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ノンシリーズ ミステリー短編

タクシードライバーという名の探偵

作者: 髙橋朔也

 俺は田舎のタクシー会社でタクシードライバーを長年してきた。そのため、地元周辺ならば全ての道のりを記憶している。その道のりの記憶は、小さな裏路地にまでに及ぶ。

 無線が鳴ったので返事をした。「えぇ~、こちらは井塚(いづか)俊介(しゅんすけ)ですが」

『井塚俊介、あなたはご高齢の畠山(はたけやま)さんの家へ向かってください』

「畠山保奈美(ほなみ)さんの家ですね?」

『はい』

 畠山保奈美さんとは、我がタクシー会社をご贔屓(ひいき)にしてくださる方の一人だ。かなり高齢のおばあさんで、一人暮らしをしている。かなりお金を貯め込んでいるという噂まであるが、眉唾(まゆつば)物だろう。

 畠山さんの家へ行くには細い道を通る必要がある。この道を難なく車で通過出来る技術を持っているドライバーは、俺くらいしかいない。だから、俺は結構な頻度(ひんど)で畠山さんをタクシーに乗せている。

 今日も、幅が(せま)くてこじんまりとした道を車で走り抜けた。静かなで汚らしい家が(のき)並み並ぶこの住宅街の一角(いっかく)に、畠山さんの家がそびえ立っている。

 この家は外観が悪いものの五階まである。駅からは遠いが、優良物件ということに間違いはない。

 俺はインターホンを人差し指で押した。「タクシードライバーの井塚俊介です!」

「あらあら、わざわざありがとぉねぇ~」

 このしゃべり方のせいでいちいち腹が立つが、何年もこれを聞いていると()れてきてしまう。

 さっさと我慢をして作り笑いをした。「ゆっくりで大丈夫ですので、怪我(けが)をなさらずに出てきてくださいませ」

「わかりましたぁ~」

 プツリ、という音がしてインターホン越しの会話が終わった。俺はその場で立ちながら待ち、畠山さんが姿を現すと荷物を受け取った。

「タクシーのトランクに入れておきますね」

「悪いねぇ。じゃあ、頼もうかなぁ」

 畠山さんの荷物をトランクに入れると、次は運転席に乗り込んだ。

 助手席には畠山さんの姿があり、一重に見える奥二重が嬉々(きき)としていた。口元は(ゆる)んでおり、畠山さんの身に何か嬉しいことがあったのだとうかがえた。

「何かあったんですか?」

「久々に孫から連絡があってねぇ、これから会いに行くんです」

「それは良かったですね! 今夜はお祝いですか?」

「そこまでではないんですが、それでも孫からの連絡というのは嬉しいものですよぉ」

「わかりますよ、僕も。僕に孫はいませんが、一人息子がいます。その息子は今や反抗(はんこう)期ですが、それでも話し掛けてくれると(ほお)が緩くなっちゃいますよね」

「ええ、本当にそうなんですよぉ!」

 どうやら畠山さんのツボにやたらとはまってしまったようだ。俺は畠山さんと話しながら事故を起こさないように周囲を警戒し、目的地まで送った。

「ありがとおねぇ、井塚さん」

「いえ、これがタクシードライバーの役目ですから」

 畠山さんの姿が見えなくなってから、俺はタクシーの運転席に戻った。そのまま発車させると、火のついた煙草を口にくわえながら町を走り回った。

 すると呼び止められたので、タクシーを停車させて煙草の火を消した。素早く消臭スプレーを社内に()き散らし、ネクタイを整えた。

「あの」客は開いたパワーウィンドウに口を近づけた。「タクシー良いですか?」

「どうぞ、良いですよ」

 後部座席の扉を開けると、客は急いで乗り込んだ。「ま、前のあの車を追いかけてください!」

 ああ、なるほど。この客の身なりや持っている道具などから察するに、こいつ記者だな。その記者が前の車を追いかけろと言うのならば、スクープか何かを狙っていると推測出来る。

 こういう場合、マニュアルには何と書いてあっただろうか......。確か、追われている側のプライバシーを考慮(こうりょ)しつつ、まずは客の機嫌を(そこ)ねぬように要求を飲む。

