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第14話「龍の誇り」(1)


 スコラロス王国はセネシス教に新たな預言者リートを正式に承認した。これにより教団は親リート派と反リート派に分かれてはしまったものの、王国と教団上層部は現状、共に説得を続けている。

 そして王都レセシアルトはジュスカヴの村民たちという避難民を取り入れながら、彼らの建築技術を活用し、モンスターの襲撃によって損壊を受けた場所の修復が進んでいた。またトリンフォアの難民たちもようやく受け入れる体制ができ、少しずつ王都から苦しみが減ってきている。これは第三王女リーンキュラスが主導して行ったものだ。長く続いた王都の混乱にも、いよいよ終わりが迎えようとしている。


 一方厄災の魔女とその仲間たちは、魔災対策期間クスウィズンの本部があるミュトシアから出発し、王都レセシアルトを経由。そこからさらに馬車で数日向かった先にある、スコラロス王国とバルへリア連邦共和国の境界、国境の町オルエンタへとやってきていた。

 国境には関門となるゲートが存在する。既にクスウィズン本部からリスターが申請をしているため、それを越えることはなんてことはないはずだが、オルエンタに入ったのが夜遅くということもあり、一行はこの町の宿屋で休むことにした。


「はあああああ、久々のベッドだ!」


 宿の一室に案内されたヴィルフィは、部屋を開けた途端にベッドへと飛びかかる。

 王室にあるようなふかふかのベッドではないが、それでもある程度弾力性があり、仰向けのヴィルフィが包み込むように沈んでいく。


「ヴィルフィ、お前は私と共に行動する身なのだぞ、もっと恥を知ったらどうだ」


 そう低い声で呟いたのは、黒猫――聖龍ことティアマットだった。


「誰かさんのせいでしばらくベッドが使えなくてな」


 ヴィルフィは文句は言いながらも、ベッドの心地よさに身を任せて、気持ちよさそうな表情を浮かべている。

 彼女は賢者と戦ってから今まで、ベッドで眠るということが出来ていなかった。世界の底に落ちてから脱出し王都レセシアルトへ、そこまでは野宿だ。王都から預言者を誘拐した後はクスウィズンの一室を寝床にしていたが、この黒猫が中央を陣取って使っていた。そしてオルエンタに入るまでは、またしても野宿……しばらくの間、ベッドというものに縁が無かったのだ。


「……っつうか、とっくにベッドの上で丸まってるお前が言えることかよ」


「私はいいのだ、世界の底で暮らした年数は貴様の年齢と同じなのだからな」


「あーはいはい、ご苦労さまでした」


「結構だ」


 ヴィルフィの適当な返しに対して、満足げにベッドで丸くなり、目を閉じてしまう。

 確かにティアマットの方が窮屈な思いをしていた年数は長い。ヴィルフィは曲がりなりにもトリンフォアの自宅のベッドで眠り、魔女の森にある師匠の家でもベッドで眠っている。その間ずっと閉じ込められていた事を考えてみれば、彼の気持ちも分からなくもなかった。

 そういえば、と芋づる式にヴィルフィは起き上がり、もう一人の人物に目をやる。


親父オヤジもしばらくベッドで寝てねえだろ」


 部屋に荷物を置いて一息ついているハーデットを、ヴィルフィはじっと見つめる。

 すっかり小綺麗な――ヴィルフィの語彙で言えばいわゆるイケオジっぽくなっていたハーデットは、首を横に振りながら口を開いた。


「そうだけどよ、別に俺はいつも通り床で良い」


 いつも通り腰を床に落ち着け、壁にもたれながらハーデットはそう呟く。

 リスターが取った宿は四人分だった。魔女一行はヴィルフィ、ティアマット、ハーデット、リスター、アールの五人だが、よくよく考えてみれば猫が一匹いる。ゆえに四人分で、二人部屋を二つ借りたのだった。

 ハーデットをどこに配置するかで迷われていたが、親子であることを鑑みてヴィルフィと同じ部屋にしている。後はティアマットが何も言わずヴィルフィの部屋に来ることになったため、この部屋にはいつぞやのクスウィズンで見た面々が集まっていた。

