死
王との面会を終えた少し後、僕らは牢から出され、公開処刑される広場に連行されてきていた。本来ならば、かなり広い場所なのだろうが、一面が処刑を見に来た見物人で覆い尽くされているために、むしろ狭く感じてしまうのは仕方のないこと。
『随分と勤勉な人達よね。どうしてこうバカ寒い日にわざわざ処刑なんて見に来ようと思うのかしら? 家で暖を取っていた方がずっと快適でしょうに。その権利を放棄してまで人が殺される様子を見に来ているのよ? 正気じゃないわね』
辛辣。だがルナ様の言うようにかなり寒い。この気候で処刑を見に来ている彼らは流石に擁護出来ない。
寒さついでに言うならば、ルナ様の場合は彼らよりももっと寒いと思われる。なんせ、服が寒さをしのげる感じの物では無いのだから。囚人と言う事もあって、良い感じに着込むのは無理な話。
『こんな事ならば、服を要求した方が良かったかしら?』
先程の王様との話の中でって事か。多分それは断られたと思う。だって王様がパシリみたいな扱いになってるもの。でも、ルナ様がそう頼んだ時に、あの王がどう言った反応を見せるのか見てみたい気もする。
それにしても、広場に近づくに連れて、体感温度は上がってきている。恐らくは処刑を見に来た人だかりによって、熱気があふれているからだろう。だが、そんなので暖を取るのは何か嫌だ。
連行されているルナ様の姿に観衆たちが気が付くと、熱気はさらに上昇する。そうして彼らは「死んで詫びろー!」、「聖女様を傷つけた悪女め!」、と言った心ない罵倒の言葉を彼女に対して投げかけてくる。
『率直に言わせて貰えば、不愉快ね』
そうですね。
『けれど、彼らの内に聖女に助けられた者が居たと言うのならば、分からないでもないわ。恩人を害した私と言う存在を憎く思っても仕方のないことだと思うの。ま、冤罪だけれど』
そこが一番問題なんだよなぁ……。
だが、いよいよと言ったところか。ルナ様の視線の先には処刑台、観衆たちに見えやすくするために、あの台の上に乗って処刑されると言う事だろう。本当に処刑を見世物としているのだと、改めて実感せざるを得ない。
そうして、枷と鎖で繋がれたままにそちらの方へと連行され始める。
『ねぇ、ハル。アレはどこにいると思って?』
唐突に何を尋ねて来たのかと思えば、女神探しをする気らしい。でも、どうなのだろう? 別れ際のセリフからは、間違いなく来ていると思われる。そうして、性格の酷さを考慮すると、こちらを見やすいと同時に、向こうも見つかりやすいところに居るのではなかろうか? 見つかった時に勝ち誇った顔をしそうな気がする。
『なるほど、悪くない読みね。その線で探すことにしましょうか。いつもだったら雰囲気で分かるのだけれど……枷を嵌められていると分からないのかしら?』
そう言って視線を動かしている。
『僕はルナ様の視覚を使わず探ることは出来る?』
『そんな方法があるのなら、自分で試しているわね。そもそもアレを探しているのも、今の観衆をまともに相手するのも嫌だからやっているだけよ? ハルも無理して見つけることないから、気楽に探してくれれば良いわ』
アレを見つけたなら見つけたで嫌な気分になりそうなんだけどな。
『それは言わない約束よ?』
了解です。
それにしても枷をしていると雰囲気が分からない、とルナ様は言ってた。という事は無意識に魔力を使って相手の存在を感じていたのだろうか? 何とも不思議な力である。ここの世界の出身ではない僕には理解出来ない力だけど。
それならば、と魔力に頼らない方法でアレを探せば良いのかと思いつくも、それは単なる目視だった。どうすれば良いと言うのだろうか……そもそも魔力って何だ?
