神様と依頼
目を開くと、そこは一面、白い空間だった。どこを見渡しても、しろ、シロ、白。たとえ病院であってもここまで統一されていることはあるまい。それがどこまでも続いている。地平線すらない白の無限空間に僕たちは立っていた。
「何処、ここ?」
「分からない、さっきまでは神殿にいたでしょ?」
「ええ」
ライラも僕同様に不思議そうにしている。突然光に包まれたと思ったらこれですわ。少しばかり混乱するのも仕方ないってもんだよ。
「というか、ライラ。自分の姿認識してる? 僕の目で見てみなよ。前世というか、ルナの姿に戻ってるよ? 僕もそうだけど」
普通赤ちゃんならば立つことなど出来ない筈だったから、違和感は感じていたのだ。確認してみればハルであった頃の姿に戻っていた。
「ええ、自分の体の感覚くらいはあるのだから、分かってはいるわ。けれど……」
どうしてなのかは分からない、と。思えば僕の身には最近、こんなことが頻発しているにも関わらず、あんまり驚きもしていないと言うのは恐らく、変な出来事が起こったことに対する感覚が麻痺しているからだろう。
「前の姿に戻っているのは、赤子の姿では不便だろうという私の配慮さ。感謝したまえ」
唐突に僕ら以外の声が話しかけて来る。恐らく後ろからだったなと思い振り返ると、一人の女性がこちらに近づいてきている。いや男性か? どちらともとれるその容姿は言葉では表現できないくらいだ。ルナも優れた容姿をしているのだが、この存在は毛色が違う。
印象的なのは腰まで伸びた白の髪と白の瞳。その他のパーツも完璧な形に完璧な配置で体を構成している。目の前には美しさという概念が具現化している。言うなれば芸術そのもの、ミケランジェロの彫刻のようなものだ。
「ありがとう、そう言って貰えると何だか嬉しいよ」
照れたような顔をして言ってきたのだが、別に褒めているつもりは無くただの事実を述べていただけのこと。
何せ目の前の存在が纏っている雰囲気は人間のそれではなく、いっそ神様と言った方が良いくらい。まぁ、そんなもの無くとも流れからしてそうだと言うのは察していたのだが。
だからと言って、アレと比較してはいけない。処刑間際に見たアレの雰囲気はもっと歪だった。目の前の存在を一枚の絹布とするならば、アレは端切れを継ぎ足して作ったちぐはぐなそれ。両者には明確な差があり過ぎて、もはやアレを比較対象とすること自体が失礼に感じてくる。ま、どちらも人間とは思えないと言う点だけは同じなのだが。
「立ち話もなんだから、座ってくれたまえ」
彼女はそう言うと何もなかったところから、飾り気のない白い石製のような円形のテーブルとそれに合う椅子を三つ作り出し、自らが最初に腰掛ける。僕とライラも促されるままに腰掛けたところで、彼女は自己紹介を始めた。
「はじめまして、ライラ、ディア。私は神だ。といっても例のアレの同類ではないよ? れっきとした神様だ」
自分で神様名乗るのキツイよね、メンタル強い。でも正直彼女が神であるかどうかよりも、性別の方が気になってしまうんだよな。先ほどから彼女と言っているが、実際はどうなのだろう? 見た目はどっちともつかず、加えて声も絶妙な高さをしている。よって判別出来ないのだ。本当はこんなこと気にするべき時ではないのかも知れないが、結構気になってしまう。男なのだろうか、女なのだろうか?