 そしてクスウィズンよりもベッドが一つ多いとはいえ、あの黒猫はベッドを丸々一つ占領する。ゆえに誰かがあぶれてしまうのだ。

 ベッドを娘に譲り渡そうとしているハーデットに対して、ヴィルフィは少し考え込むように天井を見上げ、そしてベッドの反発を利用して飛び上がった。


「……いいや、やっぱ親父オヤジが使うべきだ。もうそんなに若くねえんだから、ちゃんと暖かくして寝ないと病気になるぜ」


「寒くなって病気になるのは、お前も一緒だろうが」


「こういうのを親孝行って言うんだよ。譲ってもらってばかりじゃアタシの気が済まねえ」


 ヴィルフィはハーデットの手を引いて立たせ、背中を押してベッドへとダイブさせる。うつ伏せになったハーデットを待っていたのは、しばらく味わったことのない、ふわふわとした寝床の感触だった。


「良いのか……?」


「良いっつってるだろ。アタシが隣に寝れるくらい小さけりゃ、良かったんだがな」


 ヴィルフィがいたずらっぽく笑うと、つられてハーデットも笑い出した。

 彼はいつも仏頂面で、ヴィルフィでさえもあまり喜んでいる笑みを見たことがない。ヴィルフィはなんだか父親の意外な一面を見れたようで、心の奥底が温かくなった。


「昔はずっと俺の横で寝ていたのに、昔みてえにはいかねえな」


「そりゃ、母親がアタシを傍に寝かせなかったからだろ? どうせうるせえから、いざという時に守ってあげられるのは貴方だから、なんて理由くっつけてさ」


「……お前、よく覚えてんなそんなこと」


「覚えてねえ、親父オヤジの話を聞いてそうなんじゃねえかと思っただけだ」


 ハーデットは我が娘の洞察力に対して、少し驚いた表情を浮かべる。

 ハーデットに元々いた妻は、子育てのほとんどを彼に投げていた。自分が腹を痛めて産んだ子供にしてはやけに態度が冷たいなと、その頃のハーデットは彼女に疑いをかけていたものだ。離婚してヴィルフィを引き取ることになり、ようやく彼女が子供に興味がなく、ただ自分との繋がりを強め地位を確立するための道具として使っていたのだと理解した。

 自らの弱さが招いた結果でもあったが、ここまでヴィルフィが成長してくれたことに対して、親として嬉しくないわけがない。彼女の親孝行に甘えたい、そうハーデットは感じていた。


「ヴィルフィー!」


 ハーデットがそんな温かい気持ちになっていたとき、突然扉を勢いよく開ける人物が一人。

 それはミルク色の髪をした彼女の仲間の一人、アールだった。


「んだよ嬉しそうな顔して、何か用か?」


「ええ、そうです! こっちの部屋に来て下さい! リスターさんと一緒にがーるずとーく? をしましょう!」


 明らかに気分が高揚しているアールに対して、ヴィルフィは呆れた表情でため息を吐く。


「なんだよガールズトークって。アタシはともかく、アンタとリスターはもう女子って歳でもないだろ」


「ヴィルフィ?」


 アールの瞳に墨が塗られていく――ような錯覚を起こしたヴィルフィは、一瞬だけ身震いをする。


「……はいはい分かったから、向こうの部屋な」


「ええ! わたし、こういうの初めてでワクワクしてるんです!」


「まあそうだろうな……親父オヤジ、ってなわけでしばらく帰れなさそうだ、ベッドは好きに使ってくれ」


「お、おう……」


 そのままアールはにこにこと笑みを浮かべながら、誰に似たのか仏頂面でヴィルフィは扉の外へと引きずられていった。

 そして部屋に残ったのは、黒猫と中年男性。共に仲間とはいえ話すこともなく、部屋には静寂が訪れていた。

 ハーデットはうつ伏せにして、両手を枕代わりにして天井を見つめる。明日には国境を越えてバルへリア連邦共和国だ。隣国とはいえ様々な種族が住む異国の地、油断しないように体を休めておこうと、ハーデットは目を閉じようとした。


「ハーデット」


 その静寂を打ち破ったのは、ティアマットだった。


「……なんだ?」


 ハーデットは目を開き、体を横向きにして黒猫の方を見やる。

 黒猫はいつの間にか、丸まっているのではなく、ベッドの上にちょこんと立っていた。


「……がーるずとーく、とは何だ?」


「は?」


 ハーデットは低い威厳のある声から発せられた言葉に、思わずそう聞き返してしまった。


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