第14話「龍の誇り」(8)
黄龍の間にて交わされた約束は、その次の日の朝、ロンダンシーの訓練場で果たされることになった。
山を削り、時にその地形を利用して作られた集落には、あまり平地というものが存在しない。しかしこの訓練場は、王国騎士団の訓練場と比べれば本当に些細なものだが、それでもロンダンシーでは全力をぶつけるため平らに整地されていた。
そこに対面するのは二人。一人は人間種の男である、厄災の魔女の父親ハーデットだ。ミュトシアで購入した細身の剣を腰に差して、相手方をじっと見つめている。
彼の視線の先にいたのは、龍血種の青年であり、村の皆から兄様と慕われている男ダンレイ。彼はハーデットよりも高身長で、しかしその微笑みには、龍血種の性なのか、少しだけワクワクしているような素振りが見られた。
「こんなに人が集まってくるとは……流石の私も少し緊張してしまうな」
ダンレイは指で顎をさすりながら、ハーデットへ向けて苦笑いを浮かべた。
ハーデットが騎士団に所属していた頃には、実力者の剣技を見ようと様々な視線が彼に向けられていた。それと比べれば粗末なもので、しかも今回の主役は目の前のダンレイだ。聴衆は魔女一行を除き全て龍血種であるから、そこまで気負いせずに訓練場へと足を運ぶことが出来た。
しかしハーデットも緊張していないわけではない。それは過去のものであったからだ。
もちろん人目につく決闘でここ最近あったのは、厄災の魔女の父親として連行され、グレンと戦った時以来だ。その時は浮浪者として板についてしまっている状態で、かつ自らの娘をバカにされた気分で、緊張よりも腹が立ったのを覚えている。
純粋な気持ちで行う決闘は久々で、だからこそ少しだけ胸の鼓動がうるさく感じられたのだった、
「……その割には、余裕そうに見えるけどな」
ハーデットは目線の鋭さは変えず、ただ少し口角を上げながら、ダンレイに挑戦的な笑みを浮かべる。
ダンレイは困ったように。また一つ笑みを浮かべた。
「皆が私を慕い、期待してくれているのだ。緊張よりも使命感の方が勝ってしまうのだよ」
「そりゃあ結構なことで」
ハーデットは笑みを少しずつ薄れさせていくのに対し、ダンレイは聴衆の士気を高めるかのように高らかに刀を抜いて、その刀先をダンレイの方へと向けていった。
ふっ、と鼻で笑うハーデット。ダンレイの事を期待している人々は多いだろう。彼がロンダンシーで慕われている姿を見ているし、この歓声を見ても一目瞭然だ。
だがハーデットは知っている。どれだけ少なくても、大衆の声に押しつぶされようとも、たった一人の応援が力になることを。
彼は聴衆の中で一際輝いている自分の仲間――ヴィルフィの方へと目を向ける。彼女は声こそ出していないが、こちらに信頼を預けてくれている頼もしい瞳で、ハーデットの事を見つめていた。
(折角名乗りを上げたんだ、そろそろ娘にカッコいい所を見せねえとな)
ハーデットは少し長くて細身の剣を鞘から抜き、右手で軽く遊ばせながら、己が視線とダンレイの視線を繋ぐように、剣を翳した。
そして突如吹き荒れる風のように、ハーデットは地面に曲線を描きながらダンレイへと差を縮める。己が持っていた剣を向心力にするよう、素早く勢いのついた動きで接近し、その遠心力を利用して回転する形で軽く飛び上がり斬撃を食らわせようとした。
――だが、その剣撃は空を切る。ハーデットは驚きで目を見開いた。
剣がぶつかる音が聞こえたわけではもちろんないが、回避の音が聞こえたわけでもない。まるで獲物が最初からそこにいなかったかのように、斬撃の軌跡は空に描かれていた。
しかしダンレイが近くにいるという気配は分かる。ハーデットは相手からの剣撃に備えるべく、半ば反射的に剣を気配の方へと向けた。
(……攻撃が、来ない!?)
ハーデットの防御は全く意味をなさなかった。なぜなら近くにいるダンレイは一切、こちらに攻撃を仕掛けるつもりが無かったからだ。
困惑の表情を浮かべるハーデットに対して、ダンレイはいつの間にか取っていた距離で、涼しげな表情で目の前の剣士を品定めする。
「……なるほど、王都の剣術は攻勢なのか。一度ぶつかってみて、柔軟な攻撃により翻弄する。その中で相手の使い方を探っていくと」
余裕そうにハーデットの剣術を分析するダンレイに対して、ハーデットは舌打ちをする。
相手はこちらの剣術を見ることが出来ていた反面、こちらは全くと言っていいほど手の内が読めていなかった。
そもそも先程のダンレイの回避は一体何だったのか。魔法を使うなと指示した手前、場所を偽る魔法を使っていたわけではないはずだ。そうであれば、元々いないように錯覚させるほどの身のこなしをしていたことになる。
そして同様に、いつの間にかこうして距離を取られていたのだ。
(……相手の出方をもう少し伺う必要があるか?)
