処刑前夜
『一応、振り返りは終了したわね。新鮮味は無かったけれど』
それは言いっこなしだよ。
『それにしても、ハルは口では逃げる逃げると言っているけれど、感情を覗くまでもなく、私から逃げる気が無いのは分かっているの。だからそんな振りをせずとも結構よ? 男性のツンデレほど見苦しいものはありませんからね』
べ、別にあんたと一緒にいたいわけじゃないんだからね!
『べ、別にあんたと一緒に死にたいわけじゃないんだからね!』
ツンデレをかぶせて来やがった。そしていろんな意味で重い。冗談はこのくらいにしとこう。実際に処刑されそうになっているのが笑えない。
『結局処刑はいつになるのでしょう?』
ルナ様が捕らえられたのはつい数日前のこと。処刑方法は斬首と分かっているのだが、肝心のその日取りがいつになるか、詳しく聞いていない。ひょっとすると、あと数年くらいは閉じ込められたままって事も十分にあり得るのではなかろうか?
『そんなわけないでしょう? 私には特に何も伝えられてはいないけれど、もうそろそろの筈よ。何と言っても、聖女を害した悪名高き令嬢なのだから、殺すのを躊躇う理由は無いわね。私としてもこの中に数年いるなんて勘弁して欲しいところだから、それでも一向に構わないの』
確かに、こんな状態で長くなら精神的には参っちゃうよね。でも、こんな時間ももう終わるのか。短かったな僕の二回目の人生。
『あなたの肉体ではないから、人生と言って良いかは微妙なとこね』
まぁ、そうだな。取り憑いている霊みたいな者だから霊生? いやそもそも生きてはいないから生では無いな。でも意識はあるから生きているのかな……。
『底なし沼みたいな思考に陥ったわね』
気になるからしょうがない。
『けれどあなたと言うお客さまが訪ねてくれて嬉しかったわ。牢の中なんて何もすることが無かったけれど、こうしてお話出来て退屈せずに済みましたもの』
なーにいきなり貴族のお嬢様のお茶会みたいなのノリになってるんですかね? いや、本物の令嬢で、しかも王太子の婚約者だった人ではあるんだけどな。牢とお話なんて言葉はミスマッチに過ぎんか? そしてどさくさに紛れてお客様を一緒に処刑させに行く令嬢がどこおるっちゅうねん。
『ハルの口調は時々変になるわよね?』
あんたが変なことをやりだしたから、つっこまずにはいられなかったんだよ……。
『ハルの方が変なことをやりだす事も多かったと思うわよ?』
そうかな?
『そうよ』
そんな風に僕たちが遊んでいると、牢の向こうから人が歩いている音がする。段々と大きくなってきていることから、どうやらこちらに向かっているのだと分かる。先ほど話していた処刑の日でも伝えに来たのだろうか?
『ええ、恐らくは』
牢の前へと来た男は神経質そうに眉をしかめてこちらの様子を伺ってくる。彼の眉間には深い皺が刻まれているように見受けられることから、ルナ様の前だけでなく、誰に対してもこんな態度をとっているのだろう。
かわいそうに、ストレスで長生きは出来んだろうな。
『ふふっ、失礼よ』
僕らがそんな会話をしていると、男はルナ様が少しおかしそうにしていることに気が付いたのか、眉間の皺はいっそう深くなった。
「ルナ・ノワール、お前の処刑の日が決まった事を伝えに来たのだが随分と楽しそうにしているな?」
話しかけてくるなり大分喧嘩腰なんだが? ルナ様が馬鹿にしたりするからだよ。
『失礼ね、毎度こうしてグチグチと厭味ったらしく私に突っかかってくるの。大人しく聞いていてあげる必要がどこにあって?』
この人自分の立場分かってんのかな? 囚人でもうすぐ処刑されるんやぞ?
「いいえ、楽しそうにしているのではなく、楽しいのです。それでいつですか? あなたの陰気な顔を見ていると気分が落ち込みそうですから、伝えてもらったら帰ってもよろしくてよ」
売り言葉に買い言葉だな。それにしてもルナ様、めっちゃ煽ってる。看守をこんな煽って本当に大丈夫なんか? 僕心配なんだが。
「明日だ。せいぜい余裕ぶっているといい、首を切られる前にお前の顔が恐怖でこわばっていくのが楽しみだ」
処刑の日は明日だった。先の心配なんてする必要はなかった!
