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ピンクであり白であり黒

作者: 稲田 栄

春の祝祭、ひと月前。



 男爵令嬢ミランダは、毛先を緩く内巻きにしたストロベリーブロンドの髪、それが彩る小づくりな顔は大きな栗色の瞳と、感情豊かな大きな口。上級貴族によくある顔立ちとは違い、鼻は高くはないけれど彼女にとっては仔栗鼠を彷彿とさせ庇護欲を煽る顔立ちで欠点とは言えなかった。

 十人に問えば十人が愛らしいと答える。それが学園で王太子の寵愛を受けるミランダの外見上の評価であった。



 容姿が愛らしいの真実だが、他の評価は酷いものだ。



 王太子の寵愛をかさに着てやりたい放題。

 曰く、上級貴族ですら紹介状がなければ門前払いされる由緒ある仕立て屋に紹介状もなく乗り込み、あまりにも品のない少女趣味のドレスを作らせ、雀の涙のような代金しか支払わなかった。

 曰く、宝飾店で遠慮するふりをして、高い宝石を買い与えられたが着用するような夜会に呼ばれるはずもなく、しばらく後、買い与えられた宝石によく似た物が二束三文で売りにだされていた。

 曰く、他の生徒に馬鹿にされた食事の作法を見られたくないといって王太子との食事会には一切参加しないほど作法がなっていない。

 曰く、婚約者のいる相手に近寄らないほうがいいとまっとうな忠告をした令嬢を一人で呼び出して、逆らったら身内の命がないと脅しつける。

 曰く、王太子と体を密着させて会話する姿が令嬢ではなく商売女そのものであまりにはしたない。

 曰く、年ごとの令嬢の頂点に立つ婚約者が直々に苦言を呈したのにあまりにも失礼な物言いをして、言葉を失わせた。


 あれでは王太子の格を下げる。破滅をもたらす女。


 ミランダの評判は地の底である。



 そしてミランダ当人は語る。

「まあ、そんなこと当たり前ですわ」



***



春の祝祭、半月前。



 貴族の育成を目的とした学園は確かに王都ラカニックに存在しているのだが、すべての貴族が通っているわけではない。

 まず、王族や上級貴族の子息は学園の教育が必要ない。学園の教師よりも質の高い家庭教師を呼びつけて学術、経営学、政治学、魔法の指導をしているため、学園で学ぶ利点がない。おまけに学園は、二人以上の護衛と世話役を連れていくことができない安全性が低さもある。数代前の王の治世で、学園内で護衛団同士が争って死人が出たため、護衛の人数は厳格に決められていた。勤務内容ゆえに交代は認められているのが最大の譲歩である。


 実のところ学園の意義は『(最低水準の)貴族の育成』であり、通っているのは中位以下の貴族だけである。


 貴族は魔法の素養があるものが多いし、支配者階級であるし、バカに育つと火球を庶民に向けて連打しながら高笑いして若い娘を攫っていく強盗クソ野郎になってしまう。もしくは、性格はマシに育ったものの領主として街道を荒らすモンスター退治に出かけたが魔法が使えずポンコツ餌野郎として人生の幕を閉じる可能性もある。

 なので、最低限の品性とか、領地経営だとか、魔法の扱い方とか叩き込み、世に解き放って問題ないようにするのだ。


 そして、王族や上級貴族は、中位以下の貴族を束ねる立場にあるため、学園が催す交流会にゲストとして定期的に参加するのである。



 ミランダは商人から成りあがった男爵の娘である。領地は特にない。両親も貴族としてなりあがるよりも、適当な爵位で販路拡大できれば御の字の欲がないというか地に足のついた商売を望んでいる。ただ、隙あらば商売の足掛かりにと学園に通うミランダに「高位貴族の皆様にご挨拶くらいはしておきなさい」と命じたのだ。

