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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第九十七話 続く冬に芽は出るか

 オズワルに聞いた道を歩き、我らは一軒の建物の前に辿り着いた。建物は周囲に倣った木造の家である。宿と名乗れる程度には大きさがあり、組合と同じく二階建てで横に広かった。ちらりと見上げた急勾配の屋根には、見たところ煙突が一つしかない。 

 各部屋に煙突が生えていたらそれはそれであれなのだが、我は内心、部屋に暖炉が無いだろうかと期待していた。暖炉があれば我にとって寒さは大敵でなくなる。が、流石に金が掛かるのだろう。煙突は宿の中心から一つ伸びており、宿の出入り口も建物の中心にある。


 外観には窓が六つ見え、左右対称である。窓は一階に二つ、二階に四つあった。二階の窓には当然黒いカーテンがあったが、一階の窓にはカーテンが無い。なので我らは外から建物の中をことが出来た。

 そうして見てみると、どうやら一階は客に対応する接客口兼休憩室なようで、宿の左右にはテーブルと椅子があり、客らしき男が本を片手に寛いでいるのが見える。


 我は一旦建物を引きで見た。正面の扉から伸びた木製の吊り看板に、『埃星の箒』と書かれている。目的地に間違いは無いようだ。我はそれを確認して、扉へ向けて歩き出した。寒さで手足の動きが鈍いが、流石に動けない程ではない。

 両開きの扉を押し開けて宿に入ると、ふわっと湿った暖気が中から溢れ出た。それを掻き分けて宿の中に入ると、「いらっしゃい」と無骨な声が正面から響いた。見れば宿の受付に中年の男が居る。店の奥からちらりと誰かが顔を覗かせたが、恐らく従業員か何かだろう。


 受付の男は出不精に肥えた腹と、さして長くない顎髭を持っており、黒髪黒目の容姿をしていた。年は容姿から見て三十後半だろうか。そんな男の目は、何だか面倒な奴がきた、とばかりに怪訝である。

 確かに我は幾重にも服を着重ねている上にフードを被っている。他から見れば不審者だ。


 我はフードを脱いで顔を見せ、正面から男を見た。すると男は更に面倒そうな顔をする。……まあいい。我は木目の床を踏んで、受付に立った。


「オズワルのすすめで来た。部屋を借りたい」


「あんの婆さん……はぁ、まあいい。その名前を出されちゃ他の宿に行けとは言えねえな」


 男は溜め息を吐いた。やはり他の宿をすすめるつもりだったらしい。オズワルの名前を先に出しておいて正解である。男は面倒そうな顔で帳簿を片手に持ち、口を開いた。


「うちは食事つきの一日で銀貨十枚。無しで三枚。何日泊まるんだ?」


 我はちらりと後ろのリサを見た。リサはその価格に少し驚いた顔をして、「取り敢えず、七日お願いします」と財布から金貨を一枚出した。男は金貨を受けとると、銀貨三十枚を返しながら、どこか諦めた雰囲気の溜め息を吐いた。

 リサがちらりと我を見る。瞳には『過ぎたら延長するから』という説明の色がある。

 店主の男は溜め息に続いて何かを手元の手帳に書き記し、カウンターの下から札のついた鍵のような物を取り出した。


「202号室だ。防音はしてるが、夜に騒ぐのはやめてくれ」


「……うむ。わかった」


 渡された鍵を受け取った我は、一旦言葉と衝撃を飲み込んでそう答えた。ああそうか……深く考えれば、当たり前であるな。夜に騒ぐ。つまるところ、この宿に我とリサが泊まるのだ。同じ部屋で寝食を共にするということに他ならない。

 金にいくら余裕があるのか分からない状況で、まさか二つの部屋を借りる訳にもいかまい。流石にベッドは二つあるだろうな。いや、ベッドは良いがせめて部屋が二つに別れていれば、と思いながら、我は横目にリサを見た。リサは全くいつも通りの顔で、部屋についての事実に気がついているのか気が付いていないのかが分からぬ。


 我は若干の困惑と緊張を胸に、受付の隣に見えていた階段で二階へと上がった。宿の二階の廊下は意外に狭く、人が通る以上の想定がされていないことがわかる。花瓶や絵画の一つも飾らず、左右の壁には番号の刻まれた木の扉が左右に三つづつ並んでいた。

 扉の番号を見ながら見回すと、すぐ近くに『202』の番号が記された扉があった。


 ここは外から見たときに道路側であり、黒いカーテンが掛けられていた窓の真ん中がある部屋である。まあ、悪くはない配置だろうと思いながら、我は扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。この世界に来て珍しく、鍵穴のついた掴んで回す形式のドアノブである。

 我の世界……ああいや、未来ではこちらの方が多かったのだが、単純に技術力の問題だろう。

 開いた扉の向こうには、非常にあっさりとした部屋の様子があった。


 部屋には机と椅子が一つづつ、衣装棚が二つと――二人用のベッドがひとつあった。この時点でもういい気分ではないが、落ち着いて我は部屋を見た。壁には二つの魔石灯があり、左右――机とベッドの上に取り付けられている。扉を開けた正面には黒いカーテンの被さった窓があり、その左右に衣装棚があった。

 ……そして、よく見てみると、右側の壁に扉がひとつある。ベッドを介して奥側に、深い茶色の扉があるのだ。


 どう考えても風呂と便所があるのだろうが、我はその向こうが部屋であることを祈り、ちらりとリサを見た。先程までの曖昧さをここで解消したかったのである。

 リサは呆然と我の隣で部屋を見回し、ベッドを見ると……ゆっくりと我を見上げた。その顔には七割の驚愕と三割のそういえば、が入り交じっており、リサは何を言うでもなく「えっと……」と言った。


