのだろう。リートは仲間としての彼女の姿に、微笑ましさを覚えていた。

 こほん、と一つ咳払いを入れるトレイス。そろそろここに集まった本題を話すつもりなのだろう。それが分かった三人は和気藹々としたムードを収めて、彼女の一声を待つ。


「さて、まずは確認。私たちはこれからするべきことは、本当に魔女の討伐?」


 トレイスがそう投げかけて、真っ先に反応したのはリートだった。

 しかしその反応はすぐに言葉にはならず、うんうんと悩むリートに対して、三人は彼の言葉を待つ。

 ようやく話したいことがまとまったのか、それともまとまっていないからこそなのか、リートは重い口をようやく開いた。


「……ティアルム様からは、引続き厄災の魔女の討伐を依頼されてるよね」


 三人はリートの言葉に何も返さない。それはこの場の全員がよくわかっており、次のリートの言葉を待っていたからだ。

 ティアルムから聞かされたのは、教団と王国が厄災の魔女の討伐へ動いていくこと。そしてティアルムからは、王国の味方として共に戦ってほしいとお願いされている。

 その場ではリートは肯定するしかなかった。彼女の変貌と、王国と教団を敵に回す事に対する恐怖心が、彼にそれ以外の選択肢を与えなかったのだ。

 だが本心は違う。ティアルムに一度反発したように、リートは魔女の討伐を望んでいない。

 それは魔女ヴィルフィがコトノであることが本当に大きかった。彼女の言葉によれば、決して望んで世界を破滅させようとしていないのだ。

 そうであれば、魔女ヴィルフィと敵対するのではなく、むしろ協力して魔災の対策に乗り出す方が良いと感じている。

 リートは、自らの本心をもう一度口に出そうと決心した。確かにティアルムの前で同じ事を伝える勇気はない。だが、いま彼の言葉を聞いているのは、彼の仲間だけなのだ。


「……僕はやっぱり、魔女を殺したくない。彼女と協力して、この世界を救いたいんだ」


 そのまっすぐな言葉に、ベールはうんと一言頷く。彼女のさらさらとした茶髪が、夕日に照らされて彩度を増していた。


「私も、リートの意見に賛成。キャロシーちゃんはどう?」


 ベールはキャロシーの方へと向く。彼女は判断に困っているようだった。

 キャロシーはトリンフォア村の出身で、魔女ヴィルフィの過去を知っている。キャロシーにとってヴィルフィはむしろ嫌悪の対象で、魔女がこの魔災の原因だと聞いて、すぐにリートへ同行しようと名乗りを挙げた。むしろ魔女討伐には肯定的な方だろう。


「……私は、まだ決断を下す事ができません。ですがもしかしたら、リートさんと同じ意見かもしれませんね」


 予想外の賛同に、ベールは驚きながら、どうしてと尋ねる。

 キャロシーは腕を組みながら、ふむ、と一つ考えを挟む。彼女のポニーテールが、朱色から吹く風によって、ゆらゆらとなびいていた。


「上手くは言えませんが、魔女ヴィルフィは自分たちと同じ、”人間”なんだなと感じたからです。トリンフォアで暮らしている時は魔導書を読んで魔法の練習ばかりで、村の大人たちから嫌われていることもあり、私も不気味に感じていました。でもリートさんへどこか深い愛情と、申し訳無さの感じられる表情を見たとき、自分の捉え方は誤っているのではないかと感じたのです」


 キャロシーが三人に伝えているのは、ヴィルフィが倒れ、彼女とリートが話している時の光景だった。

 彼女は二人のどこか底知れぬ絆に、魔女への考え方が改まっていたのだ。

 うん、と相づちを返したのは、意外にもトレイスだった。彼女は手を膝の上に置いて、少し背骨は曲がりながらも、視線をまっすぐリートへと向ける。


「キャロシーの共感が得られたということは、ここにいる全員がリートの味方になれるということ。もちろん私もリートの味方だけど、その前に一つ聞きたいことがある」


 トレイスはリートの方をじっと見つめている。その眼差しは真剣そのものだ。

 リートは唾を一度飲み込んで、トレイスの方を見つめ返した。


「今なお魔災に苦しんでいる人がいる。命を失った人も少なくはない。そして魔女の言葉を鵜呑みにするなら、彼女を倒せば魔災は止まり、人々の犠牲もなくなる」


 トレイスの瞳は、まっすぐにリートを捉えて離さない。夕陽が雲に隠れて、研究室が青い影に染められた。


「――魔女を一人殺せば、大勢の人間が救われる。それでもリートは、魔女を助けたいと願うの?」


 トレイスの声は、淡々としているようでいて、どこか熱の込もった、彼女の信念が隠れたもののように聞こえた。

 リートは頭の中で情報を整理する。確かに彼女の言う通りで、今なお魔災に苦しんでいる人々がいる中で、魔女をいち早く殺して魔災を止めることができれば、世界が救われるのだ。

 これはリートの前世で言うところの、いわゆるトロッコ問題だ。

 魔女を殺さずに協力して、この世界の崩壊を止める術を見つけることができれば、コトノを殺す必要はなくなる。しかしその解決策を考えている間にも、人々は魔災によって命を奪われていく。

 もし魔女を殺せば、魔災はこれ以上起こることがなくなり、魔災で亡くなるはずだった多くの人たちが救われることになる。しかしコトノは死んでしまうのだ。

 そもそも魔女と協力して根本的な見つかるものなのか、そもそも魔女が本当に世界を滅ぼす原因なのか、分からないことだらけだ。

 どちらが正解か、はたまた不正解かは、誰にも分からない。その中でリートは、自らの選択に後悔をしないように、決意を固めておく必要があった。

 リートはトレイスに意識を向ける。きっと彼女は優しさで、リートにそう問うているのだ。つくづく自分は仲間に恵まれているなと感じながら、リートは口を開いた。


「……僕のこの気持ちは、刹那的なものかもしれない。時間がないのは分かってるけど、少し考えさせてもらっても良いかな?」


 リートはまだ自分の想いに、ちゃんと向き合えていない気がした。だからこそ今とりあえずの答えを出すことは、自分を信じてくれている三人に申し訳ないような気がしたのだ。

 トレイスはその答えが分かっていたかのように、うん、と頷いてくれた。


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