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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第九十四話 冒険者組合オズワル支店

「……寒いな」


「え……やっぱりそれだけ着てても駄目?」


「うむ。そもそもの体温が低いせいか、保温の効果自体が薄いのだ」


 我は四枚以上着込んだ服の袖を擦りながら、渋い顔でリサに答えた。我らは今、王城からすぐの城下町を歩いていた。外は北国に相応しく雪が降っており、気温も驚くほど低い。リサが吐く息は白く霞になっており、我は早々にアルベスタの洗礼を受けていた。



 そもそもこの場に至るまでに色々とあったので、我はあまり気分が乗っていない。服装を整えて荷物を持ち、あまりの重武装をリサに笑われた事に始まり、我の姿を見ては逃げる使用人、静かに臨戦態勢を取る騎士が続いた。それらをため息と共に乗り越え、騎士二人に後をつけられながら、ようやくカトラスの執務室にたどり着けたのだ。しかし、たどり着いた執務室には、どうしてか王女三人が揃い踏みであった。


 なんともタイミングが悪い。いや、悪すぎる。第一王女のエルザとやらは我に慇懃なカーテシーをし、エリーズは苦笑いで、第三王女のエリスはリサを見るなり飛び付こうとしたが、我を見て思いとどまった。見た感じ、エルザの年齢は二十幾ばくかで、エリスに関しては八か九辺りだろうと我は推察した。……エリスに関しては我の中で既視感があり、それがどうも気まずさを生んでいた。


 そんな王女らと共に居たカトラスは我を見るなり意味深な笑みを浮かべ、我はその時点で最悪な気分になった。そこから色々あって願い事は断ることになった、と言ったのだが……それを告げたときのカトラスが見せた『やはり』といった顔が中々に我の気分を悪くさせた。


 重ね重ね気分が悪くなった我だが、話すことはもうひとつあった。渋い顔になった我にそれを悟ったのだろう。カトラスとエルザはすっと瞳に澄んだ色を混ぜた。

 そんな二人にリサは困惑し、エリーズは沈黙して、エリスは小首を傾げた。


 我は極めて慎重に言葉を選びながら、昨夜に知った事柄を並べていく。欠片を通じてルゥドゥールを観たこと。魔王の力の一端を手にいれたルゥドゥールが動き出すということ。恐らく15日後にトーヴらしき男が殺され、ルゥドゥールが白狼を率いて国に攻め入ること。


 それを聞いた全員……いや、エルザとエリスを除いた三人だけが三者三様の表情を見せた。驚愕であったり、疑りであったり、焦燥であったりである。エリスに関しては、ふーん、と一言を言ったのみで、エルザは変わらぬ微笑を浮かべている。……正直、リサに関してはもう少し取り乱すだろうと予想していたが、見れば、驚きこそすれ錯乱する様子はなかった。疑問に思ったが、わざわざ聞くほどでもない。


 我の説明によってカトラスの執務室には沈黙が満ち、言葉を選ぶカトラスが口を開く前に、幼い声が割り込んできた。


「うーん……やっぱり、変だなぁ」


「……何がだ?」


 余りにも空気にそぐわない、間延びした子供の声である。とはいえ、我はその声に興味を持った。正確には声にではなく、エリス本人に対しての興味である。エリスは黒真珠のようにつぶらな瞳で我を下から見上げると、一歩、二歩と詰め寄って、訝しむように顎に手を当てた。


「……お兄さん――本当に王様なの?」


「……我は魔王だ。魔族の王である」


「うーん……」


 エリスは唇をつきだしながら我を見た。深々とした思案の目であり、そこには確かなものがあった。知性、品性、感性……それらを一緒くたにして煮詰めたような、少女の見せる瞳にはあるはずのないものがある。まるで別人の……そうだ、エリーズがかつて見せた聡明さに似ている。