 学園では、社交界ほどはマナーに厳しくない。上位をたてる言葉選びで挨拶し「一昨年男爵の末席に身を連ねたポミエ商会の娘でございます。機会がありましたらお引き立てください」くらいの商会宣伝して長時間煩わせなければ不敬にはならない。運が良ければ記憶の隅に残るかも知れない。

 その程度の、軽い宣伝であった。

 幸か不幸か、ミランダのやや平たく小動物めいた愛らしさのある容姿は、高位貴族によくある彫が深く高い鼻筋、雪のように白い肌を持つ華麗なご令嬢を見慣れていた王太子ことゴミクソヤリチンカス浮気野郎の食指を動かしてしまったのだ。

 ミランダがとったのは、マナーのデッドライン際を攻め「やっぱ庶民上がりの下々の娘などとても一緒にはいられん」と呆れさせ興味を無くさせることだった。クラスメイト達も教師たちですら、ぎりぎり下品大作戦のことを知っていた。マナー教諭のご婦人と王国法教諭の好々爺も本気でいかにして萎えさせるかと真剣に討論をかわし、ぎりぎり下品大作戦は決行された。


 結果は大失敗。ミランダは『おもしれー女』になってしまった。


 そして、ミランダはゴミクソヤリチンカス浮気野郎の機嫌を損ねて実家をぷちっと潰されないように綱渡りの『おもしれー女』を演じるしかなかった。元に戻そうとするとゴミクソヤリチンカス浮気野郎が「誰かにいわれたのか?大丈夫だ俺が何とかしてやる!」とまったくもって頼もしくない権力乱用をしようとするので「きゃったのもしい♡」を虚無の心で鳥肌になりながら唱えるしかなかった。

 そして、問題は増える。

 機嫌を取らねぇといけないのはゴミクソヤリチンカス浮気野郎だけではなく、その婚約者セラフィーナ様も同様である。

 由緒あるブレナン公爵家の生まれで才色兼備の完璧セラフィーナ様は、誰もが羨む能力を持っていながら、ゴミクソヤリチンカス浮気野郎の婚約者という誰もが憐れむ立場をお持ちだった。

 なぜ、ゴミクソヤリチンカス浮気野郎が王太子しているかというと、製造元もゴミクソヤリチンカス浮気野郎だったからに尽きる。あれだ、似た者親子。ちなみにゴミクソヤリチンカス浮気野郎には兄がいるのだが元子爵令嬢の側妃の子なので順位が低い。察するに余りある女癖であった。そして、ゴミクソヤリチンカス浮気野郎を産んだ股は侯爵令嬢。

 ミランダは、よく側妃の王子は生きてるもんだと思ったが彼は昔から病弱らしい。察し、察し。


 その地獄の釜にけり落されるのが決まっている婚約者様は、新たなストレスの元ことミランダのことを嫌悪しているような素振りを見せはするものの何もしてこない。

 ミランダは、婚約者様の本当の狙いを察していた。



 だから、婚約者様はミランダに話したいことがあると乞われて、学園の裏庭とはいえ一人でノコノコついてきたのだ。


「ねぇ、ブレナン公爵令嬢様。婚約者有責の婚約破棄に興味はなくて?」

「あなた……人がかわってませんこと」

「『愛されるアタシが全部わるいのぉ♡だから許してねっ♡負け犬セラフィーナ♡』のことかしら、常々不敬が過ぎているし謝意もあるし謝罪が必要だとは思っているわ。けれど、殿下のご趣味であり、私の命がかかっていて背に腹が変えられないの。それと、今している会話は外には協力者のおかげで聞こえていないわ。みたところで、あまりに失礼なことをいわれて呆然とするご令嬢と、それをせせら笑う不敬な商売女と思ってくれるでしょう。お話を続けさせていただけるなら、不敬すぎる衝撃でへたりこんだふりをしていただけると助かります。両方無言で立ったままですと違和感が強くなってしまいますので」


 婚約者様に追及されないように謝罪も置いてきぼりにして勢いよくまくしたてた。本当は誠心誠意で暴言を謝りたいし、公爵令嬢の地位があるなら王太子の従者に金を握らせてでも奴を矯正するか、プロの女を紹介させるかして管理しろと文句もいいたい。

