処刑当日・王の面会
処刑の朝がきた。牢の中から見る今日の天気はと言うと曇天。どうやらお天道様もルナ様の処刑に顔をしかめているようだ。
『そんな大層なことをいわないで。恥ずかしくなるから』
何であんなにナルシストなのにこれで照れてんの? 訳が分からないよ。それに僕が悲しいのは事実だから、僕のもやもやとした心を反映しているとしておこう。
『はいはい』
僕らは数時間後に死ぬことにも構わずにのんびり駄弁っているのだが、看守たちは慌ただしく動き始めている。てっきり処刑の日だからとばかり思っていたのだが、違っていたらしい。一人の看守がこちらまで寄って、話しかけてくる。
「ルナ・ノワール、面会だ」
今からかい、処刑直前やん。わいとルナ様の時間を邪魔すんなや。
『最初の話し方はもはや面影を残していないわね。そこそこ丁寧に話していたのに』
ヤジを飛ばすときの口調が丁寧である奴などいないのだ。
長身痩躯で豪華な服を着ている男がこちらへと近づいて来る。細い顔の眉間には深く皺が刻まれている。肩くらいにまで伸びた栗色の髪と豊かな髭。しかし、そのあちこちに白髪も交じっている。何よりも特徴的なのは翡翠の瞳か、ぱっと見は綺麗なのだが、他者に感情を感情を読み取らせない感じで、まさに深淵と言った色をしている。
彼の服と傍には彼を守護するため騎士らしき人物たちが控えていることから考察すると、思い当たる人物は一人しかいない。つまりは……。
『王様?』
『その通りよ。一体何をしに来たのかしらね?』
どうやらルナ様にも想定外の訪問だったようだ。処刑まではもう僅かだと言うのに、一体何を話しに来たことやら。
「国王陛下、お久しゅうございます。本日は私の処刑の日取りとなっておりますが、何故こんな朝からお越しになったのでしょうか?」
「ここに来た理由か、自分でも分からん。強いていうなら話をするためにだろうか」
なーに言ってんだ? こいつ。
「私に御身と話すことなど何もございませんが?」
そうだそうだ! ルナ様もっと言ってやれ!
「君は聞くだけで良い」
「そうおっしゃるなら、拝聴いたします」
結局、聞くのかい。でも断るわけにもいかないか。
「ああ。まず、何から話したらよいものだろうか? そうだな、勇者についてだ。君は知ってしまっただろう? 私が今回の件で君を見逃せなかった理由がそれだな。王族にならないことが決定したのに、生贄のことを知る君は野放しに出来ない。だが何よりも不味かったのが、女神様の件だ。非常にまずかった。あの方を調べようとしたのが君の一番の過ちだったと思う」
「調べずにはいられなかったものですから」
「そこが私の誤算だったところだ。どうして、女神様のことまで調べようと思った? 私は君が立ち回りを誤るとは思わなかったのだ。ルイのことは知っている。聖女さまと近くなっていただろう。だがそれだけで女神様と王家に対立するとは思わない」
この王様はリュシエンヌさんの件までは把握してなかったのか。
「聖女が選ばれた頃にはすでに女神と対立しておりました。巫女の一人と友人だったのです。ご存じなかったのでしょうか?」
「なるほど。女神様は君を試すために君を呼び出したのだな。耐えられたなら良かったのだが、余程親しかったのだろう。だが君はあまり他者を寄せ付けないと聞いていた。そんな人物がいると言うのは少々意外とも言える」
極自然に煽って来たな……。
「ええ、否定は致しません。確かに私は他者をあまり寄せ付けないように振舞っておりました。それでも、大切な存在くらいは居るものでしょう? 人なのですから」
そうしてルナ様もチクチクしてる。あんたには大切な存在はいるんですか? いないのならば人間ではありませんよと、暗に言っているわけだ。この王様には……居そうにないな。
「……そうだな。それで君は女神様に対抗するために調べものをしていた、という事か。では女神様が聖女様を見出されたのは君を陥れるためだったという事か」
「ええ、わたくしはそう言う認識をしております。今話していた中で私からも聞きたいことが出来たのですが、質問しても宜しいでしょうか?」
「構わない」
王はそう言って顎をしゃくり上げ、ルナ様に続きを促している。
凄い態度とってんな何様のつもりだろうか?
『王様よ』
王との話で忙しいだろうにわざわざツッコミを入れてくれた。
ルナ様は器用にも、心の中で僕にツッコミながら、王に質問する。
「耐えられたなら良かったとおっしゃいましたが、王太子殿下はともかくとして、陛下は私が王太子妃となることを望んでおられたのでしょうか?」
確かにそういう風に捉えることも出来たのか。元々は評価していたのだろうか?
