第7話 幼馴染み
【シーウォング】社のビルは、この街ディストールのほぼ中央にそびえ立っている。
詳しい事は社員でさえ知らない事だが、上層階と呼ばれている一定の階層からは、上層部〈幹部〉の社宅や邸宅となっていた。
シーウォング社会長の一人娘とされているティリスも、ここのビルの最上階に近い位置に部屋を持っている。
その部屋の何十畳とある広いリビングの窓枠に、ティリスはぼんやりと外を見ながら腰を掛けていた。
窓からはこの街が一望出来る。魔物から護るための壁らしきモノは見えないが、目を凝らせば街の終わりが分かる。ある場所を境に民家も畑も途切れているからだ。
広がるのは草原や荒野、森、様々である。望遠鏡を使えば海も僅かに見える。そこに栄えている港町【ダーシュ】も。
「眠らなくていいのか? ティリス」
声に気付くと隣には、クラヴィスが心配そうに立っていた。
彼は彼女の幼馴染みであり、会長の娘を護る存在でもあるゼロであった。そのためクラヴィスは、彼女の部屋には出入り出来る様に、セキュリティが設定されているのだ。
「……クラヴィ」
彼の存在に気付き、ティリスはぼんやりと立ち上がった。
だが、その瞬間……グラリと視界が歪み倒れそうになった。
「っ! 大丈夫か?」
咄嗟に支えたものの、彼女の身体がやけに熱い。
そっと額に右手を充てて見れば、やはり熱がある様だった。先程使った治癒魔法の影響に見えた。
「クラヴィの手、冷たくて気持ちいい」
クラヴィスの右手に、まるですり寄る様にくっついたティリス。熱のせいか額には微かに汗が滲んでいた。
「少しは休め」
ティリスの脇に手を入れたクラヴィスは、大切なお姫様を抱える様に軽々と持ち上げた。
休めと言って素直に休む彼女ではない。だから、実力行使で隣の寝室に連れて行く事にしたのだ。
「私も……クラヴィ達の……役に立てればいいのに」
熱に浮かされる様に、クラヴィスの胸にコツンと寄りかかった。
「ティー」
クラヴィスは優しく優しく、愛しい彼女の名を呼ぶとベッドにふわりと寝かせてあげた。
額にかかったほどけた髪をかきあげ、毛布を身体に掛ける。
こんなにも弱っている彼女を見るのは、今までなかった。ヴォルフラム博士の言っていた事が頭に過った。
『惚れた女の体調も分からないのか』
まさに、その通りだと苦虫を噛み締めていた。
「ティー」
疲れが出てきたのか自分がいて安心したのか、うとうととしているティリス。その愛らしい寝顔に目を細めるクラヴィス。
「ん」
頬を愛しそうに指で撫でれば、ティリスは安堵した様子で夢の中に入っていった様だった。
クラヴィスは彼女の額にかかる髪を、起こさない様に優しく払ってあげた。少し緩めのふわふわのくせっ毛。
本人はこの目立つ髪の色も、このくせ毛も嫌っていたが、クラヴィスは可愛らしくて好きだった。
そんな彼女を、なおも愛しそうに見ていたクラヴィスは、甘い甘い声で呟き額にキスを1つ落とした。
「お前が、私のすべてだ。ティリス」