妹達と婚約者のレクイエム
妹が死んだ。
妹は二十歳まで生きられないとお医者様がおっしゃっていた。
その通りになり。
妹は16歳で儚く逝った。
リーンゴーン
リーンゴーン
教会の弔いの金が鳴る。
王都のグネルス教会の霊廟に妹の亡骸は収められた。
妹の棺を取り囲んだのは、両親と私とランドルフ様だけ。
寂しい葬儀だ。
そういえばランドルフ様の前の婚約者もここの教会で眠っている。
確か前の婚約者のお名前はクリスタル・ガルディア様とおっしゃった。
10歳で病死された。
ガルディア侯爵の長女だったはず。
とても美しい方だったとか。
私の家庭教師達はクリスタル様にも教えていたそうで、よく彼女の話を聞いた。
家庭教師達はクリスタル様は私の妹にとてもよく似ていると話していた。
妹もクリスタル様もプラチナブロンドで紫の瞳をしている。
貴族はとても血が濃いから、何処かで血が繋がっているのかも知れない。
もっとも私の一族は三代前に武勲を立てて貴族となった新参者なのだけれど。
ガルディア侯爵は国が出来た頃からの由緒正しい貴族なのだ。
ランドルフ様のリーガル公爵家も王家の血を引く由緒正しい御家です。
そのランドルフ様と私が婚約出来たのは、母親同士がマサイダル王立学園の同級生だったからだ。
母親達はとても仲が良く。それでも私達の婚約には無理があった。
成り上がり者のシアト伯爵家と由緒正しいリーガル公爵家、リーガル家には何の得もない。
だから……
私達の婚約は仮婚約だ。
貴族と言えどもこの時代子供の死亡率は高かった。
平民で四・五人子供が生まれても成人するのは一人が良い所だった。
貴族も同じで病死・戦争・事故により二十歳前に亡くなる者が多いのだ。
妹のように……
私の妹の名はヴィオラと言う。
美しい容姿をしていた。
私はブルネットで琥珀の瞳の平々凡々な顔立ちだ。
俗に言う平民の色だ。
よく「姉妹なのに似ていないわね」とお茶会の時に言われる。
しかし、妹はその美しさを鼻にかける事はなく。
優しい娘だった。
だからメイドや使用人にも好かれていた。
身体が弱く、あまり外には出られなくて。
よく寝込んでいたが。
そんな妹に両親は付きっきりだった。
仕方のない事だった。
どうしたって……
両親は妹に甘くなる。
二十歳まで生きられないと言われていればなおさらだ。
ヴィオラは私の婚約者のランドルフ様に懐いていた。
年の近い男の子はランドルフ様しかいなかったから。
兄の様に慕っていた。
ランドルフ様も私のお願いを聞いて下さって。
妹を可愛がって下さった。
我が家を訪ねる時は、妹にもプレゼントを持って来てくださった。
お花やお菓子やぬいぐるみなど。
どれも妹の好みにあった可愛らしい物で。
私には万年筆やマナーの本や刺繡糸だった。
ランドルフ様はとてもお優しい方だ。
妹を学園に通わせようと、両親を説得してくださった。
数ヵ月しか通えなかったけれど。
学園に通えて妹は幸せそうだった。
興奮のあまり倒れる事もしばしばあった。
そんな時ランドルフ様が妹を抱きかかえて医務室に連れて行って下さった。
「まるで彼女の方がランドルフ様の婚約者の様ね」
口さがない生徒が悪く言う事はあったが、それとなく私は釘を刺した。
「妹は体が弱いので、お優しいランドルフ様にはご迷惑をお掛けしています。皆様も御不快な思いをさせて申し訳ございません」
私は彼らに頭を下げる。
そんな中、私に声をかける男子生徒がいた。
「君は妹思いなんだね」
その方はナードラ・ガルディア様。
クリスタル・ガルディア様のお兄様だ。
私は頭を下げた。
悪口を言っていた生徒はそそくさとその場を離れる。
彼は生徒会長で未来の侯爵様だ。
睨まれるのは得策ではないし。
多くの生徒が、亡くなった彼の妹の元婚約者がランドルフ様だと知っている。
仲のいい兄妹だったらしい。