「ははっ、私はどちらでもあってどちらでもない。無性で両性具有だ。一にして全、全にして一。なんせ神様だからね」
ナチュラルに心の声を聴かれていた。神様を名乗る以上、そのくらいは出来て当然なのかも知れない。
それにしても、なんだか哲学的なことを言われてしまった。必要な時にはどっちもあると覚えておけばいいか。ん? 変わるのかな。どっちもついてる時があるのか、どっちかしか選べないのか、謎だ。自分で言ってて訳わからなくなってきた……。
目の前の存在に聞いてみたいことは山ほどあるのだが、生憎と片づけるべき問題も抱えている。それが何かと言うと――――。
「神と名乗る存在を無条件で信じることはできないの。アレルギーみたいなものね」
ライラの神不信問題である。ルナであった時にアレがやらかしてくれたダメージは相当大きかったらしい。それ故、自分から神なんて名乗り出す存在には疑ってかかるを得ないのだ。こればかりは過去に傷ついたことが原因でもあるので、出来れば神様には対応してほしいところ。
「分かったよ。ならば、君たちの持つ能力について説明することで、先ずは自称神という点を否定させてもらおうかな。信用するかどうかは、君たちに任せる。信用してくれなんて自分で言う奴を信用なんて出来ないでしょ?」
確かに。
「分かったわ。私達の力を説明してくれると言うなら、願ったり叶ったりよ。それについては前々から疑問に思っていたのだもの」
魔力を介しない憑依能力と、憑いてもいないのに未だに使えると言う疑問。いずれもライラの所有していた知識だけでは解決出来なかった問題だ。
「そうだね。まずはライラが死ぬ前、つまりルナであった頃、ハルとどういう状態にあったのかと言うことを説明しておかなくてはならない。あの時、ハルの魂はルナの魂にくっついていたんだよ。二人の魂がお互いに干渉出来る状態にあった」
魂がくっついているとは? 何となくはイメージ出来るんだが、理解し難いし、いきなりそんなこと言われても何が何だか状態だ。
「だから、私は憑依した時のようにハルの感情を読んだり、記憶に潜ることが出来ていたのね?」
「ちょっと違う。憑依は感情や記憶へ接続することは可能だけど、魂にまで接続することは出来ない。だから魔術という面で考えれば、あの時の二人の状態は憑依よりも遥かに密接に繋がった状態にあったと考えると良いだろう」
僕にはそもそも憑依のことすら、まともに分かってないんだけどな。
「ならば次の質問よ。あの時とは言ったけれど、今の状態はどうなっていると言うの?」
確かに。そもそも神様が最初に答え始めた段階から、今の話は僕らが死ぬ前のことについて話している風だった。つまりは死んだ後は多少異なっていると言うことなのだろう。
「二人の魂がくっついていたのは先ほども話した通りだ。そんな状態で君たち死んじゃったでしょう? それに加えていろんな想定外が重なった結果、君たちの魂が一部融合するに至ったんだ。だから、君たちは今二人とも一人とも考えることが出来る」
ちょっと何を言っているのか分からない。僕とライラの魂が融合しているとはどういう事なんや?
「異なる色が付けられた二つの円が重なっている図があるでしょう? ベン図みたいな奴。一緒に死んだことで白色のハルの魂、黒色のルナちゃんの魂が混ざり合って灰色の魂が出来上がる。けれど、混ざり合った部分もあるけれど、それぞれの魂も依然残っているんだ。だからそれが君たちの人格を形成していると言って良い」
……これ考えるだけ無駄かな? 僕には全く理解出来ない。早々にお手上げ体勢に入っているのだが、ライラの方はと言えばまだくらいつく。
「各色が独立しているのは分かったわ。ならばその灰色の魂の部分で私とディアは感情だったり記憶だったりを共有しているのかしら?」
「その通りだね。さらに言えば死ぬ前よりも共有能力は上がっている筈だ」
ああ、僕が能力が使えるようになったと思っていたのも、そう言う理由があったのかも知れない。
「そんなわけで君たちは今も仲良く感覚共有しているって訳さ。それも死ぬ以前よりもより強力に。肉体が別々であることなんて大した問題じゃない。今回の件で重要なのは魂が融合しちゃってることだからね」
そんな風にまとめてくれる神様。そうしてこれで信用してくれたかいとばかりに僕らに向かって笑顔を向けてくる。うん、彫刻。
「僕からも聞きたいことがあるだけど、良い?」
ライラの質問がひと段落したようだからな。
「良いよ? 何が聞きたいんだい?」
心の中は読めるだろうに……。じゃあこれも神様かどうかの判断に加えることにしよう。僕の質問は何でしょうか?
「あのねぇ……。まぁ、良いけど。ライラも賛同しているようだから。答えから述べるとしようか。君たちが転生したのはルナが処刑されて約一年と少し後の世界だ。そうして分かっている通り転生先は魔大陸、魔人を統べる者・魔王の子どもとして君たちは生まれてくることになったんだよ」
おぉ、僕らの知らなかった情報だ、ありがたや。頭から信じるかわけには行かないのだが、間違いなく参考にすることはできる。礼くらいは言っとかないとな。
「ありがとうございました」
「いえいえ、どう致しまして」
僕としては現状聞きたい事はこれくらいなので、引き続きライラに頼むとしよう。
「物ぐさね。そのくらいなら口で言っても良いでしょうに。まぁ、良いわ。そもそも、私たちはどうして転生なんてしたのか説明してほしいのよ」
僕は特に疑問を持っていなかったが、ライラとしてはやはり納得がいかないらしい。それはそうだよな、肉体が死んだと言うことは分かっているのに、別の人間として生き返って意識はそのままなんておかしいもの。
「それが今回君たちに会う理由だからね。質問されずとも伝えるつもりではあったんだ。けど、君たちの方から聞いてくれて良かったよ」
こんな風に言っている以上は、やはりこの神が僕らを転生させたと言うことになるのだろうか?
