第14話「龍の誇り」(5)
龍血種の集落ロンダンシーはバルへリア連邦共和国を走る山脈の近くにあり、ヴィルフィたちが情報収集した町からは三日ほどかかった。
その間、主にアールが旅の辛さを感じていたが、それでもなんとか集落の近くまで到着することに成功した魔女一行。彼女たちはいよいよロンダンシーの門前へとやってきていた。
ロンダンシーの門は、馬車が通れる山道を選んでいくと、山脈にぽっかりと空いている崖を繋ぐ橋の向こうにある。ヴィルフィ以外の、空を飛ぶ魔法の使えない者たちが落ちてしまえばひとたまりもないほどの高さに、アールは身震いをしていた。他の面々はそこまで怖がっている様子はなく、人の心を無くしてしまったのかとアールは内心愚痴をたれている。
そしてようやく渡りきった先にいたのは、二人の龍血種の青年の姿だった。どちらもヴィルフィの身長よりも高く、片方は己の背丈よりも大きな槍を立てて、もう片方は刀を差し込んだ鞘を腰にぶら下げて、来訪者たちを警戒している。
「貴様ら、行商人というわけではあるまい。何をしに我らが集落へとやってきた!」
人間種には出せない龍血種特有のガラガラとした声が、まるでヴィルフィたちを谷底へ突き落とさんとするかのように響き渡った。
片方の龍血種は血気盛んに、長い槍をこちらへと向けて、今にも先頭を歩くヴィルフィを突き刺そうとしている。
しかしヴィルフィは怖気づくことなく、しかしこれ以上龍血種の青年を刺激しないように、表情を変えずその場に立ち止まった。
「アタシたちは封印された龍の力を取り戻す方法を探しに、ここまでやってきた! アンタら、この集落で一番ものを知ってるヤツを紹介してくれ!」
「一番ものを知っている、だと!? 貴様ら、余所者の分際で爺様に会いたいとほざくかッ!」
龍血種の青年は勢いよく槍を突き出し、ヴィルフィの喉元の寸前で止める。
ヴィルフィは槍先を見向きもせず、たじろぐこともなく、まっすぐに龍血種の青年を見つめていた。
「……貴様、度胸だけはあるようだな。それとも痩せ我慢か?」
槍を突き出し息遣いを荒くする青年ではなく、もう一人の更に背の高い龍血種の青年が、腕を組みながらそう値踏みする。
「前者の方で受け取ってくれよ。アタシたちはアンタらの手を借りたいんだ、どうすれば会える?」
「残念だが、どんな理由があれ我が集落の同胞でない者を通すわけにはいかぬ。もし歯向かうようであれば、集落に住む我ら三百の兵が全力で貴様を叩き切るが」
背の高い青年も、表には出していないが明らかにこちらを警戒しているようだった。少し鱗の生えた瞼の奥に潜む、翡翠のような瞳が鋭く眼光を放つ。どうやら普通には通してくれそうになかった。
「……この場に、力を封印された龍である私がいても、なお通すつもりはないのか?」
だがそれはヴィルフィたちの想定の範囲内だった。まともに立ち向かっても、返り討ちにあうだけだ。
だからこそこの場をくぐり抜けるためには、彼の力が必要だった。かつてドラゴンと共に暮らしてきた龍血種に対して、唯一同胞と呼べるかもしれない存在である黒猫、聖龍ティアマットの力が。
「なっ、言葉を放つ黒猫だと……ッ!?」
突如馬車から現れた、人の言葉を話す黒猫に、背の低い方の青年は驚き目を見開いた。
困惑し槍を引き下げる青年に対し、ティアマットはまるで青年を圧で押しているかのように、ヴィルフィより前に立つ。そしてもう一人の話が分かりそうな青年に対して目を向け、更に言葉を続けた。
「私の名前はティアマット。力を奪われた今はこのような小動物だが、れっきとした誇り高き龍である」
しかし青年は何も反応を示すことはなく、腕組みをしながら目の前の黒猫を睨んでいた。
ヴィルフィは心の中で舌打ちをする。ティアマットという名前を出せば、もし縁のある者であれば反応するかと思っていたが、どうやら彼はティアマットの事を知らないようだ。
ティアマットと絶望的な身長差のある青年は、見下すように緑色の眼をぎろりと向けながら、発達した牙を見せるように口を開いた。
「どんな小細工を施しているかは知らぬが、我々を欺こうとしても、そうはいかぬぞ」
「……ほう? 試しに息吹の一つでも吐いてやろう。貴様の曇りきった眼を照らす程には、私の力は残っているぞ」
「戯言を。よくも達者に話す猫を探してきたものだな」
黒猫と龍血種の鋭い視線が、ぶつかり合う。今にも爆発しそうな様子に、もう一人の槍を持った青年も警戒を向けている。
ヴィルフィは心のなかで、まずい、と呟いた。このまま戦いが起こってしまえば、話し合いどころではないのだ。門番が思ったよりも警戒心が高く、しかしこちらも下手に出るわけにはいかない。意地のぶつかり合いがそのまま戦闘へと繋がっていく、そんな様子を止めるためヴィルフィが口を挟もうとした瞬間――
「――何を騒がしくしているんだ」
また別の、今度は少し穏やかな男の声が、ティアマットと龍血種の青年たちの間に差し込まれた。