「わかりました。では、追います」

「はい!」

 追うと言っても表面上だ。信号などにわざと引っかかりして、追われている側を逃がすんだ。

 まずいな。この近くには信号はないぞ。ならば、わざと急停車しよう。幸いにも後続車はいない。

「うおっ!」何かが進行方向にあるように口にし、ブレーキを踏み込む。「うああぁ!」

「どうしたんだぁーーー!」

「少々お待ちください!」

 タクシーが完全に停車してから、車を降りて何かを()いたような演技をする。そしてしゃがみ込み、記者の死角に入ったところで、すかさずライターを取り出した。

「お客さん、このライターが道路に落ちてましたよ」

「そんなものは良いから、早く前の車を追いかけてくれぇ!」

「承知しました」

 ライターを(ふところ)に戻すと、再度前進させる。だが、すでに前の車は見えなくなっていた。俺はニヤリと笑みを浮かべた。

「前の車はもう見えないのか!?」

「もう射程圏外ですね。見えません」

「では、私は降りさせてもらいますから!」

 俺は振り返り、記者を見た。「お客さん、お金を支払ってください」

「ああん? お客様の頼みを失敗しておいて、何が支払いだ!」

「それが筋というものでしょう? あなたも大人なら、筋を通しましょうよ」

「テメェ、表出ろや!」

 おっ! タクシーから出たらカメラには(とら)えられないから、俺としても好都合だぜ。

 運転席から降りると、新しい煙草を口にくわえて着火させる。それを見た記者は、怒りの表情に変わった。

「あんた客を何だと思ってんだ! よくこんな状況で煙草を吸えたもんだな!」

「ん? お客様は神様なんて概念(がいねん)は古いぜ、おっちゃん。昔気質(かたぎ)なのは別に構わないけどさ、貴様は一度でも追われる側の気持ちになったことがあんのか?」

「あ?」

「毎日毎日追われる奴の気持ちを考えたことがあるのか聞いてんだよ! 記者だか何だか知らねぇけどよ、追われる側も人間なんだ! 人権を尊重(そんちょう)してやれ、この変態が!」

「テメェ、客に暴言まで吐いたな! (うった)えてやる! タクシー会社ごと訴えてやる!」

「ふーん。良いんじゃないの、法テラスでも行けば? まあ、負ける裁判に弁護士は乗り気じゃないだろいけど」

「証拠はある」記者はポケットから録音テープを取り出して、俺の顔の前まで持ってきた。「テメェの暴言の証拠だ!」

「そうか......なら死ね」

 タクシーの録音テープもあるが、距離があるからこの会話は聞こえていないはずだ。ここら辺は人気(ひとけ)もないからカメラもない。

 記者の腹を()り上げると、録音テープを(うば)い取った。気絶した記者の服を引っ()がすと、他にも録音していないか探した。しかし、他に録音をする機器は持っていなかったから解放してやった。

「はい、二度と来んなよ」

「覚えていろよ、タクシードライバー!」

「へいへい、顔だけは覚えといてやるからな。これでも記憶力にはそれなりの定評があるんだ」

 服を引っ剝がすついでにサイフも拝借(はいしゃく)したから、そこからタクシー代を抜いて返した。

「ちくしょう!」

「じゃあな!」

 タクシー代と録音テープを置いて逃げ出した律儀(りちぎ)な記者の背を見ながら、つくつぐ俺は何をやっているんだと考えてしまった。

 自分から望んでタクシードライバーをやっていると言うのに、我ながら老いたものだ。自分探しの旅をするにはかなり年老いてしまっているし、どうしたものか。

 そうしていると、雨が降ってきた。今日は雨の予報だったことを思い出し、腕時計に視線を移した。腕時計はちょうど十七時を示していた。

 あくびをしながらタクシーに乗り込み、タクシーを走らせた。


 翌日早朝、俺はタクシーで畠山さんの家へ向かっていた。朝早くから畠山さんがタクシーを呼ぶなんて珍しい。俺は畠山さんの家の前まで到着すると、天を(あお)ぎ見た。すでに雨は()んでいるようだ。

