第13話「世界平和を願う者たち」(12)
ティアルムと話した日の夜、トレイスは図書館から帰ってきたヴィルフィたちとともに、再び研究室へと集まって情報共有を行っていた。
魔女ヴィルフィはこの前と同じように、礼儀の欠片もないような乱暴な座り方で椅子へと腰を押し付けている。その視線の先にいるのは、ソファーに隣同士で座っている黒猫ティアマットと研究者リスター。そして壁際にはもたれかかるようにハーデットがいる。ティアルムはあえてこの席に呼んでいない。
トレイスは王都に向かって同級生のマリンから集めた情報を彼女たちに共有している。ザペルが殺されたことが真実であること、そして賢者リートが女神の声を聞いてジュスカヴ村を魔災から救おうとしている事を伝えた。
「……賢者には騎士団も同席しているのか」
ハーデットは研究室の壁にもたれかかり、腕を組みながらそう告げる。
彼の身なりはかなり綺麗になっており、衣服はボロボロの装束から新品の外套へと、その腰に新品の剣を差していた。ミュトシアで売られていたものだが、その見た目はやや古めかしい。街で売られている武器は、魔法によって端正に整えられている。しかしハーデットはそのお手本のような剣を一蹴し、街の端に暮らしていた鍛冶屋の叩く手製の剣を選んだ。彼曰く、鍛冶屋と剣の話で意気投合したようで、それを聞いたヴィルフィは我が父親ながら呆れていた。
「騎士団が関わっているということは、王国も賢者に協力しているということ?」
トレイスがハーデットに向けてそう尋ねる。騎士団の事であれば、元々騎士団に所属していたハーデットが詳しいはずだ。
「いや、元騎士団長グレンの独断だろう。確かアイツは、賢者の剣術の師匠だったよな?」
「そうだね。私と王都の魔法学校で会う前からの仲。私たち以外でリートが一番相談しやすいのは、彼だと思う。……でも騎士団を動かすまでの力がその人にあるの?」
「元とはいえ騎士団長の頼みは蔑ろにはできねえだろう。それにジュスカヴっていやあ、女神信仰から外れた偏屈な村だ。王国も手を焼いていたんだろうさ」
確かにね、とトレイスは彼の理論に納得の色を浮かべる。
リートが何をしようとしているかは、仲間であるトレイスにも分からない。彼女が王都へ戻ったときには既に、リートは旅立ってしまっていた。あくまでマリンから事後として聞かされた後だ。出発時期を鑑みると、既にジュスカヴ村に到着して何かしら行っているに違いない。
そしてトレイスの仲間であるベールやキャロシーの姿も無かった。マリン曰く、彼女たちもリートに同行しているようだ。自分だけ置いてけぼりを食らっているようで悲しかったが、こちらはこちらで大変な事をしている。これは仕方ない。
「……それよりもよ、賢者リートが女神の声を聞いたっていうのは本当なのか?」
トレイスに質問を投げかけたのは、椅子を揺らしながら遊んでいる、少し無邪気な様子のヴィルフィだった。
しかし彼女の表情自体は真剣そのものだ。ここまでリートに固執する理由は未だ教えてくれないが、それはかなり高い壁のように感じている。ヴィルフィはともかく、リートさえも関係について教えてくれないのだ。少なくとも今のトレイスの立場では、これ以上聞くことは出来ないだろう。
「信頼できる情報筋によると、王国でそういう噂が立っているみたい」
「あくまでウワサレベルってことか。だがそれが本当だとすると……」
ヴィルフィはソファーでくつろいでいるティアマットの、金色の瞳をじっと見つめる。ティアマットは日中活動して疲れているのか、少し眠そうにしながらも彼女の視線に応えた。
「女神が賢者に対して、何かしらの接触をしている可能性があるな」
「あんのクソ女神、何考えてやがるかさっぱり分からねえ……」
ヴィルフィは舌打ちを一つ。
彼女の内心はかなり苛立っていた。彼女自身か、或いは事情を知っているティアマットのみがそれを察することが出来るのだが、大事な人を現実世界で殺した挙げ句、この世界でも何かしら利用しようと企んでいるのだ。
そしてそれは、彼が大事にしているであろうこの世界の崩壊に繋がっていることは、ここまでの話を通じてよく分かっていることだった。女神はリートを利用して、この世界を滅ぼそうとしている。むしろ現実世界で殺したのはこの野望を達成させるための手段なのだろう。
ヴィルフィは苛立ちを隠せずに、脚を揺らしながらそれを発散する。その気持ちの真意を理解できる者は、たとえティアマットがソファーに座っているとしても、ここにはいなかった。
「女神が何を考えているかは見当がつかないから、これ以上は考えないものとするよ」
トレイスがヴィルフィの様子を伺いながら、自らの話を始めるためにこの話を途切れさせた。
「私に一つ仮説がある。今日はそれをみんなに共有しておきたいと思って」
トレイスは全員の顔を一人ずつ眺めていく。ハーデットの視線は最初よりもかなり柔らかくなった。ティアマットは自分よりも無表情で、リスターはいつものニヤニヤを眼鏡の奥に浮かべながら、お互いにソファーの柔らかさへ身を委ねている。そしてヴィルフィはその苛立ちを一旦なんとか沈めたようで、太ももに肘をおいて前のめりにこちらへ視線を向けていた。
先ほどティアルムと話したことで、トレイスには多くの情報が集まっている。そしてそこから導かれる仮説を共有し、その説得力を高めようとしていた。
トレイスは皆の視線を受けて内心少しだけ心臓の音を高鳴らせながら、恐る恐る口を開く。
「……女神シゼリアードは、新たな預言者を創り出そうとしている」
トレイスのその言葉に頷いた者は、少しの沈黙が場を支配しても、まだいない。
しかし呆れられているのではない。彼女の推論をじっと全員が待っていたのだ。その可能性が今、捨てきれないという事実を抱えて。
「魔女ヴィルフィによる女神と賢者についての証言、前預言者ザペルの殺害事件、そして王都で蔓延っている賢者リートの噂……これを全てかけ合わせると、この結論が私の中で導かれた」
「……詳しく教えろ」
聞こえによってはかなり威圧的な声で、ヴィルフィがトレイスにそう尋ねる。その視線もナイフのように鋭い。
もちろん彼女が敵であればトレイスも少し緊張してしまうだろう。しかし今の彼女は、少なくともこちらも敵ではないと信じている。トレイスにはむしろ彼女が、頼もしい味方のように見えた。
「もし今までの話が本当なら、という仮説を忘れないようにしてほしい。……魔女ヴィルフィによれば、女神シゼリアードは賢者リートに特別な力を授けている。そしてその力によって賢者リートは活躍をしているわけだけど、その裏には世界を脅かす魔災の元凶であるという事実が隠れていた」
「ああ、女神はそう言ってた」
「だとすれば賢者リートに女神が接近したのはなぜだろうね。……そこで私は彼の力を利用して、新しい賢者を誕生させようとしているのだと思ったの」
「……どうしてそう思ったんだ?」
「私たちが預言者ティアルムを誘拐したことは、女神だって分かっているはず。そしてその直後に起こったことは?」
前預言者ザペルの殺害。それはその場にいる全員がすぐに答えられることだ。
だがトレイスがこの文脈でその事件を挙げた……それによってトレイスが伝えたい真意が、全員に伝わっていた。
代表するようにヴィルフィが、険しい表情を浮かべながら口を開く。
「……ザペルのおっさんを殺したのは、女神だって言いてえのか?」
トレイスはヴィルフィの言葉に、ゆっくりと頷いた。