「ああ、その通りだ。けれど転生させた理由をまとめて話すと面倒になるから、ここではまず転生そのものについて話していくことにしよう」
「説明の順序は任せるわ。なるだけ理解しやすいようにお願い」
「分かっているさ」
本当か? 先ほどまでの会話の三割も理解出来てなかったんだが? ライラが理解してなければ僕はついて行けてない。
「そこまで込みで説明しているんだよ」
そう言うこと。ダメな子扱いされているが事実でもあるから強く出られない。
「この世界の生物は輪廻転生しているんだ。全ての生き物はこの世界で生まれ、そして死ぬということを繰り返している。方法は全ては語れないけれど、ざっくり説明すると、肉体が滅びた時に魂が残るから、私がそれを回収して、次の生を与えているって寸法だ。魂についてはさっきも話したでしょ?」
「ええ」
なるほど。何となくは理解出来た。
それにしても、この世界とつけてたな。ならば、元の世界はまた違っていると考えた方が良いのだろうか? 元いた世界のことを今更考えたってしょうがないのだが……。けれど、生物全ての魂を回収するって面倒じゃないか? 明らかに数が多すぎて対応できるとは思えんのだが? 神様だから可能と言うことで済ませるのだろうか?
「まさか! いくら私が神とは言え全員を見ることなんて不可能だよ。だから自動化してるのさ。死んだら自動的に魂を回収して、その人の生前の行いに応じて次の生を与えるというシステムを作ることでね」
そう言うことか。なんとまぁ物ぐさな神様だこと。貴方を信仰している者たちは、貴方に見られていると思って、頑張って生きていると言うのに。肝心の本人はそんな信者には見向きもせず、機械(?)に任せっぱなしとは……可哀想に。
僕がそう言うと、神も痛いところを突かれたと言う顔をして弁明する。
「耳が痛い話だ。確かに全員を見ることは出来ていないけれど、システムは公正に判断して転生させているから、安心はして欲しいかな」
ま、僕は別にこの神様のことを信仰なぞしていないのだから関係ないけど。
「……知っているよ。それで話を続けるとしよう。この世界では皆が気が付いていないだけで全ての生物が転生していると考えて良いんだよ。けれど、そのことに気が付いている者は少ない。どうしてかは分かる?」
「記憶が失われているから、かしらね?」
「その通りだよ」
記憶ね。記憶とは何ぞやと言いたくなってしまう。例えば海馬なんかは記憶の所在として良く知られている。ならば肉体が無くなった時点で記憶をなくすと言うことは言わば必然と言っても良いだろう。しかし、ここで矛盾が生じているのだ。何故なら……。
「私達は死んだにも関わらず、以前の記憶を持っているから、ね。ディアに関しては二度目それも最初は肉体なんて無くても記憶を所持していたわ。どういう事なのか、説明してもらっても良いかしら?」
そうなのである。これに関しては良く分からんくてな。どういうこっちゃと言ってやりたい。こう考えている時点で、神様は心が読めるかた言っていることと変わりないのだが。
「肉体が記憶の全てを保有しているわけでは無いと言うことだね。どちらかと言えば先ほども説明した魂の方にも残っているんだよ。そちらの方はシステムの方で消しているんだ。肉体を共有しているわけでは無く、かと言って魔術を行使しているわけでも無いのに、記憶を始めとした五感などを共有出来ている君たちになら、何となくでも理解出来るだろう?」
そう言えば確かにそうだな。魂に記憶を始めとした機能があるからこそ、それが繋がっているライラと僕は記憶を共有出来ているのか。
「そう言うこと。けれどハルの一回目と二回目の死では少々事情が異なっている」
「と言うのは?」
「一回目の方は転生のシステムの外から来たでしょう? この世界の生き物であれば死んだ時点でシステムを通り輪廻の輪に返される。記憶は失うと言うことになるんだけど……」
僕の場合は外から来たから死んだ段階でシステムに回収されることが無かった、と。
「その認識で間違っていないよ。そもそも既に死んている人間の魂が他所から飛んでくるなんて、システムには想定外も良いところさ」
……なんかごめんな、システム。
「そんな理由で一度目のハルは記憶を保持したままルナに取り憑くことになったんだ」
「ならば二回目はどういう事なの? 私もハルもこの世界で死んだわ。流れに従えば、記憶を失うのが通常の流れでしょう?」
「普通の生物だったらね。でも君らは例外と言うべき存在だ」
また例外だよ。僕は何回例外として処理されたら良いのか? にしても今回はどう言う理由で例外になったのかな?