僕がそんな風に悩んでいると、処刑台付近へと到着した。台に上がる前に、王が処刑に当たっての口上を述べると伝えられる。それと同時に、あれほどうるさかった観衆は静まりかえった。
『ルナ様、ここで一つ勇者召喚について暴露するのは?』
『面倒ね。そもそもあれはアレを殺すために調べていたことの副産物なのよ。だから召喚の生贄について、特別どうにかしたいと言う感情なんて無いわ。仮にアレを排除出来るのならば喜んでするのだけれど、そんなことはないのだから』
ま、そうだよね。分かっていたのだ。そう言う性格をしていないことくらいは。
『後は、先程の要望の件ね。あれも一応口止めみたいなものなのよ。聞く代わりに、話してくれるなと言う事ね』
ああ、そう言う意味合いも込められていたのか。本当に気ままな人なのかと思っていたら、一応目的は会ったらしい。では、その王はと言うと、例の如く何の感情も移さない瞳でこちらを見据えて話しかけて来る。
「ルナ・ノワール、この場でお前を処刑することになる。何か申し開きはあるか」
「ございません」
「お前は聖女様に嫉妬したことで、彼女を侮辱し傷つけた。否定するか?」
「いたしません」
「その聖女様は女神様が見出しになられたもの故、お前の行為は女神様にも反するものとなる。こうした意図を持っていたことを否定するか?」
「いたしません」
「お前がこれらの行為をしていたのは、王太子の婚約者であった時だ。そのことで王室の権威を著しく貶めた。この事実を否定するか?」
「いたしません」
子気味良いリズムで否定の四重奏が奏でられた。しかしまぁ、酷い言いがかりばかりだ。アレに嵌められたのだから、しょうがないのかも知れないけど。でも流石に周りの奴らは変だなとくらい思って欲しいところだよ。
「ならば、以上の三つの罪を以って、お前を今ここに死刑とする。聖女を害した罪は重い。謝罪の言葉があるなら聞くが?」
「謝罪の言葉などございません。そんなものを口にするくらいならば、死んだ方がましです。現に今処刑されようとしている現状を見れば分かるでしょう?」
ルナ様は観衆に聞こえるように大きな声でそう啖呵を切った。
「ふざけんなー!」
「今すぐその女の口を閉じろー! 不敬だー!」
おーおー、見事に煽りに乗ってくれてる。さっきあれだけ暴言吐いてくれてたから、ちょっとはスッキリしたな。
『正直まだ足りないくらいよ? けれど彼らは何も知らないのだから、ああして私に文句を言っていることを憐れにも思うわね』
根拠も無くルナ様を罵倒していることは気に食わないけれど、彼らにはその根拠を手に入れることさえ難しいから?
『概ね、その通りよ。だからと言って私の処刑を楽しみに見に来ていることは擁護出来ないけれど』
他人が死んでいる様子を娯楽にしているって事だもんね……。
『本当に悪趣味よね。その点に関してはアレと変わらないわ』
人間なんてものは得てしてそう言う生き物なのかも知れない。人の不幸を楽しむ奴なんてどこにでもいるからな。件のクラスメイト男子たちの様に。
『ハルが人の感情を語っているのは、とても奇妙に思えるわ』
失礼なやっちゃな。
そうしていよいよ処刑と言う段になっても、性懲りもせずアレを探し続けている。最初はルナ様から尋ねて来た事だったのに、彼女は早々に切り上げて僕しかやってない。だが、目的としては探す事それ自体よりも、探し方の模索をしていると言って良いだろう。魔力を使わずにアレの存在を感じ取れるか。そんな方法を……。
『あの、もう処刑寸前なのだけれど? 流石に困惑してしまうのだけれど。まだやるというのかしら?』
それは流石にまずい、けどあとちょっと、ほんの少しだけ。
『だから……』とルナ様が言いかけたところで、全身に衝撃が走り抜ける。自分が確かに、おかしなものを体得したと言う感覚を持てた。獲得したのは第三の目と言うべきもの。驚くなかれ、魔力を見ることは出来るようになっている。それもルナ様の視覚には関係なく、周囲の全方向を見られるのだ。何とも不思議な能力である。
『すごいわね……』
ルナ様の言葉に『うん』と肯定を返しつつ、辺りを見回す。こうしているうちに、何となく性質が読めて来た。この眼に映っているのは主に人で、彼らの体内に内在している魔力を見ることが出来ているようだ。
あ、自称女神見つけたよ。
『本当ね』
他の者達とは一線を画す魔力を有している人物が視界に入っていた。間違いなく“当たり”だろう。魔力は実に異質で、ルナ様が醜悪と表現していた理由が良く分かる。と言うか王様の隣におったやん、わざわざこんな眼を発現させてまで探す必要なかったのかも知れない。まあこれがあったから確信を持てたんだけど。
ルナ様はと言うとアレのいる方を向き、中指を突き立てつつガンを飛ばした。
『お行儀が悪くてよ?』
『私の真似をしないの。それに良いのよ、私が気が付いたのだと示すためにやったのだもの』
流石のアレも最初は驚いていたらしいが、やがて憤怒の表情へと変わっていってる。だからと言って今更何か出来ることはないのだろうが。
『このまま私が大人しく殺される姿を楽しめば良いでしょう? 出張って殺すのは無理よ。だってこれだけの民衆が私の斬首を楽しみにしているのですもの』
暴言を吐いていた民たちが味方って事か。女神という素性を明かせばやっても良いのだろうが、いきなりそんなこと言い出してアレが女神だと信じる人がどれだけいるか分からないし。
アレはと言えば、王本人によって宥められている。何ともまあ、先ほどルナ様に会いに来た時とは打って変わって苦労人といった感じが出ている。
それにしても中指を立てての侮辱って、こっちにもそんな習慣があったんですね?
