第13話「世界平和を願う者たち」(10)
ヴィルフィたちがミュトシアのクスウィズン本部に招かれてから、数日が過ぎた。
魔女一行と研究者たち、そして預言者を交えて魔災の真相を探ったあの夜に、彼女たちは約束事を行っている。
一つは魔女ヴィルフィとその一行をトレイスとリスターが保護するというものだ。もちろんクスウィズン総出で彼女たちを匿うことはできないが、クスウィズンの本部は幸い広く、ルートさえ間違えなければ日中に出歩いてもそこまで人と会うことはなく、また外套で身を隠していればすれ違っても誰も見向きもしなかった。地下研究所にいるということそれ自体が、怪しい身元でないと保証してくれているらしい。
そしてもう一つは、魔女側と研究者側の情報共有だ。ヴィルフィが知っていることは基本的に話しているため、ここからはトレイスが知っている事を話すことになる。
トレイスは別日に魔災に関して現状クスウィズンが分かっている事を話した。ほとんどはヴィルフィも知っていることだったが、様々な魔災のサンプルを集めているクスウィズンの生の情報は、ヴィルフィの推論を裏付けるのに役立っている。
そして情報提供といえばもう一つ、聖龍ティアマットの力を取り戻すための調査も兼ねていた。主にリスターが中心となって、聖龍に関する情報を探している。
もちろん聖龍のことは神話にも書かれていない、一般的に広まっていない存在だ。リスターも証拠がないゆえに半信半疑ではあったが、だったら自分が行うとトレイスが言い出したときに、ため息を吐きながら自分が行うと魔女への協力を申し出た。
リスターは聖龍の情報を調べに、普段はあまり外に出ないにも関わらず、クスウィズンの地下施設から出ている。ヴィルフィとティアマットとともに、都市の図書館へと出向いていた。
ハーデットはここ最近、剣の調達に向かっている。いざというときのために、鈍った腕を取り戻しておきたいと、機関本部の裏にある湖の近くで剣を振るっていた。
みなが来たる動きに備えて準備をしている、そんな中――
「……お父様、女神様、いつまで私はこんな場所に閉じ込められているのでしょう」
暖色の魔石灯がほのかに照らす部屋に閉じ込められて、蚊帳の外になっている女性が一人。
預言者ティアルムは自分の不甲斐なさに辟易していた。
自分は早く王都に戻り、状況を把握し教団を導かなければならないのだ。それに魔女たちが言っていた自らの父ザペルの死も、まだそれが本当か確証を持てていない。自らの父を失った悲しみというのは大きいはずなのだが、涙が一滴も流れてこない。
それは未だに彼女が、父親の死というものを実感できていないからだった。今ここで彼女たちがティアルムに嘘をつく必要はなく、ザペルの死は本当かもしれないとは彼女自身も感じている。しかし大きなショックを感じたのはそれを盗み聞きした直後だけで、その後特別な反応が出ているわけではなかった。
(……薄情者なのでしょうか、私は)
そこがむしろ嫌だった。父親の事を自分は好いているはずなのに、いざ父親が死んだと聞かされると、これっぽっちの反応しか返すことが出来ない。親不孝者と言われても仕方のないことだ、そうティアルムは感じている。
ティアルムは別に疲弊しているわけではなく、まともに考えることも出来ていた。ザペルがいない今、教団がどうなっているかは想像に難くない。ゆえに預言者である自分がいち早く戻らなければ、戻って教団を統率しなければと強く感じていた。
だが、実際はこうである。魔女に拉致され閉じ込められ、毎日「女神からの声は聞こえなかったか」といった情報を聞かれ、そして自分は首を横に振るだけなのだ。
ティアルムはこの点についても気に病むことがあった。女神の天啓があれから聞こえないのだ。自分の存在意義の最も大きな預言者としての役割、それが無くなってしまっている。幾度女神に助けを求めようが、女神は答えてくれなかった。
もちろん女神を責めるつもりは毛頭ない。弱い自分が女神の声を聞いて、何か魔女に情報を提供してしまうことを危惧しているのだろう。そんな弱い自分に辟易しながらも、いつか助けが来ると、ティアルムは毎日祈りを捧げていた。
こつ、こつ、と靴が廊下を叩く音が聞こえる。それはティアルムが毎日聞いていた、魔女の足音だ。また今日もあの拷問(と言っても別に暴力を振るわれてもなければ、無理に問い詰められているわけでもないのだが)の時間が来るのかと、ティアルムはぎりりと歯を食いしばった。