「システムが処理できるのは原則生物一体の死に対して一つの魂だ。だけど先ほども言ったように君たちの魂は?」
融合している? つまりは二人なのに一つの魂とカウントされる。
「ああ、だから君たちの場合にはシステムがエラーを起こすんだよ」
マイガッ!
「ここに居るよ?」
ボケにも対応できるらしい、流石神様だ。ただ信仰しているのかと聞かれれば微妙なラインでもあるのでマイとは言い切れない。
それは良いとして、エラーを起こすとなると僕たちは転生出来ない筈。それなのにこうして無事に生まれ変わっているんだが?
「システムではなく、あなた自らが対応することにしたのね?」
「うん、私が対応した」
成程、本人が出張ったのか。危うくクレームものだったな。
「もしもし、死んだのに魂が回収されません。どういうことなのでしょうか?」
「だから頑張ったんじゃないか? 褒めて欲しいくらいだよ」
良い笑顔でそんなことを告げてくる神。本人がやった場合にエラーが起きないのかという問題はさておき、自分が全自動化したが故の不手際だろう、と引っぱたいてやりたい。
「けれど、その場合でもあなたが記憶を消せばそれで済む話だったのではなくって? どうして記憶を残したままにしたの?」
そっか。システムにかかった場合ならば問答無用で消される。けど、神本人が対応したとしても、記憶を消すことに問題なんてないはずだ。システムを作ったのだって彼女なのだから、本人が消せない筈はない。そうなると僕らの記憶を消さなかったのには、何か意図があるのだと考られるわけだ。
「それが今日君らをここへ呼んだ主旨と言って良いだろう。記憶を残したのは君らにある依頼をするためさ」
先程まで僕のボケに対応していた時の和やかな雰囲気はスッと消え、そう言った。依頼ね、一体何を依頼されるのやら。この時点で嫌な予感しかしない。
「君たちがアレと呼んでいる存在。排除してくれない?」
はい、アウトー。何となく怪しいとは思っていたのだが、まさかここまで直球で頼まれることになるとは思ってもみなかったわ。そんな軽い口調で頼んで良いことではないぞ? ルナがどうやって死んだのか、知らないとは言わせないよ?
「ここで気前よく勿論って答えてくれるわけは無いか……」
当たり前でしょうが。何と言っても一回死んでるんだから、なんで二度目の生までアレにかかずらわなきゃいけないんだって話だよ。
「けれどそうも言っていられないことに、ディアは気付いていて?」
ライラに思考を促されて、少し考えて見ると……勇者召喚があるんだった。それでもって彼らはここに攻めて来る。
「このまま放っておいても、どの道私たちはアレの思惑に巻き込まれることは確定しているのよ。だから、提案を飲むしか選択肢は無いの」
初めから受けざるを得ないって事か。何たる悪質な手口! 如何にも僕らに選択肢を与えるような頼み方をしていながら、実際のところ受けるしかないのである。詐欺師まがいのことをするにしてもいい加減にして欲しいよ。
「済まないね。勇者と言う問題が現状の魔国に置いて、目下の最重要課題となっているけれど、どちらかと言えば根本はアレだ。どれだけ君たちの父である魔王が勇者を退けたとしても、アレが居る限りは勇者が召喚される可能性は常に存在しているんだ」
酷いやっちゃな。パパまでも盾にしてくるとは。つい先ほど父親だと知ったばかり、どちらかと言えばママの方が好きとは言え、パパのこともまた嫌っているわけでは無い。むしろ親としては好ましいと感じ始めていたくらいだ。それをこの神は利用すると言う。ライラの言う通り、はなから選択肢等無かったという訳だ。
「受けてくれるようで何より」
自分でやりゃ良いでしょと言いたいところなのだが、出来ない何等かの理由があるのだろう。
「考えていたって仕方が無いでしょうね。けれど、受けると決めて置いて何なのだけれど、アレを排除する自信なんて全くと言って良いほど無いわよ? それを分かって頼んでいるのでしょうね?」
圧ですわ。「ここまで追い詰めて依頼を受けさせた以上、何か役立つもん持ってきとるんやろな、コラ、ああ?」と言うライラの心の声が聞こえてきそう。
さて、これに対してどんな返答をするのかなと思っていたら、
「そのための力を授けよう」
と言って来たのだった。