ルナ過去・後
王宮から手紙が届いた。要約すれば女神が降りるので来いとのこと。私はこの時点でまだ実際の女神に会ったことは無かったから、お目通りしておけということらしい。一年後には正式に王太子妃となるのことも考慮されていたのだろう。学園にある女神の本体をイメージした偶像でさえ嫌なのに、実際に会うとなると自分がどんな感情を抱くのか想像もつかない。なるだけ表情に出さないよう、気を張っておかなければなるまい。
話を変えたい。女神の降りる人物は巫女と呼ばれるが、どういった条件で選ばれるのか一般には知られていない。それでもわかっていることと言えば、彼女が降りた器は壊れてしまうということだ。それはつまりヒトとしての死を意味している。しかし、女神教の信者の多くは、死んでしまうという事実よりも、巫女になることそれ自体に目を向けて、誉れ高いことだと認識している者が多い。
当の女神本人はと言えば、結構な頻度で降りてくるにも関わらず、下らない神託を下して去っていくことも少なくないと上位貴族の間では噂されている。いくら巫女になることが誉と受け入れられていると言っても命を軽んじ過ぎていないだろうか? 私の中にはそんな思いがくすぶっている中での呼び出しでもあった。
そうして当日を迎えることになった。この日は朝から嫌な予感がしていた。いや、正確に言えば、この日が近づくにつれて嫌な予感は大きくなっていたと言うのが正しい言い方か。だが、私はこの予感が王宮へと赴く故だと考えていた。女神に会うのは憂鬱だが、それに加えて王太子と会ってしまう可能性もあるのだ。嫌な予感がするという事は、むしろ当然のことだと甘く考えてしまっていたのである。しかし、予感は想像していたよりも遥かに悪い形で的中した。
王城へと到着し謁見の間に案内される道中、思いがけない人物の後ろ姿が目に入った。
「リュシー?」
そう話かけるとその存在がこちらを振り向く。姿形は私の良く知るものだったが、雰囲気がまるで別物で、私の知る彼女からはかけ離れていると言って良いくらい気味が悪かった。
「はろー、ルナちゃん。やっぱりいつ見ても綺麗だね? 嫉妬しちゃいそうなくらいだよ。でも見て? この器もあなたと同じくらいキレーな娘でしょ? この子が一番のお気に入りだったんだぁ」
リュシーの顔で全く知らない声色の言葉が発せられる。全身にジンマシンがでそうなほど気味の悪い話し方。こんな性格をしている者など、私には覚えが無い。ただリュシーの顔に浮かべられた薄気味悪い微笑み方には覚えがある。
「女神、様?」
それは首を縦に振って肯定し、私に話しかける。
「そうだよ、はじめまして。君のことは知っていたし、噂だって聞いていたから、私は初めましてって感じはしないけど……ルナちゃんが私に会うのは初めてでしょ? 間違ってないよね?」
「ええ、お初にお目にかかります。ノワール家が長女ルナ・ノワールと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「ちょっと固くない? もっとリラックスして良いのに……。ところで君はこの器と親しかったみたいだね?」
私に聞くまでも無く、こいつが知っていたことくらいは分かっている。それでいて、初めての顔合わせの時の器としてリュシーを選ぶのだから、こいつの醜悪さは折り紙付きだ。だからと言って、嫌悪を表に出すわけにも行かず「ええ、御拝察の通りにございます」と辛うじて対応する。
「だとしたらかわいそうなことをしたのかな? でもルナちゃんは王太子妃になるんだから、今後関わる機会は増えるよ? 器とはちゃんと分別をつけて接してね」
どの面をさげて彼女の口でそんなことを言っているのだろう? 辛うじて抑えていた感情の蓋が弾ける。リュシーが女神の器だったことに困惑し、すでに女神がリュシーの体に降りていることに動揺し、そして彼女がもう戻ってこないという結論に思考が行き着いてしまった。私の体中を激情が駆け巡る。
だが、感情そのままにこのクズに対応するのは悪手であることも分かっている。どこにも発することの出来ない怒りで沸騰しそうになる魔力を必死で抑え、表情だけは取り繕う。本当は今すぐにでも殺してやりたいところだが、こいつが入っているのはリュシーの体だ。彼女を傷つけることだけは私にはできない。
「ご忠告ありがたく頂戴いたします。本日はどのようなご用向きでこちらにいらっしゃったのですか? 私と会う予定であることだけは耳にしているのですけれど?」
「それ以外には殆ど無いかな? そもそも今日はルナちゃんが主な目的だったし」
どうやら私が主となる目的であったらしい。確かに私と会う事が目的だったのかも知れないが、それは理由とはなっていない。むしろ、リュシーに降りている姿を私に見せることが真の狙いなのではないかと思う。確証がある訳ではないが……。だから私は「何故でしょうか?」と女神に尋ねた。
だが返って来た答えは、
「だってルナちゃんは王家の一員になるんだから、顔合わせくらいしとく必要があるのは当然じゃん。まあ、顔はその時々で変わるけどね、アハハ!」
と言うものだった。そんなことは表向きの事情で、誰が考えても分かることだ。やはり、理由を素直に話してくれる気はないらしい。女神は笑っていたが、何がおかしいのか分からない。出来ることならばもう去ってはくれないだろうか? 一刻でも早くリュシーの体を返して欲しい。
「だから雰囲気と話し方を覚えてね?」
「承知致しました」
本当はそんなこと御免だった。けれどここまで気味の悪い気配を放っているものなど、記憶にこびりついて離れない。それに……リュシエンヌに降りたこいつをどうして忘れられるというのだろう?
