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コゼットは見た!

 一足早く現地入りしたSSDであったが、午後になると他のチームも顔を見せ始める。そんな中、プラクティスとテストを重ねていたのだが、アッセンサーキットの恐るべき正体が次第に明らかになってきた。 

 因みに、プラクティスは一日程だが、WMGPでは8クラスが同時にエントリーするため、コース内はかなり混雑することもあり、場合によってはスケジュール確保や安全性の見地から同じGPでも開催サーキットが異なる場合も多い。

 これから先、アッセンには8クラスが一同に会するため、プラクティスの後は予選が二日、決勝が二日で進められる。

 

 走った感想としては、とにかくしんどい。

 思った以上に走り易いけど、休む間もなくコーナーが来る上、最高速はともかく全体のスピード自体は高いために高速でマシンを振り回し続けなければならない。

 それ故リズミカルに走らないとタイムは出ないし、コース幅も狭いので思った以上に抜き所も少ない。四輪と比べれば幅が狭い故抜くチャンスは比較的多い二輪であってもだ。

 それは、当然のことながら、マシンにも思った以上に負荷が掛かっていることをも意味する。このため、アッセンは、最高速は現代でさえ300㎞/hに届かない中速テクニカルに属しながら、各種マシントラブルで消えるケースも多い。


 その特性は、どちらかというと浅間と似ているが、アベレージが大きく違う上に各ファイトと呼ばれるストレートで束の間だが休息は得られるのでそこで態勢を立て直すこともできた。

 因みに、後にWMGP開催スケジュールに組み込まれることになる浅間だが、海外のライダーの間では日本版アッセンと呼ばれることに。

 加えて、地理的要因から風も強く、そして、天候も不安定だった。この時季、一日に一、二時間程度の通り雨どころか雹が来ることも珍しくなく、SSDは、このダッチ・ウェザーにも対処せねばならなかった。

 

 そして、案の定……


「きゃあっ!!」

 ガッシャーン!!というマシンが負傷したことを意味する金属音の悲鳴に、ライダーの悲鳴は無情にも掻き消される。だが、その様子を見ていた者からすれば、ヘルメットの中で悲鳴を上げているであろうことは容易に想像できた。

 それは、マライソムだった。


 マシンから投げ出されたマライソムにコースマーシャルが駆け寄るが、ハデに投げ出されたにも関わらず当人はすぐ立ち上がり、至ってピンピンしていた。クラッシュしたのがピット近くだったのもあり、メカニックがすぐさまマシン撤去に走る。カウルはハデに割れているが、シケインでスピードが落ちていたのも手伝い、マシン自体も幸い大したダメージはなさそうだった。

 

 シケインを兼ねた最終コーナー、ジールト・ティンマー・ボーストにて、マライソムが転倒してしまった。 

 この最終コーナー、なかなかのクセモノでゴールまでのストレートも短いのに加え、オーバーテイク出来る数少ないポイントなのもあり、シケインでの通過順位がほぼそのままリザルトになることが多いため、ここでイチかバチかの勝負に出るライダーも少なくない。

 また、スピードに乗っているところから急速に落とさなければならない関係上、挙動が不安定になりやすく、高度なコントロールや集中力も要求されるため、ライダーは神経を削り取られる。

 それでなくとも当時のアッセンは傾斜こそ付いてるけどコーナーに縁石が殆どないため、少しでもアウトに孕むとあっという間にグリーンに乗ってしまい、コースアウトするハメになることから神経を磨り減らす要素は多い。

 

 マン島も大概だったが、GPデビューの地もまた、いきなり大概であった。そんな中で、マライソムはふと緊張の糸が緩んでしまった。


 少し時間を遡り、フランスチームであるビュガティの面々が顔を見せ始めた頃、準備の合間の束の間の休息にガレージの一画で寛ぐライダーたち。

 フランスと言えば芸術とグルメが昔から知られるが、芸術と言えばファッションも例外ではなく、女性同士ということもあり、話題は自然とライディングギアの方に移っていた。


「マリー、そのブーツヤバいんじゃないの?」

「あらあ、確かにそうだわ。また指先に穴が明いちゃってるわね。後で直しとかないと」

 マリーことマリアンヌ・サロンはグループSにて戦うビュガティメンバーの一人だが、去年コゼットが5戦連続ノーポイントに苦しんでいた時は2勝3位1回4位2回と食い込んでグループSにてビュガティのチームタイトル獲得に貢献した一人だ。

 そんなマリーがコゼットに指摘されてふとブーツの指先を見ると、親指が見えそうな程の穴が。当時のライディングギアではよくあることであった。このため、応急的にはガムテープで塞いだり、薄い革を一枚充てて接着したり、縫い込んだりして継接ぎすることも珍しくなかった。

