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悪役令嬢と道連れ転生  作者: ドクトルゴトー
0章 憑依と処刑
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ハル過去・前

評価ありがとうございました。とても励みになります。

『これは?』


 彼女の視界に映っているのは鉢に植えられた白い花。これが何であるのかくらいは分かっているけれど、確認するために一応聞いてみた。


『花』


『そんなものは見ればわかるってんだよ。これスイセイランでしょ? リュシエンヌさんから貰った花。どうやってここまで運んだのかは知らないけど、良かったですね?』


『頼んだのよ、家の者に。父の代理くらいは一応来たの。牢の管理者も花くらいだったらと持ち込むのを許したみたいね。処刑前に小さな心の癒しくらいは必要だと思ったのでしょう』


 なるほど、そんな理由で運ばれたのか。まあ僕は回想全てについていけたわけでは無いけど、これがリュシエンヌさんとの思い出の品という事くらいは把握している。そうしてこの花がルナ様にとっての心の支えとなっていることも。


『話していた本人に向かって、ついて行けなかったと言うのはどうかと思うけれど、記憶を見れたわけではないから仕方が無いわね。重要なところは分かっているみたいだから良しとしましょう』


 けど今の一度でルナ様が全てを語ってくれたと言うわけでも無いはず。今の話以外にも色々あったことは僕でさえ察するところだ。苦労したんだろうな……。


『気を遣ってくれてありがとう。大変だったのは否定はしないわ』


 王太子はアホ、父は味方とは言えず、極めつけにアレ。散々だもんな。どこに行ったって苦労するでしょうよ。他に道はなかったのかと嘆きたくなるくらいには。


『例え誰かが味方してくれていたとしても、アレの事を調べ続ければ手詰まってしまうわ。いずれにしてもこうなる運命だったのよ』


『それなんだけど、どこかへ逃げるわけにはいかなかったんですか? それこそ魔大陸とかに逃げても良いでしょうに。女神教の手は入ってないみたいだし』


 仮に復讐するにしても向こうに拠点を置いて機会を待つなどやり様はある。やばいと思った段階で逃げても良かったはずだ。


『生きるだけが目的であればその方法もありだったかも知れないわね。でもそうしたところでアレを喜ばせるだけ。私が逃げている姿を見て楽しむに決まっているのだし、アレの手駒を使って猟を楽しむのでしょう』


 猟とはなるほど言い得て妙かも知れない、いやもっと酷いだろうか? けれど女神が楽しんでやることは想像に難くない。


『それにそうして生き残ってまで私に何があると言うの? リュシーはもう死んでいるのに生きている意味はある? 確かに復讐を遂げたいのは本当。けれどそれを達成したところで何も残ってはいないの』


 だからと言って死ぬ方を選ぶのは極論にもほどはあると思うんだけどな。けれどどっちみち死ぬのは一緒なのか。アレには対処しようもないんだから。


『ええ、その通り。それにアレは私が逃げるのを楽しむことなんて許せるはずないでしょう? だから死んだ方がマシ』


 その結果が今の状況がある、と。何とも苛烈な選択ではあるんだけど、理解出来ないわけではないな。唯一とも言って良い相手が殺されたんなら、こうなっても仕方がないのかもしれない。推測しか出来ないけど。


 ただ、そんなことをしたって女神にぎゃふんとは言わせられなかったことも事実だ。かろうじて出来たことと言えば、婚約破棄された後様子を見に来た女神に対して、気丈に振舞って見せたことぐらいかな。


『否定したいところだけれど、それが事実よね……』


 僕の言葉でへこませてしまった。申し訳ない。


 それにしても、女神ね。最初に聞かされた話から想像していたより一段と酷い存在に感じて来たよ。本当は神ではない可能性を疑いたくなるくらいだ。あまりの異質さ故に人である可能性は薄い気もするけれど、醜悪さに関しては人間の極みって気もしている。だが、実際のとことはどうなんだろう?


