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エンツォ・フェラーリ 前編

「あの様子だと、多分SSDは悪者扱いだな」

「ええ。だからこそ誤解を晴らさないと」

 暗室に籠っている拳と羽矢は、証拠写真の現像を急いでいた。この一枚一枚が、SSDの冤罪を晴らす鍵なのである。そして、自分たちの写真に、日本のモータースポーツの未来も掛かっていることも理解していた。

 結論から先に言うと、二人の想いは杞憂に終わるのだが、二人の行為は決してムダではない。


 一方、こちらではFIMに所属する審査団が一堂に会している部屋。何処か閉鎖的で、暗い室内にはモニターが大量に並んでおり、先程まで開催されていたレースの様子が、あらゆる角度から映し出されている。

「フィルム止めて、ここ」

 それは、グループXの2周目1コーナー。そう、ビアンカ・ロッシと嵯峨野雪代が絡んだクラッシュである。

「これは……どう思うかね?」

「う~むむ、ビアンカに過失はないだろう。だが、その直後か。確か、SSDのエイミー・コネリーとユキヨ・サガノがバトルの真最中で直後に飛び込んできたのか」

「これ、過失は問えるかね?」

「う~ん……」

 審査団は悩んでいたようだ。何しろ王者が巻添えになっているのである。事は重大であった。

 エイミーが雪代をアウトに追い遣ったのが原因と言えば原因でもあるし、雪代もギリギリ左に避けていれば何とか事無きを得ていた可能性は十分あった。だが……

「確か、アッセンは見た目に反して最高速はそれ程でもない代わりに、アベレージが高いことで知られています。1コーナーに飛び込んだ時点で180㎞/hには達してる筈で、その上まだ2周目です。そんなに差が開いてない中、一連の出来事は精々1、2秒。レーサーには恐らくコンマ何秒もない中で、それを冷静に判断できたとしても、レーシングスピードでの選択肢は限られるでしょう。我々は見ている立場であり、可能性は結果論でしかありません」

 そんな時、審査員の一人が叫んだ。

「ここ、止めて!!そしてスロー」

 それは、ビアンカの転倒に気付き、必死で回避しようとしている雪代のシーンであった。

「まさか……」


 同時刻、サーキットのクラッシュ現場で路面を調べていた審査団は、あることに気付いた。

「これ、ブレーキ痕だよな?」

「はい」

「だが、普通急ブレーキを掛ければロックした際もっと濃いマークが付く筈なんだが」

「その割には薄らとしか残ってませんね。てことは……」

『ま、まさか!?』

 それが、写真及び先のフィルムと並び、SSDが無罪であることを証明する決定的証拠となる。

「おい、これは写真に撮れ!!」

「はいっ!!」

 審査団は、あらゆる角度からブレーキ痕を撮影した。この一連の様子から、審査団は少なくとも冷静且つ現実的に、そしてなるべく客観的に調査しているようだ。

 日本への差別心は内心どう思ってるかはともかく、公平中立を心掛けていることが窺えた。ていうか、調査報告は正確を期さなければならない以上、偏見は命とりになりかねないので当然と言えば当然なのだが。


 同時刻、ガレージに戻ってきたマシンは、共に目も当てられない状態。特有の美しさはとっくに失われている。


 特に、乗り上げられてしまったロメックスのマシンは、ハイサイドで転倒したダメージもありボロボロで、その上最も恐れていた事態、トレリスフレームにダメージが及んでいることが確認され、恐らく廃車である。

 SSDも激しいクラッシュでボロボロになっているように見えたが、冷静に観察すると、フレームには少なくともダメージは及んでいないことが分かった。

 恐らくジャンプした際着地したのがグリーンであり、そこを滑走したので思った程ダメージが及ばなかったのかもしれない。

 だが、乗り上げた衝撃をモロに受け、曲がったフロントサスは当然交換せねばならず、その上モノコックは繊細なため、詳細は日本へ送って調査する必要があった。つまり、これから予備のマシンを調整し直さなければならない。

 

 この時、ロメックスのメンバーはカンカンだった。時折詰るようなイタリア語が聞こえる。しかし、この時点での彼らを責めることは出来ないだろう。人間の感情なんてそんなものである。

 それでも、ロレンツォのようにSSDのガレージに詰め寄って来ない分、冷静さは失っていないようだ。それもそうで、一時的に感情的になるのはともかく、何が起こるか分からないのがレースであり、レース経験はSSDよりずっと長い以上、それは心の何処かで心得ており、少なくとも一線は引いていた。

