第13話「世界平和を願う者たち」(19)
魔女を狙う両手杖を、自らの箒で受け止めるヴィルフィ。
鍔迫り合いのように武器へ力を込める両者は、瞳に宿した燃え盛る光と、全てを包む闇をぶつけ合っていた。
「魔女ヴィルフィ! なぜ貴方は絶対たる女神様に逆らうのですかッ!?」
ティアルムは歯をむき出しにして叫びながら、その問いに意味が無いことを悟っていた。
あくまで預言者として、女神の代弁者として世界を脅かす災厄の魔女と戦っているに過ぎない。心の奥底に封じ込めた本当の自分は、目の前の魔女が本当の敵であるかに疑問を投げかけていた。
しかし今の自分は、女神の忠実な下僕でしかない。だからこそティアルムは、魔女に打ち破ってほしかった。正義の鉄槌を下さんとする”弱い”自分を。
「愚問だッ! アタシはもう理不尽には屈しねえって決めたんだよ!」
「女神様は世界の安寧を常に目指されているのです! その御言葉に逆らい世界に混乱をもたらす貴方の行動が理解出来ません!」
「どーこが世界の安寧を目指してンだ! 賢者リートに業を背負わせておいて、何が神様だって!?」
「それは貴方の戯言でしょうッ!」
先ほどと同じような問答、その会話の内容自体には意味が無いことは、互いに理解している。
だがこれはあくまで、ティアルムが抱える弱さとの戦いだ。彼女の目を覚まさせるためには、この問答をすること自体が大事なのだとヴィルフィは悟っていた。
ヴィルフィは箒により一層の、先の事など考えない限界までの力を込める。ティアルムが負けないように押し返そうとしてきた。既に全力を迎えているはずの腕と指の筋肉に、更に力を込めようと、ヴィルフィの瞳の中の燃料が点火する。
「――戯言かどうか、アタシの目を見てから言いやがれッ!」
もう一段階ぐっと押されたティアルムの瞳に、ヴィルフィの瞳に宿った炎が映る。それはどんな漆黒でさえも晴らしてしまうような、太陽のような光。
ティアルムの瞳に蔓延った暗闇が、あまりにも強すぎる松明によって照らされていく。ティアルムの瞳孔が狭くなっていく反面、縮瞳をこじ開けるように力強く輝くヴィルフィの炎。
しかし、認めるものか、とティアルムの中の弱い自分が唸りを上げていた。
(厄災の魔女に負けてしまえば、私はまた何者でもない存在へと落ちぶれてしまう……!)
ここで勝利することは、女神の忠実な下僕としての役割を果たしたことになる。仮に女神に見捨てられたとしても、その御言葉を胸に抱き戦った”誇り高き預言者”として世界平和をもたらすことができるだろう。
しかし負ければ、彼女に残るものは何も無いと感じていた。魔女に敗北し、何者にもなれないまま死んでいくか。或いは何も成し遂げられなかった者として無様に生きながらえていくか。
ティアルムは彼女の瞳をこじ開けようとする炎を、それよりも大きな闇で包み隠していく。女神に選ばれた預言者としての矜持が、こんな魔女ごときに負けてはならないと、ティアルムの中の何者かが囁いていた。
「私は、なんと言われようが、神に背く罪深い貴方を、否定します――ッ!」
ティアルムは両手杖へ、魔女と同様に限界を越える力をいっそう込めて、魔女の体を吹き飛ばした。
そして追撃を仕掛けようとする魔女ヴィルフィに対し、両手杖を片手でぶんまわし、何者も近づけさせまいという威圧感を醸しながら、口を大きく開く。
「天使を仕えし女神の翼よ――」
そして次なる魔法に警戒をするヴィルフィを睨み、両手杖を片手で高らかに掲げる。
自らの魔力をほとんど費やすことを厭わず、歯茎を見せながら獣のように詠唱を叫んだ。