 けれど、今するのは協力要請。ミランダはこらえた。実のところミランダの協力者はとんでもなく影響力のある魔法使いである。むしろ、その人物を明かしたほうが話は早いかも知れないが、あまり迷惑をかけ過ぎるのは気が引けた。

 婚約者様がお願い通りに地べたに座っていただけ一安心する。距離も離れているし、ミランダの魔法の成績は平均やや下をキープしているので魔法攻撃とは疑われていないはず。


「このまま公爵家が日和見を決めると、あなたは一度は婚約破棄で殿下の婚約者から解放されますが、殿下の婚姻相手の私が死亡した後、婚約期間すっ飛ばして殿下の妃にされます」

「あなた、殿下を好いているのではなくて?」

「私、実家の王室御用達への足掛かりとして殿下に愛想使いましたの。私、自分の商会は愛していますが、殿下は『いい顔してらっしゃる』以外に特に何も?あの方に褒められるところがほかにありまして?ゴミクソヤリチンカス浮気野郎なんてチンが済んで飽きた女など紙屑のように捨てることくらい存じておりますわ。そんなモノより金貨で育て上げた商会ですわ」

「ゴミクソヤリチンカス浮気野郎……」


 婚約者様の羽扇に覆われたもぎたての果実のように瑞々しい唇から聞こえた呼び名は、下品さへの驚きではなく、表現の適切さへの驚きのように思える。


「あなたでしたら不思議に思ったのではなくて。私がちょっと目障りだなと王家が本気で思ったら実家の父に危篤とでも偽らせて地元に追い返して、しばらく表に出さなくするのが一番穏便ですわ。毒殺を警戒して殿下との食事は本気で駄々こねして逃げ回って置きましたが、上はその気はないようですわね。

 そもそもうちの親は生粋の商売人です。あからさまに評判を貶める私の回収を試みますのに……」


 邪魔されているのだ。

 不審死ですと死体が残って噂が噂を呼ぶが、仮病で軟禁ならどうとでもなる。なのに、それを邪魔しない理由は何か。


「陛下たちはあなたを、私を、どうしたいというのです……?」

「ブレナン公爵令嬢様は労働力。私は当て馬。理由は、落ち着けばわかるはずですわ」

「……アシュクロフト公爵家」


 狙いはそこで間違いない。かの公爵家の三兄弟は王甥にあたり王位継承順位はゴミクソヤリチンカス浮気野郎と、その気の毒兄貴の次に高い。そして、血筋も素行も問題なく見目もいい。四人目はいるが庶子なので除外とするが、二代に渡るゴミクソヤリチンカス浮気野郎に嫌気がさしている貴族はそれなりにいるはずだ。

 外交官としてとびまわり国にあまりいついていないのは、自衛か厄介払いのどちらかだろう。


「殿下は随分と派手にお買い物をされていますが、あの散財もこのまま何もしなければ『王太子がそんなことずるはずがない。アシュクロフト家が偽物をこさえて作った冤罪である』ともみ消されるのではなくて」

「王家がそんな恥知らずなことを……」

「あの殿下をそのままにして、噂を穏便に収束させるために裏から手をまわして私を実家に返却もしない。この状態になっているというのに、あり得ないとおっしゃるの?きっと描いていますわよ。私が妃になって孕んだ後、産褥のあれそれで母子ともに亡き者になり、ブレナン公爵令嬢様が正妃に繰り上げになるのでしょうね。私がなかなか孕まなければ毒殺でしょう。容疑者がたっぷりいて身内が真相究明できない家柄というのはなかなかいませんからね」


 婚約者様からの反論はなかった。あの王家はそういう王家だ。



***



春の祝祭、半年前。



 王都一美しいドレスを仕立てる『聖妃の衣』の筆頭デザイナー・ハンナは困惑していた。

 先ほど、王太子に連れられてきた寒気のするような媚の売り方をする一挙一動がはしたない男爵娘が、王太子が店から消えるや否やあっという間に普通の令嬢らしくふるまい始めたからだ。

