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或る青年の最期

 漆黒に染まった京都の山中に、突如光が現れた刹那、轟音が響き渡る。

 時折、悲鳴にも似た金属が擦れ合う音が混じる。そして再び甲高い轟音が、山中に共鳴し、遠ざかって行く。

 それは、カミナリ族であった。


 昭和20年代後半から30年代に掛け、戦後の混乱の沈静化に伴い、少しずつではあったが生活にも余裕が生じ始めると誰もが求めるもの、それは娯楽であった。

 この頃の娯楽と言えば、テレビと映画であったが、テレビはまだ普及前夜で、街頭テレビがまだ主流であり、夜になると街頭テレビに人が集まるのが当時の日常の光景であった他、テレビのある家に人が集まることも珍しくなかった、そんな時代。


 また、若者文化も徐々に復興が萌し始めていた時代でもあり、太陽族などの文化も生まれ始めていた。尤も、年配世代は、こうした若者特有の現象に眉を顰め、本能的に良い顔をしない。それは古今洋の東西問わず共通の現象だろう。因みにこの頃の年配世代の中には、大正から戦前の昭和を席巻した、所謂モボ・モガといったハイカラの体現者もいたのだが。

 あの伝説の歌手、ロックン・ロールの創始者の一人でもあるエルヴィス・プレスリーがデビューしたばかりの頃であり、激しいダンスを伴うスタイルは、多くの若者を熱狂させたが当時の保守層はやはり眉を顰め、ほぼ同世代であり夭逝したジェームズ・ディーン、マーロン・ブランドなどのジーンズにTシャツと革ジャンといった、後のアメリカ人の典型というと高確率で浮かび上がるこのファッションも、やはり保守層からは、反抗的と見做され問題視されていた時代である。

 カミナリ族も、そんな若者文化の派生として登場した一派であった。


 後に都市部で暴走行為や暴力行為を繰り広げることになる暴走族の先駆とも言えるが、当時は二輪で山中の峠などをスピードを上げて攻める程度で、まだかわいいものであった。

 しかし、四輪に比べ安価とはいえ、当時の国民の所得事情からすればまだまだ高価であり、カミナリ族には中流家庭以上の若者が多かった。

 

 今山中を死と隣り合わせの猛スピードで真っ黒いマシンと共に駆け抜けていった若者も、所謂旧家出身であった。因みにマシンは国産のSSD。クラブマンレーサーであり、80万円と非常に高価だった。

 そんな高価なマシンに乗って攻める彼は腕前も一級であり、いつしか周囲からは『峠のキング』と呼ばれるようになっていた。

 また、ある者は、当時超がつく程高価だった黒のフルフェイスヘルメットに黒の上下、真っ黒なマシンから、『オール・ブラック』と呼んで恐れた。実際、真っ黒なシルエットが、命知らずのスピードで駆け抜けていく様に、ビビらない者はいない。

 しかし、彼は孤高であり、そして誰にも言えない秘密があった。その秘密こそが、命知らずの理由でもあるのだが。


 ある日、漆黒の峠を轟音を響かせながら数台のマシンが攻めていた。

『ひゃっほぉう~!!』

「このスリル、たまんねえなあ~」

「周りはガタガタうるせえけどよお、放っといてくれってよなあ~」

「ああ全くだぜ」

 そして、待避場に停車すると、マフラーを下げゴーグルと共にジェット型と呼ばれる顔だけオープンになっているヘルメットを脱いだ。その瞬間に流れるような黒髪が零れ落ちる。この集団、何と女であった。よく見ると、まだあどけない。少女であることは、明らかだった。

 その内の一人が、後にSSD草創期の一翼を担うことになる嵯峨野雪代である。旧家出身で、当時、女ばかりのカミナリ族を率いるリーダー格であった。

 当時の彼女は、所謂不良少女であったが、粋がっている裏で過酷な幼少期を送った。

 

 大東亜戦争が始まる年に生を受け、戦後、父は公職追放となり、家を見る周囲の目は一変した。自分が悪い訳でもないのに理不尽な目に遭う中、次第に世間から距離を置くようになり、やがて死と隣り合わせのスリルに身を投じる内、いつの間にかつるむようになった仲間は、自分の数少ない理解者でもあった。

 ある意味、SSDに加わるまでは、最も居心地が良く、そして幸せな時代でもあったろう。


 ガッシャ~ン!!