「――世界の終末に蔓延る罪へ与える焚刑を、その聴衆さえ炙るような裁きの光を、我の眼前に佇む大罪人に向けて顕現せよッッ!!」
ティアルムが詠唱したその瞬間、ミュトシアの街全域に雷のような閃光が迸った。
その一瞬の閃光の行き着く先は、ティアルムの両手杖。そして両手杖から何本もの光線を発射し、うねるようにヴィルフィのもとへ。
ヴィルフィは身を捩りうねる光線を回避。しかし足を石畳にコツンと鳴らした瞬間、地面から光が放たれ、ヴィルフィの三角帽子で隠された表情を眩しく照らす。
咄嗟の判断でヴィルフィはバク転をするようにその光から脱出、箒を宙に蹴り飛ばし、次の回避への布石を作る。そして着地し光を見つめていた彼女の瞳は、彼女の体躯ほどある光でできた大槍が勢いよく飛び出しているのを映した。
(追尾する光線と無作為設置型の罠か……もちろん当たれば拘束のオマケ付きだろうな)
ヴィルフィは己が師匠と過ごした魔法の鍛錬を思い出しながら、瞬時にティアルムの魔法の特徴を判断する。
その思考中にもヴィルフィに襲いかかってくる、螺旋を描く光線、それを避けるため彼女は後ろに大きく跳躍し、宙に投げ出されていた箒を空中で手に取る。そのまま反動をつけて箒の上に着地した。
しかし彼女の前に現れたのは、空中に浮かぶ光の円盤。面をヴィルフィの方に向けているその光の器に対し、ヴィルフィは箒を体の重心よりも前に出し、後ろに倒れるように体勢を崩した。
そして円盤から現れたのは光の矛。それを紙一重で躱したヴィルフィは、箒を戻すことでバランスを取り戻し、ティアルムの方へと向き直る。
ティアルムの両手杖から再びうねる光線が放たれ、ヴィルフィは半ば落ちるような形で箒を加速。光線が彼女に集結する隙間をかいくぐって、その後ろに控えていた円盤の大槍を跳躍で回避する。
加速した体はそのままティアルムの方へと勢いづく。迎え撃とうとするかのように、ティアルムの持っている両手杖に光が集まり、巨大な剣の形を成していった。
「泣き叫び己が生命を誇示する赤子の魂よ、その慟哭を刃として、反逆の生命を冒涜せし者の盾を両断せよ――ッ!!」
ヴィルフィは空中の箒を再び右手に取って、今度は乗らずその末端を持ち、叫ぶように詠唱を行う。
詠唱が終了する間もなく、彼女の持っていた箒に炎が纏わりつき、それが火の粉から火炎、業火の剣へと成長していく。
そしてヴィルフィはティアルムへと急降下する中で、右肩を引き背中から勢いをつけて剣を振りかぶり、一気に左肩を引いて斬撃を加速させた。
「おらああああッッッ!!!」
箒に乗っていたヴィルフィの初速度、重力がもたらす加速度、そして振りかぶりによる最後の一押しの加速――ヴィルフィの炎刃がティアルムの光の剣とぶつかった。
ヴィルフィの剣に宿した炎は光を飲み込んで、まるで対消滅するように消え去ってしまう。残ったのはヴィルフィの箒と、ティアルムの両手杖、そしてそれが弾かれたという事実だけだ。
だがヴィルフィはまだ攻撃の手を休めない。地面に着地した魔女は微かに残った炎を右手に宿し、箒を放り投げて一気にティアルムとの距離を詰める。
ティアルムは咄嗟の判断で両手杖を前に構えて、防御の姿勢を取った。
「――砕けろッッッ!!!」
そしてヴィルフィはその炎を宿した拳で、ティアルムの両手杖のちょうど中心を捉えた。
「なっ……!?」
魔女の燃え盛る拳は、ティアルムが預言者時代からずっと使ってきた両手杖を、中心から真っ二つにへし折っていた。




