説明②
『ならば話を進めていきましょう。私の所属している国はリス王国、先ほどの紹介でもそう言ったわね?』
うむ、リス王国の貴族と言っていた。
『ええ、その通りよ。それでリス王国は現在知られている三大陸の一つ、ダスク大陸の比較的西に位置しているのだけれど、この大陸にある国は例外なくヒト国家で、先ほど話していた女神を主として崇める女神教の影響が強いのよ』
現在知られている、ということはまだ存在を確認していない大陸があるのだろうか? それに、ヒト国家? 他に何国家があるというのか。この言い方からすれば、ヒトの他にも何かの種族が国家を作っているように聞こえるのだが?
『その説明を忘れていたわ。まず大陸について。三大大陸は陸続きで移動できるのだけれど、その周りは大海となっているの。基本的にその外に出ることは出来ないわ。だから、現状知られているのは三大大陸だけとなるの』
なるほどね。恐らくだが、ここにも技術が関係していると思われる。船を用いての海洋進出が出来ていないと言うことだろうな。
『次に種族について話しましょう。ヒトという語が指し示すのは、ハルと私のような種族のことよ。あなたの世界にはヒトしかいなかったみたいだけれど、この世界にはヒトと類似した骨格を持つヒト以外の種族も存在するの。主に魔人と呼ばれる人々ね。彼らはヒトよりも遥かに寿命が長く、なんらかの外的要因によって死ぬことが無ければ大体五百年くらい生きると言われているわ。そして魔人の名の示す通り保有している魔力も多いの』
魔人長生き過ぎんか? しかし、魔力が多いと言うだけで本当にヒトと異なっているかとは思えないのだが……。
『少なからず、見た目にも大きな違いがあるとは言われているわね』
ああ、見た目にも違いはあるのか。それにしても伝聞形?
『ええ、私は実際に会ったことがある訳ではないから、魔人に関する情報は本なんかで集めたのが殆どなの。正しい情報なのかは分からないのよ』
大陸が違っていたらそうなっても仕方ないのか?
『他にも理由は有るのよ。取りあえずは魔人に関しての話を続けても良いかしら?』
『勿論』
こちらは教えて貰っている立場だ。文句など言える筈もないし、ルナ様の説明に不満などないのだから。
『ありがとう。じゃあ続けるわ。魔人とヒトの基本的な体の構造は変わらないの。けれど、先程述べた違いによって、ヒトは魔人を自分たちと異なるものと見なしているわ。魔人たちも恐らく同様でしょうね』
分からんでもないな。寿命が違うのはより実感しやすいだろうから。だけど、基本的な体の構造が変わらないと言うのならば、二つの種が本当に異なっているのか判断する良い目安があるのだが……。
『ヒトと魔人で子が成せるかという事でしょう?』
その通りだ。分かりやすい目安とは思うけど……。
『少なくとも私は聞いたことが無いわね』
そうか……。しかしそれは聞いたことが無いと言うだけで、実際にどうなのかは分かってないという事でもある。
『ええ、確かにその通りね。けれど理由もいくつか考えられるのよ。一つは魔人の出生率が少ないとされている事ね。生殖能力に関しては明らかにヒトより劣っていると書いてあるものも多いわ。恐らくだけれど、この情報は間違っていないの。むしろ、彼らの寿命を考えれば当たり前と言って良いでしょうね』
成程、生殖能力を犠牲に長寿を得たと言うことだろう。必然的に絶対数が少ないことも予想される。数が少ないのだから交わる可能性自体が低いし、生まれる可能性だって低くなっているだろう。ハーフと言う存在を聞いたことが無いのも仕方がないと言えよう。
『もう一つは、この大陸がヒト国家であるのは先ほども言った通りだけど、その理由は幅を利かせている女神教がヒト至上主義を掲げていることにあるの。これが先程挙げた魔人の情報を手に入れづらい一番の要因ね』
情報を得られないのも当然の話だったか。魔人たちがこの大陸に近寄ってこないだろう。この大陸に居れば迫害は確実、ここにいようとする者はいない筈だ。ハーフなんてのはもっての外だろう。
『実際に生まれるかどうかは兎も角、この二つが障害となっているは確実ね。けれど、これはダスクの話だから、他の大陸であればもしかしたら存在しているのかも知れないわね』
確かに。それにしても、ヒト至上主義か。そんなものを掲げて魔人たちは反発しないのかな? と考えていると、ルナ様から『それがどうも分からないのよね』と煮え切らない言葉が掛けられる。分からないとは?