門をゆっくりと開けて、その声の主はヴィルフィたちに姿を現す。背の高い青年と同様に腰に刀を差し、背丈は二人の青年の中ほど、その腕と脚の筋肉量は二人の青年よりもしなやかで、どちらかと言えば戦闘面で強そうなのは門番たちだ。
龍血種の中でも美形に属する顔立ちであることを、ヴィルフィたちも理解できた。透き通った藍色の瞳に、剥がれずに整った鱗が、まるで端正な花瓶のように感じさせる。鼻筋もまっすぐとしており、唇は化粧をしているように鮮やかな紫色をしていた。
「……ダンレイ兄様」
背丈の高い龍血種の青年が、彼の姿を見た瞬間にそう呟いた。
「ダンレイ兄様、お疲れ様ですッ!」
そして槍を持った方の青年が、同じように彼の名前を叫ぶように呼んで、頭を下げる。よく見ると、もう一人の背の高い方も軽く頭を下げていた。
「ただの蛮族です、兄様がお関わりになる案件ではございません」
「私が関わるべき件であるかは、私が決める」
「……なるほど。私めの失礼をお許し下さい」
ダンレイと呼ばれた比較的温和そうな青年は、少し低い声で門番にそう告げる。すると刀を持った門番は一歩、また一歩と下がり、彼に道を開ける。
ダンレイはゆっくりとヴィルフィに近付いていく。表情はこちらを値踏みするようだったが、門番と決定的に違うのは、決して戦闘の意志を見せていない。
「うちの弟たちが失礼な真似をした、旅の御方。どうして我らが集落ロンダンシーへ?」
「私の力を取り戻す手がかりを得るためだ」
ヴィルフィへ視線を向けていたダンレイの質問に返したのは、その下で彼に見向きもされていなかった黒猫だった。
突然下方から聞こえてきた渋い声に驚いたのか、ダンレイは目を少しだけ見開いて、一歩後ろに下がり黒猫の方を見つめる。
「喋る猫か、少なくとも私は見たことがないな。……何か事情がお有りか?」
しかしダンレイが驚いていたのは一瞬だけで、目の前の黒猫が”喋る黒猫”だと認識するやいなや、淡々とした口調で話し始める。その冷静さが、ヴィルフィには少し不気味に感じられた。
ティアマットはようやく四本脚で警戒していた状態を解除し、ダンレイの方をじっと見つめて口を開く。
「私の名はティアマット。かつて龍としての姿だったが、力を奪われこのような姿になってしまってな。力を取り戻すために、龍血種の知恵を借りたい。……先ほどそこの門番が言っていた、”爺様”に会わせてもらえないだろうか」
「なるほど、そういうことか……」
ダンレイは端正な眉を少し下げて、腕を組んで何かを悩んでいるような仕草をする。
しかし彼はしばらく悩んだあと、首を横に振ってティアマットの頼みを断った。
「旅の御方。貴方方も知っての通り、ロンダンシーの龍血種は余所者を嫌う。故にお引き取りを願いたい」
ダンレイは誠実そうな表情で、ヴィルフィたちにそう告げる。彼も集落のルールに則って暮らしている以上、余所者を簡単に入れるわけにはいかなかった。
しかしそれで、はいそうですかと素直に帰れるヴィルフィたちではない。
「無理を承知で山を登ってきてんだ、こちらにも譲れねえ事情があってな」
自分よりも身長がかなり高い相手に臆することなく、ヴィルフィはダンレイへと強気に告げる。
そしてヴィルフィの瞳に宿った灯火を見て、ふむ、とまた腕を組んで考える仕草をするダンレイ。彼は視線を下方、ティアマットの方へと移していき、その金色の瞳に宿るものが彼女の炎と似たものであるということを悟った。
「ティアマット、一つ質問がある」
「答えてやろう」
龍血種相手にもティアマットの、いつもの偉そうな態度は健在だった。
しかしそんな彼の様子に不満がることもなく、ダンレイはその藍玉のような瞳でじっと黒猫を見つめる。
「……如何にして貴方は、己が力を解放せしめんとするに至ったのだ?」
ダンレイは少し声を低く落として、ティアマットの金色の瞳を射抜く。
半端な覚悟でヴィルフィたちがこの場所に来ている訳では無い、そんなことなどはダンレイにはすぐ分かった。しかしどれだけ合理的な理由でも、このロンダンシーの地に余所者が足を踏み入れることなど許せない。
だからこそ彼はティアマットに対して、自らの予想以上の答えを欲していた。
ティアマットもダンレイの表情を伺い、この質問が大事なものであると悟っている。しかし黒猫は何かを迷う素振りもなく、そう答えるのがさも当然のように口を開いた。
「――無論、龍としての矜持を守るためだ」
ティアマットのその答えを聞いた瞬間、ダンレイは少しだけ口角を上げて、温和な表情へと戻っていく。
「”矜持”か。……ふふ、貴方は確かに誇り高き龍のようだ」
ダンレイは満足げな表情でティアマットから目を離し、代わりに門番の青年たちに目を向ける。
「この御方たちを通せ、責任は私が全て負おう」
「ダンレイ兄様……」
背の高い龍血種の青年は、ダンレイに対して疑いの視線を向けながらも、どこか割り切ったように、承知いたしました、と呟いた。
ダンレイはその端正な顔をヴィルフィたちの方へ向けて、微笑みを浮かべる。
「ようこそロンダンシーへ。歓迎しよう、旅の御方」




