予兆
翌日、オランダGP予選が始まった。
予選は二日間。各クラスに分かれ、予選は1時間。そして、当時通過台数に制限はなく、ポールタイムの107%以内が予選通過の条件となっている。
尚、2クラス実施毎に1時間程清掃時間が設けられていた。
予選が始まると、案の定というか、最終コーナーであるシケインで安定を失い転倒する者、或いはタイムアタックに失敗する者が相次いでいた。
「プラクティスでも思ったけど、見た目に反して浅間以上にキツいわね」
予選一日目、サイドカーと軽量クラスの予選を眺めていた紗代の表情には憂色が浮かんでいた。このサーキット、シケインが鬼門なのは無論だが、鬼門はそれだけではなかった。
「このサーキット、立ち上がったと思ったら息つく間もなくコーナーが来るから困りものですよね。それも、ある程度減速するならともかく、殆ど高速コーナーだから減速による休憩もないというか。しかも私たち重量級は18周するんですよね」
紗代の傍らにいた佳奈もアッセン特有の問題を懸念していた。アッセンは、最高速は大したことないのにアベレージが思った以上に高く、それがほぼ全区間に渡って続く中でマシンをコントロールせねばならない。しかも一旦リズムが崩れるとホームストレートまで引きずることになり、修整の余地もないため文字通り気が抜けない。
ストレートとコーナーの塩梅が絶妙過ぎるのである。まさに見た目以上の難コース、世界を舞台に戦うツワモノにとっては相応しいと言えなくもないが。
尤も、彼女たちのみならず、大半のライダーが、アッセンは疲れると漏らす。
浅間だったらファイトと呼ばれる三つの(非公式には四つ)ストレートでまだ立て直せる余地もあるのだが。
しかし、後にアジアGPの名でカレンダーに加わることになる浅間も、海外のライダーに言わせれば平坦な割にかなりキツいと漏らす者が少なくなかったりする。
これは印象論だが、オランダには他にもザントフォールトサーキットがあるのだが、アッセンと何処か似ており、ほぼ全区間高速でマシンを振り回すようなサーキットが見受けられる傾向にある。
現在はアッセン共々コース全長を縮小し、且つテクニカルレイアウトになっており、嘗ての面影はない。
しかし、問題はそれだけではない。
「何だかイヤな匂いだわ」
エイミーはそう言うとガレージの奥に。程なく激しい雨が。そう、オランダは国土がほぼ北海沿岸部に位置するため風の通り道になっており、しかも大半が干拓地で平坦なので雲を遮る地形にも乏しい。
それ故晴れの日でも通り雨は珍しくなく、ダッチ・ウェザーも悩みの種であった。それだけでなく、
「ありゃりゃ、雹まで降って来たわ。こりゃダウジングで明日どうなるか検討つけとかないとね」
因みに、ペンデュラムは複雑な動きを示したという。どうやらアッセンを襲うダッチ・ウェザーの気まぐれには、神様もお手上げのようだ。
そして、午後も晴れと雨が続き、突然の雨に危惧していた矢先……
ドンガラガッシャ~ン、ガラガラガラ……
シケインでハデに転倒したのが一台。マシンは原型を留めておらず、その上投げ出されたライダーは何とか無事だったものの、ツナギに穴が明いており、露出したシャツからは掠り傷と思われる血が滲んでいるのが見えて痛々しい。
尚、一日目の午後は125と250に分かれて予選が行われていたのだが、特に競争が苛烈なクラスでもあり、タイムアタックは晴れた瞬間を狙って更に熾烈を極めている中でのクラッシュ。
また、アッセンは路面が思ったよりボコボコしているのもあり、僅かな水溜まりに足を取られ他のコーナーでもスッテンコロリンが相次いでいた。
その様子を見ていた雪代は、
「こりゃイヤな予感がするなあ。ラソムもコケてるしよお」
珍しく気弱な発言であるが、この発言が、当人にとって伏線になるなど知る由もない。
一方、SSDでも不安定な天候に、セッティングを見直すべきとの声がメカニックから相次ぎ、急遽ハンパなダッチ・ウェザーに対応することになり、タイヤもスリックではなくスリックに急遽ミゾを刻んだ中間仕様に交換、予備でレインタイヤを準備することにした。
その動きに触発されたのか、他チームでも同様の動きが見られた。
「今年のダッチ・ウェザーはいつにも増して不安定だぜ」
「明後日からの決勝が無事に済むといいけどな」
そんな会話を傍らで聞いていた久恵夫人も、一抹の不安を覚える。当人も語学堪能なので、それがフランス語であっても聞き取れるのだが、こういう時、正確な情報を得られる語学堪能のメリットに感謝する反面、ヘタに不安を煽る情報だったりするとこちらも不安に襲われてしまう。
しかし、ここで不安を見せる訳にはいかない。リーダーに必要なのは、冷静且つ楽天的なことである。そして、不安の中士気も下がりがちなメンバーに、不安を掻き消すように言い放った。
「私たちのレースはまだ三日後よ。その時になって考えても十分間に合うわ。取り敢えずセッティング変更後は現状維持ね」
しかし、その背後では相変わらずクラッシュや転倒の音が容赦なく響き渡る。元々アッセンの特性もあるのだが、それ以上に舞台は世界の強豪が集うWMGPである。当然競争レベルも国内とは次元が違う訳で、予選から既にバトルは始まっていると言っても過言ではない。
本来あってはならないことだが、少しでも前に出ようとする競争で絡み合うことは珍しくなかった。それがレーサーの性 (サガ)と言えよう。
この日、例年にない不安定なダッチ・ウェザーにより、転倒クラッシュが相次いだことや、思ったようにタイムが出せない者が続出したのを受け、特別に救済措置が発動、特に後半ひどかった125及び250はポールタイムの110%までを予選通過とすることになった。
それでも予選を通過できたのは平均の30台にも満たない25台前後であり、多くのライダーが予選落ち、というよりダッチ・ウェザーに泣かされるハメに。
実際、パドックでは不運にすすり泣くライダーも。
「はああ~、世界の第一歩がいきなりコレとはねえ」
雪代にしては珍しく嘆息。その様子を見ていた翔馬は、
(雪代にしては何だか気弱ね。これがアダとならなければいいんだけど)
しかし、当人は当人で非常に疲れると言っていたので不安要素で一杯だったのだが。
様々な想いや思惑が交錯する中、カードは揃いつつあった……