クズに連れられて謁見の間へと移動する。中には既に王が待機していた。彼が本来座すべきはずの椅子には座っていない。この日は王でさえも頭を垂れるべき存在がいるのだから。
私も含めたその場にいたヒトたちは皆臣下の礼をとる。女神は軽い足取りで玉座の前に行き、こちらに向き直ってぁら腰を下ろすと王に向かって話し始めた。
「アンリ、ルナちゃんとは先に挨拶を済ませたから紹介はもういいよ。それで? ジュール君はどうなったの?」
「処理いたしました。すべては御心のままに」
聞いたことも無い王の口調。コレに対してはいつもこのような言葉遣いをしているのだろう。王であるというのにこのような振舞いをする必要があるというのも難儀なものだ。
「そう、よくやったね。今回は特にちゃんとした用事があったわけでもないから、これで終わりにしとこうか。当初予定してたルナちゃんとの顔合わせも済ませてあるし、これ以外に君に何かしてほしいことも思いつかないや。もう帰るね?」
そう言った次の瞬間にはリュシーの体アレの気配は消え。ほんの僅かな時間、たったあれだけの話をするためにリュシーの体に降りたらしい。訳が分からない。ほんの些細などうでも良いことだったのに。
糸が切れた操り人形のように、玉座に座した少女は動かなくなった。こうした事態には慣れているのだろう、王城の使用人たちが、彼女を運ぶために部屋の中に入ってくる。女神の降りた巫女の体なので丁重に扱われることは間違いないだろう。
私が彼女にできることなど何もなかったが、せめて最後にリュシーという存在をこの目に焼き付けておきたい。そう思って近くへと向かい、彼女の姿をこの目に焼き付けようとする。大好きだったトパーズの瞳には、もう何の輝きも宿ってはいなかった。
◇◇◇
なんの反応も示さなくなった彼女は慣例通り毒を用いた安楽死を賜ることになった。
しかし、彼女がああなってからの間、私が何もしなかったわけでは無い。通例通りの毒を服用させるまでの間に、女神が降りた器が意識を取り戻した前例がないか、それが無くとも意識を取り戻させる方法は無いかと必死で探した。そんな方法ある筈も無かったのだが。
私はリュシーの死を理解はしても、納得することは出来なかった。
彼女の葬儀に参列することになった。葬儀と言ってもブラン家が内々で執り行うところを、リュシーの遺言に従って私が呼ばれただけなのだが。しかし、参加したところで、その場にはリュシーとの別れの悲しみを私と分かち合うことのできる人間はいないと思っていた。彼女には家族の中にさえ親しい者はいないと思っていたからだ。だが、そういう訳でもなかったらしい。葬儀のあとに彼女の父親であるブラン侯爵が私に話しかけてきたのだ。
「ルナ嬢、娘の葬儀に来てくれてありがとう」
「いえ、彼女とは親しくしておりましたから。侯爵閣下」
侯爵は随分とやつれた様に見える。彼とはこれまで直接話す機会は無かったが、宮廷で何度も顔を合わせている。今の憔悴した様子を見れば、彼がリュシーの死を悼んでいることなど明らかだった。例えリュシエンヌ本人には彼の愛情が理解出来ていなかったとしても。
「リュシエンヌが死んだ後に君に渡して欲しいと頼まれていた花があるのだ。それを、渡さなければと思って話しかけたのだ」
「花」
心当たりはある。つい先日、彼女と出かけた時に購入していたあの花だ。
「スイセイランと言うそうだ。そう言えば分かると聞いていたのだが」
「ええ、存じております。忘れる筈もありません」
「そうか……」
この場で受け取って持って帰ると言うわけには行かなかったのだが、侯爵は数日も経たないうちに使いを出してノワール邸にスイセイランを届けさせてくれた。
彼女の残したその花を見ながら思っていたのだ、何を思ってこれを私に残したのだろうか、と。
それまでも、私は女神と言う存在を良い思いは持っていなかった。しかし憎悪とも呼ぶべき感情を抱くようになったのはこの一連の出来事が原因である。
殺してやりたいほど憎んでいる相手なのに、これから王家の一員となれば嫌でも関わらずにはいられなくなる。そのことを想像すると吐き気が収まらなかった。いっそ本当に殺してしまおうかと思うものの、私にそんな力はない。復讐はしたい、でもできない。頼るべき相手なんていないこともあって、私は八方ふさがりになっていた。