『良く思っている筈はないの。けれど魔人の多くはダスク大陸の南に位置する魔大陸に住んでいるのよ。大陸が異なっていると言うこともあって、ヒト至上に対してどれだけ悪感情を持っていても、ダスクのヒトが魔人たち実際に関わる機会は殆ど無いの。だから私には彼らがどう思っているのか、分からないわ。彼らがヒト至上主義者に対して戦争を仕掛けてきていると言う訳でもないのだし……』
確かに。怒りを持っているのならば、それを理由にダスクに対して何等かの働きかけをしてもおかしくないか。それに話を聞いている限り魔人の方が戦闘力は上なのだから、武力に訴えて圧力を掛けると言う手段をとることも有効なはず。野蛮な方法でもあるけど。
『ええ、だから彼らがそうしていない以上、関わりたいと思っていないのだと推測くらいは出来るわね。ダスクから魔大陸に戦争を仕掛けたと言う記録ならば不完全ながら残されているの』
そりゃまた。何と言うか良く攻めようと思ったな。ヒト至上主義ここに極まれりと言ったところだろうか? そうした僕の心の言葉にルナ様は『確かにそうとも言えるのだけれど……』と前置きしてから、話を続ける。
『魔人の中には時に、魔王という強大な存在が現れるとされているの。かの存在が出現したことを理由に過去の戦争は行われたみたいね。ダスク内だと土地を巡っての戦争となるけれど、他の大陸との戦争は滅多に起きないって言ったでしょう? 少ない例外がこれ』
ああ、確かに言ってたな。完全に戦争が起きないわけでは無いのはそう言う事だったのか。
『ええ、そう言う事。それで魔王が出現したことで戦争を仕掛けたと言う記録は残されているけれど、肝心の内容や結果については殆ど記録が無いの。不完全ながらと言ったのはこれが理由ね。ただ、依然魔大陸は魔人達が住んでいるという事から分かる通り、完全な失敗に終わっているのでしょうね』
はははっ! 実に愉快だ。リス王国の貴族であるルナ様の手前、笑っちゃいけないのかも知れないが、流石にヒト至上主義なんて掲げている者達に共感は出来ないもん。話を聞く限りだと女神も碌な奴じゃないんだろうからな。負けてくれて実に済々する。
『私に気を遣わなくとも大丈夫よ、ハルには共感しかないから』
そうだよね。それに魔人が魔人至上を掲げているわけでもないんでしょ?
『ええ、恐らくは』
過去魔人の方から戦争を仕掛けたという歴史をルナ様が知らないことからも、恐らく彼らはダスクを攻める気が無いと考えられる。仮にそんなことがあった場合は歴史書なんかに、魔人の悪逆さと自分達の存在理由をでかでかと記していそうだし。
『ええ、確かにそうね。恥知らずにもあること無いこと書くのは目に見えているわ。それが権力者の常と言うのならばそれまでかも知れないけれど』
ああ、良く聞くよね。後の時代で自分の都合の良いように歴史を改変しちゃうパターン。しかし、考えれば考える程に魔人の方が正しそうな感じがしている。対照的に女神教は胡散臭い。それこそ本当に魔王なんてものが居るのか怪しいと思うくらいには。そこのところ、ダスクに住んでいるヒトはどう考えているのだろうな?