ハーデットはダンレイの剣術を観察する必要に駆られた。
よく考えてみれば、ここは異国の地だ。剣の使い方を知らぬにも関わらず、王国の剣士を相手するように最初を繰り出してしまった事を後悔する。
だがハーデットもかつては立派な騎士団の剣士だった。未知のモンスターに対してその出方を伺うのは常識で、同じ事をすれば良いと認識する。
二人の間にひとつのつむじ風が流れた。聴衆が息を呑むほどの静寂がこの訓練場を支配している。そしてそれは、相手に情報を与えようとしないという、ダンレイの剣術の現れであるかのようにハーデットは感じた。
(図体はでかいくせに、戦いは情報戦って事をよく分かってるな……)
彼は刀をじっと構えているのみだ。その姿勢には一切の揺らぎを感じさせない。まるで山のようだと、ハーデットは感じていた。
山という形容は、彼がハーデットよりも身長が高いからそう喩えただけという訳では無い。まるで碧々とした木々の萌える整然と鎮座する山のように、その所作が美しく、しかし包容力のある立ち振舞いだったためだ。
ハーデットはグレンの戦い方を思い出す。彼もまた山のような戦い方をするのだが、それはむしろ今ちょうど噴火をしている活火山という印象で、その暴力的な噴火をどのようにいなすかが大事になる。
(……あんな図体しておいて、正反対の戦い方をするなんて面白えな。流石は異国の地だ)
ハーデットの口角がにやりと笑う。彼はかつて騎士団だった頃、剣に関してはグレンよりも強いこだわりがあった。
それがここに来て、王国流とは違う剣術を目の当たりにして、ワクワクしている。まだ若いもんだな、とハーデットは自嘲した。
だがこの勝負には勝たなければいけない。でなければヴィルフィたちが龍の力を取り戻す情報源がまた失われてしまう。ハーデットは自らの両肩に背負った使命の重さを改めて確かめながら、意識をダンレイの方へと持っていく。
ダンレイの姿勢は崩れる事がない。それが故に、相手から何ら情報を得ることが出来ない。
否、姿勢が崩れる事がないことこそが、彼の戦い方だ――ハーデットの長年の勘がそう囁いていた。
王国での剣術では基礎こそあるものの、彼が目の当たりにしているような型というものは存在しない。剣というものはあくまで武器の一つで、それを使えるものは多少であれば槍でも棒でも使いこなせる。一つの武器を学ぶということは、総合的に武器の扱い方を学んでいくということだ。
だが、ダンレイの姿勢はあくまで剣だけを極めてきた者の振る舞いだということを、ハーデットは感じている。故に他の武器を使うことのない、あくまで剣の道に突き進んだ者が編み出した戦い方なのだ。
「……なるほどな。少しずつ見えてきたぜ、お前の戦い方が」
相手を観察することで見えるものは多い……という騎士団時代は当たり前に行っていたことを、錆びついた戦闘経験を無理やり動かしてようやく行う事ができた。
ダンレイはハーデットの目に炎が灯ったような心地がして、挑戦的な笑みを浮かべる。
「ほう? ならば見せてもらおうか、”貴方”の戦い方を」
「望むところだ――ッ!」
ハーデットは先程と同じように駆け出す。
実際の所、ダンレイの戦い方で掴めている情報は「型がある」ということだけだ。例えば先程どうしてハーデットの攻撃が避けられたか、その理由ははっきりとしていない。
だがここからは王国式だ。ハーデットが若い頃に騎士団で学んだ王国式の戦い方――鉄は叩かなければその品質が分からない。ダンレイに剣を打ち付け、そしてその様子をしっかりと観察するのだ。
「はあああッッッ!!!」
枯れた声を響かせながら、ハーデットはダンレイがいた場所を剣で振るう。先ほどと同様に、その剣は空気を斬った。
だが、ハーデットの目線はもっと俯瞰的だ。彼は斬撃の軌跡を追うのではなく、むしろ相手を、ダンレイの次の動きを観察していた。
(……なるほどな)
そして彼は発見することが出来た。王国式では見たことがない、ダンレイの”足を擦った音のない回避”を。
王国では姿勢を崩してもなお、そこから柔軟に対応していくことが主流だ。だから回避のために大きく動いても、それを次の攻撃や防御に利用することを考える。
しかしダンレイの回避は違う。あくまで型を崩さずに、相手の出方を伺う――必要があればその場ですぐに切り捨てることさえ出来るのだ。
ダンレイは再び距離を取ってハーデットの方を見やる。彼の顔には汗一つかいておらず、対してハーデットは額から数滴の汗が流れていた。
「余裕がないように思えるが、まさかもう降参はしないだろう?」
ダンレイが凛とした佇まいを崩さず、ハーデットへそう告げる。
もちろんハーデットに降参するつもりは毛頭ない。それどころか、勝利へと繋がる大事な一歩を、この汗で掴み取ったのだ。
それは相手が型に固執するという戦い方――故に型を崩してしまうことが出来れば、相手は一気に崩れる。そしてこちらが形勢逆転出来る。
ハーデットはまるで”魔女”のような悪い笑みを浮かべて、ダンレイに向けて剣先を向けた。
「……当然だ、まだ剣の一つさえ打ち合ってないだろ。見せてやるよ、王国流の戦い方を」