『アレは本当の神ではないと私は思っているわ、流石に醜悪過ぎるもの。けれど、私がそう信じたいだけなのかも知れないわね。本当に神だと言う可能性だってあるのだから』


 難しいところだ。でも結局アレはなんでルナ様に目をつけたきっかけは何だったのだろう? 思えば最初からルナ様を陥れることを目的としていた気がしなくもない。だって初対面がリュシエンヌさんに降りた時って偶然にしてもやり過ぎ感がある。初めから煽るつもりでやそうしたのだと考えるほうがずっとしっくりくる。


『そうでしょうね。私もあれが偶然と思えるほどおめでたい頭はしていないわ。ただ理由が思い当たらないのも事実なの。だけどアレの性格を鑑みて考えた答えくらいはあるわね』


『聞いても?』


『ええ、勿論。私が美人で嫉妬したことが理由という可能性ね。一番最悪で一番らしいと思うのだけれど、どうかしら?』


 ナルシストもここまで来ると拍手喝采だ。けど、話を聞く限りでは可能性自体は無くはないかも知れない、それらしいことも言ってたみたいだし。でも、本当にそんなことを理由に陥れたってこと? ルナ様だってそんな理由で排除されたとなるとやってらんないな。


『リュシーが死んでからは私が自分のことを嗅ぎ回っていたのが、気に食わなかったのでしょうけれど、目をつけたきっかけはどんな理由であったとしても何らおかしいとは思わないわ。アレの実際の姿は見たことが無いけれど、自分より美しいなんて理由で敵意を抱いたとしても、不思議ではない奴だから』


 聞けば聞くほどルナ様が不憫に感じてくる。


『どう対処することが正解だったのかしら……』


 僕には分からない。ルナ様にはまだ、復讐したい気持ちが残ってる?


『当たり前、死んでも無くなるとは思えないわね。ただ、例えば今のハルみたいに記憶を持ったまま転生したとして、再度アレへの復讐に走るのかは分からないわ。生まれ変わってまで、アレに煩わされるだけの生というのも御免だもの。だからそう考えると難しいとこね、出来ることならサクッとアレを潰して、自由に生きられたら良いわね。本当にできるのならば、だけれど』


 この際だからと好き勝手に希望を述べているんだが、そんなの果てしなく実現可能性が低いと思うけどな。


『望むだけならば私の自由でしょう?』


 仰る通りで。


『さて、私が自分の過去を話したのだから、ハルも話さないと不公平とは思わなくて?』


 おっと? 急に僕の方へと話が向いてきた。おかしいな? ルナ様は自分で話出したと記憶しているのだが、僕の方は僕の意思に関わらず強制らしい。まあ理不尽である。


『まぁ、あなたが拒否しても私が勝手に覗くのだけど』


 マジで自由人やん。


 そうして僕の記憶は掘り返された―――――。





◇◇◇

 私から見る、ツクモハルという異世界に生きていた人物は、酷く感情が希薄であったのだと、そう判断することが適当なのだと思われる。


 生まれた時からその赤子は殆ど手のかからない子どもだった。最初の方こそ良い子だな、と思っていた両親も、同じ年ごろの他の家庭の子と、自分たちの子どもとを比べ、その異質さに賢いよりも不気味な子どもという思いを抱くようになっていったようだ。


 彼が小学生くらいの年になると、両親はすでに海外を飛び回り仕事をしていた。帰ってくるのも月に数度というところ。彼はそれで問題はなかった。仕送りはあったし、ある程度自分で生活を送れるようになっていたからだ。両親は彼を嫌ってはいないものの、どう接していいか分からず、結果として係わることをどんどんと先延ばしにしていたようだ。


 学校という場は知らない他人と一日の大半を過ごさなければならない閉鎖的な空間である。彼はそれまで保育所に通っていなかったから、自分と同じ年ごろのこどもたちが大勢いるという状況に、めずらしく動揺していた。


 だが両親にそうしているように彼らにもそうすれば良い、と彼は気が付いた。つまり用がないならば話しかけなければ良いのだと、ただ人数が少し増えただけだと考えることにしたらしい。事実、彼はそれで学校での安寧を得ていった。


 そうしているうちに彼は学校というものに慣れた。周りの子どもたちが彼に慣れるかはともかくとして。


 彼はその年頃の子どもからして実に異質な人間だったのだろう。髪の色が違い、目の色が違い、肌の色が違う。彼は毎日日傘を差して登校していたし、ほとんどしゃべらない。何もかもが違う人間だった。もう少し大人になれば、彼への接し方も考えられたのだろうが、その年頃の子どもは好奇心旺盛だ、関わるなと言うのは流石に無理があった。


