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第4話「女神に背く冒涜者ども」(6)


「滾れ火炎の赤子共!」


 ヴィルフィの手のひらから発生した炎は、斜めに傾いた放物線を描くように飛んでいき、少し離れたガラリエのもとへと飛んでいった。

 ガラリエに直撃した魔法が煙を上げる。その煙が晴れると、満足げな表情でガラリエが拍手をしていた。


「大丈夫か、師匠」


 ヴィルフィは自分の攻撃魔法が思ったよりも直撃したことに驚きつつ、ガラリエのもとへと駆け出す。

 ここはガラリエの家の近くにある、森の広場だった。ヴィルフィはガラリエの下で修行する時、この広場を魔法の練習場にしていた。もう既に三年ほどの付き合いだ。

 ガラリエは屋外用の椅子に座り、駆け寄ってきたヴィルフィの姿に口角を上げる。


「アタシの魔法防壁がアンタに破れるもんか。心配性だねえ、ヴィルフィは」


「まあ、師匠がこんな歳にもなりゃあな」


 ヴィルフィが腰に手を当てて呆れた様子を醸し出す。

 ガラリエの年齢はヴィルフィにも分からなかったが、どうやらかなりの年齢らしく、三年ほどでずっと立つことが厳しくなっていた。

 年齢に反比例するように、ガラリエの講義の時間は減り、ヴィルフィが自ら魔導書の研究および魔法の訓練をする時間が多くなった。ガラリエは「ある程度大事なことは伝えた」と話しているが、本当は年齢的に厳しい部分があるのではないかと、ヴィルフィは心配になっている。


「……もうアタシが弟子になってから、三年くらい経つのか」


 あの魔の森でモンスターから救ってもらった頃から、じきに三年が経つ。

 ヴィルフィの身長は、一般的な人間の女性と比較すると、少し高めに成長していた。体つきもどんどん女性らしくなり、胸元がきつくなって着れなくなった服が増えている。

 そしてヴィルフィの魔法は日々成長を続けており、二年経てば魔導書を一日五〇冊読破することが苦ではなくなった。今は実践の時間も多めに取り入れながら修行に明け暮れている。

 ヴィルフィは、この師と出会って本当に自分は成長したと感じていた。事実、使える魔法の幅も一気に広がっている。確実に力は付いてきているのだ。

 ただ、彼女がこの世界に来た目的――賢者リートと会ってどうするか、自分の存在が世界の滅亡に繋がっているかもしれないということに関しては、何も進展がなかった。強くなることは大事だとヴィルフィ自身は感じているが、それに対して自分の目的について何かしら考えなければいけないことも分かっている。


「なあ、師匠。一つ聞きてえことがあるんだけど」


 ヴィルフィは地面にあぐらをかいて座った。本当は魔法で椅子を持ってくることも出来るが、ヴィルフィにとって椅子は安定感に欠けているため、地面の方が心地が良い。

 ガラリエはヴィルフィの真剣な眼差しに、その笑みを止めて聞き耳を立てる。静寂が広場に広がった。


「師匠って、なんでこんな森に家出しようと思ったんだ?」


 それはヴィルフィがずっと抱えていた悩みだった。

 最初に出会った時には、”家出みたいなもの”まで聞くことが出来た。しかしそれ以降、魔法の鍛錬が大変でガラリエ自身の事については何も聞くことが出来ていない。

 ヴィルフィは何かの目的があってこの森に来たわけではない。でも、この世界に来た目的はたった一つ、ネムにもう一度会って元の世界に連れ戻すことだ。

 しかしこの世界にいるうちに、ネムがこの世界を好きになっているのではないか、元の世界に帰りたくなくなっていたらという、そんな想像に駆り立てられる事が多くなった。

 自分はネムからこの世界を奪う存在で、あの女神の言うことを受け取ればこの世界を滅ぼす存在であり、この世界を好きになってしまっているネムにとって、自分は害悪以外の何者でもないのだ。

 だから、この世界で初めて信頼できる人物に、師匠ガラリエの行動の動機を知りたかった。もし聞けば、何か突破口が見えたり、踏ん切りがつくかもしれなかったから。

 ガラリエは「さあて、どこから話したもんかねえ」と一度目線を逸らして、悩んでいる素振りを見せる。そしてもう一度ヴィルフィの方へと向き直り、ゆっくりと一息をついて、口を開いた。


「……まずアタシは、王国で生きることがもう出来ない人間なんだよ」


「どうして?」


「ヴィルフィ、”女神の天啓”って知っているかい?」


 ヴィルフィは眉をひそめる。この森の外にいた頃は、国のシステムとか情勢については全く興味を示さなかったから、彼女は世間知らずだった。

 そんな様子のヴィルフィにガラリエは数度頷き、また口を開く。


「我らがスコラロス王国の政治は、”女神シゼリアードの天啓”によって方針が定められる。要は女神の言葉を信じていれば、王国は正しい方向へと向かっていくはずだってことさ」


 ヴィルフィは転生前に出会った、女神のことを思い出す。奇しくもヴィルフィが知っている名前と同じだ。

 確かに女神がいるというのは本当なのだろう。本物の女神の言うことであれば、国が発展していくのも頷ける。


「女神の天啓は、セネシス教の最高指導者である”預言者”って奴が仲介して伝えられる。アタシが知っているのはいけ好かない野郎だが、今は流石に世代交代して、実際に予言を聞いているのは娘のティアルムってヤツだ」