『女神教が情報統制していると思われるわ。不完全な資料が多いのもそのためでしょう』
そういう事ね。元の世界でもよく聞いた話だ。恐らく日本でもそのくらいは行われていた筈だから、特別驚くようなことではないだろう。
『基本的に女神教の不利になる情報は流れないわね。かと言って完全に情報を遮断出来ているわけでは無いのだけれど。三大大陸は陸続きとなっているから、一応商人の行き来くらいはあるの。とは言っても向こうからダスクに入って来られるのは公認されている商人たちね。商品も魔大陸の物は基本的に日持ちする食材だったり、植物だったりが主となるわ』
その程度であればやりとり自体は可能なのか。
『勿論よ、ただし言った通り人の移動は制限がかかるっている筈よ。特に魔人が此方に潜入出来ないようにするのが目的でしょうね』
それは仕方ない。だがやはり聞く限りでは情報統制は厳しいものらしい。これじゃ女神教の歪さなんて分からない筈だよ。むしろ、女神教のあり方に疑問を抱く者がいることに驚いてしまう。ルナ様の場合は、女神本人を見たことがある感じだったな。それが理由という事だろうか?
『そうね、私に限らず、貴族の中にはアレのことを信じていない者も多いと思うわよ? 平民にはアレの性格なんて知らない者が多いから、無邪気に信仰している者が多いのだけれど、貴族たちは巫女に降りたアレを目にする機会も少なくないのよ』
必然的にアレの正確には嫌悪感を抱くことも多いって訳か。
『でしょうね。それと同時に圧倒的な存在感を感じるのもまた事実なの。魔術に長けているが故に彼我の差をより鮮明に感じ取れもする。貴族にとってもアレは正しく神と言って良いほど力の差を感じる相手なの』
だからこそ、信仰対象として認識される、という事かな?
『でしょうね』
ここまで言われると実際に見てみたくなっちゃうよね。
『あんなの見ない方が良いわよ? 気分が悪くなるだけだもの』
怖いもの見たさだからしょうがない部分もある気がする。
『怖いもの見たさで思い出したわ。まだ私が捕らえられている理由を話していなかった気がするわね』
『そう言えば聞いていませんね』
聞かなければと思っていながら、タイミングをうかがって結局尋ねることが出来なかったのだ。そもそも訪ねても良い案件だったのかも分からなかったので、触れなかった面もあるのだが、本人から話してくれると言うのならば、有難い限りである。
『でも、あっさりと話してしまってもそれはそれで詰まらない気もするわね。ハル、どういった罪状で私が捕まっているのか、当ててみて?』
おっと? いきなり変なゲームが始まってしまった。しかも罪状を当てると言う中々シュールな遊び。捕まっているのにこんな暢気な令嬢がいると言うのは、未だかつて聞いたことが無い。そもそも貴族令嬢の知り合いなんていないし、罪人の知り合いもいなかったのだが。
しかし、これまで話してきた彼女の性格を鑑みるに、何のヒントも無しに彼女がこんな質問をしてくるとは思えない。そうである以上、これまでの会話の中に彼女が捕まってしまった理由が隠されているのだと、考えても良いだろう。そうであるならば……。
『女神に嫌われたから』
話した限りではあまりにも敵対心が強すぎるように思ったからな。ダスクと言う大陸を仕切っている女神という存在を相手に、そんな感情を抱いている者がうまく立ち回るのはとても難しいものがあるだろうから。この結論に至ったわけである。
『ファイナルアンサー?』
なんでそんな古いネタを持ってくるの?
『ファイナルアンサー』
『ざんねん!』
いや、別に答えられなかったからと言って何かデメリットがあるわけでは無いから、僕としては全然構わないのだが……。正解は?
『「王太子の婚約者であった私が、王太子の寵愛を受ける聖女に嫉妬したことで、彼女に嫌がらせを行った」と言う罪でした!』
一体いつから───────異世界ファンタジーだと錯覚していた?
いやどう考えてもこれまでの流れはファンタジーだったやん。だれも異世界恋愛ものとは思わんて。魔王が出てきたり、魔道具なんてあったり、魔獣何て存在も出てきたりして。僕はああ、この世界はファンタジーの世界なんだってそう思っていた。何でいきなり、王太子と聖女が出てくんだよ、しかも王太子の方は婚約者と来てる。突然のこと過ぎて、正解しろって方が無理があるやん。頭の整理が落ち着かん、何から考えればばいいんだろう?
