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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第九十五話 荒くれの巣窟と二度目の魔王

 寒さに震えながらアルベスタを歩く。雪解け水で濡れた歩道は歩きづらいが、半端に雪が残っているよりはマシである。……ただ、我の靴はあまり雪国を歩くことを想定していないので、そこはやはり面倒であった。

 一軒家が建ち並ぶ歩道を歩きながら、我は街の遠くに見える防壁を見た。羽のような雪が降りしきる中、随分向こうに石造りの防壁がある。四十メートルはあるだろうか、中々立派な壁である。そんな壁がアルベスタをぐるりと取り囲んで、外界から街を切り離していた。


 上から見たわけではないのではっきりとは言えぬが、アルベスタはかなり広い。城を中心にして広がる街並みは、大体ミルドラーゼが二つか三つ集まった位のものに感じる。

 そんな風に街並みを眺めて、我は我を先導するリサに話し掛けた。


「おい」


「ん?」


「オズワル支店について、どのように聞いたのだ?」


 変人が多く悪目立ちしているとは聞いたが、変人といっても一括りにはできまい。悪目立ちにしてもそうである。具体性に欠けているのだ。これから向かう場所なのだから、少し位は詳細を知りたいところである。そんな我の質問に、リサは「うーん」と答えづらそうな顔をした。


「詳しくは聞いてないけど……オズワル支店は普通じゃ断られるような人でも簡単に入れちゃうって話だから……多分柄が悪いとか、滅茶苦茶なんじゃない?」


「……そういうのが普通だとは思うがな」


 リサの説明に、我はミルドラーゼの裏路地でセラとばったり出会う前に見た冒険者組合を思い出した。あそこは全くもって品がなく、荒くれと破落戸ごろつきの集まりのようであった。端から見れば組合というより酒場である。

 だが、我が冒険者と聞いて最初に出る印象は、そういった荒くれの方だ。何だかんだで、店主の組合は平和そのものと言える。それについて我がぼやくと、リサが苦笑いを浮かべた。


「マスターの所は、本当に変な人が来たら先輩達が追っ払っちゃうし……それに、マスターが昔色々凄い人だったみたいだから、それを知ってる人が来ないっていうか……」


 成る程。大方、双子の悪魔という名称に通ずる裏路地の連中はあの組合に手を出さないのか。出したとしても、我が最初に受けた四人組からの威圧で問題を起こすか尻尾を巻くだろう。奴らは脳みそが鶏並だが、顔は厳つく、実力も四人集まれば中の上はあるだろう。


 我が納得の顔を浮かべていると、でも、とリサは言った。


「オズワル支店は誰でもようこそって感じらしいから……悪い噂のある人も居るって事だと思う」


「面倒だな……まあ、そういった人間は我から溢れ出る優雅さに打ちのめされ、ろくに絡みはしてこないだろう」


「……まあ、あんた、見た目は強そうだからね」


「『は』を抜けと前も言った気がするが……今のところは尻尾がある以外は非力であるからな。不問としよう」


 我は、見た目から既に強者の風格がある。常人を見下ろす身長、隆々かつしなやかに絞られた筋肉の数々、そしてこの顔である。下手に非力さを見せなければ、我は悠々と組合の中を歩くことが出来る筈である。

 と、そこまで考えて、我の脳に一つの疑問が浮かんだ。単純な疑問である。そもそも冒険者組合というのは、一つの国に幾つほど在るものなのか。そして、どうすれば組合を作ることが出来るのか、である。


 それについてリサに問うと、リサは「うーん」と唸って、難しい顔をした。


「……幾つって言われてもあんまり分かんないけど……ミルドラーゼだと四つ位じゃない? それと、どうやったらって話だけど……ごめん、正直言って分かんない。どこの本にも書いてないし……」


 それはそうだろう。冒険者について詳しく書いた本とは、あるとしてもかなり珍しい。教師の親を持つリサとはいえ、知らぬことの一つや二つはある。我はそうか、と適当に返した。ミルドラーゼで四つならば……アルベスタでは七つほどか? 店のように面積が広ければ数が増えるというものでもないだろうし、そこらが妥当な数だと我は予測した。