 

「先ほどは失礼な態度をとって申し訳ございません。私は、殿下に逆らうことは許されていないのです」


 先程は「庶民が図が高いわ」と吐いていたはずなのに、しおらしく深々と頭を下げる淑女がいる。


「ではなんであのようなふるまいを」

「殿下のご趣味です」

「殿下のご趣味」

「脳みその大きさも小動物のような女にわがままをさせ人を困らせるのを見守るというご趣味です」


 無表情で息継ぎなしで言い切った彼女に、ハンナを含め内心かなりいら立っていた従業員たちは納得した。

 なるほど、男爵娘もこちら側であったのだ。

 すいぶんな悪趣味であるが、その製造元を知っている古参は遠い目をした。

 なるほど、似た者親子であった。

 そして、巻き込まれた被害者は語る。


「私、自分かここのドレスを作るのにふさわしいとは思っておりません。何より、支払いができませんので

 でもそちらは、殿下のこともあり作らざるを得ないけれど創業からの矜持を守りたい。私も商売人の一人として商売の誓いを守ることは素晴らしいことだと思っております。

 ですので、私に一案がございます」


 出された案は、商人からなりあがった男爵の娘だけのものであった。



***



春の祝祭、当日。



 学園に通う生徒と上位貴族の交流会は月二回行われる。その交流会の参加者は生徒のみであるが、年四回ある季節の祝祭におこわなれる交流会は上位貴族だけではなく父兄も参加する重要な交流会になる。

 本物の社交界と同じ厳格な振る舞いが求められる。学園主催ということで、不敬罪は発生しないものの、下手な行動をすれば当人どころか一族まとめて国にいられなくなる。中位以下の貴族子息にとっては命がけともいえるこの祝祭で、ゴミクソヤリチンカス浮気野郎は開催の挨拶ついでにしでかした。

 ミランダの誘導通り、唯一の味方である陛下を適当に言いくるめて不参加にさせての上のしでかしである。



 婚約者様との婚約破棄である。そしてミランダへの乗り換え宣言である。



「俺は高慢で冷血なセラフィーナとの婚約を破棄し、守るべき愛らしさを持つミランダと婚約する」



 ミランダがゴミクソヤリチンカス浮気野郎の横から婚約者様をうかがうと、歓喜で目を見開き笑みが広がる口を扇で覆っている。見えはしないが彼女の悲願なので間違いない。

 ミランダは彼女と、密かにこの祝祭でするべきことの打ち合わせをしていた。ゴミクソヤリチンカス浮気野郎に誤爆させて言い訳不可能にした後、自分たちの正当性を主張するのである。陛下でも取り消し不可能な現場を作り上げるには国内の主要貴族の揃う祝祭を置いて他にはなかった。

 もちろん、ミランダは真正面からお断りした。


「数年前に男爵になったばかりの私ではとてもつりあう身分でございません」


 ゴミクソヤリチンカス浮気野郎にはまったく通じていなかったが、その場にいた貴族たちは同情交じりで納得した。なにせ、今の陛下がしでかしたこととほぼ同じなのだ。ただ、陛下は裏から手をまわして婚約者を領地に帰らせ穏便に白紙化をしていたのである。実際にはその令嬢が後に結婚した相手が手配をしていたがそこまで知っているものはごく一部である。


 そして、婚約者様の配下こと、ゴミクソヤリチンカス浮気野郎の世話係をしていた被害者が打ち合わせ通りの指摘をしてくる。


「君はあれだけ殿下に親しくしていたのになぜなんだ!」

「私は殿下と親しくさせていただきましたが、それは妃狙いという大それたモノではなく、商人として贔屓をいただきたいだけのお愛想ですのよ。貞操も守っております。私がこの場に赴いたのは別件の用事があったからですわ」


