第13話「世界平和を願う者たち」(14)
「国外の資料を読み漁っているうちに、この子の生まれた場所を考えてみると良いんじゃないかって思ってね」
リスターがティアマットの顎をくすぐりながら、その場にいる面々にそう告げる。
「聖龍の生まれた場所? それがどこか分かるの?」
トレイスがリスターの方を向きながら、首を傾げそう問いかける。
しかしその問いかけに応じたのはリスターではなく、ティアマットをこの場で一番よく知っているヴィルフィだった。
「それは分かんねえけど、でもコイツの源流を辿ってみるのも悪くないって思い始めたんだよ」
「……確か聖龍は女神に仕えていた龍だって、あなたから聞いた。女神が生み出したわけじゃないの?」
「コイツが女神に仕えたのは後発的なモンだよ。だとしたら故郷があるはずだ」
ヴィルフィはソファーの上でごろごろ気持ちよさそうに撫でられているティアマットを見て、トレイスの疑問に答えた。
ティアマットは元々、女神に”一目惚れ”して彼女に仕えることになった存在だ。ゆえに一目惚れする前は、必ずどこかで生まれ育つ時期があったはず。
流石に女神に一目惚れしたから確実、という風に言うと引っかかれる気がしたので、そこまでヴィルフィは伝えなかったが。
「ティアマット、あなたの故郷はどこなの?」
トレイスはヴィルフィの意見にも一理あると感じ、黒猫の方へと問いかけた。
彼女が尋ねた瞬間、リスターが撫でる手を引いてしまい、ティアマットは心地よさから現実に引き戻される。答えなきゃ続きをしないからな、と言わんばかりのリスターの表情に、黒猫はこほんと低い咳払いをして、トレイスの方を見つめた。
「それが分かれば苦労はしないな」
「……自分の生まれ故郷が分からないの?」
「ふっ、どうやら女神の姑息さがこの事態を招いているらしい。魔女でさえ自らの故郷を覚えているというのに、私といえば女神に仕える前の、過去の記憶が消されている」
ティアマットは胸を反らしながら自信げにそう語る。
彼の記憶には女神と出会ってからのものしか残っていない。逆に言えば女神に仕える事をきっかけに、記憶が無くなっている――すなわち女神が何らかの干渉をした可能性が高いのだ。
自慢することでは全くないはずなのに、さも自慢げな様子の聖龍に、ヴィルフィは呆れた表情を浮かべ、ため息を一つ吐いた。
「……過去の記憶を消されてるっつうことは、逆に言えば女神にとってそれが邪魔だった可能性が高い」
ヴィルフィは彼の通訳をするように、補足説明をトレイスへと行う。トレイスも彼女の言葉に一つ頷きを返した。
「……なるほど、それは分かった。でも故郷が分からないんじゃ、どうしようもない」
「トレイス。だからこその異国の資料だよ」
割って入ってきたのは、にやにやと笑みを浮かべているリスター。彼女は脇に置いていた一冊の本を手に取り、ぺらぺらとページをめくっていく。
「当然のことだがこのスコラロス王国の外にも、多くの国々がひしめきあっている。そしてスコラロス王国は人間種がほとんどの人口を占めているが、隣国はどうだい?」
「……龍に関わる種族がいる、ということ?」
「正解」
リスターは図書館から借りてきただろう、研究室では見慣れない一冊の本をめくりながら、ふと目的のページが見つかったのか手を止める。そしてそのページを皆に見せるように、片手で開きながら持ち上げた。
「竜血種たちが住んでいる場所が、この国のちょうど隣に位置するバルへリア連邦共和国にある。彼らなら何か知っているかもしれないと思ってね」
「バルへリア……多様性の国か」
トレイスは指を唇に当てて、考え込むような仕草を取る。
彼女もそこまで国外知識に詳しい訳では無いが、バルへリア連邦共和国はトレイスたち人間種以外の多くの種族が暮らす国家だ。元々、話せる龍という存在はこの国にはおらず、そんな話も聞いたことがない。
龍血種たちも別に、見た目がモンスターのドラゴンという訳では無かったはずだとトレイスは記憶している。だがもしかしたら彼らなら、人語を解する龍の存在を何か知っているかもしれない。
「別に案としては悪くないように感じる。ただでさえ我々は女神に接触する方法を知らないから、可能性の高い線を当たってみるのは妥当。……だけど」
トレイスはヴィルフィをじっと見つめながら、何かを考え込んでいる。訝しげな表情を浮かべるヴィルフィだが、それを問い詰める前にトレイスが口を開いた。
「国境越え、魔女に出来るの?」
「あー、まあ」
トレイスの指摘に、素っ頓狂な声を上げるヴィルフィ。
スコラロス王国とバルへリア連邦共和国の間には、もちろんだが国境がある。明確な線引きがあるからこそ互いの国は侵略を続けることなく、合意のもとに争いを避けているのだ。
当然、合法的に国境を越えるのであれば許可が必要である。そしてもちろん、魔女ヴィルフィに国境を越える資格はないだろう。
返す言葉もないヴィルフィの頭の中には、無理やり突破するという案が出ていた。こちとら厄災の魔女なのだ、赤信号を守っている場合ではない。
だが彼女がその案を口に出す前に、研究室に低い女性の笑い声が響く。それはリスターの高笑いだった。
「トレイス、私たちは世界の味方なんだ。それくらい簡単なことじゃあないか!」
「どういうこと?」
「私は魔災対策機関クスウィズンの研究者だよ? 魔災に対して有力な情報があるから調べたい……という風に機関から手を回せば、許可など簡単にもらえる。後は魔法使いと剣士の護衛、そして癒し系モンスターを連れていると嘯けば、特に問題ないだろう」
「有力な情報は、具体的に言わないと許可が下りないと思う」
「そうだねえ、じゃあこういうのはどうだろう。……魔女の森崩壊後に、トレイスが大穴から龍が飛び立つのを見た。魔女と龍の関係性を調査するために、龍血種たちに聞き取りをしたい、と」
「……なるほど。それなら」
リスターの提案に対して、うん、と一つ頷きをして納得の表情を浮かべる。
「……じゃあこれからの方針は決まったな。アタシとティアマット、それに親父はリスターに同行してバルへリア連邦共和国へ行く」
ヴィルフィはトレイスに最終確認を行う。トレイスもまっすぐな瞳で彼女を見つめ、もう一度頷いた。
「問題ない。私はガラリエの遺品を漁りながら、王国でリートの様子を伺うよ」
魔女一行と研究者たちは、女神に向けて次なる行動を起こしていくことになった。