そして扉を開けて現れたのは――
「――トレイス?」
彼女にとっては意外な人物だった。
水色の髪を微かに揺らし、ゆっくりと入ってくるトレイスは、そのターコイズブルーの瞳でじっとティアルムを見つめている。
「ティアルム、少し話したいことがあるけど、いい?」
「いいって聞かれても、別に私に拒否権はありませんよね。それに私も貴方に聞きたいことがありますから」
ティアルムは真剣そうな瞳でじっとトレイスを見つめ返す。
ティアルムはトレイスの事をずっと信頼していた。自分が預言者になる前から彼女の事を知っていて、身分ではなく素直な自分を見てくれている数少ない人物だ。確かにあまり教団のことをよく思っていない様子はあったが、彼女自身も自らと同じく世界平和を志していることはよく知っている。道は違えど、行き着く先は一緒だと信じていた。
信じていたのだが――
「どうして厄災の魔女に協力するなんて真似を? 弱みを握られているのであれば、話してください」
今の彼女の様子は、魔女への協力を惜しまないという点に集約しているように見えた。
厄災の魔女が魔災を引き起こしている諸悪の根源であることは、女神の天啓で伝えられた通りだ。トレイスは賢者の魔女討伐にも参加しており、魔女を討伐しなければいけないという意見は一致しているように感じていた。
だが今は女神ではなく魔女の言葉を信じている、少なくともティアルムにはそう見えている。とすれば、何か弱みを握られて魔女に利用されているはずだとティアルムは考えていた。
しかしトレイスは首を横に振って、彼女の言葉を否定する。
「別に弱みなんか握られていないよ。むしろ魔女の弱みを掴んでいるのはこちらの方、クスウィズンの救助チームを全員ここに呼べば、魔女を制圧出来るかもしれないからね」
「だったらどうして?」
トレイスはティアルムの少しだけ黒く染まっている熱い瞳を、自らの瞳に宿る冷気で静めようとするかの如く、じっと見つめ直す。
「ティアルム、私は今迷っている」
「迷っている、とは?」
「魔女を裏切って、あなたを解放するべきかどうかを」
トレイスの突然の言葉に対して、ティアルムは目を見開く。
彼女はてっきり魔女に味方しているものだとティアルムは思っていた。しかし今彼女は葛藤の中にいるのだ。あくまで魔女の意見を聞いたうえで、彼女を信じるか、信じないか。
「……王都に戻って、ザペル様の墓標に挨拶してきた」
その言葉を聞いた瞬間、ティアルムの表情から血の気が引いていく。
彼女が言った言葉、それは父親の死が本当であったことの証明だ。魔女との話を盗み聞きしてきた時は半信半疑だったが、トレイス本人からこう告げられると、真実味も増すというもの。
しかし彼女はまだ、涙を流せない。ただ気まずそうにトレイスから目を逸らすだけだ。あまりにも薄情な娘だと、ティアルムはまた自責を繰り返す。
そんなティアルムの内心を知ってか知らずか、トレイスは淡々とした口調で話を続ける。
「王都はやっぱり混乱してる。特に教団かな。直接関わることはできないけど、知り合いの教団員に聞いたら、指導者がいなくなって教団員は不安に駆られてるって。魔女を共通敵にしている分まだ大丈夫だけど、権力争いが裏で行われてるって噂もあるみたい」
「そう、なのですか……」
ティアルムはいたたまれない気持ちに苛まれる。”権力争い”というのは本当のことだろう。
自らはただ愚直に女神の言葉を信じて、世界がよりよくなればと行動を続けてきたつもりだ。
しかし教団はもちろん一枚岩ではない。父ザペルの事を尊敬する人物もいれば、軽蔑する人物もいる。派閥があること自体は分かっていたつもりだった。
この非常事態に協力せず権力争いに明け暮れている状況に、ティアルムはどこか教団に対する失望を感じている。教団とは信じる者に付き従うもので、まっすぐで清廉潔白でなくてはいけない。少なくともティアルムはそう考えていた。
目線を逸らしたままのティアルムに対して、トレイスは一つため息を吐き、目線の合わないティアルムの瞳をまたじっと見つめる。
「情報を得るためにしたこととはいえ、あなたを誘拐したことを後悔してる。そしてこうも考えている……今私が拘束魔法を解いたら、王都は平穏を取り戻すのかなって」
トレイスは王国の運命を握る、葛藤の中にいた。