 我は唐突な瞳に気圧されて、続く言葉を耳朶に受けた。


「……全然、王様っぽくない気がする」


「……そう思うならば、そう思えばいい。事実は変わらぬ」


 我は堂々とそう返した。表面上は余裕を含めて、しかし内心では我の核心を軽く貫いてきた少女への畏怖をもった言葉だった。我の隣のリサは顔と体を固くし、カトラスやエリーズは意味が良く分かっていないようで、疑問符を浮かべていた。唯一エルザのみが「エリス、失礼ですよ?」と嗜める声を出して、変わらぬ微笑を保っていた。


 そうして湧いた沈黙に、うーむ、とカトラスが声を挟む。その顔は、見た感じ苦笑といった具合で、カトラスは己の白い髭を軽くさすった。


「……魔王ヴァチェスタ。君の言葉はしかと聞いた。ルゥドゥールが動くというのならば、我々は総力を尽くして奴を伐たねばなるまい。――だが」


 カトラスは苦笑を深めた。その顔だけで、続く言葉がなんとなく分かってしまう。


「すまない。君の言葉を信じてはいるが……私がそれに対して動くことは出来ない」


「……」


「謁見や一泊に関しては、完全に私の独断だ。()()独断だ。故に、乱心だなんだと言われても通すことが出来た。だが……仮に君の言葉を信じて騎士団や白伐ちを動かそうとすれば――彼らはそれを拒むだろう。魔王の命令には従えぬ、根拠を出せ、と」


 当然である。当たり前の話だ。我の言葉に従って対策をとろうものならば、その時こそ王の品格というものが疑われるに違いない。そして我が伝えた情報の源というのは……証拠を出すことが出来ない。完全に我の頭の中で起きた出来事であるからだ。故に、証明が出来ない。言葉自体を偽証ととられてもおかしくはないのだ


 カトラスの言葉にリサが愕然として、エリーズは悲しそうな顔をした。しかし、陰険な空気が姿を見せる前に、カトラスが苦笑いを止める。


「――とはいえ、だ。みすみす見逃す訳にもいかまい。私にはなんとなくだが分かる。恐らく君は真実を言っているだろう」 


「私も、そう思います」


 ここに来て、ずっと微笑を浮かべていたエルザが口を開いた。己の娘の言葉に深く頷いたカトラスは、こう続けた。


「ヴァチェスタ。君の忠告に感謝しよう。そして、対策は出来ぬも、心に含んでおくとする」


「……それならば良い」


 カトラスは分からぬが、王女三人は恐らく、かなり頭が回るだろう。幸運なことに、この場には我の忠告を聞くことが出来る人物が四人居たのだ。日付と相手が分かっていれば、恐らく準備程度は出来るだろう。我は取り敢えず納得をした。



 ――といった一幕があって、ようやく我とリサは城を後にしたのである。部屋を出る際に起きたエリーズとの意味深な視線の交錯や、城門前で騎士が警戒体制を取っていたこと等、外に出るだけで色々あったことも相まって、我の気分は最悪である。

 何より寒い。寒すぎる。北の果てなのは分かっていたが、ここまでとは思っていなかった。我は雪の降る中を震えながら歩き、リサはそんな我を心配そうに見ていた。


 そんな我らが歩くアルベスタの街並みは、ミルドラーゼとは大きく異なっていた。当然と言えば当然だが、我からすればこの寒さにおいても興味が尽きない。


 アルベスタの家の多くは黒い木造で、五つに一つ程度の割合で石造りの家があった。それらの家は共通して、屋根がぐわりと急である。恐らく雪が積もらないような設計なのだろうが、ミルドラーゼとは全く異なる。

 そもそもあそこは建材が砂岩であるし、一軒家のようなものが少ない。四角い箱のような家が上に下に、左へ右へと連結して、さらに上で板を通して繋ぐような形である。そう考えれば、リサの家である赤レンガの一軒家はかなり珍しい部類であった。どちらかと言えばあの家は、アルベスタの建築様式に近い。


 とはいえ、あの家には流石に煙突が生えていなかった。アルベスタの家は殆んどが煙突を急勾配の屋根から生やしており、そこからもくもくと雪雲に似た煙が出ている。外は普通の人間でも指先を赤くする寒さなので、暖炉が無くてはまともに生活ができまい。