彼は妹とはあまり似ていない。私と同じだ。
濃紺の髪で濃い紫の瞳だ。
少し冷たい感じだが、そこが良いとフアンの子が多い。
「君に頼みがあるんだが」
「なんでしょう?」
「生徒会の雑用を頼まれてくれないか?」
「雑用ですか? 畏まりました」
私は承諾した。雑用と言えど生徒会に関わればそれなりに箔が付く。
我が家にも、ランドルフ様の婚約者としても悪い話では無かった。
私は度々、生徒会の雑用をこなした。
行事のポスター貼りやお知らせのプリントを各教室に配ったりとそれなりに忙しかった。
そして……ナードラ様と親しくなる。
ある時、皆でプリントを各教室に仕分(仕訳は簿記用語)をしているとナードラ様が横に来られたのでふと尋ねてみた。
「これは……聞いてはいけない事なんでしょうが……お聞きしても宜しいでしょうか?」
「何だい?」
「クリスタル様はランドルフ様の婚約者だったとお聞きしています。子供の頃のお二人はどんな御様子だったのでしょうか? あっいえ。おっしゃいたくなければかまいません。ただ私の家庭教師はクリスタル様の家庭教師だったものですから……たいそう優秀だったとお聞きしております。それで……」
「ああ。別に構わないよ」
ナードラ様は笑って教えてくださった。
「二人が婚約したのは五歳の時で、まだ幼かった二人は婚約の意味もよく分かっていなかったな。ただの幼馴染みのようで。ランドルフは僕と友人とで遊んでいる事が多かった。妹は僕達の後を追いかけていたよ。昔は妹も身体が丈夫でお転婆だったな」
「まあ。そうでしたの。家庭教師は皆手放しで淑女の鑑だと褒め称えていましたから、そんな一面もあったんですね」
「そうだ。あの頃は元気に野山を駆け回っていた」
懐かしむようにナードラ様は悲しげに微笑んだ。
「それで……九歳になる頃、熱を出して寝込む事が多くなって……十歳の年に亡くなった」
「ごめんなさい」
私は頭を下げた。
「君が謝る事は何もない。妹の事も誰かに話して、思い出してあげた方が供養になるだろう」
ナードラ様は私の顔を見ると少し困った顔をした。
「君の妹も……」
私は彼の視線を逸らす。
「お医者に南方の国で、妹の身体に合う薬が開発されたと聞きました。それを取り寄せに向かいました。希望は捨てておりません」
私は力強く頷く。
「大丈夫。大丈夫。きっと間に合う。妹は元気になる」
自分に言い聞かせる様に何度も呟いた。
でも、お医者様は間に合わなかった。
彼が帰る前に妹は儚く逝ってしまい。
お医者様は妹の墓の前で号泣する。
妹は若い医者に恋をして。
彼も妹の事を憎からず思っていた。
それは二人だけの秘密の恋だったが、家の者はみんな知っている。
其れから暫くして、ランドルフ様が学園を卒業すると同時に私達の婚約は解消された。
私達の婚約は仮だったから、当たり前と言えば当たり前だった。
ランドルフ様の新しい婚約者は隣国の姫だそうだ。
彼が学園を卒業して、私達は会う事もなくなり。
そして……ランドルフ様が亡くなった。
余りにも突然だった。
死因はリーガル家に伝わる自殺用の毒だった。
色々な憶測が乱れ飛び、社交界は騒然となった。
我が国に輿入れするのを嫌がった隣国の一派の仕業だとか。
結婚に反対する我が国の一派の仕業だとか。
お家騒動だとか。
最も有力なのはランドルフ様は私の妹に恋をして後追い自殺をしたと言うものだった。
学園での妹とランドルフ様の仲のいい様子はみんな知っている。
昔から妹に贈り物をしていた事も周知の事実だったから。
おおよそ、その線で騒ぎが収まった。
数年後。
私はご縁があってナードラ様と結婚し、男子二人と女子二人に恵まれ恙無く暮らしている。
~~~*~~~~*~
【ナードラside】
妹とランドルフが婚約したのは二人が五歳の時だった。
まだ二人とも幼く婚約の意味を理解していなかったんだろう。
