第13話「世界平和を願う者たち」(13)
「……ザペルのおっさんを殺したのは、女神だって言いてえのか?」
ヴィルフィが放った言葉――その場にいる全員がここまでの文脈から察していた予想に対して、トレイスはこくりと頷く。
預言者ティアルムの誘拐を知り、何者かが前預言者であるザペルを殺した。そしてその後に現れた、賢者リートが女神の声を聞いたという噂。
女神が特別な力をリートに授けているというヴィルフィの言葉が真実であれば、女神とリートが繋がっていることは明白だ。
「少し疑問点があるのだけれど」
挙手をしたのはリスター。彼女はまっすぐにトレイスへと向き直り、じっと彼女のターコイズブルーの瞳を見つめた。
「教団に押し寄せた盗賊が偶然この状況を作り出した可能性は?」
「一度魔女に押し入られているとはいえ、被害状況はそこまで大きいものじゃない。それにザペルの殺害犯を見た人物はいない。並の盗賊じゃ不可能」
「では、因果関係が逆の場合は? トレイスが言っているのは、女神はリートを預言者にするためにザペルを殺したんだろう。だがザペルが殺されてティアルムが行方不明だからこそ、リートに声をかけることにした可能性がある」
「それは一理なくはないけど、違和感はある。今女神の声を聞くことが出来るのはティアルム、だけど彼女はここに来てから今まで一度も女神の声を聞いていない。預言者という立場を使うだけなら彼女の方が王国民から慕われているし利用価値がある。だけど女神はなぜかリートを選んだ。そこに必然性があると踏まえれば、むしろ彼を預言者という立場に”立たせたい”という女神の意図が出てくる」
「――神はサイコロを振らねえ、ってな」
トレイスの言葉に、ヴィルフィが同調した。
女神は何か意図を持って行動している、それはヴィルフィだからこそ分かることだ。ネムを殺したのは偶然ではなく必然、ヴィルフィに罪をなすりつけたのも必然。全ては彼女の手のひらの上で転がされているに違いない。
だからこそ、今回のザペル殺害に関しても偶然リートへ声をかけた、という論はおかしいような気がしている。女神がリートに宿った能力を使って、何かをしようとしているのだけは分かっていた。だからこそ、この時期の接触が偶然などとは考えられない。
ヴィルフィは全員を一瞥し、口を開いた。
「女神がザペルのおっさんを殺す理由は、それだけじゃねえ。かつておっさんが預言者をしていたときに、ガラリエ師匠を殺すように天啓が下った。師匠はこの世界の真理を探られる事を嫌がっているかもしれねえ。そしてザペルのおっさんは、ガラリエに近い人物の一人だ。ガラリエの遺品なんかを漁られた日には、たまったもんじゃないだろうな」
ザペルはヴィルフィと会い話した後、決してこちらに対して悪い顔はしていなかったように感じている。かつて仲の良かったガラリエの弟子ということも大きかっただろうが、本当に魔女が敵で良いのだろうかという顔はしていた。
だからこそその後、ガラリエの遺品を探すといった余計な事をしそうになって、女神に消された……そういったストーリーも考えられる。
「最終確認をしたい」
トレイスはヴィルフィをまっすぐ見つめたまま、口を開く。
「本当にあなたの仲間が殺してはいないんだね?」
「最初からそう言ってる」
「分かった。……じゃあ今までの話を整理するよ」
トレイスは研究室にある彼女の背丈よりも高い白いボードに、傍に置いてあったペンで何かを書き込んでいく。ヴィルフィの元々いた世界では”ホワイトボード”にあたるもので、この世界でも同じようなものがあることに少し驚きを覚えていた。
「まず私たちの世界は、この三すくみになっている」
トレイスがボードに『王国・教団』『魔女』『女神』と書いていく。
「『王国・教団』から『魔女』には敵対関係がある。女神の言葉が絶対である以上、たとえ預言者リートが誕生しても、これは揺らがないだろうね」
「……アタシたちは別に王国や教団と敵対したいわけじゃねえよ」
「だからあくまで『王国・教団』は『魔女』を敵視しているだけ。『魔女』から『王国・教団』に関しては特に何も思っていない。むしろ敵視しているのは」
「『女神』だ」
トレイスは頷き、『魔女』から『女神』へと矢印を書き込んでいく。
「女神自身はこちらの事を消したいかどうかは分からない。まだ直接的なアプローチがないからね、あくまで利用しているに過ぎない。そして利用していると言えば、女神信仰の『王国・教団』もそれにあたる」
トレイスはボードへと、三角形を作るように矢印を書き込んでいく。
「……アタシら、しっかり女神の手のひらの上だな」
「この話で見えてきた大きなものの一つは、この三すくみの関係を発見したことにある。私たちは今まで、『王国・教団』と『魔女』ばかりを見てきたに過ぎない」
トレイスはヴィルフィ、そしてティアルムとここまで話した内容をまとめにかかる。
もちろん魔女ヴィルフィの話がすべて真実であることが前提の話にはなるが、気をつけるべきは魔女でも王国や教団でもなく、トレイスの中では女神という結論に至った。
この結論に至ることを予想していたトレイスは、あえて預言者本人であるティアルムをここに呼ばなかった。女神が父親を殺した可能性があると言ってしまえば、彼女の絶望は計り知れないものになるだろう。或いは話にならないとぷりぷり怒り出して話が前に進まないか、どちらかだ。
「……それにしてもガラリエの遺品、か。一つ世界の真相に近付くヒントになるかもしれないねえ」
リスターはにやにやと口角を挙げて、そう呟く。楽しそうな様子のリスターだが、その気持ちはトレイスにもよく分かった。
「世界の真理を追求した者の遺品、確かめてみるのも悪くないね。……そういえば、あなた達は何か見つかったの?」
トレイスはヴィルフィ、それにリスターとティアマットに目を配る。
彼女たちはミュトシアの図書館で聖龍に関する情報収集を行っていたはずだ。女神に会うためには、聖龍ティアマットの力を復活させる必要があるらしい。
その調査に同行していたリスターは、にやにやと笑いながら手のひらを上にして、やれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「結論から言えば、図書館で直接的に力を取り戻す必要は分からなかったね。……ただ」
「ただ?」
リスターはティアマットの顎を指でくすぐる。彼は最初屈辱的に思ったが、その気持ちよさに免じて許すことにした。
「国外の資料を読み漁っているうちに、この子の生まれた場所を考えてみると良いんじゃないかって思ってね」
元聖龍の黒猫は、リスターの指で気持ちよさそうに笑みを浮かべていた。