 インターホンを押してから、(せき)払いをする。「タクシードライバーの井塚俊介です!」

「すみませぇん、井塚さん。今日は私、疲れているんです。出来れば、荷物を持っていただけませんかぁ?」

「良いですよ。荷物をどこまで取りに行けばよろしいですか?」

「家の中に入ってきてくださぁい。玄関の扉は施錠(せじょう)されていませんのでぇ」

「はい、では家の中に入らせていただきますね」

 俺は傘を(かか)げながら畠山さんの家に入った。玄関で靴を脱いで左右を(そろ)えて並べ、畠山さんのいるであろうリビングに向かった。

「井塚さん、この荷物を持ってください」

「わ、わかりました......」

 顔は畠山さんの荷物に向いてるが、目線は畠山さんの家の窓に向いていた。畠山さんの家の窓には全てに雨戸が設置されていると以前聞いたことがあるが、リビングの窓の雨戸は全部閉じられていた。その雨戸は()れていなかった。

「あの、畠山さん!」

「何ですかぁ?」

「目が疲れているようですが、何かありましたか?」

「何もないですよぉ」

 畠山さん自身は否定していたが、二重まぶたの目は疲れているように見受けられた。俺は少し考えてから、近くにあった椅子に腰を下ろした。

「畠山さん、正直に言ってください。雨戸の内側が濡れていなかったことから、真実は容易に導き出せましたよ」

「何を言っているんですかぁ?」

「昨日はお孫さんと会われていましたが、そこで何かあったんですよね?」

 狼狽(ろうばい)したような表情を浮かべた畠山さんだったが、俺の質問を無視して荷物を持った。これは何かあると思い、推理を始めた。そして、何となくだが答えを知り得た気がした。

「あのう、やっぱり何かありましたよね。誰かに監視されていて、夜も眠れなかったとかないですか?」

「な、なんでそれを!?」

「ただの邪推(じゃすい)ですよ。畠山さんは普段なら十九時くらいに雨戸を閉じているはずですが、昨日は十七時より前に雨戸を閉じたと推理出来ます。なぜならば、昨日は雨が十七時から降っていますが、あの雨戸の内側には水滴などが付いていないからです。普段通り十九時に雨戸を閉じれば内側に雨水が付着するはずですがそれがなかったということは、雨が降るより前に雨戸を閉じたのだとわかります。いつものように十九時に雨戸を閉じた後に内側に付いた雨水が蒸発(じょうはつ)したとも考えられますが、十二時間くらいしか経っていないのに蒸発は考えにくいです。

 ではなぜ、畠山さんはいつもより早く雨戸を閉じたのか。誰か来客があったか、外部から監視(かんし)されていたという仮説が成り立ちます。来客があっても雨戸を閉じるというのは考えられませんので、畠山さんの行動を見張っている誰かの存在に気付いて雨戸を閉じたというのが現実的です。

 畠山さんが睡眠不足だとわかったのは、まぶたです。いつもは奥二重の畠山さんですが、今は二重です。眠いと血流が悪化したりしてまぶたが二重になる場合がありますが、今回がそれだと思いました。監視されていたことが気がかりで、眠れなかったんですね」

 少しの沈黙(ちんもく)があったが、畠山さんはため息をもらした。

「井塚さんには敵わないねぇ」

 その後、畠山さんは俺に全てを話してくれた。それによると昨日孫と会ったが、孫は畠山さんを(だま)してお金を取ろうとしていたようだ。それを断ってから、尾行されている気配がしたそうで、雨戸をいつもより早く閉じていた。

 朝早くタクシーを呼んだのは、尾行から逃れたいがため。俺は急いで警察に連絡し、ほどなくして孫は捕まった。それからのことは俺もよく知らない。畠山さんも話したくなさそうだったので、俺は尋ねないでいた。だから、事の顛末(てんまつ)を知らないのでここには書くことは出来ない。

 ただ、この一件のことで畠山さんはお礼を言ってくれた。だけど、俺はこうやって返事をした。『我が社は地域の安全を守るというのがモットーですので』と。

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