「……嘘でしょ?」


「お前もか……我も先程気が付いた」


 もっと早く気がつくべきであったが、これに関してはどうしようもないと言える。王城でのあれこれや、寒さによる思考力の低下、果てには冒険者組合での衝撃の連続が仇となった。

 我とリサは気まずく目を合わせ、我は取り敢えずを見据えて口を開いた。


「……まあ、とにかく荷物を置くことにしよう。正直な話、この荷物を持ち続けるのは辛いものがある」


「いや、貧弱過ぎでしょ……でも、うん。とにかく整理だけはしないと……」


 我とリサは、これまでにずっと荷物を詰めた鞄を背負っていた。組合では椅子に座っていたので楽だったが、非力な我には文字通り荷が重い。これまではリサに揃えて何でもないような態度をとってきたが、色々と限界なのである。

 我らは静かに部屋を歩くと、言葉を吐くでもなく左右の衣装棚の前に立った。我が右、リサが左である。左右については全くもって適当だ。


 我は棚を開き、その中へ雑に服を押し込めた。元々袋の中で畳まれているのだから、特に何もせずとも良いだろうと思ったのだ。リサを見ると、何やら色々と考えながら物をしまっている。どう考えてもその様子を長く見ていてはならないだろうと思った我は、一足先に棚の前から身を引いた。


 手持ち無沙汰となった我は再び部屋を見回して……そして、気が付いた。この部屋はなんだか暖かい。暖炉の一つもないくせに、暖炉がどこかにあるような暖かさがある。どういう原理なのだと我は部屋の上下左右に目を凝らしたが、全くもって分からなかった。もしかすれば、魔術的な施しがあるのか、それとも特殊な技術があるのか……はたまた、何かの魔道具によるものかもしれぬ。


 魔道具は作る魔術師の技量と思い付きで、殺戮兵器からつまらぬ玩具にまで幅広く形を変える。この前にバジルから受け取った声を貯めるだけの砂時計のように、部屋を温かく保つだけの魔道具があったとしてもおかしくはない。

 そう思えばつくづく魔法の流れが見えないのは不便だと我は思った。我はこれまで、常に魔力を視覚で捉えていた。空気中に満ちる神秘の元素である魔力を見ることが出来れば、知識の無い我でも魔法の詠唱を即座に見抜くことは簡単であり、どんな属性か、どれだけの強度、範囲の魔法なのかさえも理解することができる。


 この世のあらゆる不可思議、神秘を司る魔力が見えぬということは、それなりに大きな損である。と、そんなことを思っていると、リサが準備を終え、我におずおずと声を掛けてきた。


「……ねえ、金髪」


「何だ」


「やっぱりこれ、あたしとあんたがここで暮らすってことだよね?」


「……まあ、そうなるであろう」


 我の返答に、リサは微妙な顔をした。緊張するような、嫌がるような、それでいて謎に安心したような顔である。そんな顔をしたリサはおもむろに口ごもると、我を見上げながらこう言った。


「多分あんたはしないだろうけど……寝てるあたしに変なことしたら……頭に弓矢突き刺すから」


「するわけがない。我は魔王である。人間の女に興味など湧かぬし、微塵も雑念を掻き立てる訳が無いだろう」


 我の言葉に、リサは安心と納得を顔に浮かべた。我は魔王で、魔族であり、蜥蜴である。言葉通り、人間の女には全く興味がない。寝込みを襲ってどうこう、等と下らぬことを考える人間とは違うのだ。そこのところを間違われていては心外である。

 そんな心持ちの言葉にリサが、だよね、と返事を打つと、部屋には沈黙が満ちた。次の言葉が思い浮かばないのである。我は歯の間から深く息を吸って……ああ、と思い出した。


「宿は得た……次は、服だの何だのを買わねばならんな。でなければ我は依頼どころではない」


「うん……って言っても、あたしこの辺りのお店とか全然わかんないんだけど……」


「我も同じである」


 ……これはまた、人伝てに店を探すことになるのか? まあ、この街には存外店が多い。適当に探したとて、そのうち目的には辿り着けるであろう。そんな事を思う我の脳裏に、一つの言葉が反芻される。


 ――向こう着いて、オーガスタ商会の店に用があるんやったら、あんたの名前を名乗っときや。良い対応するように言っとくわ。


 亜麻色の髪をした、変な口調の女が我の瞼の裏で笑った。……あのときは大分その言葉に安心したが、今では少しばかり緊張している。もし今、名乗ったとしてどうなるのか。バジルが我に対してどういった感情を持っているのか、気になっているのだ。

 人間風情に情けない、と我の魔王的部分が嘲笑うが、流石に緊張しないというのは無理である。


「……お金はまだあるけど、流石に無駄遣いは出来ない感じね……」


「……安心しろ。流石に財政に難があるとわかっていて選り好みはせぬ」


「財政っていうかあたしの財布の中身だけど……まあいっか」


 夜にならない内に出掛けましょ、とリサは言った。夜……このアルベスタの夜は、恐らく我の人生で一、二を争う寒さとなるだろう。想像するだけでも恐ろしい。とはいえ、空は雪雲が我が物顔で徘徊をしているので、太陽の位置さえ分からない。やはり時計の一つでもあればな、と我は思った。

 まあとにかく、行くとしよう。オーガスタ商会とやらの傘下にある店に世話になるかはさておき、買うものは買わねばならぬ。


 我は部屋の鍵を片手に、軽い足取りで部屋を出たリサを追った。

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