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 サルトリイバラ。

 ナナイロ高等学校の一年生で、中学時代は女子1500mで全国大会を優勝している、日本最速の女の子。

 スレンダーな体型で、体が、骨格からして細い。指の先までもが細く、長い髪がアンバランスに重厚で、太ももは必要最小限の筋肉を覗かせている。

 その少女が、商店街の脇にある裏道を走って、ちょうどいま一息ついたところのようだった。その颯颯とした風が、ここにまで届いたのだ。

 目につくほど真っ赤なポストが立っていたから、あれが目印なのかもしれない。

 ゆずは、吸い込まれるように路地裏に入っていく。

 地面のあちこちにはガムを吐き固まったような黒いシミが残り、紫煙や排気ガスで壁は全体的に灰色に汚れていた。

「イバラちゃん。練習中? 大変だね」

 さりげなく声をかけたゆずへ、イバラはぎょろりとした目を向ける。気の狂った猫のような、死を目前にした爬虫類のような、はたまた薄暗い井戸の底をのぞき込んでいるかのような目だった。

 イバラは、八重歯の光る真っ赤な口を開け、運動後の上気した吐息を吐き出しながら、冷たく突き放した。

「アは。大変じゃないわ。昨日のあたしよりひとつ強くなればいいだけだもの」

「ひとつ?」

 運動後でテンションが上がっているのか、イバラは上機嫌に答える。

「早いランナーなんてこの世に存在しない。なぜなら早さは何かを比較して初めて生まれるから。だから目指すべきは、強いランナーなの」

「強い……」

「一日ひとつ、強くなり続けるだけでいい。アはは。今日のあたしは、昨日のあたしを越えたわー」

 ゆずはその言葉に、どこか感銘を受けていた。

 やはり全国制覇するような人は言うことが違う、とも思った。

「ほへー」

 感動のままに出た声が、あまりに間抜けだったのか、ゆずははっと自分の口を抑える。

「じゃ、ジョグして帰るから」

「あ、うん、おつかれー」

 たははと笑うゆずは、ぎゅっと胸に手を当てて、イバラの言葉を胸に止めていた。

「一日ひとつ、かぁ」

「はいはい、感心している場合じゃないよ、ゆず」

「えっ、また!?」

「ガケップチだ」


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