「ふーん。でも反対するヤツとかいねえの? ほら、実際は予言なんて聞いてなくて、ホラ吹きながら政治の実権握ってるとか」


「いないことは無いだろうさ。実際どうだかも、アタシら一般人にはわかりかねる。……ただ歴史が証明しちゃってるからねえ。スコラロス王国は預言者から伝えられた女神の天啓をもとに、巨大な王国へと成長していった。セネシス教も国民から絶大な信頼を置かれて、精神的主柱になってるのさ」


「なるほどな」


 ヴィルフィは納得感を示して、うんうんと頷く。

 彼女が元々いた世界でも、宗教というのはあったし、歴史的にも重要な役割を持っていたことも授業で聞いたことがある。その究極に頼りきった形みたいなものが、今のスコラロス王国なのだろう。

 そして納得感を持ったヴィルフィは、ふと、自分の当初聞きたかった事を思い出す。


「それでその”女神の天啓”とやらで、どうして師匠が王国で生きられなくなったんだよ?」


 ヴィルフィの疑問に対して、ガラリエはまた一息吐く。


「アタシはね、その”女神の天啓”で処罰が決められた、悪い魔女なのさ」


「……は?」


 ヴィルフィはその唐突な内容に、疑問の混ざった驚きを隠しきれず、つい声を出してしまった。

 その反応が分かっていたかのように、ガラリエはもう一呼吸置き、話し始める。


「”女神の天啓”って言うのは王国を正しく導くためのものだ。そしてその天啓ってのは、もちろん世界に仇なす者をも告げる。そして槍玉に上がったのが、アタシってわけさ」


「ちょっと待てよ、別に師匠は何も悪い事をやってないだろ?」


「アタシはそのつもりだがね。でも女神の言葉は絶対なのさ。女神信者の奴らにアタシは処罰されかけて、命からがら逃げ出して、この森に住み始めた。以来、外には出ていないね」


「そんなこと……」


 ヴィルフィの言葉が小さくなっていき、広場に沈黙が訪れた。木々がざわめく音が大きくなり、世界が夕暮れの到来を告げている。

 ヴィルフィは納得がいかなかった。確かに自分はガラリエの事を何も知らない。本当に冤罪なのか、それとも極悪人なのかさえも。

 しかしガラリエは自分の事を熱心に育ててくれた。その気持ちは絶対に嘘ではない。であれば、彼女は王国全員から命を狙われるべき存在のようには思えなかったのだ。

 そしてヴィルフィは、女神シゼリアードの事を思い出す。彼女がガラリエを処罰するよう本当に言った理由は、ヴィルフィには皆目検討もついていない。そもそもその預言者の狂言である可能性もあるのだ。

 そんな理不尽に、このガラリエはこの人生で耐えてきたのだろう。納得がいかなかったヴィルフィは、ガラリエに対して一つ質問をするために、俯いていた顔を上げて、彼女に目を合わせる。


「なあ、師匠。師匠はその預言者のこと、恨んでるか?」


 ヴィルフィの質問に、ガラリエは珍しく驚いたように目を見開いた。

 揺れる手を乾燥した唇に当てて、ガラリエは考え始める。どうやら彼女でも、答えの出ていない結論らしかった。


「師匠?」


 ヴィルフィが声をかけた瞬間、ガラリエは魔女らしく口角をぐっと上げて、妖しげな笑みを浮かべた。


「ひっひっひ。そうさねえ。――こんな運命を下した”女神”のことが、アタシは一番嫌いだね」


 そうガラリエが呟いた瞬間、森が悲鳴を上げた。ヴィルフィはそれが黒い鳥の飛ぶ音だと、すぐには気付けなかった。

 口調こそ普段通りの様子だが、その声には複雑な感情が入り混じっている。その混沌とした声色は、悪い魔女が作る謎のスープのように、ぐつぐつと煮えたぎっているような感じで、ヴィルフィの体に鳥肌を立たせた。


「……本当に女神が嫌いなんだな、師匠は」


「そこは間違いないね。今のが女神様に聞こえていれば、アタシは今ここで雷に打たれて死んでるところだ」


 ヴィルフィが恐る恐る言葉を紡ぐと、ガラリエはいつもの声色で返事を返す。

 いつも通り調子良く返答する彼女の姿に、ヴィルフィは一安心していた。


「そりゃあ、歳取っててて良かったな」


「まったくだね。でもまあ、預言者の方は――ゴホッ、ゴホッ!」


「師匠!」


 突如ガラリエが咳き込み、椅子の上でうずくまった。

 ヴィルフィは師匠の体調不良にすぐ反応し、背中をさする。彼女がこの世界でまだ誰にも見せたことのない、人を思いやる表情だった。

 咳払いをして、なんとか自分の体調の悪化を止めるガラリエ。しかしここ最近同じ様子を見るようになったヴィルフィは、心配の様子を止められない。


「もう夕方だからな、冷える前に戻ろう」


「……そうさね、そうしようか」


 ガラリエが立ち上がるのを支えながら、ヴィルフィはこの老人に残っている寿命の軽さを実感するのだった。


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