「それはまた随分高尚なご趣味ですこと」
ルナ様本人は処刑が明日と聞いてもケロリとしている。本人も分かっていたことだから別に驚くことは無いという事だろう。
眉間の皺の看守はと言うと、ルナ様と言い合いでは勝てないと判断したのか、立ち去っていった。それにしてもやべー奴だったな。性格ひん曲がり過ぎでしょ。
『ああいった手合いを転がすのは面白いわね。足元をすくわれないよう気を付ける必要くらいはあるけれど』
この人も性格ひん曲がっているんだった。
『あのね、あれは向こうが絡んできたから乗ってあげただけよ。何も言ってこない人にはさっきのような態度にはならないわ』
あの看守さんはなかなかだったな。ルナ様からすれば絶好の餌だったのだろう。
『けれど足元をすくわれて今ここにいるんだったわね。本当ならあんな小物の看守なんかよりアレを転がしたかったのだけれど、上手くは行かないものね』
女神と看守を同列にならべて良いのかはさておきな。
またしても誰か近づいてくる足音がする。本当に訪問者が多い。
『この時間帯はこんなに来たことは無いのだけれど、やはり明日処刑されると言う事が関係しているのでしょうね。けれど、今回は多分夕食よ。先程もその可能性はあったのだけれど、処刑の期日が決まったと言う知らせだったから、今回は確定と言って良いでしょう』
なるほど。最後の晩餐と言ったところだろう。果たしてどんな料理を運んできてくれるやら。最後くらいは豪華な物を食べて欲しいものである。
『貴方が食べたいだけでしょう?』
そうともいう。
ルナ様の予言した通り、今回近づいてきた看守は確かに食事を運んでいるらしかった。そうして牢の前までくると、
「ルナ・ノワール、お前の最後の晩餐だ。味わうといい」
といって牢の中にトレーを入れてくる。そうして目に入って来たのは……汁物だけ。それも具もなにも入っていない、ただのスープだ。本当にこれだけしか、あの看守が持ってきたトレーにはのせられていなかった。本当にこれが今日の食事なのだろうか? あんまりだと思ったので、
『何これ?』
と声を出してルナ様に尋ねてしまった。看守たちには聞こえないから別に声にだしたところで構わないんだけど。それに対する彼女の返答は、『スープよ』とだけ。そんなのは見りゃ分かる。というか何も入っていない。こんなので味わうも何もないんだが? 囚人だから、豪華なものが出てくるとは思ってなかったけどさ、だからと言ってスープだけとは何事か。
『だんだんと品数が減っていってた気がするわね。遊んでいたのかしら』
そこ! 冷静に分析すな! あんたのことやぞ。
『なるほど私の処刑までの日数を暗示していたのね、気づかなかったわ』
感心している。なんとも剛毅な人だ。でも僕だったら最後の晩餐がこれは嫌だ。向こうでは囚人の希望を聞いてくれるパターンもあったりするらしいのだが、ダメだったか。
『別に何か食べたいものがあるわけではないから構わないわ。どうせ明日には死ぬのだし。食事は生きるために食べるものよ、おいしければ尚良いけれど。でもあなたの記憶にあるものは興味深いわ。記憶を通してどんな味がするのかだけは分かるけれど、実際に食べてみたかったのよね……』
食い意地はそこそこ張っていたらしい。
『美味しいものを食べたいと思うのは普通の感覚だと思うわ。三大欲求の一つなのだし』
そりゃそうだ。こっちの食事はどうだった?
『また、漠然とした質問ね。味という意味でなら、家の料理はそこそこ美味しかったわ。当たり前よね、食材は揃えられるし、料理人も雇っているのだから』
出た、金持ち特有の料理人雇う。実際にそんなことをしていたとは。僕なんか毎日インスタント食品だったわ。
『いくら親がいないとは言え怠慢ではなくって? 自炊くらいはするべきだと思うわ。もう高校生だったのだから』
それあんたが言うんか? 絶対自分じゃ料理作ったこと無いやろ……。
『無いわね』
ほら。そう言う身分だから仕方ない部分があることも間違いないんだけどな。
『私が厨房に入ることなんて許されたのかしらね? 頼んだことが無いから分からないわ』
頼まんでええから。僕ら二人のどちらも特に思い入れのある食事なんて無いってことか。悲しいことにな。
『そうね、家とは言わず、外の店なんかで懐かしさを感じるものなんて無いわ。リュシーがあのまま生きていればと言うところ。けれど彼女の父親は許さなかったかしら。彼女の他には仲の良い相手なんていなかった』
なんてかわいそうなお人、ルナ様。お友達もおられないなんて……。
『特大のブーメランが刺さっているわよ、あなたも似たようなものでなくって?』
『何言ってんだい! モブと言う大親友が我にはおるのだ!』
『その大親友のことをモブと呼んでいるなんて、とんだ友人もいたものね』
『……』
そんなこんなで僕らは最後の夜を共に過ごした。