 現在、我はその寒さを骨の髄まで感じている。折角ミルドラーゼでの生活で多少暑さには慣れを得たというのに、そこからアルベスタへ来てしまったものだから、我の体は困惑している。まあ、暑さと違って寒さは我の命に直接危険は及ばさない筈だ。凍傷にはならぬし、低体温で動きや思考が死んでも、生命自体はしっかりとある。最悪凍り付けにされても、解凍されれば息を吹き返す筈だ。


 そういう点において、寒さはまだマシな部類なのだが……如何せん耐性が全くといっていいほど無いので辛い。そもそも人間が服を着込んで暖かいのは自らの体温が服によって逃げないからであって、基礎の体温が低い我が着込んだところで効果は薄い。何か熱源になるものを体に張り付けておかねば、相当厳しいといえる。


 それはさておき、我が見回したアルベスタの街並みは、やはりミルドラーゼとは大きく違う。建築様式については先ほど見たが、家の間の間隔も大分違った。人口密度というのだろうか。そういったものが、アルベスタは低いように思われる。とはいえ、街の大きさがミルドラーゼの比では無いので、総人口で言えば圧倒的にアルベスタのほうが上である。


 家と家の間にはちょっとした間があり、街並みは総合して黒と灰色が多い。北は南と違って太陽教徒などほぼ居ないだろうから、こうなるのは至って普通である。

 ちらりと我が見上げた空は、相変わらずの濁り空であった。地上に目を落とすと、アルベスタの人々が見える。


 アルベスタの路上にはミルドラーゼのように露店が無く、リサが言うには市場も殆ど無いらしい。殆んどが店舗から買ったりするとのことだ。確かに先ほどまで歩いていても、肉屋だの雑貨屋だのが軒を連ねていた。アルベスタの人々は談笑しながら食事処の列に並び、時折庭先の雪をシャベルのようなもので掻き出している者も見える。


 我を驚かせたのは、アルベスタ国民の格好である。見れば、存外薄着なのだ。我からすれば最早部屋着と言えるくらいには緩い服装をしている。流石にミルドラーゼ程ではないが、平地の人間とそれほど格好は変わっていないのだ。そこから一、二箇所防寒具を着けただけである。

 我はそんな彼らの服装に度肝を抜いたが、ちらりと見たリサは謎に納得の顔をしていた。


 どうしたと聞いてみると、エリーズのことだった。


「ミルドラーゼの夜ってすごく冷えるでしょ? でもエリーズが寒いって言った事が今までで一度も無かったから」


「……砂漠の夜は冷えるが、ここよりはマシであるからな。寒いなどと言うことも無いだろう。……それより奴らはなぜ平気なのだ。あの子供に至ってはこの寒さで走り回っているぞ?」


「いや、それはもう慣れじゃない? 生まれた場所が違うわけだし……」


 我が見るミルドラーゼの人間はおおよそが外の雪に対して、「今日はよく降るなぁ」だとか「早く春になると良いわね」だとか、呑気に言っている。我は下着を含めて四枚重ねの服に尻尾を隠すローブまで着て、更に防寒具とフードまで被っているというのに、ただただ息苦しいだけである。付け加えて歩きづらい。が、下ばかりを見ているとまた一つ発見があった。本来は山のように積もるであろう雪が、道路には積もっていなかったのだ。


 よく見れば、我らが歩く道には雪が降っているが、雪は石造りの地面に触れた途端に溶けてしまい、雪解け水は道路脇の溝を伝って下水へと流れている。それについてリサに聞くと、このアルベスタでは道路の下に温水が巡っていて、その熱が道路の雪を溶かしている、という答えが返ってきた。そんな設備を実用化しているのならば、かなりの魔石を使うことになるだろう。恐らく火の魔力を込めた魔石を地中に埋め、何かしらで水を循環させているはずだが、中々に費用が嵩む。


