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第14話「龍の誇り」(2)


「……がーるずとーく、とは何だ?」


「は?」


 ティアマットの意外な着眼点に対して、ハーデットは素っ頓狂な声を上げる。

 目の前の黒猫は能力を奪われていても、一応は聖龍と呼ばれている存在で、かつては女神に仕えていた存在だ。そんな高尚な存在が”ガールズトーク”という言葉に引っかかったのが、ハーデットは意外で仕方なかった。


「ヴィルフィ、アール、リスター……この三人は元々違う立場の人間だ。私はそれぞれの立場を踏まえた意見交換会だと考えたのだが、しかし女子おなごである必要はないだろう。私とお前を含めてトークをするのは、ガールズトークではないわけだ。故に私は分からない」


「いや、そこまで難しく考える必要はないんだけどな……」


 ハーデットの呆れたような声に対して、ティアマットは首を傾げる。あまり表情は変えていないが、疑問符が頭の中を埋め尽くしているのだろう。

 もちろんハーデットもかつては妻を持った身で、それなりの人生経験をしている。かつて騎士団に所属していた頃、城のメイドたちが、誰はカッコいいとか、誰に話しかけられたとか、そういった話をしきりにしていたのをよく覚えていた。あれがおそらくガールズトークというものだろう。

 だがこの恋愛とは縁遠いであろう聖龍にどう説明するべきか、ハーデットは悩んでいた。ティアマットと同じように首を傾げながら、ハーデットはとりあえず行き当たりばったりで説明しようと口を開く。


「……同性で集まってできることっつったら、恋の話なんじゃないのか? 気になる男はいるかとか、そういうやつだろ」


「ああ、色恋のことを話すのだな。確かにあれは自らの内に秘めておきたいものでありながら、外に打ち明けたいという矛盾を孕んでいるものだ。同性という社会的な枠組みの中でそれを共有することが、人間にとっては心地よいものだということなのだな」


「お前、すげえ理解早いな……」


 まるで恋心というものを分かっている者の言い方に、ハーデットはなんだかおかしくなって、鼻でふっと笑った。これなら向こうの話に参加しても盛り上がるのではないだろうか。いや、ガールズトークはおそらく恋愛の話だけではないだろうが。


「無論、私はかつて女神に恋い焦がれていた身だからな。今となっては恥ずかしいものではあるが」


 ハーデットはティアマットの言葉に対して、驚きを隠せないでいた。

 彼がかつて女神に仕えていたことは、ヴィルフィの話から既に知っていることだ。

 しかし目の前の渋い声の黒猫は、その話し方からしても誰かへ思い焦がれるタイプではない。とはいえそういう時期もあったのだろうか、意外な言葉にハーデットは更に深掘りをしたくなった。


「そうなのか? でも女神と会うまでの記憶はないんだろ?」


「ああ、だから私は一応、一目惚れということにしている。もしかしたらちゃんとした理由があるのかもしれないが、女神に忠誠を誓った時に全て無くしてしまったようだ。……あの女神のことだ、洗脳という可能性もあるのだが」


「なんだか複雑だな……誰かにはもうこの話を?」


「世界の底で、魔女にはしているな。奴も恋い焦がれる相手がいるのだ、魔女と私には共鳴できる部分がいくつかあったのだ」


「そうなのか。ヴィルフィとお前は同じ恋心を持っていた同士……ちょっと待て!」


 それまで寝そべって話をしていたハーデットが、とある事に気付いて、その身をベッドから跳ねさせる。

 突然の反応にティアマットも少し驚いたのか、その金色の瞳を見開いてハーデットの表情を見つめた。口を開けて、いたく驚いた表情を浮かべている。


「どうした、私の話に何かおかしいことでも?」


「ヴィルフィに、好きな、人……?」


 ハーデットは少し体を震わせながら、あんぐりと口を開けてティアマットの方を見つめている。もちろんあくまで目線だけで、実際のところは脳内の困惑に意識は向いていた。

 あのヴィルフィに好きな人がいる……彼女の父親として、その事実をハーデットは看過することができない。愛しい我が娘――と呼ぶ資格はもうハーデットには無いのかもしれないが――彼女が好んでいる男がどんな奴なのか、彼には知る義務があると感じていた。もしかしたら結婚の挨拶に来て、式をあげて、自らが看取られる時に近くにいるのかもしれないのだ。それがもしクソみたいな奴だったら、切り捨てる覚悟がハーデットにはあった。