「ああ、私が王権の強化を図っているのは知っているのだろう? 私の願いだからな。だが対抗勢力もいることくらいは予想がついているな?」
目新しさは無いな。全部ルナ様に聞いた通りのことだ。
「ええ、勿論」
「女神様はそうした件では絶対に力を貸して下さらない。あの方は基本的に自分の為したいことを為さるからだ。だから、あの方の寄らない力を欲していた。君を王族に取り込むことはその手段の一つだな」
「私個人の能力を重要視していたという事でしょうか?」
確かに、今のを聞く限りではそう思える。
「前提としては聖女様と比較してと言っておこう。そもそも彼女が出て来なければ、王家の選択肢は君しかなかったのだから」
「……ええ、そうですね」
上げて落としやがった! 比較対象が聖女じゃ救われない。この王に評価されようとされまいとどうでも良いのだが、ルナ様の方もちょっとキレているのが答えるまでの間から分かる。
「今は聖女様がルイの婚約者となっているだろう? 彼女はメディシ家の者と言うよりも女神様に属していると言うべきだ。そうして、女神様の御気分によっては婚姻さえ破棄できるだろう。王家に嫁いだ後も、聖女様は王家の人間ではなく女神様の直属ままだと考えるべき、そうは思わないか?」
「そうでしょうね、否定は致しません」
「だから彼女を王家が自由に使うことは出来ないのだよ。何を要請するにしても、先ずは女神様の意向、その後に彼女自身の意向、その両方を確認する必要が出てくるのだ。こんな状態の者を王家に入れるメリットはと言えば、まあ群衆の指示を得られるくらいだな。そんなものは何の役にも立たん」
酷い言い草だ。まぁ、魔力が重視されるこの世界では確かに平民のことを顧みる王などいないのかも知れないが。
「では君がルイの婚約者となった場合を考えるとしよう。君は実家との関係が決して良好とは言えないから、実家の利益ではなく、むしろ王家の利益となるよう行動してくれる可能性が高い」
「否定は致しません」
まじか。でも確かに親とも仲良くは無かったからな。どうなってもおかしくはないのか。
「であろう? それに政治的な交渉でも君の方が上と言える。彼女は大きな貴族家の出身ではないから、そう言った交渉には長けていないのだ。治癒能力を始めとしたパフォーマンス能力は評価しているがね。それにしたって、彼女の能力は基本的には平民に限定される。君の方はと言えば、容姿を活かして流行の発信者となり、婦人たちの支持を得ることは難しくないだろう。基本的に貴族たちに対して受けが良いのは君の方だ。婦人たちの中には潜在的に敵となり得る貴族家の者も居る可能性だって考えられるのだから」
なんでいきなり流行の話が出て来たのかと思えばそう言う話だったか。婦人方を味方につけることでその家も味方に付けようという事か? 全部が全部上手く行くとは思えないが、あくまで切り崩し手段のひとつにはなり得るだろうな。
「何より独力で勇者召喚の秘密にたどり着いて見せただろう? これはこの数か月の出来事から評価した部分ではあるのだが……。やはり、君の頭脳は捨て難いとも思う」
どうやら身分や容姿だけではなく、頭脳といった部分も評価してくれていたらしい。アホではなくアンリ王が婚約者だったら、まだ上手くいっていたのかも知れない。
『やめて』
怒られた。
『そもそも、そのアホの教育をこの王が出来なかったからアホだったのよ? 少しばかりまともだったからとハードルが下過ぎているてのではなくて? 比較対象があまりに酷いと言うだけの事よ』
さては聖女と比較されたことで根に持っているな? だが言っていること自体は尤もだ。アレだったりアホだったりで感覚が狂ってたのは認めよう。
「要は王家にとって、いや、私にとってだろうか? ルナ・ノワールという女性は実に使い勝手が良さそうだったんだ。だから私としては仮に君が女神様からの御不興を買っておらず、選択肢が君と聖女様の二択であったならば、君を王太子妃にとっていたと思う。そう言った意味で耐えられたのなら良かったと、そういったのだ」
「なるほど」
こんなのは仮定の話に過ぎないんだけどな。結局この王はルナ様を殺すことにしたのだし。
『ええ、ハルの言う通りね。女神の意向に逆らえなかったと言えば、それまでなのでしょうけれど』
「私がここに来たのは君が対立したことが疑問だったからだ。まさか女神様を嗅ぎ回っている最中に聞くわけにもいかなかったから、結局ここで聞くことになってしまったのだが、理由が分かったので良かった。まだ、君の方から何か聞きたいことがあるか?」
おや、まだ質問を受け付けてくれるらしい。
「何故王権を強化したいのでしょうか?」
「ふむ、王は私で、私がそうしたいからだ」
こいつもやべーやつだった。この国には性格の曲がった奴しかいないらしい。
「そうでしたか」
ルナ様もこれには絶句するしかなかったようで言葉を続けられずにいる。
「君をそのまま野放しにしていたら、他の貴族家に取り入って私に反旗を翻しかねないというリスクがある。味方になりそうにはないから、始末しておかなければならない。先ほども少し話したと思うが、君は生贄となる。表向きは公開処刑だがな」
黙ったところで、キリが良いと改めての死刑宣告をしてきた。まあ分かってはいたことだけど、王太子のそれとは重みが違う。
「私が心配すること自体がお門違いなのかも知れませんが、勇者召喚の生贄の件や王権の話をこのような場所で口にして宜しいのですか?」
「ここにいる連中には全員首輪をつけてある。万に一つ外れることは無いし、外れた時の対策もしている」
信頼とかじゃないんか……。そんな答えが返ってきたらそれはそれで、嘘やろってツッコミいれるけど。やっぱり人を信用出来ない性格してるらしいわ、このおっさん。案外女神のことだって信用してない可能性はありそうだ。
『疑うということは王ならば当然のことよ? 私の立場でさえ、他人を疑わずにはいられなかったのだから、アンリ王は言うまでもないわね』
そうかもな、アホを例外とすれば。色んな人が取り入ろうとしてくるんだから想像を絶する生活だろうさ。
『だから聖女より私を選ぶといったのでしょうね。聖女を取り込むと言うことは、日常生活を内から監視されていることに等しいのだから。今以上に気を張ることになることを分かっていたのよ、王は』
今「王は」って強調したね? 言外に王太子の方は気を張ることは無いだろうけどって批判しているんだな、これ。
それにしても国王はこんな風にまわりを疑わねばならない性格していたから、こんな濁った目をしているのだろうか?