ランドルフは週に一度は訪ねてきた。
親に持たされたのだろう、花やら菓子など持って訪ねてきた。
妹のクリスタルはランドルフをいたく気に入っていた。
彼の事が好きだったのだろう。
初恋というやつだ。
ランドルフが来た日の夕食時は彼の話ばかりしていた。
温かい団欒だった。
ランドルフは妹よりも私や私の友人達と遊ぶ事を好んだ。
仕方がない、彼はまだ幼く、男の子同士の遊びがしたかったんだろう。
釣や乗馬や木登りやかくれんぼ。
ランドルフの後を妹は必死で追いかけていた。
その頃母が双子の男子を産んで、父も領地の日照りで忙しいせいもあった。
妹は寂しかったんだろう。
元気な妹が倒れた。
あんなに元気だったのに、花が散るように呆気なく逝ってしまった。
ランドルフと妹との仮婚約は解消された。
それから、私達は会う事も無くなり。
風の噂でランドルフが婚約した事を知った。
相手は可愛らしい、心優しい令嬢だと言う。
彼女には病弱な妹がいるという。
何か引っ掛かる物があった。
聞けば彼女の妹はクリスタルによく似ているとの事。
妹の家庭教師に弟達の家庭教師を頼もうとした時、彼らはアンナリーゼ嬢の教師をしていて、その時に彼女の妹の話が出た。
本当に双子かと思うぐらいそっくりだったと彼らは口々に言う。
彼女の妹の名はヴィオラというらしい。
彼女が学園に転入してきた時、遠目に見た事があったが。
なるほどそっくりだ。
彼らの仲はとても良く。ランドルフも甲斐甲斐しく義理の妹になる娘の世話をしていた。
でも……
皆は気が付いていない。
甲斐甲斐しくヴィオラ嬢の世話をするランドルフの目が実験動物を観察する科学者の目のように細められている事を。
そしてその眼を何度か見た事があった。
妹のクリスタルが倒れた時や、お見舞いに来た時だ。
俺の友人が、我が家に来て道に迷った時庭でお茶会をしている妹とランドルフを見たと言う。
その時ランドルフは花束を持って来ていて。妹はその花束をメイドに渡していた。
メイドと妹が花束を見ている時。
ランドルフはこっそり妹の紅茶に自分が持って来た砂糖を入れていたと。
可愛い悪戯をしていたと笑っていたけど、その晩妹は倒れた。
思えばランドルフとのお茶会の後、度々妹は倒れるようになり。
儚く逝ってしまった。
嫌な予感がする。
俺は口実をつけてアンナリーゼに近づいた。
生徒会の雑用を手伝ってくれないかと。
アンナリーゼはいい子だった。
雑用でも文句を言わず手伝ってくれた。
ランドルフとの婚約も妹の為の仮婚約で、大きな薬商会を持つリーガル家から薬を安く手に入れる為だった。
ランドルフが学園を卒業するまでの間だけのもので、両親もリーガル家も承諾している。
「妹のためとはいえ辛くはないのかい? 彼の事、本当に好きなんだろ」
些か意地の悪い質問をした事がある。
妹の為の仮婚約、彼女はランドルフに釣り合うように頑張ってきた。
嫌われないように、控えめにでしゃばらず、ランドルフをたてて、彼の両親にも気に入って貰えるよう勉強やマナーを学んでいた。
「無理はしていません。ヴィオラが笑っていてくれる事が私達にとっても幸せなんです。本当に妹は天使みたいに綺麗で優しくて、辛いのに愚痴の一つも溢さない。強い子なんです。妹は私の誇りです」
そう笑った彼女はとても美しく、彼女こそ天使だと思った。
そして彼女の妹が亡くなり、私はこっそり葬儀を見守る。
まただ……
またランドルフはあの目をしていた。
涙にくれるアンナリーゼ達は気が付かないが。
俺のスキル【第三の観測者】は誤魔化せない。
我が家に代々継承されるスキル。
真実を暴く物だ。
妹が亡くなった時は未熟で上手く使えなかった。
だが15才で成人してからは使いこなせるようになった。
ランドルフはクリスタルもヴィオラも毒殺したんだ。