 尤も、だからといってビュガティならではの鮮やかなフレンチブルーの美しさが損なわれている訳ではなかったが。

「そう言うコゼットだってツナギホツれてるしい」

「この間コケたしね」

 コゼットもツナギの腰の部分の糸がホツれ、穴が明きかけていた。この間のアルスターでプラクティス中に転倒したのが原因だった。その時は大したことはなかったと思ったのだが、アッセンに来る頃にはダメージが蓄積していたようだ。

 また、この時代、一般と比べるとハードな乗り方になるが故ツナギもハードな環境に曝される中で、転倒した箇所に受けたダメージを切っ掛けに糸が徐々にホツれ穴が拡大することも珍しくない。

 その上、コゼットのツナギもよく見ると全身に擦り傷が入っていた。大きな転倒だとツナギに穴が明いて掠り傷を負うことも少なくなく、多くの場合、ツナギには大抵継接ぎがしてある。

 何しろライディングギアは高価且つ基本的に手仕事なので製作に手間が掛かる上、この時代特にメジャーなメーカーがあった訳でもなく、大半が零細規模でライダーに合わせ仕立てていたのでサポート体制も整っている訳ではなかったため、そう簡単に新品を補充という訳にもいかないといった、複合的な事情が継接ぎに反映されていたと言えなくもない。

 

 そうした話題で盛り上がっていた、その時であった。


 ドンガラガッシャ~ン!!


 ピットの目前、アッセンの事実上の最終コーナーであるシケインにて真っ赤なマシンがスピードに乗っている所から急減速する過程でバランスを崩し、転倒。ライダーはグリーンゾーンへハデに投げ出された。偶然にもビュガティのメンバーがふとコースに注目した瞬間だった。

「これまたハデにやったわね。大丈夫かしら」

「ていうか、あの赤いマシン、確か日本から来た連中だったよね」

 WMGPに於いて、当時真っ赤で目立ちまくってるマシンと言えば、日本からエントリーしていたSSD以外なかった。アクセントとして赤を用いることはあったが、赤をベースにするなど、意外にもまだナショナルカラーもそれなりに生きていた時代に、イタリアチームでさえ二輪に於いて真っ赤なマシンは挑発的に過ぎると考えていたくらいである。

 なので、真っ赤なマシンと言えば、当時目立つのもいいところで、その上日本から来たというのも話題になった。そして何より、初出場のマン島で全車完走しているのである。

 SSDの知名度は、思った以上に広まっていたのであった。


 ガレージからSSDのメカニックがコース上に慌てて飛び出しマシンの撤去回収に向かう一方、ハデに転がって行ったライダーにはコースマーシャルが駆け寄っているが、案の定というかライダーは手を振って自身の無事をアピールしていた。

 ピットに戻る途中もどかしげにヘルメットを脱ぐと、表れたのは小麦色の東洋的な童顔と何処かボーイッシュな印象のあるショートカットの黒髪。マライソムであった。グループSではタイからエントリーしていて、日本と並びアジアからエントリーしていた4人の一人である。

 如何にも残念無念といった悔しさを隠そうともしない。マライソムは、内心が顔に出るタイプであった。尤も、あれ程のハデなクラッシュにも関わらず悔しい表情とは裏腹に、いたってピンピンしている。


 尚、WMGPで用いられるマシンは4ストであるため、2ストと比べると構造の関係からエンジンブレーキは強烈。それ故繊細なブレーキコントロール及びクラッチコントロールが要求されるのだが、アッセンのシケインのようにスピードに乗っている所から急減速するような箇所ではこうした事故が発生し易い。

 加えて、同じ排気量なら基本的に気筒数が少ない程利きも強くなるので、6気筒に対しハンドリング優先で4気筒を採用していたSSDにとり、数少ない泣き所だった。

 尤も、6気筒は少数派であり4気筒が主流だったので、多くのマシンが共通して抱えていた課題であったが。この点で6気筒は有利と目され、アッセンではロメックスとビュガティの一騎打ち、Xにエントリーしている同じく6気筒を採用しているトライアンフがダークホースとなっていた。


 ピットに力なく戻るマライソムに、ビュガティの面々は瞠目した。マライソムを穴が明くほど注視している。

「うそ……何処にも穴とか開いてないしい」

「信じらんな~い」

 普通、あれだけハデに投げ出されたら、ライディングギアへのダメージは絶対避けられない。それが彼女たちの常識だからだ。しかし、あのツナギはどうだろう。所々掠り傷は見えるが、傷んでいる兆候は一つもない。ブーツにも穴はなかった。

 

 コゼットは見た!それは、何気に衝撃的な光景であった……

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