『どうでしょうね? 彼だけが知っていることよ。知りたいとは思わないけれど』
それもそうだな。そう言えば、今のルナ様との会話は女神に聞かれてないと思う? アレは神出鬼没感があるから行動が読めないのだが、今日に限ってはルナ様を見ていそうでもあるからな。
『王は考慮しているのではなくて? ここには女神の目が無いと把握しているか、もしくは知られても良いと判断したことだけを話しているのでしょう』
なるほど。
「他に質問はあるか」
「王太子殿下の仰ったように、処刑方法は斬首となるのでしょうか? 今回の経緯を鑑みれば幾分軽いと思うのですけれど」
「ああ、そうなる。もっと重くしてもよかったが、ルイが衆目の前で斬首刑と言ったそうだからな。王族がした発言を軽々しく撤回は出来ん。女神様も方法については何も仰っておられないことから、確定と言って良い」
僕からすれば公開処刑の斬首という時点ですごく重いと感じるのだが。
『世界と時代が違うもの、仕方のないことよ』
「まだあるか?」
「私の質問に答えてくださりありがとう存じます。聞きたい事はもうございません」
「死んだ後の希望があれば聞くが? 無論私が叶えても良いと思った願いに限るがね」
マジかこのおっさん。何だかんだでそこそこ優しい奴なのかも知れん。
「遺体は埋葬されるのでしょうか?」
「ああ、首を晒した後に、体と一緒に埋葬するつもりだ」
生贄とは言ってたんだが体は残るんだ。どういう風に生贄にされるんだろう?
『私にも分かっていないわね。分かったことは生贄になると言うその事実のみよ』
そうかルナさまでも知らないなら考えるだけ無駄だな。どうせ死ぬんだから、関係なさそうだし。
『そうね……。先ず王に希望を言うのが先だわ』
「この白い花を私の遺体と一緒に埋葬していただけないでしょうか?」
ルナ様が枷を掛けられた両腕を上げて指し示したのはスイセイラン。事情を知っている僕からすれば、一緒に埋葬を希望して欲しいと願うのは十分に理解出来る願いだ。
「花を? どうしてそんなことを頼むのかは分からないのだが、それくらいだったら構わないと思う」
『良かったね?』
ルナ様は僕に『ええ』と返事をしてから王との会話を続ける。
「ありがとう存じます。どうして私の願いを尋ねられたのですか。聞き入れても御身に得はありませんでしょう?」
「気が向いたからだ。強いて言うなら初めに私が質問したのだから、その借りを返したといったところか」
先ほどの評価は撤回します。ただの身勝手なおっさんだった。
「処刑の時には観衆がいるから口上を述べることになるが、君は君の思うように答えてくれて構わない。どう答えようとも待つのは死刑だけだ」
「かしこまりました」
「では、処刑場で」
そう言って、護衛の騎士たちには構いもせずに、元来た方向へと帰って行く。何と言うかとんでもない奴だった。
『彼は王なの。彼の望む通りに人を動す、それが当たり前ってこと。唯一の例外がアレね。でもそれ以外の存在を慮ることなんてないわ。だから今回私の願いを聞き入れたのは驚きだったのだけれど……』
その理由は気が向いたからと笑ってしまうものだったけど。だがその理由が本当かどうかは王本人にしか分からないだろう。
『確かに身勝手ではあったけれど、アンリ王とアホを比較すれば、その治世は恐らくアンリ王の方がはるかに勝っているわよ。少なくとも比べるのが失礼なくらいには』
それ以前にルイ君は国王にしたらダメな気がしている。
『今から死ぬ私には知ったことではないのだけれど』
せやな。