それから暫くしてランドルフとアンナリーゼとの婚約は解消された。
珍しい事では無い。
身分に釣り合った婚約が転がり込んだんだ。
家の利益がある方を取るだろう。
俺はヴィオラの専属医に会いに行った。
父親の後を継いだ医者は若いが、ヴィオラ嬢よりは10才年上だった。
彼は哀しみを乗り越えていたが、私にあるものを渡した。
リーガル家に伝わる毒薬だ。
ヴィオラ嬢の為に薬草を色々調べていた彼は、偶然隣国でそれを手に入れた。
元々ヴィオラ嬢の新薬を買いに行った時、その毒薬は色々配合して少量使えば新薬となるものなのだと知った。
俺は黙ってそれを受け取った。
町の外れにその秘密の紳士クラブはあった。
結婚前に少し遊んでおいた方がいいと、彼の悪友が連れてきたのだ。
賭博や娼婦やヤバイ紫煙が立ち込めている。
ランドルフは個室で酔い潰れていた。
「しっかりしろ。ご両親がお前を探していたぞ」
俺は水を差し出した。
ランドルフはボンヤリとした顔でコップを受け取り少し飲んだ。
自白剤入りの水だ。
彼は文句も言わず、水を飲み干した。
「何故クリスタルを殺した?」
ランドルフは頭を振って答える。
「まとわりついて邪魔だった。私は男同士で遊びたかったのに、いつも彼女は俺達の後を追う。少し具合が悪くなればいいと思った。薬の量を間違えたんだ。あんなに効くとは思ってもいなかった。ネズミには上手くいったのに……悪気はなかったんだ」
「ヴィオラ嬢には何故?」
「ヴィオラもまた僕の邪魔をする。アンナリーゼと居たいのに、彼女も彼女の両親もヴィオラ優先だ。ヴィオラの好きな人形。ヴィオラの好きな菓子。ヴィオラの好きなアクセサリー。ヴィオラ!! ヴィオラ!! ヴィオラ!! 僕は……アンナリーゼの好きな花も、好きな菓子も、好きなドレスもアクセサリーも何も知らない……ヴィオラが居なくなれば知る事ができると思ったのに、良い縁談が持ち上がった。王命で断れない。何時もだ!! 何時も俺の意思は無視される。良い人を演じる事を強要される」
俺はコトリとビンを置く。
クリスタルとヴィオラ嬢の命を奪った毒薬だ。
そして……
俺はドアを閉めた。
ランドルフが亡くなったと報せが届く。
クリスタルとヴィオラ嬢が眠る墓地にランドルフも埋葬された。
喪が明ける頃、俺はアンナリーゼにプロポーズした。
そして……
子供にも恵まれつつがなく暮らしている。
~ Fin ~
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2022/7/30 『小説家になろう』 どんC
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★ アンナリーゼ・シアト (17歳)
主人公。伯爵令嬢。シアト家長女。
ランドルフの母親とアンナリーゼの母親が仲が良かったので仮婚約が執り行われた。
ブルネットで琥珀色の瞳。
★ヴィオラ・シアト (享年16歳)
アンナリーゼの妹。シアト家次女。
病弱で二十歳までには生きられないだろうと医者に言われていた。
専属の医者とは恋仲。
可愛い物が好きな女の子。プラチナブロンド・紫の瞳。
★ ランドルフ・リーガル (19歳)
アンナリーゼの婚約者(仮)。心優しく美形。
しかし……性格は歪み。自分の家に伝わる毒薬でクリスタルもヴィオラも毒殺していた。
★ クリスタル・ガルディア (享年10歳)
ランドルフの元婚約者。頭もよく少し我儘。侯爵令嬢。
ランドルフに毒を盛られ亡くなる。プラチナブロンド・紫の瞳。
★ ナードラ・ガルディア (18歳)
クリスタルの兄。ずっとランドルフを疑っていた。侯爵家長男。彼の家に受け継がれたスキル第三の観測者は人の罪を見抜く事ができる。
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