 そんなことを思っていると、リサが大通りを外れて左に曲がった。大通りを外れて、と説明したが、アルベスタでは建物の並びが影響して、ほとんど路地裏が無い。建物同士を近づけ過ぎると何か不味いのか、それとも単純に近づけたくないのか、家々がマス目で区切られたように感覚を開けている。お陰で風通しもよく、絶妙に明るい上人通りも多いので、我はため息と共に両腕を抱え直した。


 これはこれで嫌であるな、と思っていると、後ろでカタカタと車輪の回る音が聞こえた。大方馬車の一つでも走っているのだろう。ミルドラーゼではラクダであったが、普通は馬車である。そんなことを思いながらちらりと振り返って……我は珍しさに固まった。


「ん? どうしたの……って、牛車じゃない。本だと結構出てきてたけど、初めて見た」


「……珍しいものだな」


「こっちだと結構多いらしいけどね」


 我が振り返った先に、一匹の黒い牛が居た。牛は全身を長い毛で覆っており、雪を背中に積もらせながらカタカタと荷車を引いている。牛は食用や乳を取る牛に比べて一回り大きく、また、先程言ったように全身に長い毛を持っていた。あれだけ長ければ雪も関係ないだろう。


「砂漠だと馬も牛も砂で大変っぽいけど、こっちなら大丈夫ね。馬より力があって寒さに強いから、アルベスタだと多いみたいよ? ……でも、馬より扱いが難しいし、あんまり速さは出ないから、馬車と使い分けって感じね」


「成る程……」


 牛車は直ぐに我らの視界から消え、リサはまた歩き出した。我は新しい知識を脳に積み重ねながら、ゆっくりとリサの後を追った。



 ――――――――――――――



 十数分程して、リサが立ち止まった。目の前には石と木材を組み合わせた建物があり、そこだけ周囲から浮いているような印象があった。物理的に孤立しているのではなく、そこの前を通る人間が、少しばかり足早になるのだ。簡単に言えば、一目置かれている、といったところである。


 建物は見た感じ二階建てで、ミルドラーゼの組合よりもしっかりとした作りをしていた。向こうが木材で作って歪んだのが悪いのだが、こちらは土台が石材なので歪みようもない。

 建物の構えは横長で、我らに覆い被さるように急な勾配の屋根がある。建物には窓が二つあったが、どちらとも朱色のカーテンが被さっており、中を伺うことは出来ない。建物の右側に入り口があり、出口はない。どうやら出入り口は一つのようだ。裏手に回っていないので確認のしようはないが、流石に裏口位はあると思われる。重ねて言うが、冒険者組合、というものの印象が少しばかり変わるほど、しっかりとした間取りと構えがあった。


 ちらりと見上げた屋根の左側には煉瓦の煙突があり、もくもくと煙を吐いている。どうやらきちんと営業はしているらしい。冒険者組合であることを示す看板や印は無かったが、周囲の反応を見るに、ここが組合で間違いないだろうと我は思った。


 組合はさして人通りの多くない道に面しており、人の往来も疎らだ。組合の方も人の出入りが無い。我とリサはお互いに冒険者組合の全容を引きで確認して、我は理解を示すように頷いた。

 リサは対象的に、ここであっているのだろうか、と少しばかり不安な顔である。確かに看板の一つもないが、それは店主の組合でも同じであっただろう。


「……多分、ここであってる……と思う」


「うむ。入るか」


「え、うん」


 リサはエリーズほど人見知りではないが、初めての場所に来ると不安で足が止まる癖がある。我はそれを知っていたので、堂々とリサの前を歩き、両開きの扉を押し開けた。その途端に、リリィン、と澄んだベルの音が聞こえて、我の背中に視線が集まった。リサがそれらから逃げるように我の後を追い、組合の中に入る。


 組合は外で見たように、左側に空間が広がっており、我らが見ていた窓側の壁に沿うようにテーブルと椅子が三組づつあった。そこから正面には酒場のようなカウンターがあり、そこには顔に刺青のある老婆が居る。見ればカウンターには一人の男が座り込んでおり、奥のテーブルには少女が一人で座っていた。見回しても店内には人影が三つしかなく、その視線はもれなく我に向かっている。


