表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/247

第3話「もう一つのプロローグ」(2)


 コトノは自分たちの教室がある本館の屋上扉前へと向かっていた。

 授業を行っている本館の方が、部室などのある別館よりも放課後は人気が少なくなり、居心地が良い。

 コトノはネムと放課後に会ってから話すのが日課になっていた。初めて出会った時のようにいじめの相談や愚痴を聞いてあげることもあれば、好きなゲームや漫画、音楽の話に花を咲かせることも多い。日が経つにつれて、二人の仲は深まっていった。


「よ、ネム」


 本館の屋上扉前にたどり着くと、ネムが階段にちょこんと座っていた。


「こんにちは、コトノ」


 柔らかな口調でそれに答えるネム。

 ただコトノには少し声が枯れているような気がして、彼の様子をじっくりと観察する。


「……酷くいじめられたのか?」


 コトノはネムの隣に腰を下ろし、覗き込むような形で彼の表情を伺う。

 目尻から頬にかけて、涙を流した跡が残っていた。


「……あはは、コトノに隠し事はできないなあ」


「話してみろよ、絶対楽になるぜ」


 コトノがそう伝えた時のネムの表情は、少し複雑そうだった。話そうか迷っている表情だとコトノは感じる。

 ここまで何度か相談や愚痴を吐いてきたネムだが、最初に出会った時でもそこまで迷う事は無かった。何か言いづらい理由でもあるのだろうか……コトノはネムの表情を引き続き伺いながら、気を遣うべきかどうかを迷う。

 六月の後半にもなると暑さの本格化と共に雨が多い日が続き、放課後の西日が辛いことは少なくなったが、代わりにじめっとした不快感が二人を襲っていた。

 今日も少し降っている雨の音を聞きながら、コトノはネムの出方を伺う。どこか決意が固まったらしく、唇をぎゅっとしてコトノの方を振り向いた。


「僕、小説を書いてるんだ」


「そうなのか?」


 コトノは小説を学校の授業以外で読んでこなかった人間だから、ネムが言ったことの意味が一瞬わかりかねた。彼のカミングアウトに多少の勇気が必要だったことも、よく分かっていない。

 眉をひそめる彼女の姿に、ネムは手を控えめに振りながら慌てふためく。


「大したものじゃなくて、誰に見せるってものでもないんだけど」


「……要は話を書くのが好きってことだよな? そういえばお前の家に遊びに行った時、本棚すげぇあったなぁ」


 コトノは記憶上初めて行った男の子の部屋を思い出す。整理整頓されていて、ネムの几帳面さが伺えるような部屋だった。それは本棚に小説が整列されているのもあったのだろう。


「小説、好きなんだな」


「うん。読むのも大好きだよ。書いてるのもその延長線上みたいな感じ」


「書くってのはあんまわかんねぇけど……ああでも、昔ちょっと音楽に合わせて歌詞を考えたことがあったな。似たようなモンか」


「そうだと思う」


 ネムの表情が少しだけ明るくなる。涙の跡が残っていても、目の充血が引いていなくても、彼が持つ柔らかさと、好きなものへの情熱は感じられた。

 ただ、本題はそこではない。今回のいじめがどのような事だったのかを聞いてあげなければいけなかった。

 コトノはネムの少し明るくなった表情を、申し訳無さそうに見つめる。


「……それで、その小説書いてるのと、今回のいじめがどう関係してんだ?」


 案の定、はっとしたようにネムの表情が暗くなる。コトノは少しいたたまれない気持ちになった。

 それでも話したいと思ったのか、ネムは決心したように眉を目に近づける。


「……いつものC組のあいつらに、書いてた小説が見つかってさ。ポエマーだ、なんて散々馬鹿にされたんだ」


「まあ、あいつらならやりかねんか」


 淡々とした声色で返すコトノにも、ネムがその時感じた事はなんとなく理解できた。

 コトノは音楽が好きで、もちろんだが好きなロックミュージシャンがいる。もしその音楽をポエムだと笑いものにされたら、相手がどんなに上の人間でも、思わず殴ってしまうだろう。

