飲みかけの缶コーヒー
机の上には何枚かのルーズリーフ。シャーペンをその傍に寝かせて、日向野は窓の向こうを眺めた。
部屋の内観のせいだろうか、それとも差し込む雪明かりのせいか、日向野は背筋をすっと伸ばして、トレーナーの裾を伸ばした。
本当に隙間があるわけではないのだろうけれど、あまり綺麗とは言えない壁紙やら、軽く突いただけで外れてしまいそうな窓やらが、隙間風を彼女に思わせたらしい。
白色のヘアバンドの上から、日向野は自分の髪を撫でて、「はぁ……」と溜息を吐いた。
勉強に疲れた、と言わんばかりのそれは、とてもこの部屋に似つかわしい。面積的に狭いわけではないが、でも狭苦しく感じるような一室は、住んでいる人間を浪人生と感じさせる。
そうでなくとも、イラストレーターの卵や、新人デビューを目指す作家のような、未だ咲かない花が根を張るのにふさわしい内装だった。
机脇の本棚に、みっちりと詰まった分厚いA5判の数々。あまり片付いていない床。深夜に使う白いデスクライトに、飲みかけの缶コーヒー……。
しかし日向野は、そういった下積みの期間にあるわけではない。現役の受験生だった。今日も、塾から帰って、晩御飯を食べて、自室に籠もって参考書・問題集と格闘している。
「あ、もしもし」
日向野は、スマホを耳に当てると存外大きい声で応答した。家の廊下だけでなく、外にまで届きそうな声で、
「うん、大丈夫だよ」
猫撫で声で、
「……ん、ありがとう」
スマホを持っていない方の、日向野の指が、せわしなく動く。髪に絡めたり、スマホを持つ方の手を支えてみたり、下唇に添えたりと――。
二言、三言、幾許か電波越しに会話をしたところで、
「今日もね……いたと思う」
と、神妙な風に言った。
日向野は、最近ストーカーに付き纏われている。それを、電話で相談していた。
そしてまた、二言、三言――件のストーカーについての心当たりを電話越しに告げて、
「あぁ……一条くん?」
首を傾げながら、日向野は名前を繰り返したらしかった。どうやら、話題が僕に移ったらしい。
――しかし、失敗した。
思わず、日向野の口から僕の名前が挙げられて、僕は、物音を立ててしまった。ゴトン、と肘を骨組みにぶつけてしまう音。
その瞬間、ふっと、日向野が天井を見上げる。天井、というより、屋根裏だろうか。僕の気配を感じて、日向野が訝るような視線でこちらを観察している。
ここで見つかったら、僕がストーカーであると誤解されてしまう。