第13話「世界平和を願う者たち」(21)
見事な朝帰りをかましたヴィルフィとアールは、人目を気にしながらクスウィズンの地下研究施設へと戻った。
流石に今の時間からトレイスを探しに研究室へ向かうと、他の研究員とばったり出くわしかねないと考え、ひとまずティアマットとハーデットのいる、地下研究施設の端の部屋へと向かう。
そして扉を開けると、そこには――
「やあやあ、おかえり。夜に二人で抜け出したかと思えば、朝帰りとはねえ。最近の若者は元気で何よりだ」
一人と一匹の他に、もう二人、白衣を着た人物がいた。
ベッドへ腰を落ち着け、太ももに黒猫を乗せている女性――リスターは茶化すように、にやにやと二人の方を眺めている。
そしてその隣に座っていた水色髪の少女トレイスは、ヴィルフィよりもむしろアールの方を、驚いた様子で見つめていた。
「ティアルム、その髪――」
「――アールって呼んでやれ。ティアルムはもう死んだ」
ヴィルフィがそう挟むと、トレイスは何かを悟ったのか、なるほど、と呟いて一つ頷きを返す。
そして彼女が横の女性――アールを見やると、どうやらヴィルフィの言葉が嬉しかったのか、満足げな笑みを浮かべていた。
「鞍替え」
「トレイス、何か今とても失礼な事を言いませんでしたか?」
アールは変わらず笑みを浮かべている反面、明らかにトレイスへ怒りを向けた雰囲気を醸しながら、いつもの明るい声で釘を刺した。
トレイスは特にアールの表情を伺うこともなく、何事もなかったかのようにヴィルフィの方へと視線を向ける。
「魔女ヴィルフィ、やっぱりあなたは信頼できる人物。あなたと交渉して良かったと思ってる」
「へいへい。まあこっちも色んな情報得られたり、しばらく安全な暮らしが出来た。アタシもアンタと交渉できて良かったよ」
「天才魔法使いのトレイスさん、お手柄」
そう自分で自分を褒めながら、ピースサインを作るトレイス。
ヴィルフィとしても社交辞令ではなく、本当にトレイスと話せてよかったと思っている。最初は賢者リートの仲間で王国側の人間だと思っていたが、話してみれば真実を見つけようとする決意は本物だと感じることが出来た。ヴィルフィがもし厄災の魔女でなくクスウィズンの研究者であれば、きっと何の隔たりもなく仲良くなれただろう。
「さて、キミたち。睡眠不足の所悪いが、少し共有しておきたいことがある」
ベッドに座っていたリスターが、そばに置いてあった新聞を手に取り、一つの記事をヴィルフィへと突きつける。
「――ジュスカヴ村で魔災発生。賢者リートと王国騎士団の活躍があり、住民は全員無事」
「そうだ。これで賢者リートについて判明したことが一つある。それは何かな?」
リスターはまるで先生が生徒へ何かを教えるように、ヴィルフィへと質問する。
「……リートが女神の天啓を聞いたことは事実、ってことか」
「ご名答。王都レセシアルトからジュスカヴ村までは馬車で数日かかるから、魔災が起こってからではまず間に合わない。ゆえに”あらかじめ”魔災の発生を予知しておく必要がある。それが出来るのは?」
「――女神の野郎か」
「正解」
真夜中の研究室で皆と話し、たどり着いた仮説をヴィルフィは思い出す。あれはちゃんと正解だったのだ。
だとすれば女神がリートを使って何かをしようとしている……新たな預言者としてスコラロス王国を意のままに操り、何かを達成しようと企んでいる可能性が大いに高まってきていた。
「……女神が何を考えてるかわかんねえ。アタシたちも急いだほうが良さそうだな」
ヴィルフィの言葉に対して、事情を把握していないアール以外の面々は、みな各々が同意する素振りを見せた。
「ああ、悪いが馬車はもう手配している。寝心地はお世辞にも良くないが、我慢してくれたまえよ」
「分かった。じゃあトレイス、師匠の遺品の調査は任せ――」
「――ヴィルフィ、貴方はこれからどこへ?」
ヴィルフィの言葉を遮ったのは、昨日の夜に研究室におらず、彼女たちの今後の動きを把握していないアールだった。