 別にポエムという言葉は悪いものではないが、その創作物に触れていない門外漢が使うと、妙に腹が立つ……なんてコトノははらわたを煮えくり返していた。


「……普通にムカついた、あいつら一発ちゃんと注意してやる」


 感情のままコトノは立ち上がり、握りこぶしを作りながら目の前に広がる体育館を見やる。いじめの主犯格は確かバスケ部員で、今も部活動で練習しているはずだった。


「待って!」


 そんなコトノを止めたのは、先程まで俯いて弱々しくなっていた少年の響き渡る声だった。


「……ネム?」


「やめて。僕の作品を争いの火種にしないで」


 ネムはまっすぐに、目の前の相手をここに留まらせようとする針のような視線で、コトノを見つめていた。

 唇をぎゅっと結び、少し瞳を涙で濡らしている……今までに見たことのない実直な表情に、コトノの怒りが一気に冷めていく。


「……ああ、すまん。感情的になりすぎた」


 コトノは申し訳無さそうにネムの隣へ座り直す。それはこれまでネムに対して一度も見せたことのない様子だった。


「ごめん、こっちこそ。コトノは僕のために怒ってくれてたのに」


 ネムがまた落ち込んだ様子でうつむく。自分の咄嗟の行動に、後悔しているのだった。

 言の葉が交わされず、雨の音だけが二人の間に流れる。コトノの頬に流れた汗は、じめじめとした暑さによるものだったか、よく分からなくなっていた。

 コトノは、自分の心臓がいつもより速く跳ねている事を意識する。それは緊張とか申し訳無さというよりは、むしろ高揚感に近かった。好きなロックミュージシャンの新曲を聴いて、それがぶっ刺さった時のような、体を突き抜けるような高揚感だ。

 コトノは口角を少し上げて、ネムの方は向かず曇り空を眺めながら、口を開いた。


「お前、そんな目つきができたんだな」


「えっ?」


 ネムは驚いたように目を見開いて、コトノを見つめる。その頬は少しだけ赤くなっていた。

 すぐに目をそらして、下を見つめてしまう。しかしその表情は落ち込んでいる訳ではないようにコトノには見えた。

 普段見ないようなネムの仕草に、コトノは高揚感を抑えられず、吐き出すように一呼吸笑う。同時に、彼のことをもっと知りたいという気持ちが高まっていった。


「なあ、ネムは本が好きなんだろ? だったらアタシでも読めるような一冊を貸してくれねぇか?」


 コトノはネムに対して、それまであまり彼に見せてこなかった明るい笑顔で、そう伝える。

 コトノはネムのことを知るためには、やっぱり読書が好きだという点が大事だと感じていた。だからこそ苦手ではあるが、ネムに本を貸してもらうよう頼んだのだ。


「コトノが読めるような本、か……でも僕の趣味になっちゃうよ?」


「別に構わねぇよ。ただ自慢にならねぇけど、教科書しか読んでこなかった人間だから、読みやすいのを頼む。ゆっくりだろうけど、ちゃんと最後まで読むからよ」


「……わかった。今持ってる本に丁度良いのがあるから、それを貸すよ」


 ネムは自身のカバンの中に手を入れて、一冊の本を取り出す。書店で付けてもらったカバーがあり、コトノにはその表紙が見えなかった。

 コトノはネムからその本を手に取り、表紙をめくる。そこにはアニメのような可愛らしいキャラクターのイラストとともに、タイトルロゴが添えられていた。


「……転生? 異世界? 無双? なんだこれタイトルか?」


 コトノには聞き慣れない言葉が多く、またそのタイトルらしきものが長くて、結局どんな話なのかが全然分からなかった。

 コトノの反応が前もって予測できていたネムは、苦笑しながら説明のために口を開く。


「まあそんなところ。ふとしたきっかけで死んでしまった主人公の男の子が、ファンタジー世界に転生して、強いスキルを手に入れて冒険する話」


「……なるほど? まあ読んでみればわかるか。借りるぜ」


「無理して読まなくても大丈夫だからね、飽きたら止めたら良いから」


 やけに不安がっているネムを見て、どんな話であれ最後まで読むつもり満々のコトノは、おかしくなってまた笑う。


「わかったわかった。飽きたら返すからよ」


 その本を借りたコトノは、帰宅してから読み始め、ゆっくりと読み進めたため夜遅くなってしまったのだが、最後まで読み切ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