「『聖妃の衣』で品のない少女趣味のドレスを作らせ、雀の涙のような代金しか支払わなかったというのは真実ではないと申すか」

「上級貴族ですら紹介状がなければ門前払いだというのに殿下の権力を笠に無理難題をいったと有名ではないか」

「しかも代金は国費から出ているのだろう!恥を知れ!」


 こちらは『聖妃の衣』の関係者が手配してくだったほうの仕込み。


「恥は知っておりますので代金は支払っております」

「小金持ちの男爵に払えるものではない」

「『聖妃の衣』では創業当時からの『蜘蛛絹で織られた最上級の魔導絹布しか使用しない』こだわりから、私が支払えるドレスを仕立てられません。しかし、殿下は通常ではない安値で私のドレスを用意するよう命じました。ですので、そこらの中古屋でお安く購入したドレスに練習ついでにレースやリボンを足してもらいサイズを調整していただいた男爵娘でも材料費と手間賃を支払えるダセェ少女趣味ドレスがこちらになります。私、ドレスは『聖妃の衣』で調整していただいたとは申しましたが、オートクチュールのドレスは作っていませんことよ」


 今回の騒動で、ミランダが無事に逃げ切るために必要な要件はゴミクソヤリチンカス浮気野郎の王太子剥奪以外に、使用された金品の返金がある。そのため、返金が一切できない食事には行かず、ドレスは自分で支払える安物を用意してもらった。

 かの老舗も、店の針子が個人的に付き合いのある令嬢のドレスの直しを個人的に手伝っていただけと言い訳すればいい。

 そもそも、ミランダが指定したデザインはあまりにダセェ少女趣味で、いちから老舗が作ったとはとてもじゃないが思えない。


「殿下のところに届いていたのは代金支払いの領収書ではなく、納品が完了したというだけの報告書になります。領収書は支払いをした私がもっております」

「貴様が殿下をそそのかして宝飾店で購入させた直後、よく似た宝石を売り払っているのは幾人も目撃者がいるのだぞ」


 こちらは、婚約者様の仕込み。


「よく似た宝石をはよく似た宝石でしかございません。商売人の好奇心ゆえに殿下に買っていただいた宝石と似た安物の色石で似たデザインの宝飾品を作ってどれくらいの価値があるか売りに出してみただけでございます。本物は手元にありましてよ。おそらく国税が使われているであろう宝飾品ですのでしかるべきところに返却したいと常々思っておりましたの」



「ではなぜ返さない!返したくないからに決まっているだろう!」


 王太子付きの管財人が怒鳴り込んできた。

 王太子本人は話についていけず棒立ちしている。


 まさか出てくるとは思わなかった魚に、ミランダも婚約者様も驚いた。しかし、この好機を逃がしはしない。


「返したのに、返さなかったことになる可能性があまりにも高いのですわ。ですので、たくさん証人のいらっしゃるこの場でお返ししようと持ってきてありますの」


 そして、くたびれた服を着て使用人に化けた協力者が宝飾品を乗せた荷車を引いてくる。明らかに上げ底でかさ増しされていることにミランダは気が付いたが、そこを追及はしない。むしろ、目撃者の貴族たちの心象操作できるので花丸である。


「殿下の購入した宝飾品の一覧がございますが、これに私が関係ないものも混じっているのです。そういえば不思議ですわね。殿下とブレナン公爵令嬢が疎遠になっているのは有名ですのに、婚約者への宝飾品が買われ続けることに、殿下の財産管理をしている方は気付かなかったかったのかしら?殿下に口止めされたとしても陛下に報告はするのではなくて?」

「そんなものでたらめだ」

「私一人で調べては勘違いがあるかもしれませんので、調べられる方数名にお声をかけて調べていただきましたの」

「我がブレナン公爵家も調査させていただきました。私に使われる予定の資金の使い道を確認するのはおかしなことではありませんでしょう?ミランダ嬢の行動も逐一調べておりました」