 

 そんなある日、競争の果てに一人のライダーが転倒し、そこへ腕を組んで負け犬を見るような視線で仁王立ちを決める雪代。無論傍らのマシンは大きく損傷しており、恐らくは美しい形状であったであろうタンクへの無数の擦り傷が痛々しい。

「けっ、それで自称峠のキングか?大したことねえな」

 自称キングは腕はなかなかであったものの、元より周囲からの評判も悪かった所為か、雪代は冷酷に言い放って一瞥をくれてやると悠然と走り去る。当人も何度か危険な目に遭っており、いつかは鉄槌を下してやろうと思っていた。

 雪代としては、元より危険行為をしている自覚はあり、それだけに合意の上での勝負を除けば、相手を危険な目に遭わせることだけは避けていたのである。

 これは、父から『他人に迷惑を掛けるな!!』と幼少から厳しく仕込まれてきたのが大きく、その一線だけは守り通していた。その点だけは裏切ったことがない。それは絶対自信を持って断言できるし、或いは、この一言が、雪代にとっては親子を結ぶ最後の絆だったのだろう。

 そして気が付けば、自分がホームにしている峠で敵う者はいなくなっていた。

 

 それから数日後……


 いつものように独り峠を攻めていた雪代。

「か~っ、やっぱ最高のストレス解消法だぜ」

 何かあったようで、珍しく一人で早朝に峠を死と隣り合わせのスピードで走っていた。と、不意に後ろからチカチカチカと光るのを感じた。

 その様子に雪代は背筋に悪寒が走る。雪代でさえ只者じゃないと思う程の気配。

「まさか……」

 京都でカミナリ族をしている者なら、噂に聞いている存在がいた。それは、通称峠のキング。先程の自称とは訳が違う。特に、キングは実力者を見つけると三回パッシングし、勝負を挑んでくるということは雪代も知っていた。その上、不思議と気配がしないため、直前になりパッシングされるまで気付かない。

 何より、勝負を挑まれた者の結末は、悲惨であった。ケガはザラ。そこまでいかなくともこの勝負が原因でトラウマとなり、大半がバイクすら降りてしまっているという。尤も、そのまま引退した者は反って幸運というべきかもしれないが。

 噂が広まると、峠のキングだと分かった瞬間減速して勝負を放棄する者も少なくなかった。

 だが、挑発されると逆に闘志が湧くのが雪代である。キングに挑発され、黙っていられる性分ではなかった。

「けっ、上等じゃねえか。その勝負、受けてやらあ」


 雪代の勝負に乗るという合図を確認すると、キングは前に出た。オールブラックの出で立ちにフルフェイスから爪先まで黒尽くし。まさにキングだ。

 そして、これまでとは次元の違う走りを雪代に披露する。

「すげえ、あんなにスムーズに峠を抜けていくなんて初めて見た」

 峠のキングと呼ばれるだけあり、雪代を唸らせる程に、その走りは次元が違った。だが、雪代もそんな峠のキングに追随しているのだから驚きである。

 だが、程なくキングはあっという間に雪代を引き離し、消えていった。

「あ、あたいもあんな走りがしてえ」

 茫然としながら消えていった先を見つめている。雪代にとってキングとのファーストコンタクトは、そう言いたくなる程に強烈であった。


 それから、雪代は一人早朝に峠へ出掛け、何度もキングと出会い、必死で食らいつく。その過程で、気付いた。それは、実に絶妙且つ繊細なブレーキコントロールこそがキングの速さの秘密であることを。

 そこに気付いた雪代は、ブレーキングコントロールの腕前を必死で磨く。だが……


 いよいよという時に、キングは姿を消した。何度も早朝に峠で待っていても、現れることはなかった。そして、雪代は、もう二度と現れないことを悟った。

「何故、何故なんだ。何で決着がつけられるかもしれないって時に」

 雪代は、怒りよりも、ある種の虚しさに襲われていた。


 しかし、この時キングは自宅の蔵で病の床に伏せっていた。母屋ではなく蔵に隔離されている理由。それは、肺結核であった。

 嘗て、肺結核は不治の病と言われ、長い歴史の中で多くの人が命を落した。その中には歴史上の人物や著名人も少なくない。

 この頃には漸く治療法が発見されていたが、未だ脅威には違いなく、命を落す者は多かった。

 余談だが、日本では高度成長期に伴う衛生状態や医療体制、栄養状態の大幅な改善によって、結核菌に対し高い抵抗性を持つようになった結果、患者を治療しきる前に潜在的患者がそのまま地下に潜る恰好となり、先進国の中では今尚結核患者は多い。