「誰なんだそいつ……?」


 恐る恐る黒猫に尋ねる、一児の父親。

 これまでの彼女の人生を、あくまであのクスウィズンでの夜に話を聞いた通りに遡ってみる。トリンフォアで誰かに会っていたという素振りはなかったはずだが、魔女の森は人が寄り付くところではないし、そこから世界の底に落ちてティアマットと出会っている。村の誰かしかありえないはずなのだが……

 考えても分からないハーデットは頭を掻きながら、諦めたと言わんばかりにティアマットの方を見つめる。しかし彼は首を横に振った。


「それに関する話は、悪いが私からは何も言えない。……なるほど、つまりこれがガールズトークの本質なのだな」


 何かを悟って満足げに頷くティアマット。しかしハーデットの気は収まるものではなく、頭を掻きむしる速度が早くなってしまう。

 流石に父親として苦悶している彼の姿がいたたまれなくなったのか、ふむ、と一声発してティアマットはハーデットの瞳をじっと見つめた。


「これだけは言えることだが、この旅路の先に、お前の求めている答えがある」


「……女神を追いかける旅が、最終的にヴィルフィの好きな人に繋がる、だあ?」


「ああ。彼女の意志はこの恋心によって支えられている部分がある、ゆえにこの旅の先に答えはあるのだ」


 ティアマットは宝石のような金色の瞳で、ハーデットを曇りなく見つめている。その表情は冗談を言っているわけではなく、また慰めをかけているわけでもない、そうハーデットは感じていた。


「魔女の父親よ。娘をより知りたいのであれば、彼女の意志を支えてやれ」


「……言われなくても、迷惑だって言われるまでは協力するつもりだがよ」


「それでいい。魔女は仲間に恵まれているとはいえ、所詮は利用し合う関係だ。純粋に魔女を信じているのは、お前だけなのだからな」


 低い声に、先程よりも少しだけ抑揚がついていた。

 ハーデットはヴィルフィの仲間たちの事を頭に思い浮かべる。リスターは世界の真実を解き明かすため、アールは自らの望む世界平和を達成するために、ヴィルフィと同行していた。目の前のティアマットも元はと言えば、女神を倒すという目的で彼女と同行しているに過ぎない。

 しかし自分は何か目的を持ってヴィルフィと行動を共にしているわけではなかった。いや、目的がないというよりも、ヴィルフィと行動を共にすること自体が目的になっているのだ。世界平和とか、真実の探求とか、女神を殺すこととか、そういったものには興味が無い。あくまでヴィルフィがそこにいるから、ハーデットは付き従っている。


「……そんな高尚なモンじゃねえよ。俺がヴィルフィと歩むのは、罪滅ぼしっつう自己満足のためだ」


「そういった部分がお前にあるのは否定しない。だが今の魔女を思い出してみることだ、あれがお前を恨んでいるような顔に見えるのか?」


「それは……そうじゃねえと思うけどよ」


 ハーデットはヴィルフィの表情を思い出す。冗談めかして、こちらに笑みを浮かべるヴィルフィ。彼女は決して、こちらに憎しみを抱いているようには見えない。

 確かに殴られはした。こちらも殴っていたのだからお互い様だろう。だがそれからの彼女は、まるで信頼する家族のように自分へ接してくれていたのだ。

 そんな彼女は、自分が罪滅ぼしのために付き従っていると聞けば、どんな気持ちになるだろう。きっともう一発殴られるはずだ。

 許されるために行動を共にするのではない、あくまで彼女の父親として、娘を支えてやりたい。そういった気持ちの方が相応しいのではないか……ハーデットは全てが納得できたわけではないが、少なくとも心の中に何かが芽吹いたのを感じた。


「……わーったよ、アイツの好きな相手が誰か、父親として徹底的に追いかけてやろうじゃねえか」


「それでいい」


 ハーデットの気合の入った声に、ティアマットは表情を変えず淡々と呟きながら、ベッドに丸くなった。



* * *



 一方、隣の部屋では。


「魔法の詠唱は全て魔導書で記述できるように体系化するべきだあ? 寝言を言えるくらい眠いならもう寝たらどうだリスター? 詠唱は想いを魔力に変えるための手段であって、人の想いなんつうのは人それぞれなんだから、全て同じにしちゃあ意味ねえだろうが」


「わかりますよヴィルフィ!」


「おや、キミは想いだけで魔法を学んだのかい? 何事もまず始めに型というものがあり、わたし達は無から有を生み出しているわけではないのだよ。故にわたしは考える、どれだけ無力な者でも、或いはどれだけ強い想いを抱えている人物でも、共通する根幹があり、それを詠唱として魔導書に記述するべきなのだと」


「リスターさんの意見も確かに一理あります!」


 こちらも魔法詠唱討論ガールズトークが繰り広げられていた。


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