どうしようもない怒りと己の無力さにさいなまれ、じわじわと心が死んでゆく実感だけがある。せめてもの抵抗のために、女神に関する資料を探し回った。
そんな時だ、勇者召喚を始めとしたあれこれを知ってしまったのは。
余計な物を背負ってしまった自覚があった。知ったことを誰かに勘付かれてはいけない。周囲に味方はおらず、誰であろうと尻尾を掴ませてはならない。私が女神に敵対する可能性があると分かれば、死は免れないからだ。それでは復讐が出来なくなってしまう。
王太子妃となる時期はもうすぐそこまで来ていた。そんな立場を利用すれば王家に伝わる情報を入手できた。
王は恐らく私が女神の情報を嗅ぎ回っていることを把握していた。王家の所有する図書を私が調べている報告が挙がっていない筈はないのだから。それに付随するように勇者召喚に勘付いたことも恐らくは掴んでいた。けれど王が私を咎めることは無かった。彼が従うべきは何を置いても先ず、女神だからだ。
アレは未だ自分を嗅ぎ回る私と言う罪人に対して、裁きの天秤を傾けてはいなかった。それはつまり静観するつもりであることを意味している。故に王が彼女を差し置いて私に対して行動を起こすことなどあり得ないのだ。それは彼がアレに対して忠誠を誓っていると言うわけでは無く、アレはこの大陸における絶対の存在であるからにほかならない。彼女に逆らえば、例え王と言う地位にあろうが潰される。
自分が猶予期間にあるとも知らず、私は女神のことを調べ続けた。危ない橋を渡っているという自覚くらいあったが、私の心に灯る復讐の炎が引き返すことを許さなかった。
◇◇◇
それからしばらくして、アレが降りたと耳にした。私の知らない誰かがまた犠牲になっていることに罪悪感を抱いてしまう。私に力があれはアレの蛮行は止められただろうか、そんなとりとめのない思考が私の脳をよぎる。神託は聖女が現れたというものだった。あんな女神が認定した聖女とは。滑稽すぎて笑いが漏れてしまう。邪神の認定した悪女の間違いではなかろうか、と。
噂を聞いた数日後、私は王太子に呼び出された。婚約者なのに彼の存在は頭の片隅にも残っていなかったので、彼が私を呼び出したと聞いた時には困惑してしまった。彼にしたって私と話す機会はほとんど設けなかったのだから、仕方のないことである。
王城につくと、王太子の待つ部屋に案内される。扉が開くと、ひとりの女性が彼と並んで座っているのが目に入った。
「お待たせして申し訳ございません。王太子殿下」
「おれを待たせるなぞ不敬だぞ、ルナ・ノワール」
何とも傲慢な態度である。結局王太子はあれから何も変わらなかった。いや、悪化していると言っても良いくらいだ。何度か見かける機会がありはしたものの、以前にもまして横暴な振舞いをしているのは知っている。
そもそも待たせたとは言っても約束の時間にはまだ余裕があるのだ。これで謝罪しろと言うのなら、先ずは茶会ぎりぎりに登場して、私の腕を掴んだお前が謝れと言いたいところなのだが、そんなことを聞いている時間さえ惜しいので本題に入る。
「どのような要件で私をお呼びだしになったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「待て、彼女をまだ紹介していない」
驚き呆れるとはまさにこのこと。何故、彼女を優先すると言うのか? そもそも彼女の立場が分からないのだが、婚約破棄ならば望むところだ。
「はじめまして、ルナ様。私はカトリーナ・メディシと言います。この度女神さまに認められ聖女となりました。以後お見知りおきください」
なるほど聖女と来たか。未だ彼女がここにいる理由は分かっていないが、少なくとも話を聞く必要性が出て来たらしい。何と言ってもアレの選んだ聖女様だ、様々な意味で無視するわけにもいかない。それにしてもメディシ家か。記憶している限りだと男爵家だった筈。彼女自身が同年代くらいなのは間違いないが、係わることが今までなかった相手。どう対応したものか……。