 大方何らかの魔道具が使われているのだろうが……まあ、それは良いとしよう。


 我らは取りあえず城から離れる方角に、目的もなく歩いていた。いや、目的はあるが場所が分からぬ。ある程度は離れたので、そろそろ適当に道を尋ねたい所である。

 ――と、そんなことを思っていると、一人の幼女が我に近寄ってきた。流石にモコモコとした服を着せられていた幼女は、片手に雪の玉を握りしめながら、我を見上げた。


「……お兄ちゃん、おっきい」


「うむ……まあ、我の肉体はそこらの凡百とは比べ物にならぬだろう。見る目があるな、童よ」


「あんた……」


 我が堂々と事実を述べると、リサはなんとも言えない顔になった。幼女の方は我の言葉が通じなかったのか、「ぼんぴゃく?」と首を傾けて鸚鵡返しをしている。


「えーっとね……お兄ちゃん、どーしてそんなにお洋服着てるの?」


「……もしや縦では無く横の大きさの事か?」


「そうっ!」


「……ふっ」


 まさか幼女に横幅が大きいと言われると思わず、我は渋い顔になった。確かに今の我は厚着に厚着を重ねている。元々我は筋肉質な肉体であったので、そこに厚着をすると確かに横幅はあるだろう。

 我は子供に見えぬように、吹き出したリサの爪先を踏んでやろうかと思ったが、一先ず抑えて幼女に向き合った。


「我は諸事情で寒さに弱い。こうして服を着込まなければ寒さで参ってしまうのだ」


「へー……なんか、雪だるまみたい」


「ふっ……確かに」


「……雪だるまとは何だ?」


「え?」


「……えっ、あ……知らないの?」


 リサが笑う位なので、恐らく下らないものだろうと思っているが、我は雪だるまとやらを知らない。名前からして雪で出来た何らかの塊なのだろうと予測はつくが……というか、我がどうしてその雪だるまとやらを知っていると思ったのだ。

 魔大陸では雪が降らぬ。いや、降る場所もあるにはあるが本当に限定されている。雪についてのあれこれを知っているわけがないのだ。


 我の言葉に幼女は驚き、リサは雪だるまについて説明を始めた。


「雪だるまっていうのは……なんていったらいいのか分かんないけど、とにかく雪の塊が二つ集まったみたいな……」


「雪でできたようせい(妖精)さん!」


「……成る程、妖精か」


 雪で妖精を形作るとは、中々高度な技術が必要になるではないか。まあ、妖精は小さいが顔は良い。体は全く別物であるが、どこが似ているかと言われれば、やはり顔だろう。この美形ならば納得がいく。

 幼女の言葉に理解を示した我へ、リサが呆れた顔をした。が、リサが何かを言う前に、幼女が「あ」と声を上げた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、これ見てー」


「うむ?」


「え? ……んー?」


 幼女は、先程から手のひらで握っていた何かを我らの前に出した。それは……なんというか、小さな雪の玉に石ころと小枝が二本刺さったものであった。握っていたこともあり、若干溶けている。リサは幼女の差し出した物が何なのか、必死に理解しようとしていた。そんなリサをおいて、幼女はどんと胸を張る。幼い顔が、ぬん、と堂々とした笑顔を浮かべた。


「すごいでしょー?」


「……え、あぁ、うん。凄い……」


「うむ。お前程の年にしては、良くできている。良く出来た――ウサギだな」


「……ん? え?」


「でしょー? わたし頑張ったもん」


 リサがどうしてか困惑していた。いや、確かに溶けてはいたし、目の大きさは不揃いだったが……よく見ればウサギに見えるだろう。葉が二枚ほどあればより完成に近いが、今のままでも充分理解できる。