『いえ、アレはハルの記憶から引っ張ってきたものよ? けれど侮辱してるって言うのは何となく伝わるでしょう? だからやったの』
なるほど。また酷いのを選んだもんだ。
そうして、大して高くもない処刑台の短い階段を上がっていく。でもこんなのでもいよいよって感じはしてくるな。
『そうね。でも私としては最後にアレを驚かせることが出来たみたいで良い気分よ。思った以上に清々しいわね。……あっ』
どうやら処刑台に上がった際、先に上でスタンバっていた処刑人の足を踏んでしまったらしい。女神に気を取られていたからな。因縁を知ってる僕からすれば仕方のないことだが、処刑人からすれば憤ってもおかしくない。何も知らない者からすればルナ様は聖女を害した悪女なのだから……。
「お許しくださいね。わざとではなかったの」
「いえ、お気になさらず」
こちらが悪いというのに怒らない。これから殺す相手だから強気に出てもおかしくないのだが、彼は優しい人らしかった。
「よかった。靴も汚れてはいないみたい」
ルナ様がそう言って会話は終わった。
「気にしていないようで良かったわ。不興を買って、一瞬で殺してもらえなかったら痛そうだものね……」
ほんの小さな呟きだった。台の上で注目されていることもあって、ルナ様の性格を鑑みれば、そんな発言を周りに聞こえるように言うことは無い。しかし、その呟きが処刑人の耳にだけは届いてしまったらしい。
「我が父と祖父の誇りにかけて、苦しまないように刑を執行することをお約束致します」
「ふふっ、なんだか殺される相手にそんなことを言われるのはおかしいわね。でも嬉しいわ、ありがとう」
『自分を殺す相手だけど、良い人そうで良かったね?』
僕としては今のこの状況下に集まっている中に彼のような人物がいたことが驚きではあるのだが。
『ええ、本当に。でも少し気の毒でもあるわ』
『気の毒?』
何がだろう?
『彼、真面目そうでしょう? 如何に私が悪人だろうと気に病むタイプだと思うのよね。だから気の毒』
なるほど。ま、だからと言って僕たちが何かできるわけではないけど。
僕の言葉に『そうね』とルナ様はそうして目を閉じた。後は彼に任せればいい。彼ならば、きっと上手くやってくれるだろう。
そう思って、執行される覚悟を整えていたところで、ルナ様が話しかけてくる。
『ね、ハル。……死ぬ時ってどんな感じがするの? ハルの記憶は結局最後の方は傍観者として覗いているだけだったから、痛みなんかは共有していなかったのよ』
『今更それを聞きますか?』
今から死のうと言う時に尋ねて来るとは。もっと早めに聞くべき内容だったと思うんだけどな。そうしていれば死ぬまでにも覚悟が出来たろうに。
『今更だと分かってはいるのだけれど、聞けなかったのよ。やっぱり少し……ね』
怖かった、と。力になりたいのは山々だが、僕の場合はめった刺しだ。参考にはならないと思うんだけどな。
『それもそうだったわね。聞くだけ無駄だったかしら?』
おい! まぁ、そのくらい気負わないで良いんじゃない? 幸いにも処刑人が頑張ってくれるそうだから。全然違う話題でも話していれば終わると思うけど……。
『なるほど。じゃあ、気になっていたのだけれど、何故ルナ“様”なの? 口調は大分崩れているのに呼び方はずっとそうなの。気になってしようが無いわ』
『聞くのがそれ? じゃあどう呼んだらいい?』
希望を聞いてやろうじゃないか、ルナ嬢? ノワール令嬢? 他になんかあるかな? ま、良い。どんな呼び方でも何でもござれだ。
『そんな仰々しいのは求めてないの。ただ、ルナで良いでしょ。嫌?』
……それで良かったのか。嫌なわけ無いでしょ?
『ルナ』
首筋に少しだけ痛みが走った。