第九十八話 魔王、向き合う。
服や雑貨を求めて外へ出た我らであるが、当然我らはこの周辺の地理に明るくない。店を探すにしても総当たりとなる。しかし、いくらリサとて無策で外へ出るほど馬鹿ではなく、宿を出る前に受付の男に周辺の店を聞き込んでいた。
男はリサの質問に答えたくはなさそうだったが、オズワルに作った借りは余程大きかったのだろう。渋々といった形で知っている店を語った。
それに従って我らは街中を歩き、我は例のごとく街並みに観察の視線をくるくると巡らせていた。我はこのアルベスタに入るときに気絶していたので、ここの関所がどういった場所なのかが分からない。ミルドラーゼと違って国を守る防壁があるのだから、それなりにしっかりとした関所があるのだろう、という予想しかできぬ。ストライク辺りは恐らく相当数街から出ているだろうし、奴に聞けば分かるだろうか。
それと、夜の城から見た時計塔が見回しても目に入らない。最初こそ驚いたが、おそらく城の影に隠れているのだろうと思った。時計塔はそれなりに目立つが、流石に城よりは高さが低く、控えめな装飾であった。城が間に挟まってしまえば、すっぽりと見えなくなってしまうだろう。
……だが、正直な話、それらは我にとってあまり気にはなっていなかった。一番に我が気掛かりであったのは、アルベスタの国民が持っている雰囲気である。強い北風や雪に慣れきってしまったのか、カトラス曰く三年続いた冬にも国民達は危機感の無い反応を示しているのだ。
土地柄により、生来寒さに強いとはいえ、今の状況に対してあまりにも楽観的である。国民の多くは「やっぱ冬って嫌ねえ」だとか、「そろそろ春が来るでしょ」だとか、とにかく温い考え方なのだ。
そこらの人間であるオズワルやロッシュ、メリルらが大白狼という単語を知っている以上、国民の多くはこの冬が一過性のものではないと理解している筈なのだが……。ルゥドゥールとやらが国に攻め入ることは確実に知らぬだろうが、そうなる可能性があるとは考えていなさそうである。馴れというのは忌々しくも人間の長所であるが、こういった場面においては致命的なまでの無防備へと変わる。
……まあ、ルゥドゥールに関する情報を知っていたとて、国民にとれることは白伐ちの活躍を祈る位だが、それにしても弛い雰囲気なのだ。ミルドラーゼの人々のように、それがアルベスタの気風だと言われればそれまでだが、我はそれが気にかかった。
そこらについては組合でオズワル、ロッシュ辺りに聞けば分かるだろうか。なんとなくメリルに聞いてもまともな答えが返ってくるかは怪しい。
勝手な事を考えていると、我らは一つの建物の前にたどり着いた。急な屋根と煙突の見慣れた組み合わせを備えた店である。外観は木材の影響で黒っぽく、周りに比べて多少大きな店である。店先の吊り看板には『服屋 セージ』と刻まれている。
ちらりと窓から覗いた店内には何人かの女が服を吟味しており、同じく女の店員が甲斐甲斐しく接客をしていた。
我はそれを見て、もしやこの店は……と思ってちらりとリサを見た。するとリサも同じことを思ったらしく、苦笑いである。だが、この服屋は二階建てであった。ここからは確認できない二階で、もしや男に向けた服を扱っているのやもしれぬ。そうリサに言ってみると、リサは苦笑いを深めて「多分違うと思うけど……」と返してきた。
「でも……うーん、まあ確認だけはしておく……?」
「うむ。みすみす店を見逃してしまったとなれば時間と労力の無駄である」
リサは頷いて、取り敢えずあたしだけで入るね、と言った。我が体を抱えながら頷くと、リサは服屋の中に入っていき、店員に声を掛けた。我は一部始終を見ていようかと窓に近づいていたが、良く考えなくとも危うい行動である。この服装やじっと見つめる癖も相まって、間違いなく不審者であると思われるだろう。