「初めましてカトリーナ様。私の名をご存じのようですから紹介は致しませんわね? それで、彼女を紹介なさって一体どういう要件なのでしょうか。私には聖女様が殿下と一緒におられる理由が想像もつかないのですが?」
「女神さまから神託が下されたのだ。私が聖女の補佐をするようにと。男の私では不便なこともあるだろうから、その場合お前が彼女の手助けをすることになる」
アレはまた何とも非常識な神託を下したものである。一応今の言葉が正しいのか確認しておかなくてはならない。
「お待ちください、王太子である殿下自らが彼女の補佐をするようにと女神様はおっしゃったのですか?」
「ええ、殿下が私の補佐をするようにと女神様は仰っておいでです」
そう、聖女が返した。
これは女神から私への最後通牒だろうか? いや、もしかしたら宣戦布告かもしれないが今の時点でアレに降伏の意志を示す、つまり彼女のことを探ることを止め王家に従えば、まだ助かる道はあるのかも知れない。
けれど、今の私に失うものなど何もない。故に止まる必要もない。リュシーがいない今、私のとりたい選択肢などアレへの復讐しか考えられないのだから。例えこの先には奈落が待ち受けていると分かっていたとしても進むよりほかはない。
「それで? お前は彼女の手助けを受ける意思はあるのか?」
「ええ、勿論です。それが女神様の思し召しならば私に否はありません」
一応そう返答した。それ以外にどう答えようとも私には不利になるだけ。何を補佐すれば良いのかは分からないが、彼女を手伝うことに関して特に何か思うことがあるわけでは無い。
ただ聖女の手伝いをするか否かなど、アレの思惑には関係ないと思われる。重要なのはただ一点。聖女という未婚の若い女性に王太子が補佐につくこと。アレが何を狙っているのかなど明らかなことだった。つまり聖女が王太子と良い仲になることをアレは望んでいるのだ。私を排除するために。
「では、これからよろしくお願いしますね。ルナ様」
そう言う彼女の瞳には私への敵愾心が見え隠れしていた。アレから私のことを教えられているのだろうが、一体何を聞かされているのやら。聖女という役割につくことが出来たという事は、彼女が女神側の人間であることだけは確かだ。
ここで聖女の経歴について話しておきたい。メディシの家は元々医師の家系だったらしい。そのためカトリーナ自身も医学と治癒魔術に造詣が深いようだ。そんな人間が聖女なんて実にらしいと思わないか? さんざんアレをこき下ろしてきたが今回に限っては良い人選をしたと認めざるを得ない。
彼女は聖女となった直後から精力的に活動を始めた。スラムの子どもたちに勉強を教え、病院を作り民たちの病やケガの治療に努めた。それは聖女の名に相応しい働きぶりであった。
だが、関わり続けば嫌でも気づく。彼女のこの働きはすべて女神のための行動だった。真実彼女が「聖女」であったなら、女神に認められずともこのような活動を以前から行っていたはずだ。だが一連の善行はすべて女神によって神託を受けた後に始めたものに過ぎなかった。恐らく私を陥れるための布石だろう。そのことに勘付いたときにはもう遅かったのだが。
カトリーナは目に見える実績を残し、周囲の人間からの信頼を積み上げていた。私が行ったことと言えば彼女を補佐することのみ。彼女が現れるより以前の私の実績を鑑みても遠く及びはしなかった。
学園を卒業するのも、もう後二か月と言った頃、「ルナ・ノワールが聖女に嫌がらせをしている」、そんな噂がまことしやかにささやかれ始めた。誰が発生源かなんて考えるまでもない。しかし積み上げられた実績と周囲を寄せ付けなかった。加えて、私の性格を考えると、皆が聖女の方を信用する事なんて分り切っていた。私はその火消しに動くことはしなかった。無駄になることは予想出来たし、今更誰かと仲良くするなんて真っ平御免だったからだ。
そうして卒業の日が訪れた。
門出の日にパーティーはつきものと言える。王立の学園の卒業パーティーなのだから主催は王家である。だから格式のある正式な催しものとなる。どれだけ憂鬱だろうと、私の立場では出席しないことは許されない。
ドレスは黒を選んだ。彼女を送ったあの日から一年ずっと喪に服しているからだ。例え卒業の祝いであろうと私には関係が無かった。
