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第13話「世界平和を願う者たち」(18)


わたくしと、戦ってください」


 ティアルムは少しの詠唱とともに、虚空から愛用の両手杖を生み出し、その中間ほどを掴んで先端をヴィルフィの方へと差し向けた。

 ヴィルフィの瞳に映ったのは、その先端から杖を伝った先にある、ティアルムの黒い瞳。どんな光でさえも寄せ付けず、内なる輝きだけが彼女を照らしている。


(……どうしてこうも、アタシは泣いてるヤツに弱いんだ)


 ヴィルフィは内心、自らのお人好しさ――或いは自己満足に呆れていた。

 本来ならば女神を信仰する教団の実質トップであるティアルムに対して、こんな事をする必要はないのだ。女神の命を狙う自分とは敵対するかもしれないが、味方になることは決してないだろう。

 しかし自分は今、目の前の涙を流している女性を救いたいと思った。それは泣いている人がいれば声をかけたくなる、という気持ちだけではなく、目の前の彼女の苦しみをなんとかしてやれないかという、ある種の偽善じみた行動だ。

 だが偽善であれ、自らが彼女を救いたいと思っているのは事実。そしてそれを叶えることは、魔女ガラリエの一番弟子である以上、自らの生きる理由だ。

 ヴィルフィは目を閉じ、口角を少し上げて、ティアルムへと再び向き直った。


「……上等だ」


 その瞳に宿るは業火。何物も照らし、或いは焼き尽くす決意の炎だ。

 その火焔かえんによってティアルムの黒き瞳に火を灯す、それが魔女ヴィルフィの使命ワガママだった。


「――女神に祝福されし天使たち、我が号令と共にその弓を引き、厄災を絶やす光の雨を降らしなさいッ!」


 ティアルムの叫ぶような詠唱が、大河の遠くまで届くように響く。

 彼女の号令とともにヴィルフィは自らの上空へと手を伸ばし、夜空に八重歯を晒した。


「――炎の赤子共よ、降り注ぐ雨を蹴散らす母の温もりを思い出せッ!」


 ヴィルフィの詠唱が終わった刹那、ティアルムの背後から、無数の光の矢が放たれる。それは放物線を描き、風に煽られ打ち付ける豪雨のようにヴィルフィに襲いかかった。

 その光の雨から魔女を守るように、ヴィルフィの上空に顕現したのは、巨大な炎の半球。傘のような形状をした炎の壁は、来る光の矢を先端から焼き尽くしていく。

 だがその炎の壁の合間を縫うように、一本の光の矢がヴィルフィの足元に勢いよく突き刺さった。


(――流石に全部は受けきれねえか)


 ヴィルフィは隙間をくぐり抜ける光の矢に注意を向けながら、次なる行動へと繋げるために詠唱を始める。


「裁定者よ、その瞬く眼光と共に我へと追従せよ! おのが血を沸騰させろ、食事の時間だ冷酷たる悪魔!」


 ヴィルフィの詠唱と共に現れたのは、賢者との戦いでも用いた雷と氷の魔法球――使用者に追従し無詠唱で攻撃を発動させる魔法だ。

 詠唱を受けた魔法球が顕現し、それを見たティアルムも次なる一手を打ち始める。


そびえ立つ強固な牢獄よ、我にその守りの力を貸し与え給えッ!」


 その瞬間、ティアルムを包むように一瞬だけ橙色の光が現れる。

 そしてヴィルフィが防御魔法に努めている間、追従する雷の魔法球がティアルムに向けて雷の刺突を繰り出した。

 しかしその攻撃は、呆気なく彼女の体によって弾かれてしまう。彼女が発動した防御魔法は、これしきの魔法で崩せるものではない。


(防御魔法なら、近付いて剥がすのが手っ取り早いか――っ!)


 ヴィルフィはティアルムの放った光の矢が収まる前に、掲げた手を引き炎の壁を消滅させる。

 容赦なく降り注ぐ光の矢、しかしその勢いは初手よりも衰えており、ヴィルフィはなんとかその回避ルートを探りながら、ティアルムの方へと重心を傾けた。

 あの光の矢は、以前戦った時と同じであれば拘束魔法を兼ねている。一撃でも当たれば、その後の攻撃で致命傷へと繋がるものだ。絶対に当たってはいけない。

 ヴィルフィは体を捻り、ときに前方へダイブし前転で勢いを殺さないように、光の矢を回避していく。


「女神に祝福されし天使たち、女神に仇なす敵の襲撃に備えなさいッ!」


 回避を続けていく魔女に対して、ティアルムは更に攻撃を加速させるように詠唱する。

 彼女の詠唱によって現れた光の矢は、降り注ぐ光の矢と同じタイミングで、ヴィルフィに牙を向けた。ヴィルフィは追従させていた魔法球でその矢を撃ち落とし、或いは凍らせる。

 だがヴィルフィは舌打ちを入れる。回避は出来ているが、近付いたあと攻撃に繋げるための詠唱が出来ない。ティアルムの防御魔法を崩すためには、それなりの威力を持つ魔法攻撃が必要になる。


(――なら、意表を突いてやれば良い、か!)


 ヴィルフィは光の矢を回避しながら、持っていたほうきを前方へと投擲とうてきする。

 ティアルムを攻撃する苦し紛れの攻撃ではない。あくまで彼女は魔女だ、ゆえに箒は乗るためのものである。

 一瞬驚くティアルムを周辺視で確認しながら、箒に向かって跳躍するヴィルフィ。そしてその箒は波に乗るように少し高く上がり、ティアルムが発動させた光の矢の軌道から外れていく。


「火炎の赤子共よ、おのが命の輝きを叫べ――ッ!」


 そしてヴィルフィは箒の先を左手で掴みながら、叫ぶように詠唱を行う。そのまま箒を蹴るようにティアルムへと跳躍、かざした右手からはほむらが輝いていた。


「っ!? 女神の祝福を受けし天使――」


「――おせえッ!!」


 厄災の魔女は全てを溶かさんとするほむらを纏ったその右手を、詠唱中の預言者へと叩きつける。

 詠唱のタイムラグを突かれたティアルムはなすすべなく、その焔に直撃された。ティアルムの体に橙色のひび割れが生じて、ガラスの割れるような音が二人の間に響く。ティアルムは防御魔法に攻撃を吸収させたが、その衝撃だけは収めることができず、反動がティアルムの靴を後方へと引き摺らせた。


「く――っ!」


 ティアルムはしかしそんな中でも、食いしばった歯を晒しながら決死の表情で、左手を前にかざす。彼女の後方に待機していた二本の矢が、ヴィルフィに纏っていた二つの魔法球に突き刺さり、無力化させた。

 そしてそのままティアルムは、まるで獲物を追う獣のように重心を前へ、ヴィルフィへと距離を詰めながら両手杖を振りかざす。


「させるかよ――ッ!」


 魔女の脳天を打ち砕かんとする裁きの鉄槌は、魔女の箒によって受け止められた。

 互いの武器がぶつかり合い、反動を食い止めるように彼女たちの手のひらを、指を震わせる。しかし一歩も譲ることなく、鍔迫り合いのように力を加えながら、互いの瞳を睨んでいた。


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