店から離れ、一応出入り口の近くで待っていると、リサが店員に頭を下げながら店から出てきた。見送る店員とリサの顔はすみません、いいえ、と声が聞こえてくる仕草である。顔からして、どうやら女物の服屋であったらしい。宿屋の男から聞いた店は幾つかあったので、その内の一つに当たってしまったのだろう。男物の、とつけなかったのがそもそもの間違いであるな。
リサは店から離れて我の元に寄ってきた。
「……やはり女物の服屋であったか」
「うん。上はやっぱり下着とか売ってるらしくて……でも、一応男でも着られる服みたいのがあるって言われたんだけど……」
リサは我の体を見た。頭頂部から爪先までである。その視線だけで、言いたいことは分かる。大きさであるな。いくら男女兼用の服とはいえ、大柄である我の体にそもそも合わないのならば意味がない。
「あんた、普通に背高いからね」
「これでも低い方なのだがな」
「……あぁ、そういうことね。一瞬ビックリした」
魔族ならば身長が二メートルを超すものが多い。というかほとんどがそうである。あのカヌスは父親に似ず二メートル丁度くらいの身長であったが、あの男はそれを補うだけの凄まじい筋力があった。
一瞬脳裏に嫌な顔がちらついたが、即座に感情を遮断する。さて、次の店へ向かおう、と我は口を開いた。が、先程の店の入り口から視線を感じる。ちらりと見ると……そこには先程リサを案内していた店員が、半信半疑の瞳で我の顔を凝視していた。
……恐らくリサが身長が高過ぎると思うので、といった事を言ったので、ちらりと我の身長を見た、といった感じなのだが……どうして顔を見る必要があるのだろうか。我は寒いので耳当てとフードを被っていたが、顔に関してはそのままである。
思わず覗いた我の美貌に一目惚れ、というのならまだ分からなくもないが、その目が表しているのはよりにもよって猜疑である。
我は本能的にフードを深く被り直そうとしたが、それよりも早く店員が何かに気がついた顔をし、青ざめる。どういうことだ? 魔王と名乗りはしたが、あの場所には殆んど人の目がなかった。その上話自体が荒唐無稽であるし、一部始終をしっかりと見た人間はそれこそ一握りである。たった一日で末端まで魔王の噂が広がる筈もない。
我は身構え、リサは戸惑って振り返った後に固まった。三者の間の距離を詰めたのは、意外なことに店員であった。店員は驚きと共に我の方へ一歩進み、青い顔でこう言った。
「す、すす……すみません。失礼な事をお伺い致しますが……ヴァチェスタ様で宜しいでしょうか?」
我は一瞬逡巡して、軽く頷いた。この様子を見るに、首を振っても確信を掴んでいるように思われたのだ。しかし我の名前に様をつけているということは、少なくとも敵意等の感情は無いだろう。我が続く言葉に身構えていると、店員はえーっと、と慌てながら言葉を紡いだ。
「お、オーガスタ様から……えっと、『金髪金眼の高身長を見たら報告しなさい』と承っておりまして……その――」
我は静かに天を仰いだ。嘘であろう? まさか、一発目からオーガスタの傘下にある店を引き当てたのか? しかもフードをつけていて、距離も充分離れていたというのに……。
我の反応に確信を得たのか、店員が何か店の奥に手話を送った。我は一瞬、この場から逃げてみたらどうなるのだろうか、と想像した。が、そもそもが無理な話である。今の我は確実にリサより遅い。下手をすればそこらの子供と同程度である。逃げられるはずもなかった。
それに、どうしてバジルが我について報告するように義務付けているのか、その理由が気になったのである。バジルからすれば、我は大嘘つきの厄介魔王である。その上大分格好の付かない場面を見られてしまった。無視や排斥こそすれ、わざわざ接触を意識させるようなことはしないはずである。