 それを確認しながら、我は入り口のすぐ右側にある壁を見た。壁には大きく、赤い木の縁をしたコルクボードがあり、幾つもの羊皮紙――恐らく依頼書が貼り付けられていた。ちらりと見た左奥の壁には暖炉があり、角度的に確認は難しいが、恐らく左奥には階段もあるように思われる。こちらの方に階段は無いのだ。


 と、そこまで店内を観察すると、カウンターの老婆が我らに声を掛けてきた。


「おぉ、見ない顔だね。お二人さん、ご用件はなんだい?」


「冒険者として活動するためにここへ来た。以前は南で冒険者をやっていたが、アルベスタへ来るに当たってここを頼れと助言されたのだ」


 隠す必要もない。我は堂々とした態度で言い放った。多少悪目立ちをしているとはいえ、店内に三人しか居ないのならば恐れる所はない。老婆は「へぇ」と言って、相変わらずに縮こまるリサを一瞥したあとに、こう聞いた。


「誰に言われてきたんだい?」


「組合の主の名は――ヴァトである」


 我がそう言うと、老婆はカッと目を見開いた。続けて大口を開け、見た目に不相応な大声で笑った。


「アッヒャッヒャ! ヴァトか! あのガキ、まだアタシらの事を覚えていたようだね。懐かしい名前だよ!」


 あの店主を指してガキの二文字を言い放った老婆に、我は少なからず驚いた。だが、老婆は興奮冷めやらない、といった雰囲気で続ける。


「どっかでくたばってないか心配したもんだけど、アンタを見るに元気でやってるようじゃないか。そうだろう?」


「……まあ、体調を崩しているようには見えぬな」


「ヒャヒャ……ああそうだ、ライゼン、ライゼンはどうだい? アイツは剽軽ひょうきんだからね、コロッと逝っちまっても可笑しくはない筈だけど」


「……酒にまみれていたが、充分生きている。最近は店主……ヴァトの店で働き出していた」


「おぉ、珍しい。……いや、あのガキ共は仲が良いからねえ……仲直り、出来たのかねえ」


 我がライゼンの話をすると、老婆は驚いた顔になって、続けて満足そうな笑顔になった。どうやらあの二人が多少の仲違いを起こしていたことも知っているらしい。恐らく、中々の関係性だと予想できる。そもそも、あの店主が名前を出すような相手である。

 老婆は顔にある大きな刺青に皺を寄せて、「ああいけないね」と言った。


「ババアの昔話に付き合わせる訳にゃいかないよ。事情はわかった。取り敢えず適当な席に座りな。入り口で話し込まれても邪魔さ。……そう。さあて、アンタら……名前を言いな。さっさと番号札をくれてやるよ」


「……随分と緩いものだな」


 分かってはいたが、まだ数回しか言葉を交わしていない筈である。どんな人物でも受け入れている、というのは嘘では無さそうだ。ちらりと店内の男や少女を見ると、両方とも驚いた顔をしていた。

 が、少女の驚きは我に向けられており、男の驚きは我に向けられていた。不思議に思って見ると――なんと、船のバーで出会った、あの猫背の男である。髪は黒と白で、手元には幾つか紙とペンがある。とても冒険者の装備とは思えぬが、気だるげな顔はまさしく例の男であった。


 我は一瞬固まったが、そんな我に老婆の声が届く。


「他でもないあのガキの()()だ。とんでもなく面白いってのは確かだよ。……さあ、名乗りな」


「……我が名はヴァチェスタ。……ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトだ」


「あっ、あたし……リサです」


「……へえ」


 老婆の目が一瞬リサに向いて、我に戻ったリサは少しだけ悲しそうな顔をしたが、変に目をつけられるよりはマシであろう。まさしく変に目をつけられた我は、老婆と目を合わせた。老婆はカウンターの下から羽ペンと帳簿のような物を取り出して、にやりと笑う。

 ……正直な所、我はこの名前を名乗るのを戸惑った。変に名前を撒くのもあれだと思ったが、王族云々が変な捉え方をされぬかと、危惧したのだ。


 だが……それでも、我は名乗ることを止める事ができなかった。この名乗りは、ただの名乗り以上に特別な意味を持っているのだ。故に、単純な理由ではそれを止めることが出来ず、結局王名を名乗ってしまった。