 やがて彼は好奇心を抑えられなくなった大勢の子どもたちに囲まれ始めた。面倒だと思っていたようだが、適当にあしらう方法には直ぐに気が付いた。体調が悪いとただそれだけ言って、保険室へと逃げれば良いだけだ。それからは構ってくる級友たちを受け流すことも上手くなっていた。


 そんな彼の態度を大きくなるに連れてなんとなく察せるようになったのか、彼らはあまり嫌がるハルを構うことはなくなった。だがハルに対しての関心だけは失われなかった。彼が以前特異な存在であることは間違いなかったからだ。


 月日は流れて彼は中学生になった。この年頃の子どもたちは繊細だ。こちらの世界の私の国では、平民ならば既に働いているような年齢であるし、私のような貴族でもあと数年すれば大人という年齢だ。だが私達に比べて、彼らは幾分子どもだと感じられた。肉体ではなく感情を制御するという面で。


 彼はと言えば、図抜けた容姿を持つようになっていた。男性的と言うよりも中性的で、私から見ても美人と評するしかないほどのものに。


 関心はやがて変化の時を迎えた。同年代の少なく無い女性たちが彼に好意を持つようになり、同時に男性からは徐々に疎まれ始める。仮に、彼らと良好な関係を構築出来ていたのなら、何の問題もなかったのだろう。酷くても嫉妬される程度で済んでいたかもしれない。だがハルと彼らとの間には何の繋がりもなく、それ故彼の同性たちは彼を害することに対する心理的な障害を持たなかった。


 イジメが始まったのは必然と言えよう。むしろ遅いくらいと言って良い。中学生生活ももう三年目という時分であったから。精神的に不安定な時期に入っているにも関わらず、二年間何も起きなかったことは私からしてみれば奇跡だと思えるほどだ。


 幸か不幸か、彼に感情と呼べるものは殆ど無かったから、心に傷を負うことは無かった。ただ常に絡まれてしまい鬱陶しいとは感じていた。それに加えて、身体的な苦痛はどうしても感じざるを得なかった。その結果、彼は学校には通わなくなった。通わずとも学習内容は把握していたので、卒業すれば、高校は別々になる可能性が高いこともあり、彼をいじめてくる者たちと関わることがなくなるだろうと考えていたからだ。


 想定外だったことは、彼を気に掛ける者が、彼の考える以上に多かったと言うこと。クラスを担当している女性教諭もまた、密かに想いを抱いているようだった。彼は彼女に深く関わってはいないので、そんなことを理解してはいなかったのだが。


 私から言えることはただ一つ、不幸の始まりがここからだったのかも知れないという事だけだ。


 彼が学校に来なくなったことを、その教師も問題に感じてはいるらしかった。直ぐに面談に来たこともその証拠と言えよう。だがそれと同時に、悩んでもいるらしかった。何をか? 自分が彼に肩入れしすぎているのではないかという事にほかならない。直ぐにイジメの解決に当たれなかったのは、彼女の葛藤の表れと言えよう。彼女は堅物であったらしく、自身の行動原理に個人的な感情な感情が混じっていないのか疑問に感じていたのだと思われる。私から言わせれば傍から見ている限りではその教師は彼に対して適切な距離を保っており、特に何か問題があったとは思えないが。


 そんな思いを抱えた上で、教師は彼の下を訪れることとなった。家庭環境の酷さは担任をしていたこともあって、一応分かっていたはずだ。しかし、家庭訪問の時のは彼の両親がいたこともあってか、日常はどうしているのかまで分からなかったのだろう。訪問した時の表情は、彼であっても鮮明に覚えていることから分かる通り、彼女にとっては衝撃的だったはずだ。それくらいに彼は酷い生活をしていた。


 彼女がイジメについてどう思っているのか彼に尋ねた時、いつもよりも少しだけ表情に出た。それは普通の人の浮かべるそれと比較すると、ほんの些細な違いではあったが効果は劇的だった。