 そして、結核は空気感染するのに加え、未だ死の病には違いなく、脅威レベルの高い病でもある。また、世界的にも結核は途上国を中心に死因の上位を占める。

 日本で肺結核と診断された場合、法定伝染病であるため隔離措置が採られ、多くの場合サナトリウムなどで長期療養となる。


 病に伏せっていたキングは、これまでの人生を振り返っていた。

 戦後間もなく、あどけない女の子と戯れる。それは、幼い雪代であった。穏やかで幸せな日々。だが、そうした時間は、長くは続かない。雪代の父が公職追放となったため、その縁は突如切れることに。

 以降、音信不通となり、二度と会うことはなかった。

 少し後で知ったことだが、雪代は自分の許婚だった。だが、汚れた家柄の娘との結婚など、出来る筈もない。

 それから数年後、雪代はカミナリ族をしていることを風の噂で知り、その時には峠のキングと呼ばれていたのもあり、どれ程に成長しているか知りたく、峠に現れた。

 あの頃と違い、気の強そうな顔立ちであったが、見間違う筈もなく、端正な所は変わっていなかった。

 寧ろ不良っぽい出で立ちの中に、匂い立つものを感じ取り、あの出来事が無ければ大和撫子でも十分通用するだろうに、惜しいよなと思いつつ、その走りを密かに見守った。そして気付いた。走りはまだまだ荒いが、彼女には、天性の才能がある。

 その天賦に、磨きを掛けてやりたい、何処まで伸びるだろうかと。


 雪代の前に突如現れ、始まった峠での死と隣り合わせのレース。それは、彼にとって雪代とのデートに他ならない。同時に、束の間の幸せでもあった。彼に時間は残されてなかったのである。

 そして、この時余名幾何もなかった彼は、雪代に遺産を引き継いでほしかった。このブレーキコントロールと共に、もっと大きく広い世界へ羽ばたいていけと。お前はこんな峠で燻ってるような人間じゃないと。

 彼には、世界へと羽搏いていく雪代の姿が見えていたのである。


 だが、雪代との勝負の決着の矢先、彼は最早バイクに乗れない程病状が悪化していた。最早、死を待つばかりとなった、この身体……

 しかし、そこから更に二年持ち堪える。だが、それは地獄の二年でもあった。

 意識朦朧とする中、彼は、夢を見ていた。それは、あの時の決着を付けようとしている夢だった。

(死ぬな、お前はまだ死ぬな!!)

 そう言って、転倒した雪代を避け、彼は一人、光の彼方へ吸い込まれていく。まるで、雪代の身代わりになるように。

 この時、キングは思った。

(ちくしょう、お前は、間違いなくオレを上回っちまった。妬けるぜ。そんなお前の行く末を見届けられないのが心残りだ。まあ、その先は天国で見守らせてもらおう)

 それを最後に、キングの思考は、永遠に停止した。

 

「御臨終です……」

 主治医の死亡診断により、この日、峠のキングは、家族と、そして雪代の両親に見守られながら、世を去って行った。その最期は、壮絶な闘病生活だったにも関わらず、まるで憑き物が落ちたかの如く穏やかであった。

 しかし、まだ二十歳にもなっていない。あまりにも早過ぎる最期に、誰ともなく啜り泣く声が蔵に響く。何故なら、来月にその日を迎える筈だった。せめてその日までは生きていてほしかったと。

 だが、その穏やかな表情から、当人は精一杯生きて来たのだろうと、そのことで悲しむまいと両親は自分に言い聞かせる。

 そして、雪代の両親が彼の今際の際に呼ばれたのは、一時的な感情で縁談を破談としたことに対する負い目からであり、そして和解の意が込められていた。


 奇しくもその日、アッセンでレースが行われており、雪代はビアンカを回避しようとしてクラッシュし、病院へと担ぎ込まれたのだが、幸いにして命はおろか、選手生命にも別状はなかった。

 

 あの時、雪代は夢の中で、誰なのか思い出せなかったが、確かに会ったことがあると後に述懐している。また、あの夢が無ければ、自分はそこで終わっていただろうことも確信していた。

 自分はその人に守られたのだと。



 峠のキングは、束の間の恋を実らせ、永遠に追いつくことのない、天国へのチェッカーフラッグを受けたのであった……

 

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