店員が顔に深々と緊張を浮かべながら、取り敢えずこちらに……と店の扉を開いた。我は正気か、と疑ったが、目からして正気なのだろう。リサが我を見ている。どうするか我の行動を待っているのだ。我はため息を吐いて考える仕草をとったが、答えはそもそも決まっていた。
「……手短に頼む」
はい、と女の店員が慇懃に言って、我を店の中に案内した。入ってみると、何だかすこし変な匂いがする。深い甘味を含んだ花の香りである。恐らくは店に香水か何かを撒いたのだろうが、嗅いだことのない香りであった。
店内には針金に掛けられて幾つかの服が陳列されており、それぞれ我には分からない判断基準によって厳選をされているように見える。
下着の類いは上の階にあるらしいので安心である、と思っていると、先程まで買い物をしていた客たちが笑顔で店を出ていった。両手には服の入った紙袋があり、随分と上機嫌である。無理に外へ出す代わりに金額の肩代わりくらいはしたのかもしれぬ。
我が店内に入ると、店員達は一斉に固まって我を凝視し、続けて直ぐ様に動き出した。店内の服を抱えて二階に走り始めたのである。
困惑する我を前にして続々と店内の服が回収されていき、店内が空いていく。続けて慌て顔の店員が店の奥から椅子とテーブルを用意し、責任者らしき女店長はどうしたものかと顎に手を当てて考えていた。
店長の指示によってテーブルに綺麗な白いクロスがひかれ、和むようにと会計に飾っていた花瓶を花ごとテーブルの上に乗せた。
我としてはこういった光景を見ているだけでやる気がそがれるのだが、こやつらは決して悪意をもってやっているわけではない。雇い雇われの関係である以上、上司の命令には逆らえないのだ。
我は改めてバジルの影響力を感じながら、固い表情の店員に指示されて椅子に座った。我が左、リサが右に座って、我らの正面には空っぽの椅子がある。椅子は出入り口を向いており、バジルがそこから入った時に滑らかな着座ができる位置である。
テーブルの上の花瓶には赤い花が生けてあり、邪魔にならないようにと少しばかり端に置かれていた。
その後店員が緊張の面持ちでテーブルに水を持ってきたので、我は取り敢えず一口を飲んだ。うむ。水である。この時をもってしても平常な我をリサは呆れた顔で見ていたが、逆にリサ自身にも少しも緊張の色が見られず、我は少しばかり疑問に思った。
申し訳ありません。少々お待ちください、という店員の定型文的な対応に適当な返事をして、我はバジルを待った。既に店内には我らの席だけがあり、どたばたとしていた店員は店の奥と二階に避難をし、ここには店長ともう一人の二人しか残っていない。
我は待っている間に、リサへ疑問を投げ掛けた。
「……お前どうした。いつになく冷静ではないか」
「え? ……あぁ、うん。今日一日で初めての場所に行きすぎて慣れちゃったのと……あんたと居ると色々経験しちゃうから、そんなに怖くないの」
リサは微妙な顔をした。……確かに、今のリサは常人にはあり得ない経験ばかりをしている。特に港での一件や、王族との対話、謁見と続けば……今更素性を知った女商人との対面程度、緊張に値しないのかも知れぬ。
少なくとも、エリーズを城に届けた際の修羅場よりは幾分かマシだろう。
適当な会話をすること五分か六分。我の耳が忙しく回る馬車の車輪の音を捉えた。その反応を見てリサが気持ちを固め、店員二人が首をかしげる。が、続いて騒がしい車輪の音が徐々に大きくなって、彼女らは驚いた顔をした。
車輪の音と共に店の窓に黒い影が通って、店の前で止まる。そしてバタバタとうるさい音が扉の向こうから聞こえて、続けて扉の目の前で止まった。どうやら息を整えているらしい。少しして、ゆっくりと扉に手が掛けられた。
