また会う日まで
「おい、翔馬、起きろ!!」
雪代が揺さぶっても、翔馬はピクリともしない。まさか、死んだのか!?ただならぬ事態に、周囲も何事かと騒ぎになる。
ヘルメットを脱がせ、揺さぶると、少しばかり反応があった。と、ここで雪代が気付いた。何と、未だに右手はアクセルを握ったまま。
「おい翔馬、いい加減右手を離せ。もうレースは終わってんだぞ」
しかし、その右手は異様な程強くアクセルを握りしめている。雪代たちも右手の指を一本一本引き剥がすほかなかった。
やっと引きはがし、衆人環視の中で翔馬は目を覚ました。
「あ、あれ!?私って一体……?」
「やっと気付きやがったか。たく人騒がせだな。それにしてもまさかずっとスロットル握ったままとはよお。執念にも程があるだろ」
翔馬は、疲労困憊のあまり失神していたのだった。でもってコーヒーを手渡され、
「はああ~、生き返るうう~」
これには周囲も唖然とするほかない。因みにエンジンが止まったのは、ガス欠が原因であることが後に分かった。
「ったく人騒がせな」
取り敢えず問題はないようなのでホッと胸を撫で下ろす皆さん。だが、一部の見方は違った。
「失神しても尚スロットルを離さないなんて、少なくとも、こういうのは並のレーサーでは終わらない。破滅へ向かって落ちるところまで落ちるか、或いは、栄光へ向かって上り詰めるところまで上り詰めていくか……どちらにしろ、要注意人物だわ」
ビアンカの脳裏に、いつまでも離さなかった右手が強烈に焼き付いていた。
また、バーバリーは別の視点から警戒していた。
「初参戦で全車完走だなんて、少なくとも並のチームじゃないわね。しかもそれはSSDだけじゃないし。まさか、日本から参戦した全車が完走してるとは驚きだわ。いずれにせよ、連中は新勢力となって私たちの前に立ちはだかって来るようになるのは確実ね」
バーバリーの危惧は、後に現実となる。それも立ちはだかるなんてレベルではなく。
確かに、まだ上位入賞さえ覚束なかった。しかし、関係者の間では完走さえ難しいマン島で全車完走というのは、既に驚愕を以て受け止められていた。これは決して偶然ではない。技術力がなければできないことだと、いたって現実的であった。
しかし、この時日本のメーカーに関してまだ何の情報もない。これから先、日本へ視察に行って調べる必要があると考えている技術者もいた。
少なくとも、この先戦闘力を増して自分たちの前に立ちはだかることだけは勘弁してもらいたかった。だが、それは虚しい願いとなる。
その後、男子部門も恙なく終了し、マッド・ジューン最後の夜、ホテルにて後夜祭となったのだが、思わぬサプライズがあった。
それは、日本から参戦したチームにメーカー賞が贈られたのである。特別賞でも何でもなく、マン島TT開催時からあったのだが、それは当時まだ二輪の性能が非常に未熟で完走さえ覚束ないことから、更なる進歩を願って制定されたものの、戦前ですら僅か二度しかない。
受賞条件は、参戦登録したメーカー全車が順位問わず完走することであった。無論クラス別に贈られる。そして、戦後の開催からは未だ授与例はない。何しろトップチームにすらマシントラブルで脱落するケースが相次ぐ程過酷なレースなのである。
それがまさか、日本から参戦したメーカーに贈られることになろうとは、誰も予想していなかった。その上、受賞対象は実に4社。これも前代未聞且つ空前絶後である。
このために主催者も想定外のこととして一つしか用意しておらず、残りは後日贈るとしたうえで、誰かが代表して受け取ろうということで、最初に達成したスズキが代表して授与することになり、その際会場には拍手が鳴り響いた。
何しろ戦後初の快挙であり、そして開催以来三度目ということで、非常に栄誉ある賞だけに、まだ上位入賞こそ果たしてなかったが、周囲からは驚きを以て受け止められた。
近い将来、日本のメーカーは大いなる脅威となり、もしかしたら数年の内にマン島を制するのではないかと。
それは現実となるのだが、更に主催者にとって予想外だったのは、日本のメーカーは転倒にでも巻き込まれない限り完走するのがほぼ当たり前で、以降毎年のようにメーカー賞が授与されるように。
また、表彰式の後、日本選手団は誰彼いうこともなく握手を交わす。また会う日まで、と再会を誓って。特に翔馬は英雄のような扱いだった。無理もない。あんな執念を見せつけたのだから。
「今度は、貴女と直接相まみえたいわね」
そう言って翔馬と握手を交わすのはビアンカ。
「はい。私も王者といつかはなんて申しませんわ」
友好ムードではあったが、それは同時に近い将来脅威となるであろう翔馬への宣戦布告でもあった。
また、ライダーの中にはホンダやスズキといった日本のメーカーで走りたいと申し入れる者もいた。あの完走は、それだけインパクトがあったのだ。
無論、SSDにも申し入れがあったのは言うまでもない。これは後に市販仕様という形で結実することになる。
それまで周囲からジャップと嘲笑されていた日本のチームは、この日を境にある意味認められたと言えよう。
「少し心配な面もあったけど、予想は裏切られなかったわね。これで来年も走らせる決心が着くというものだわ」
表彰の様子を少し離れた所で見ていた久恵夫人は、自信を浮かべた顔で独白した。
こうして、SSDにとって、日本選手団にとってのマン島初挑戦は、全車完走という予想を上回るリザルトを手土産に、成功裡に終わった。
一方、世界との差をまざまざと見せつけられたことも事実だった。それはまさに、ほろ苦い初挑戦でもあった。
後夜祭を少し離れた場所で見つめながら、久恵夫人は独白する。
「また会う日まで」
その頃、宍戸重工本社では、ある決断が下されようとしていた……