「まあ……関係ないさ。楽しみにしてるよ、コルベルト。あとそこのリサとかいうの」


「あっ、えっと、はい」


「うむ」


 老婆は深く笑うと、帳簿にペンをさらりと走らせて、更に何かをカウンターの下から取り出した。そうしてそれを、ほいっとこちらに投げる。受けとると、そこには冒険者の認識票ドックタグがあり、そこには『682』と刻まれていた。裏返せば『オズワル支店』と書いてある。

 我が見た老婆は欠けていない歯を見せて笑い、こう言った。


「冒険者組合オズワル支店へようこそ、お二人さん。うちのモットーは『来るもの拒まず去るもの追わず』。その札がアタシん所に戻ってこないことを祈ってるよ」


「……助かる」


「ありがとうございます……」


 我は取りあえず、札を懐にしまった。続けて、例の男を見る。男は何度か目を擦り、我が見間違えではないかを探っていた。だが、どう考えてもこの男は船の男であり、我は我である。

 しばらく我と男は目を合わせて、そこに空気を読まない老婆の声が響いた。


「さあて、アンタらが名乗ったんだから、今居る面子でも自己紹介をしないとねえ?」


「え、その……え?」


「それって私も含まれるのかしら?」


 男は自分と我を何度か指差し、店の奥の少女は偉そうに言った。見れば少女のかたわらに魔法の杖らしきものがあるので、恐らく魔法使いなのだろう。

 我の目の前で、老婆がまず自分を親指で指差した。


 老婆は紫と赤の派手な服を着ており、服の袖から出た皮膚はシワが多い。だが、髪の色は赤毛で、瞳の色もそれに似た褐色である。見た感じでは七十代に食い込んでいるのでは、と思うほどの老婆である。老婆はカウンターで椅子に腰掛けてはいるが、おそらく身長はこれまでに出会った誰よりも小さく、恐らく加齢で骨が縮んでいるのだろう。

 ただ、それでもその顔には屈託のない笑顔があり、同時に大きな刺青が右頬にあった。


「アタシの名前はオズワル。見ての通り女手一つでこの組合をやってる女さ。昔は南で傭兵やってたから、そこでアンタのとこのガキに会った訳さ」  


 我はその自己紹介を受けて納得した。特に顔の刺青についてである。我が相手をすることになった人間の女の傭兵は、基本的に顔に刺青をしていた。確かそれには、負けて捕虜になったとき、体を汚されぬように、という意味合いがあって彫られていた筈である。

 店主との出会いも砂漠らしいので、我は内心で合点が言っていた。


 そんな我に、老婆――オズワルは勝ち気な笑顔のまま、一先ず目の前の男を指した。


「こいつの名前はロッシュ。ロッシュ・メントシーニ。貴族の三男坊だったのが、絵本作家になりたいとか言って家から出た挙げ句、金が無くて冒険者やってる馬鹿さね」


「ちょ……!? オズワルさん!? 何言っちゃってるんですか!?」


「ほら、仲良くなるっていったら情報さらけ出すのが一番だろう?」


「情報出しすぎなんですけど!?」


 我の目の前で、男――ロッシュは白髪混じりの頭を抱えた。寡黙な態度や若くして白んだ髪を見て、どんな人間だろうかと思っていたが……どうやら将来に対しての不安が嵩んだ挙げ句の髪色のようだ。口調は貴族らしく丁寧だが、さほど寡黙でもないらしい。素直に人と話すことが苦手なのだろう。


 そんなロッシュからオズワルは対象を外し、店の奥の少女に定めた。が、少女はオズワルに指を差される前に、ゆらりと椅子から立ち上がる。


 少女はエリーズに似た黒髪を短く切っており、前髪はぱつんと一直線に切られていた。二重の瞳は髪と同じで黒っぽく、にやりと片方につり上がった口元には何か自信のようなものが滲んでいた。背はそれほど高くなく、これまたエリーズと同程度だが、性格は真反対のようである。