「ブレナン公爵令嬢も!!」

「そういうわけで証拠は複数ありましてよ。そうそう、あなた、最近、羽振りがいいんですって?」


 ミランダは羽扇を畳み傲然とした笑みで壇上から横領犯を見下ろした。


 破滅をもたらす女の顔であった。



***



 最終的に、王太子は取り消されただの第二王子殿下となって蟄居。その座は子爵令嬢を母に持つ第一王子のものになった。

 第二王子殿下に婚約破棄された令嬢は、第一王子との婚約に変更。陛下は数年後には隠居するとこのこと。

 第二王子殿下の資産管理をしていた伯爵は横領の従犯として財産を没収され男爵にされたという。


 男爵令嬢は、もともと軽率な振る舞いがあったものの宝石類を余さず返却したため財産刑は免れ爵位の没収だけで終わった。

 公爵令嬢が、否とは言えない彼女の立場を憐れんで慈悲を求めたおかげである。男爵は貴族ではなくなったが生活の水準は落とさずに済むだろう。

 もともとどうでもいい功績で与えられた領地なし爵位であったのでしょうもない理由で返却されたのである。


 男爵令嬢ミランダは、ただの商人の娘ミランダになり、逃亡先の国でその話を聞いた。

 彼女は祝祭の会場を後にしたその足で、協力者の助けを借り密かに連絡を取り合ってい家族を連れ国から逃げたのだ。友人たちは、王太子に絡まれ始めた頃から時間をかけて疎遠になったので放置でもとばっちりはないはずである。


「うまくいったようで何よりだよ」

「つっっかれた!もう貴族なんてこりごりだわ!」

「ほんとそれな」


 魔法使いを演じていた彼は小汚い使用人の振りまでしてミランダを守るために暗躍した。

 最初は別の目論見があって接近したのだが、ミランダが自分だけ助かることを良しとせずに、友人たちどころかブレナン公爵令嬢やドレスメーカーの評判まで守ろうと欲張り計画したせいである。

 さっさと偽装死しておけば動機を持つもの多数であいまいにされて、うまく逃げ延びられたものを、ひんしゅく買い続けながら余計な手間をかけた。

 彼女は「悪くない方が割を食うのは嫌いです」と言ってのける。


 騎士学校に通っていいた彼は、彼女の志に感銘を受け、魔法使いの弟に頼み込んで公爵令嬢との話し合いの人払いをしたり、祝祭で横やりが入らぬように邪魔だてしそうな素振りのあるものをしびれさせたりと奔走した。そんなものそこらに転がっている魔法使いの腕前じゃできやしないのだが、彼の弟はできるのだ。


「邪魔な公爵家つぶす口実に王太子の横領罪なすりつけようとするとかほんとクソだなさすがゴミクソヤリチンカス浮気野郎の製造元のチン野郎よ」

「そりゃ公爵家の男兄弟の出来がいいなら、どうにかこうにか片づけたかったんだろうさ。……それにしても、すげぇ口悪くなったな、おい」

「チンは公爵令嬢様もつかってたよ」

「あのお方が?!」


 あの淑女がそんなこと口走るなどにわかに信じがたく狼狽える彼に、ミランダは「これだから男は」といわんばかりである。

 彼にとっっては、伯父がゴミクソヤリチンカス浮気野郎の製造元のチン野郎なのはまったくもって正しいことなのでどうとも思わないが、見知った淑女がそんな暴言吐くとは思いもしなかった。


「セラフィーナ様が王妃様なの変わらずなのはよかったのかしら」

「令嬢やめるかしないと逃げるのは無理だろ。前の婚約者は血筋とツラ以外いいとこなしのゴミクソヤリチンカス浮気野郎だけど、次の婚約者は後ろ盾がないと生き残れないからご令嬢に無体なことはしねぇだろ。尊重してくれるんじゃねぇの」

「あなた、公爵家の三男よね?名前くらいは私でも知ってるわ」

「いやー、アシュクロフト公爵家は一家全員に重要関係者併せてトンズラこいたからもう消滅してんだわ。だからもう存在しねーの」


 王位から遠ざけるため、物理で国から遠ざけようと公爵だけではなく継承権の残っていた長男、次男は外遊に回され、三男はそのすきに暗殺されないように政治適性をなくすため騎士学校に放り込んだ。庶子の生まれから論外の四男は一切警戒されなかった。