そういえば説明していなかった、そう心の中で思ったような納得した表情を浮かべ、ヴィルフィはアールの方へ経緯を話し始める。
「アタシたちはこれから聖龍ティアマットの力を取り戻すための情報集めに、バルへリア連邦共和国へと向かう」
「バルへリア連邦共和国……もしかして龍血種ですか?」
「知ってんのか?」
思ったよりも話がスムーズに進んでしまった事に、ヴィルフィは驚きの声を上げる。
ヴィルフィに限らず皆の注目が集まる中、アールはそこまで多くは知りませんがと前置きして、緊張した面持ちで話し始めた。
「かつて教団が客人に龍血種の旅人を招いたことがありまして、その際に故郷の集落のお話を聞いた覚えがあります。そう、確か集落の名前はロンダンシー、かつて巨大なドラゴンと共に暮らしていた伝承があったと聞いています」
「それだ!」
ヴィルフィのにやりとした表情に対して、呆気に取られるアール。
龍血種とティアマットのような本物のドラゴンとの関係性は、残念ながら資料として見つけることは出来なかった。だがもしアールの聞いた話が本当であれば、ティアマットとの関係性も見えてくる可能性がある。或いは直接関係なくとも、ティアマットが力を取り戻す手がかりが得られるかもしれない。
そしてその場所についても、ひとまずアールの聞いたロンダンシーという集落を訪ねるのが良さそうだと、全員が感じていた。
「アールとやら。お前、これからどうするのだ?」
それを尋ねたのは、これまで沈黙を守っていた黒猫ティアマットだ。
ティアマットは、出来るなら彼女に着いてきてもらう事を望んでいた。自分たちは図書館で調べてようやく掴んだ情報を、彼女は既に知っていたのだ。隣国とはいえバルへリア連邦共和国はスコラロス王国の外で、自分たちはあまりにもその場所について無知だ。彼女の知識はどこかで役に立つだろうと考えていた。
ティアマットの問いに対して、アールは少し緊張した面持ちで口を開く。
「これから、私は……」
アールは言葉に詰まってしまう。彼女はまだ、これから具体的に何をするかを決めているわけではないのだ。
しかしアールは既に、自らの信じるものを目指し、自らの足で歩くという生き方を決めていた。彼女は自らの胸に手を当てて、自分の魂に灯っている光の行く末を探る。
「……私は、世界平和を望んでいます」
少し震える声で話し始めるアールの言葉を、誰も邪魔しなかった。
「私は弱い存在です。世界平和など望んでも、それが達成できるような力は、残念ながら持っていないでしょう。……だからこそ」
アールはヴィルフィの方を、その曇りなき眼で見つめる。
ヴィルフィの言っていることは、間違っているかもしれない。女神シゼリアードの言っていることが本当で、ここでヴィルフィを殺せば世界平和が訪れるのかもしれない。
しかし今、彼女は女神さえも疑ってしまう弱さを持っていた。けれどもそれは、自らの目で真実を探し出すという強さも同時に生み出している。
だからこそアールは、あてのない、縋る藁さえも見当たらない道を、一人孤独に歩かなければいけない。魔女の味方ではない、女神の味方でもない、あくまで一人の存在――アールとして。
「だからこそ、私はヴィルフィと共に歩みたい。……その瞳で真実を映し、私が私の道を征くために、貴方と共に歩む事が大事だと信じているから」
アールはヴィルフィに対して、柔らかな表情を浮かべる。
魔女の森にて賢者と戦う決意を固めたあの時には、ヴィルフィは孤独だった。しかし今、こうして行動を共にしてくれる人物がいる。もちろんそれはお互いに全てを信頼しているような仲ではなく、各々が自分の目的を果たすために利用している側面があるかもしれない。
だがもし、そういった関係性でも”仲間”と呼んで良いのであれば、ヴィルフィの周りには、あの孤独を感じていた頃とは比べ物にならないほど、沢山の仲間がいた。
そして様々なやり取りを経て、もう一人――
「よろしくな、アール」
「ええ、ヴィルフィ」
――アールが、仲間になった。




