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I'll be back……

 その後、男子部門も終わって後夜祭は夜明け近くまで続き、ボランティアも含めスタッフによる後片付けの音が響き渡り、マン島は再び静寂な島へと戻りつつあった。昨日までの一週間余りに渡る熱狂が、まるで幻であったかのようだ。


 霧が立ち込める早朝、GPレースに出場するプロチームは既に次のレースに向けて撤収を急いでいる最中であった。何しろWMGPは開催費用が比較的安価なのもあって、娯楽に飢えていた時代背景も重なり人気は急上昇。


 この当時既に年間開催スケジュールは18戦にも上っており、特にヨーロッパラウンドでは僅か一週間のインターバルしかないのである。このため、ライダーは後夜祭の余韻に浸る間もなく一足先に現地に飛ぶため、始発のフェリーに乗った者も少なくない。一部のライダーに至っては一週間しかないインターバルすら惜しんで2~3日とはいえテスト走行をこなした後で現地入りする者もいる。


 因みにビアンカとコゼットはその類で、当時のレーサーとしても抜きんでていた部分としては、早くからテストを重ねることこそが勝利のカギであることを理解していたことだった。


 特にビアンカに至ってはロメックスのテストにあたりフェラーリが厚意で自前のテストコースであるフィオラーノを貸してくれていたのもあり、そこで納得いくまで存分に走ることも許されていたし、当人もそれを最大限に活用し、大いに走り込んだ。伯父がエンツォ・フェラーリと友人関係であったことに加え、ビアンカを我が娘のように可愛がってくれていたが故の特権だった。

 こうした伝統から、ロメックスはその後もフィオラーノでテストを行うのが慣例となっている。


 そして、チームはヨーロッパラウンドでは基本的にトランスポーターで移動することとなる。このため各チームはトランスポーターと言えどもマシンとコーディネートしたカラーリングを施しその華麗さを競っていた。

 パドックの賑やかさに趣向を凝らしたカラーリングを施したトランスポーターも一役買っているのは言うまでもない。


 モータースポーツは元々貴族の遊びとして始まった経緯もあり、パドックには各界のセレブが集う一種の社交界としての顔も持っており、レース期間中のパドックは非常に華やかだ。トップレーサーになると著名人と個人的に親交を持つことも少なくない。

 そのパドックで次のラウンドに向けて撤収の忙しない音が、祭りの後の物悲しさを更に掻き立てる。来年までしばしのお別れだ。


 そんなパドックを遠目に見ているのはSSDの一行。来年には、自分たちは見る側ではなく戦う側になる。そう考えると、撤収の忙しない音は、いよいよあと一年と迫ったカウントダウンにも聞こえてくる。まだ一年先ではない。もう、あと一年しかないのである。


 特に日本国内の開発陣は大いに焦っていることだろう。久恵夫人はそれが気懸りであった。


 マン島出場宣言から既に7年。日本の目まぐるしい変化に於いてSSDもその例外ではなく、マシン開発以外にも為すべき仕事は山のようにあった。そんな中で文字通り亀の歩みの如く地道に開発を続けてきていたが、開発の現場に於いて7年という時間は一瞬のことに過ぎない。

 

 その日、最後の夜ということで客も疎らになったホテル『スーザン』の一階にあるパブ兼レストランで来年出場を決めている一行にスーザンがその前祝ということで未来の勝利を願い、ちょっとしたパーティーを用意してくれていた。


 用意してくれた御馳走の中には、塩だけのおむすびが。遠く離れたマン島にて、二度もおむすびに会えるとは思っておらず、一行にとってはどんな豪華な料理にも勝る最高の持て成しだった。


 パーティーには今回メグロでプライベーターとしてクラブマンに参戦し、勇気ある先駆者となってくれた紗智子を筆頭に、男子部門にクラブマンで参戦したホンダのスタッフも加わり、来年の健闘を讃え合った。業界ではライバル関係だが、一方では共に頂点を目指す同志でもあり、心強い仲間でもあった。

 

 翌朝、日本へ戻る一行はスーザンと抱き合う。それは、別れではない。来年の再会を誓う挨拶である。

 一行を代表して久恵夫人は決意を込めて言い放った。

「来年は、もっと大勢来ますわ」

「ええ、いつでも歓迎してあげるわ」

 久恵夫人とスーザンはもう一度抱き合う。

 そんな中、一人翔馬は日常を取り戻したマウンテン・コースのブレイ・ヒルを見つめながら独白した。



「I'll be back……」

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