『まあ落ち着きなさいな』
あんたのせいでこうなっとるんやぞ?
『罪状よ、実際に起きたことではないわ』
まあそうなのかも知れんがな。それで? 詳しく話していただけるのでしょうか?
『勿論よ、先ず大前提から話すとしましょう。私が王太子の婚約者であったのは事実なの、けれど罪状のことは事実ではないわね』
つまり冤罪であると?
『ええ、勿論よ。確かに王太子と聖女や宜しくやっていたみたいだけれど、それに対して私が嫉妬なんてするはずもないじゃない。あんなアホ王子と婚約破棄出来るのならば喜んで破棄したいくらいだったのに』
どうやら女神に続いて王太子も嫌われているみたいだ。しかし、そうなると嫉妬での嫌がらせなんて本当は無かったはずなのである。だから、どうしてこの状況に陥っているのかが分からない。ならば、ルナ様を陥れた人物がいると考えるのが妥当だろう。こんな話の流れだ、誰がやったのかなんて分り切ってる。つまり、聖女が関係しているのだろうさ。
『その通りね。仮にアホ王太子だけが相手だったならば、こんな失態を犯してはいないわ。彼女は私を嵌めるために、女神が用意した駒とも言えるわね』
やっぱりか、そもそも聖女なんて名前からして明らかに女神教関係者っぽいし。
『ええ、アレは私のことは良く思っていなかったみたいだもの。だから先ほどのハルの「女神に嫌われたから」という解答は強ち間違ってもいなかったのね。ただ「罪状」の答えとしては不正解というだけで』
当てられるわけないでしょうよ。でも真相は案外分かりやすい。詰まるところ、王太子はその聖女とやらにたぶらかされた可能性が高いって事だろう。元々酷い性格はしているみたいだからな。
『多分、間違ってはいないでしょうね。私はその二人には深く関わらなかったから、いつのまにか私が嫌がらせをしたって事になっていたのよ』
何とも言い難い。恐らく関わらなかったと言うのが、王太子の婚約者としては間違いだったのだろうが、嫌いな奴に関わるのなんて勘弁願いたいところだからな。
『そうでしょう?』
自慢気に言える事ではないと思うんだ。それにしても、どうして女神はルナ様に目を付けたのだろう? 陥れなければならないほどに気に食わないことをルナ様がやったのかな? 聞きたいとこではあるのだが、話してくれるかは微妙なところか。
『話すわよ? と言っても、王太子の婚約者だった事実と比較すると、特別新鮮味もない話ではあるのだけれど。端的に言えば、私がアレの秘密を調べようと嗅ぎ回っていたからなのよ。それが気に食わなかったのでしょうね』
誰でも身辺を調べられるってのは良い気持ちはしないだろうからな。ルナ様のことを面白くないと思うのも仕方が無いか。でも―――。
『どうしてそんなことしたんですか?』
『殺すために決まっているじゃない』
どうやら考えていた以上に攻撃的な人だったらしい、そう来るとは。しかし話を聞く限りだと女神ってのは随分と強大な存在であるはずだ。普通の貴族にとって神にも等しいと言うくらいだからな。それは貴族の中で多少魔力の多いルナ様にとっても同様のはず歯向かう危険性は十分に分かっていただろうし、勝てるとは思わないでしょうに。
『だからこそ調べて回っていたのよ。そんな強大な存在をどうにかする方法があるのではないか、とね。ただこうして捕まっていることからも分かる通り、結果的には見つけられなかったわ。王太子の婚約者という立場を考えれば、多くの情報を得られると言う確証はあったのだけれど……。肝心の情報は得られずに余計なものばかり掘り出してしまっていたわね』
余計なもの、ね。また不穏な雰囲気がしてきた。女神と対立するってだけでも不穏極まりないことなのだ、それに加えて変なものを発掘したのか……。