第6話「崩壊する魔女の森」(4)
魔女の森から脱出したリートたち一行は、崩壊の届かないだろうと考えられる場所まで避難し、小川の近くでキャンプをしていた。
キャロシーは怪我が酷かったため、安全な馬車の近くでベールに治癒魔法による治療をしてもらっている。小川の奥からほのかに光り輝く植物が照らしていた人物は、リートとトレイスだった。
リートは少し考え込んでいる様子で、清流をぼおっと眺めている。
今日は衝撃の連続だった。魔女討伐に向かった賢者リートを待ち構えていたのは、自らを魔災の原因だと名乗る魔女ヴィルフィ。しかもその正体は、リートが前世で仲良くなっていたコトノだった。
彼女はどうして自分を追ってきたのだろうか。世界をどうして崩壊させようとしていたのだろうか。
そして彼女は、魔災に巻き込まれ、もう死んでしまったのだろうか。
様々な考えと想いがリートの頭の中で混ざり合い、整理に時間がかかりすぎている。そんな様子のリートを、横に座っていたトレイスが少し心配そうに見つめていた。
「――リートさんや、恋人のベールさんとはどこまでいったのかな」
「は――?」
トレイスの突然の言葉に、リートの思考の中では疑問符が一気に浮かび上がった。
“恋人のベールさん”とはどういうことだろうか。無表情なはずなのに、どこか少しニヤニヤしているトレイスに向けて、リートは呆れたようにため息を吐く。
「ベールは恋人じゃありませんよ、腐れ縁の幼馴染ってやつです」
「その様子なら、リートの方から告白しようとか、そういうのは無いんだね」
「そうですね、今のところは」
「ヘタレめ」
「……トレイスさん、なんだか僕とベールをくっつけようとしてません?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。私はいつだって中立でありたい」
どう見ても中立には見えない、と言うとどうせ反撃を食らうだけなので、リートはわかりましたと同調だけしておいて、ため息を一つ吐いた。
ただリートは、トレイスの突然の恋バナで、少しもやもやを忘れていた感覚がした。トレイスなりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「もしもの話だけど、リートが告白するとしたら、誰に告白する?」
「それって、もちろん愛の告白ってことですよね」
「もちろん」
「誰も選ばないっていうのは」
「なし」
「はあ……」
くだらない話だと思ったが、リートはあえて考えることにする。何も考えていなければ、今後の不安に押し潰されてしまいそうだった。
リートは頭の中に、今日仲間として戦ってくれた三人の女の子の顔を思い浮かべる。幼馴染のベール、先輩のトレイス、村の女の子キャロシー。
まずキャロシーは外した。将来大人になればきっと美人になると思うし、義理堅い本当に良い子だ。だがどうしても一人の女性として見るには、リートにとっては幼すぎる気がした。
次にベール。彼女はこんな自分を引っ張ってくれていて、ちょっと暴走することはあるかもしれないが、頼りになる存在だ。正直に言えば、自分の心の拠り所になっていることは否めない。でも彼女は一緒にいる期間が長すぎて、恋人というよりも、なんというか家族のような感覚があった。
そして最後にトレイス。魔災と関わっていたここ数日で、とてもお世話になっていた頼れる先輩だ。トリンフォア村での一件でも、魔女の森で凶暴化したモンスター二体に挟まれた時も、彼女に背中を預ける事には一切の不安がなかった。頼れる人なのは間違いないが、恋人という括りで彼女を見ると違和感が拭えない。
自分は仲間に恵まれている、それはリートが魔女の森から脱出するまでに、何度も感じたことだった。三人とも良い子で、容姿も可愛らしく綺麗だ。
だが告白して恋人になって……というのは、なんだか違う気がした。
「……やっぱり僕はヘタレみたいです」
「決められない?」
「そうですね。これは僕自身の問題だと思います。僕の仲間はみんないい子で魅力的です、トレイスさんも含めて」
「私は当然として、確かにベールも、キャロシーも、みんな可愛くて魅力的だと思う。……贅沢者め」
「なんか毒吐かれました」
「美しい花にはよく毒があるんだよ」
「今、自分のこと美しいって言いましたよね」
「それが何か?」
「いや、なんでもないです」
流石の自己肯定感だなあと思いつつ、リートはいつの間にかトレイスと視線があっていた。
そのターコイズブルーの瞳は、清流から溢れる幻想的な光に包まれて、透明感のある輝きを放っている。自らを美しいと自称しているが、やっぱりトレイスは可愛らしかった。
「じゃあ最後に、一つだけ質問しても良い?」
「何ですか?」
トレイスは何か思い詰めたように、小川の方をじっと見つめる。そしてそのまま視線をリートと合わせずに、小さく口を開いた。
「……厄災の魔女ヴィルフィにも告白できるとすれば、リートはどうする?」
その名前がトレイスから出てくるとは予想できず、リートは一瞬、息を詰まらせた。
トレイスの清流を眺める瞳はまっすぐで、真剣そのものだ。冗談で言っているようには聞こえない。どのような意図でその言葉を発したかわからないが、リートは彼女の言葉に対して、真摯に答えなければいけないと感じた。
厄災の魔女ヴィルフィ――もといコトノは、リートが前世で仲良くしていた少女だ。彼女はまっすぐで自分の信念を持っており、自分が好きな事に興味を持ってくれて、そして自分の小説を読みたいとも言ってくれた。
もし今もあの世界で暮らしているのであれば、リートはおそらくコトノの事を、好きになっていただろう。
確かに彼女は少し暴力的で、雑な部分もある。一度カバンの中から財布を取ってほしいと言われたとき、彼女のカバンの中身はぐちゃぐちゃで、探すのに数分かかることもあった。
だが、それさえも彼女の魅力だと感じられるほど、リートはコトノの事が気になっていたのかもしれない。
もし仮に前世がずっと続いていたとするならば、自分はコトノに告白していたかもしれなかった。
しかし、現実は違う。この世界に来て彼女が厄災の魔女ヴィルフィとなり、彼女が世界を滅ぼそうとしている。その意図すら分かっていない。
そして何よりこの世界には、新しく仲間が出来た。自分が知っている女の子だけでも、魅力的な子が沢山いる。
ベール、トレイス、キャロシー、そしてヴィルフィ。彼女たちから一人を選ぶことなど、できなかった。リートは前世で、ハーレムものの異世界転生ものを読んでいたが、今ならばそれに共感することが出来る。
リートが考え込んでいる間、二人の間には清流の流れる音だけが紡がれていた。トレイスはリートの様子を横目でちらっと見る。
トレイスは自分の質問に対する彼の反応に、なるほど、と納得感を得ていた。
自分、ベール、キャロシーという選択肢の中に、きっと魔女ヴィルフィが入っているのだ。彼らに何があったかは知らないが、悩んでしまうほどにリートと魔女との絆は深いものであると、トレイスは実感した。
トレイスはいっこうに答えが出ないリートに、申し訳ないことをしてしまったなと内心反省しつつ、立ち上がる。
「リート。ベールには先に言われたかもしれないけど、これだけは覚えていて」
彼女の行動にようやく思考の迷宮脱出を諦めたリートが、トレイスの方を見た。
トレイスの瞳は、まっすぐに力強く、リートの方へと向けられていた。
「……私はリートの味方でいる。たとえ貴方が世界から嫌われようと、私は貴方の味方になるよ」
それは普段から中立を好み、誰かに肩入れすることのない少女が発した、決意を持った告白だった。
第6話「崩壊する魔女の森」 (終)