「えぃー! 探したで、あんたぁ――っと……ああ、お仲間さんか」
「あ……はい」
「……相変わらず騒がしいな」
「そりゃあこうなるやろ。感動の再開って訳やないけど、別れ方が悪すぎたからな。あんたのこと心配したし、こうして会えて嬉しいんよ」
久し振り……といっても2日程度しか離れていないが、その間に起きた事が大きかったので、我も多少の懐かしさをバジルに感じていた。バジルは寒さからか少しだけ上気した頬をしており、服装は船の上とは異なって地味で商人らしいものだった。それを見た我にバジルは、いやん、と豊満な体を抱いて言った。
「そんなじろじろ見んといてよ。着替えずに来たせいで化粧もなんもしてないんや」
「前にも言ったであろう。我は外見を気にしていない」
「ああ、そうやったな」
我の言葉に笑って、バジルはテーブルについた。……ここまでは、存外普通のやり取りである。バジルはいつも通りふざけて、我もいつも通り対応している。何らおかしいところはない。が、それは船の上という日常があってのことである。
現状、我らがするべき話はこんな雑談ではない。それは当然、バジルも理解しているだろう。だが……あー、我と出会った嬉しさというやつか、そういった用事をぽいと投げ捨ててバジルは口を開いていた。
「あんた、その格好どうしたん? 雪ダルマみたいやな」
「通りすがりの幼女にも同じことを言われた。端的に言えば寒いのだ」
「そんだけ着とったら逆に汗掻くと思うんやけどなぁ……まあ、ええわ」
バジルは言葉を切って、リサを見た。見られたリサは一瞬固まって、おずおずとバジルを見返す。バジルは先程までの笑顔や苦笑を捨て、見定めるような顔でリサを見ている。相変わらずころころと変わる表情だ。
「……ふぅん。まあ、顔と胸と金ではうちが勝っとるな」
「……何を見ているのだ」
「お仲間さんと女の魅力で勝負してるんや」
「え?」
「身長と教養とうるさくないっちゅう性格は負けとるから、中々侮れん相手やわ」
むぅん、とバジルは両目を細め、唇を尖らせてリサを見ていた。その目には、なんとも言えない感情がこもっている。が、一番に割合を占めているのは何かと問われれば――間違いなく対抗心であろう。
この女は再会してそうそう、我が魔王だとか城でどうなったかを置いて、目の前のリサを見定めていた。なんとも馬鹿らしいが、それがこの女である。メリルが言ったような女傑さは見えず、どこかちゃらけた雰囲気すらあるのだ。
「あの……すみません。あたし、別にこいつの事好きだとかじゃないんですけど……」
「……単純に仲間って訳か?」
「はい。そうです」
バジルの言葉に困惑したリサは、取り敢えず否定の言葉を口にした。そう言ってもらわねば困る。バジルが暴走しそうなのである。リサの言葉を受けたバジルは訝しむような顔をした後に黙って、「まあええわ」と言った。続けて我を見て、にこりと笑う。見た目は幼い顔立ちのバジルが笑うと花が咲いたような可愛らしさがあるが、我には特に関係無い。笑顔に続く言葉を待った。
「……あんた、どうやら結構派手にやったみたいやな。うちの情報網に色々入ってきてるで」
「……世間一般で言えば、確かに派手であるな」
世間一般的、という言葉を聞いたリサが顔をしかめ、バジルが笑った。
「どう考えても派手でしょ……」
「はは、あんたは世間一般的やないもんなぁ……まあ、その辺から色々話しようか」
なぁ、金色の魔王様? と何でもないようにバジルは言った。その台詞に店内に残っていた店員と店長がピクリと震え、リサの顔が強張る。
我は、そうであるな、と軽く返して、深く椅子に座り直した。茶褐色の大きな瞳が我を見て、柔らかく細められる。堂々たる風格のバジルに、我は何処から聞こうか、話そうか、と軽く思考を巡らせた。




