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第9話 



 稀な魔法を持っていれば、それを狙う輩は多い。

 魔法などなくとも、その稀な容姿は崇高する対象となる。

 崇高する対象となれば、それを欲しがる者が出てくる。

 血を飲めば万病が治り、肉を喰らえば不老不死。髪1本さえ持てば御守りになるとされていた。

 噂はあくまで噂。事実ではない。だが、奇跡を願う者達はそれを決して聞き入れ様とはしなかった。

 それ故に、彼女はいつまでも狙われているのである。



 「う~ん」

 ティリスは両手を上げ、早朝の空気をたっぷり吸うと伸びをした。早朝の空気は、少しだけ冷たく気持ちが良い。



 そう、彼女は―――――。

 壁に囲まれた【シーウォング社】から、抜け出していたのだ。

 警備を掻い潜り、抜け出していた。

 あってはいけない事実。



 まだ幼かった彼女が見つけた脱出場所《抜け道》。誰も知らない場所があったのだ。そこは、難攻不落と呼ばれるシーウォング社に、出入りが出来る数少ない場所だった。

 社の人間に見つかれば連れ戻される。だが、外部の人間に見つかれば……。それを知らない彼女ではない。

 しかし、幼き時よりシーウォング社内に住み、外の世界を知らない彼女は、その危機感が時折麻痺してくるのも事実だった。

 閉じ込められていれば、窮屈と退屈で外に出たくなるのが人間のさがだ。それが生まれてから16年。

 ずっとココの中から出ずにいろという方が酷。安全な場所だとしても、所詮は籠の中の鳥。自由のきく牢獄みたいなモノだった。



「ん〜いい天気」

 朝焼けがまだ残る空は、シーウォング社から見る風景とは全く違った。ここに住む人達からしたら、何でもない風景でも、それすらもティリスからしたら新鮮で楽しい風景と化していた。

 特別なモノを望んでいる訳ではない。ただ、平凡な日常があればそれでイイのだ。



「アレ?」

 考えながら歩いていたせいか、ティリスは迷ってしまった。

 いつもの見知った道ではなく、見覚えのない細い路地に出ていた。

「……」

 正直言ってものスゴくマズイ。

 何が? 親代わりのシーフォングの会長達にバレるのも、ティリスが抜け出れた事実も色々である。

 厳重な警備を掻い潜って外に出たのだ。叱責を受けるのはティリスだけでは済まされない。結果、それを許してしまった警備隊が処罰されてしまう。

 ティリスは、今更ながらに自分の犯した行動を後悔していた。




 来た道を戻った所で、似たような景色しかなくティリスはますます呆然とするばかり。

 目印にしていた家や看板も、見失ってしまっていた。

 こうなると、箱入り娘のティリスにはどうする事も出来ない。

 普段から抜け出して、ある程度把握しているなら別だが、たまにしか抜け出さない。抜け出したとしても行動範囲はいつも狭いものだった。

 ティリスにこの辺りの街並みは、どこも似たような雰囲気で全く分からないのだ。

 そう、完全なる迷子である。

 交番を探すか、道行く人にシーウォング社の場所を訊いて帰るしかない。だが、入り口から帰れば抜け出した事は明らかになる。

 抜け道として使っている場所を見つけださないと、色々な意味で大変な事態になる。絶対絶命の大ピンチであった。




 そうして、ティリスはアッチやコッチをウロウロしている内に、マンションの前に若い男女の姿を見つけた。

「すみませーー」

 と声を掛けようとした瞬間、その男女は唇を重ねた。

 マンションの前にいる所を見ると、別れを惜しむ恋人同士に見えなくもない。

 ティリスは眼前で見てしまった事で動転し、落ちていた空き缶を踏ん付けてしまった。




 ーーパキ。




 早朝の閑静な住宅地に、缶が凹む音が響いた。

 踏んでしまった空き缶から、慌てて足を離し顔を上げるとーー。

 先程の若い男女が、コチラを向いていた。

 音で気付かれてしまった様だ。ティリスは、咄嗟に顔を背け様としたのだが、何故か目が逸らせずバチリと男性と目が合ってしまった。




 何故、目を逸らせなかったのか。

 その若い男性は端正な顔立ちをしていて、スラリとしたモデルの様な姿だった。

 前髪は下ろしているが、かきあげればティリスの良く知る人物に瓜二つであったからだ。

 だからこそ、目が離せずにいたのだ。



「……アル」

 ティリスはその見知った顔に、思わず声を漏らしてしまった。

「……っ!」

 その瞬間、その男性も目を見開き驚愕している様子だった。

 ティリスの外見はフードで隠されている。なのに、相手はこちらを見て目を見張っていた。

 姿に驚いたと言うより、ティリスが思わず発してしまった言葉を拾ってしまったのかもしれない。

 ティリスはジリジリとゆっくり後退りすると、一気に踵を返して走り出していた。

 もはや、条件反射といってもいい。

 本来なら迷子なのだから、ここで知り合いに会った事は僥倖な筈だが、怒られる恐怖の方がまさってしまった。

 今、ティリスの頭の中は、外出が見つかった罪悪感と、何を言われるかで占めていたのである。


 











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