 そんな国外事情に明るいアシュクロフト公爵家は気づいてしまった。「このままいけばうちの国、革命されるんじゃねーか?」と。

 そういう時に血祭りにあげられるのは上の方の貴族。つまり彼らである。色々鬱憤もたまっていたし、それなりに確執もあった彼らは逃亡を決め何年も前から準備を進めていたのだ。そして、今回の騒動に便乗して逃げた。


「うちみたいなぽっと出商人ならともかく、公爵でしょ?責任とかないわけ?」

「うちの弟の心に響く言葉を聞いてください。『利益もねぇ愛も返らねぇ相手の世話なぞくそくらえ。血祭りに上げない慈悲をありがたく思え』

 おまけに、うちの兄弟は王様やったらダメな性格の奴しかいないから」

「わかっているから向いてるんじゃない」

「上の兄さまがいうには、第一王子殿下は旦那としてはダメだけど王としてはマシだって」

「セラフィーナ様……大丈夫かしら」

「しったこっちゃない」


 ミランダに接触したのは、騒ぎが大きくなるタイミングを見計らうためだった。

 けれど、彼女があまりに人を踏み台にせずに進もうとするものだから、弟に助けを求めたのだ。弟は自業自得だと言っていたけれど、頼みに頼んで「にいさんがそこまでいうなら」と渋々協力してくれたのだ。

 ミランダが金目のものを持っていると察したブレナン公爵令嬢の配下が強盗に来たところを片づけて箱詰めして送り返したことも、ブレナン公爵令嬢がミランダの悪評をまいていたことを知らないのはミランダだけだ。

 いかにも恋愛ごとに疎そうな彼女は、被害者仲間だと思っているブレナン公爵令嬢の心の内を知らなすぎる。婚約破棄が衆人環視で起きれば勝は決まるブレナン公爵令嬢は、王太子どころかミランダが悪党として処分されても構わなかった。だから何組かミランダの返却宝石を狙って泥棒が現れていたのだ。その処分は弟に任せていたが、ご丁寧にすり替えるための模造品を持っていた奴もいたそうだ。

 自発的か、そそのかされてか、どちらもあり得たが、真実は弟しか知らない。ブレナン公爵令嬢の祝祭での振る舞いは、弟が釘をさしたか、あの場の空気を読んだのかもわからない。ただ、もうかかわることもないだろうから、特に教えてやる気はない。次の陛下は出来がよすぎて飼い馴らすどころか、飼われる側になるのがブレナン公爵令嬢だ。


 彼女を傷つけたくない半分、三男が警戒されたくない半分。



 弟がいたら「うちの血族の野郎どもはどいつもこいつもくそ野郎」というに違いない。

登場人物


ミランダちゃん…つめがあまい。打算的だが善良。ピンク頭であり横領犯としては白であり破滅の女としては黒である。


セラフィーナ様…手を結んでおいてそっと悪評流すとこさすが悪役令嬢。まだマシな婚約者にチェンジできたのでB勝利。


公爵四兄弟…本当は四男メインの逃亡話だったんだけどミランダちゃんを掘り下げてたらこうなりました。長男アルヴィン次男カイル三男ウルフ四男ノエル。ほぼ王族なのに、どいつも下手な奴に引っかかると国土焼いてプレゼントするためのお花畑作ろうとしかねないタイプ。自覚はあるので権力は持ちたくない。


ゴミクソヤリチンカス浮気野郎…自分がやりたいことしかしないしみたいものしか見ないタイプのダメ王族。


不幸な兄…親戚中で一番王様に向いてる。ただし、千人助けるために一人犠牲にするのに迷いないし、一人は自分でも妻でも子供でも貴族でも平民でも遠慮も迷いもないタイプ

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