閑話 書いていて熱くなれますか?
こんにちは、IOM作者のYASUKEでございます。
皆さん、様々な小説を読んでいて心熱くなることがお有りだと思われますが、それは書いている方も同じだと私は思っています。
最近、ネット上でも様々な情報が簡単に入手できるようになり、無論小説の書き方も例外ではありません。
ここで執筆されている方には書籍化を目指されている方も少なくないと思いますし、書籍化は誰もが一度は夢見ている筈ですし、私も興味ないと言えばそれはウソになります。
なので、書籍化を前提として話をすると、書籍化にあたって守るべき傾向や、暗黙の決まり事、ある程度流行を把握しておくことの重要性、また、思わぬ地雷などの対策をしておられる方も少なくないでしょう。
しかし、書籍化もしてない身でこんなこと言うなよと思われるかもしれませんが、書いていて熱く感じることはありますか?
私は時流に乗ることが苦手で、その時書きたいと思ったことを書く主義なので、ハイローを基本に様々なファンタジーが溢れる昨今、私はモータースポーツを題材とした話を書いてる訳ですが、それは書いていて熱くなれるから。マイナーだろうが熱くなれることの方が大事だから。
そもそも読み手を楽しませることも大事だけど、それ以前に書き手が楽しめなきゃ意味ないよね?と思う訳で、私が色々悩んだ末に熱くなれると感じたのが、嘗てバイクを楽しみ、テレビでレース中継を楽しんだ思いが膨らむ内に、書きたいと思った集大成が、IOMでありました。
それは、忘れかけていた熱い想いでした。
実際にはかなり前から構想はしていたものの、いつしか忘れ去った熱い想いでした。社会人として仕事に追われている内に忘れ去った、熱い想いでした。
まあその頃には今のように気軽に投稿して読んでもらうといった機会もなくて、その上昔は出版社を通して見てもらうのがまだ主流の時代だったので、アレコレ言われて情熱が失せることを恐れて逃げていた側面もあったのは事実ですが。
そして、当時編集部は所謂箸棒原稿(箸にも棒にもかからない原稿の意)を読まされることにうんざりしていたのが現状で、最初の一、二枚呼んでくれればまだいい方で、大抵読んでもらえない方が多かったと言われてますし。
しかし、ふとまた熱い想いが込み上げるようになり、その頃と異なり気軽に見てもらう機会も充実していたのもあり、衝動的に投稿したのが忘れ得ぬ令和5年(2023年)9月1日。
尤も、熱い想いは変わらなかったけど、マン島初出場に漕ぎつけるまでざっと一年程の雌伏期間があり、そして漸く熱い想いも本格化している頃です。
しかし、いきなりのレース展開なんてやはり読み手を無視しているとしか思えないですし、人間そんな簡単に強くなる訳がないのが現実なので、これはエンターテイメントなんだと言い聞かせつつも現実との妥協点を探ったのがこの一年でありました。
しかし、読み手以上に書き手が書いていて熱くなれるかどうかが自分の基準ですので、何処か読み手を置いてけぼりにしてるのは確かです。
でも、書いている自分が熱くなれなくちゃ意味ないよね?というのが私の持論であり、これからも私は読み手置いてけぼりでストーリーを展開していくでしょう。
そもそも主な舞台が昭和30年代で、尚且つ女子レーサーが主人公ですし、その女子レーサーがマン島に挑むというだけでも相当な置いてけぼりですから。その上チートも結構あります。
でも、これが私にとって、今最も熱くなれる話なのですよね。
誤解なきよう言うと、私は流行もファンタジーも全く否定していません。熱くなれるのがファンタジーならそれでいい訳ですから。私も時折楽しませてもらっておりますし、懇意にされている方もいます。
案外私も何処かで執筆するようになるかもしれませんし。まあその時は生温かい目で見守ってくださいませ。
最後に、もう一度。書いていて、熱くなれますか?