「行ってくるわね」
家を出る前に白い花弁に口づけをする。もしかしたら彼女とも今日でお別れかもしれないと思うと名残惜しくはあるのだが、私は私のやるべき事がある。後ろ髪を引かれる思いをしながら、出発した。
私をエスコートすべき王太子は、現れなかった。そんなことは既に知っていたので気にする必要などないだろう。私はエスコートの代役も立てず会場に足を踏み入れる。
「祝うべき門出の日に喪服なんて……」
会場に入るなり、そんな非難があちこちでなされ始める。彼らにしてみれば確かに私のドレスは些か不愉快だろう。確かに彼らの祝い場であることを考えると、少しばかり申し訳ない気にはさせられる。だが、それにしても随分と嫌われているらしい。聖女のネガティブキャンペーンが余程聞いたと思われる。
「ルナ・ノワール!」
私の名を呼ぶ声が響くと、周囲の人間たちが蜘蛛の子を散らすように私の周囲からいなくなる。ギャラリーに囲まれてこの場の主役となったのは私に王太子と彼に寄りそう聖女。
「どういうご用件でしょうか? 王太子殿下」
「お前との婚約は破棄する!」
アホが以前から今回の件を計画しているのは分かっていた。
婚約破棄自体は喜ぶべきことなのだが、ここから私は投獄される予定らしい。理由は勿論(?)聖女に嫌がらせをしたこと。冗談のような罪ではあるが、生憎とアレが後ろにいるのでそんな罪でさえ成立する。どうあがいても回避出来ないことは分かっているから、いっそ茶番に乗ってやろうと決めていた。
「婚約破棄とは、穏やかではありませんね? 如何なる理由でそのようなことを?」
「お前は聖女であるカトリーナ・メディシ男爵令嬢に嫌がらせをしたそうではないか。これが仮に普通の令嬢であれば、私も咎めはしなかったかもしれない。だが彼女は女神様に認められた聖女なのだ。たとえ私の婚約者だったとしても、断じて認められることではない。よって、お前との婚約は破棄する。そして皆の前で誓おう、私は聖女であるカトリーヌと結婚する!」
台本を丸暗記しているのはバレバレ。それでも途中までは良かったのに最後に自分でぶち壊しにするとは、最後まで愚かな奴で笑いが出てきそうなほど。チラリと側近たちの方を見れば慌てているらしい、やっぱり元々こんなことは台本に無かったのだろうな。こいつのことは気に入らなかったのだが、最後の最後で笑わせてくれたのだけは評価したい。
「衛兵、こいつを捕まえろ! こいつは聖女を傷つけた罪人だ。この場に相応しい者ではない!」
王太子がそう声をかけたことで衛兵たちが私を取り押さえに来る。私が逃げるために魔術を使うかもと警戒しているようだが、私にその気はない。
「結構よ、逃げるつもりはないの。それよりも殿下、私はどこに行けば良いのかしら?」
「生意気な……。お前は牢に行け! 近いうちに斬首刑だ! 聖女を害したのだからな!」
なんとも口の軽いお人だこと。それはもっとも軽い処刑方法である。自分がどんな残虐な方法で殺されるのか心配だった私としては実にありがたい。しかも公の場での発言、確定とも言って良い。まさかこのアホに感謝することになろうとはな。やはり人生なんて分からないものである。
「承知いたしました。それでは殿下、ごきげんよう」
そう言って、パーティー会場を後にした。
牢に向かう際、一人の少女が私を待ち受けている姿が見えた。誰なのかは分かっていたが、敢えて尋ねることにした。
「私になにかご用でしょうか?」
「分かってるくせに」
ああ、本当に癇に障る奴。断罪され様子を見るためにわざわざ巫女に降りたのだから。私がこいつの降りる理由になったことで、巫女には申し訳なさを感じてしまうも、そもそもこいつがこんな性格でなければ彼女は死ぬことはなかったと考えを改める。
「逆らうからこんなことになるんだよ? お人形さんでいれば可愛がってあげたのに」
「あなたのお人形さんになるくらいなら、死んだほうがましよ? 現に今そうしているでしょう?」
「かわいくないなー。もっと泣き叫ぶ姿が見たかったんだけど……。でも処刑の時また見に来ればいっか。今度はいい表情をみせてね? じゃあ、バイバイ」
そんなことがあって、私は今牢に入っている。