 しかし、王者の事故というのはそれ程までにショックなのである。


 サーキットの近くにある病院には、既に大勢の関係者が到着していた。ライダーの姿も大勢見える。この当時、WMGPはコンチネンタルサーカスと呼ばれていたように、競争相手でもあると同時に一種の共同体でもあった。なので、事故は今以上に他人事ではない。


「ドクター、二人の症状はどうなのでしょうか」

 そう聞いているのは、ロレンツォであった。まだ怒りが収まらない様子だが、二人と言っている辺り、事故に遭ったことについては平等に気遣っていることが窺える。

 それに対し、白髪のドクターは憂色を浮かべた表情で重い口を開く。

「ビアンカ・ロッシにつきましては、脳震盪でまだ意識レベルは低いですが、命に別状はなく、もうすぐ意識を取り戻すでしょう。ケガの具合も軽く、今後のレースにも支障はないと判断しています」


 そう聞いて、胸を撫で下ろすロレンツォ。だが、そのロレンツォに、ドクターは更に重い事実を突きつける。また、表情を見て久恵夫人は顔が強張った。次に言うことがかなり深刻であると予測できたからだ。

「問題は、一緒にクラッシュしたユキヨ・サガノの方です。全身を調べたところ、命に関わるような致命傷は負っていないようなのですが、目が見えない、身体が動かないと呟いているらしいのです。もしも何か見えない病状が深刻な場合、レーサー生命どころか、最悪の場合全身麻痺になる可能性もあります」

 それは、誰もが青褪める程の死刑宣告であった。


 久恵夫人から説明を受けたメンバーも、どん底に叩き落されたような気分になる。特にエイミーは、バトルの最中に雪代をアウトに追い遣ったことが事故の原因だと落胆ぶりはハンパない。

 何しろメンバー最年少の15歳であり、本来なら多感な年頃である。それだけに誰よりもショックを受けていた。

 ロレンツォもビアンカのケガは大したことなかったとはいえ、未だに雪代の所為だと思っているだけに、怒りの矛先を向けることも出来ない。それどころか、怒りの感情が急激に収縮し、寧ろSSDに同情の念さえ湧いていた。

「すまん……アンタたちには気の毒なことだ」


「これ、ロレンツォ」

 そこへ、一括するような声が院内に響き渡る。そこには、黒ぶちサングラスを掛けた老人が腕を組んで立っていた。しかし、発散するオーラはこの老人が只者ではにことを物語る。

 ロレンツォは、その姿を見て驚愕した。

「え、え、エンツォ御大!?何故ここに!?」

「娘も同然のビアンカが担ぎ込まれたんだ。見舞いに来た」

 そして、その姿を見て、SSDの一行は思い出し、戦慄した。

『ま、ま、まさか、このお爺さん、エンツォ・フェラーリ!?』


 そう、エンツォ・フェラーリと言えば、戦後始まったグランプリ・フォーミュラの後進、フォーミュラ1(F1)開催時からトップチームの一つであるスクーデリア・フェラーリを率いており、更に設立した自動車メーカーでもスポーツカーは大ヒットして成功を収め、既に生ける伝説となっていた。

 戦前からレーサー及びレーシングチームのマネージャーとしても活躍し、彼の人生はまさにレースの歴史そのものであった。

 そのエンツォが、ロレンツォを諭すように静かに語り始める。

「結論から先に言うとな、あの事故は完全に不可抗力だ。誰も過失は問えん。ユキヨと言ったかな?彼女は避けようにも避けられるものじゃない状況下でも尚、事故によるダメージを少しでも軽減させるべく全力を尽くしていたよ。私にはそれがよく分かる」


 それは、意外過ぎる内容であった。実は、彼は1コーナーで羽矢たちの背後でレースを観戦しており、偶然にもアクシデントを目撃することになってしまった。

 自身が慕うエンツォにそう言われては、ロレンツォも怒りを鎮めざるをえない。エンツォの説明には、それだけ説得力があるのだ。

 そんな時、陽気なイタリア語が聞こえ、更に寝間着姿の者が付き添っている。

「あらあら、皆どうしたのよ」

「おいおい、どうしたんだそんなシケた顔してよお。ていうかこの寝間着、動きずらいったらありゃしねえ」



 それは何と、ビアンカと雪代であった。二人ともピンピンしている……

 



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