 少女は椅子に掛けていた一メートル程の杖をくるりと回すと、堂々とした様子で口を開いた。


「マスター。貴女の紹介は必要ないわ。私は自分で名前を名乗れるもの」


 キザっぽくオズワルを手で制した少女に、我はなんだか嫌な予感がしたが、少女は相変わらずに仰々しい仕草で自分の胸に右手を当てる。


「私の名前は、メリル・メリドール。いずれ伝説に名を遺す、超一流の魔法使いよ」


 ふん、と少女――メリルは鼻を明かしたが……我は魔法使いの名前について、クルーガーに一つ話を聞いていた。我の隣のリサが困惑するように我を見上げ、続けてメリルを見た。

 魔法使いの名前は、確かその者の力量を表している筈である。八文字が最大で、三文字が……。


 そこまで考えた時、オズワルがため息を吐いて、メリルを指差した。


「――ってことを言ってるだけの、魔法使い見習いさ。炎魔術師だってのに、マッチ棒のほうがまともな火力があるよ」


「え゛っ……あっ、いや……オホン」


 メリルは顔を赤くして、わざとらしい咳払いをしたあとに、我らから目を逸らし、俯いてしまった。先程まで自信たっぷりであった指先がぷるぷると震えて、俯いた顔から小さくこんな言葉が出た。


「……実質、伸び代と将来性があるから……炎も、いつか凄いの出せるようになるし……じゃなくて、なるわ」


 メリルはしょぼんと意気消沈して、ゆっくりと椅子に戻った。……よく見れば、メリルが掲げていた杖は、一メートル程の捻れた木の杖である。大して特別さはない。シェディエライトは杖すら必要としていなかったし、そもそも我に向かってきた魔法使いの殆どが杖を要さなかった。城に居た宮廷魔術師とやらも同じである。


 隣に居たリサが、恐らく共感性の羞恥に襲われたのか悲しそうな顔をしている。続けてその目がちらりと我を見た。……何だ。何が言いたい。いくらなんでもあれと比べられては困るぞ。

 我が見たメリルはすっかりしょぼくれており、オズワルは二人の紹介が終わったことで場を締め括ろうとしていた。


「さあて、他にも何人か居るけど……ソイツらは依頼で忙しいからね。取り敢えず今日の所は――」


 言葉の途中で、出入り口の扉が押し開かれた。同時に「あァァ」と荒い声が伸びて、組合の中に一人の男が入ってくる。男は非常に濃密な血の臭いを発しており……というか、男は全身から出血していた。

 男はくるくると猫っ毛に跳ねた黒髪と深い黒目をしていたが、それよりも格好のほうが気になる。元はまともであっただろう服は何者かに引き裂かれたようにズタズタで、そこから血が流れているのだ。


 そんな男の姿を見たオズワルやロッシュ、メリルは驚くことなく呆れた顔をしているので、どうやらこの男の姿は平常運転のようである。男は剣を持っていない方の肩をぐるぐると回しながらカウンターに近づき、どかりと腰掛けた。


「まァた負けちまったよ……クッソが……剣が掠りもしねェんだわ」


「アンタも懲りないねえ……」


「毎度毎度言ってるけど、体洗ってから来いよ……」


「ホント、馬鹿ってやになっちゃうわ」


 あっという間に置いてきぼりな我に、ああ、とオズワルは言った。どうやら我らの存在を一時的に忘れていたらしい。我の隣に座るリサは不安そうに男を見ている。

 オズワルは男のグラスに飲み物を注ぎながら、視線で我らを指した。


()()()()()、後ろ見てみな。今さっき新しく入ってきた新人さ」


「あァ?」


 オズワルの言葉を受けた男――ストライクとやらは、グラスを片手に持ちながら、ゆっくりとこちらに振り返った。……どうやら、変人と呼ばれるに値する人間がようやく現れたようだな。

 相変わらずに血塗れな男は、意外にも若い顔をしていた。黒目は目の白が多く、俗に言う四白眼というやつである。血塗れなのを除けば、一応そこそこまともな顔をしている。


 何だか目を向けられただけで睨まれたような気分にさえなる。だが、我は余裕を持って椅子の背もたれに体重を預けた。こういう輩は、変に怯えたり対抗心を燃やすのが一番悪手なのである。我の隣でびくりと跳ねるリサを尻目に、我は堂々とストライクに向き直った。

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