 喜怒哀楽の感情を読み取り難い彼が、憂鬱そうな顔を見せる。それだけイジメに対してストレスを感じていることに他ならない。教師はそう判断したのだ。これまで感情を読めなかったと言うギャップも手伝い、彼女の良心の呵責を抑えるに十分な効果を発揮した。


 この時の彼は無意識のうちに彼女の正義感を煽っていたと言って良い。そうして彼女に建前を作らせたのだ。対処に動くのはあくまで特別な感情を理由にして、イジメに対処するわけでは無く、生徒の憂慮を取り除くために動くという建前を。


 面談の後、二週が過ぎようかというところで、イジメをした生徒からの謝罪の文を教師が届けた。


 この一連出来事で彼は気が付いた。表情に出したことで教師は動いてくれたのだと。ならば仮にその表情が作り物であったとしても、他者は彼女と同じように動いてくれるのではないか、と。だが感情の希薄な彼には何故彼女が動いてくれたのかまでは分からない。その事実だけ分かっていればそれだけで良かった。


 彼は笑顔を作って礼を言った。嬉しいという感情を全て理解していたとは言えないが、少なくとも今は嬉しいと思うに相応しい場面であると考えていた。それに嬉しい時に浮かべるらしい表情は他人のものを見たことがある、真似する分には問題なかった。所詮は作り物だった。けれど教師は満足気にしていた。


 彼はクラスへと戻った。同性の級友たちは依然として彼のことを気に入らない様子であったが、以前とは異なり彼に何も出来なくなっていた。彼らの前には女性たちが立ちはだかるようになったからだ。


 経緯を話そう。復帰初日に、彼は男子生徒から軽くぶつかられた、おそらく意図してぶつかったのだろう。その時に彼は少し憂いを帯びた表情をした、ただそれだけだった。


 だが女子生徒たちは彼をかばい始めた。今まで表情が乏しかったため、何を思っているのか分からなかったが、こうして表情に現れれたことで嫌がっているのが分かるようになったのだ。今まで人形のようで距離感を感じていた彼に、表情が生まれた。自分たちに近づいてきたように思えたのだろう。無論、そんなものはただの幻想であったのだが。


 その間彼は確認をしていた。自分が表情を作ることで動かせる相手は主に女生徒であると。そうして、その理由は恐らく好意を持たれているが故であることも、何となくではあるが理解し始めていた。


 同時にこれは利用できると言うことも考えた。そうしてその目論見は一定の成功を収めることとなる。それから約一年、女子生徒たちが勝手に味方になってくれたおかげで、彼は快適な学校生活を送ることが出来た。


 彼は自らの危うさについて理解出来ていなかった。いや、感情に対して希薄であるが故にそれを利用することの危うさを理解出来ていなかったと言って良い。彼は女性からの恋愛感情を利用していたが、危険性については全くと言って良いほど無頓着であった。


 彼の中学校生活は無事、終わりを迎えた。高校は地元の公立の進学校に進んだ。一応将来の設計くらいはあったようだ。大学に進学して、そこそこ給与の良さそうな会社に就職しようと考えていたらしい。死んで私に憑依していることからも分かるように、そんな未来は来なかったのだが。


 高校に入っても彼が目立った。ただ以前と異なっていたのは、予め味方を作ろうと考えていたこと。無事解決したとはいえ、それでも中学の時のような面倒なことになるのは遠慮したいらしかった。


 方法は言うまでもない、女生徒たちだ。経験上、彼は女性たちに向かって微笑むことが最も効果的だと分かっていたので、ただそれを実行した。だが、個人的な意見を言わせて貰うならば、彼の微笑みは些か恋情が含まれ過ぎているようなものだった。無論、彼にはそんなつもりは微塵もなかったのであろうが。


 案の上、女生徒たちの中には“勘違い”をする者たちが現れ始めた。理由はなんてことはない。中学の時には二年の付き合いの中で彼の人となり、つまりは彼が人付き合いが苦手であることを知っている者も多かったこともあって、皆気を遣ってくれていた。だからこそ彼の拙いやり方でも上手くいっていたのだ。だが、ここには彼のことを知っている者は少なかった。


 必然的とも言って良いだろう。感情を理解ないままに利用したツケを払う時はすぐそこまで来ていた。

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