 特に耳の生え方がウサギそのものだ。鹿ではこうは生えまい。我の言葉に、幼女はえへへ、と機嫌良さそうに笑った。


「つぎはねー、猫ちゃん作るの」


「……随分難易度が高いな。お前に猫を創造することが出来るのか?」


「できるかわからないけど、やらないとできないから、がんばる!」


「……成る程。ならば不粋であったな。励むといい」


「はげむ!」


 我が労いの言葉を掛けると、幼女は雪ウサギを天に掲げ、大声で言った。リサが何かを言いたそうに我を見ていたが、幼女の大声に釣られて、幼女の親らしき女が慌てたように走ってくるのが見えた。様子から見るに、この幼女は我を見るなり親に何も言わず我の方まで来たらしい。


 幼女の母親は幼女の隣まで走ると、「もう、勝手に離れちゃ駄目でしょ」と小さく叱った。


「あう……ごめんなさい……」


「……うん、良いのよ。謝れて偉いわね。……何方か存じ上げませんが、娘がご迷惑を掛けてしまったみたいで……本当にすみません」


 母親はしょんぼりとした幼女の頭を撫でると、我らに向き直って頭を下げた。我としては特に迷惑を感じた覚えはない。特段急を要しているというわけでもない上、この幼女は我が知らなかった雪だるまというものを教えてくれた。

 そういったことを母親に言うと、母親は「それならよかったです」と安心したように言った。我の隣のリサは何故か微妙な顔で我を見ており、何かを言おうとしたが飲み込んだ。続けてリサ自身も迷惑には思わなかったと説明し……何かを思い出したように目を見開いた。


「あっ、その……すみません。つかぬことをお聞きするんですけど……冒険者組合のオズワル支店ってご存知ですか?」


「オズワル支店ですか? ……ええまあ、知ってはいますが……」


 ああそういえば、冒険者組合を探していたのだったな。幼女との会話でさらりと抜け落ちていた。なんとも気の回るリサに我は感心していると、幼女がちょんちょんと我のローブの裾を引っ張った。

 見ればリサが幼女の母親と話をしていたので、我は幼女に向き合った。


「何だ」


「……お兄ちゃん、名前、おしえて?」


「……まあ、良いだろう。我が名はヴァチェスタ。ヴァチェスタ・ディエ・コルベルトだ」


 一応周囲を考えて小声で名乗ると、幼女は難しい顔をした。


「バチェスタ……?」


「ヴァ、だ」


「バァチェスタ……」


「……コルベルトと呼ぶがいい」


「うん!」


 どうやら子供の舌にヴァの発音は難しかったらしい。見た感じ五歳程度に見えるので、まだ早かったのだろう。そんなことを思っていると、幼女はまた我の裾を引いた。


「今度は何だ」


「えーっとね……わたし、チトっていうの」


「……そうか」


「うん、それだけ!」


 幼女――チトは、にっぱりと笑った。子供というのはなんとも感情の起伏が激しい。我が子供の扱いの難しさに舌を巻いていると、左から「チトー」と幼女を呼ぶ声が聞こえた。見ればチトの母親が手招きをしている。その前には難しい顔をしたリサが立っており、組合の情報を手にいれたのだろうと推察できる。


 それでどうして難しい顔になるのかは分からぬが、まあ聞いていけば分かるであろう。我の前のチトが少しだけ残念そうな顔をして、母親に向かって走っていった。それと交わるようにして、リサがこちらに歩いてくる。

 母親の手を取ったチトが我を見た。母親がゆっくり口を開く。


「娘をありがとうございました。それでは……」


「ばいばい! コルベルトお兄ちゃん!」


 威勢のいい別れの挨拶に、我は無言で片手を挙げた。こういうのは声を張るより行動で示すのが良いと相場は決まっている。我の返しを受けた母親が踵を返し、娘を連れて離れていった。

 残された我は、隣に立つリサを見る。やはり何だか難しい顔をしていた。だがリサは我の視線に気がつくとその顔を止め、なんとも言えない苦笑いになった。


「……何だ。我の顔に何か付いているのか」


「いや……あんたが子供の世話できるんだって思って」


 我は少しだけ、自分で自分に驚いた。確かに、他人から見れば幼子おさなごの世話をすることができていたのだろうか。我はその事実に確かな自信を得ようとして……そして、少しだけ固まった。城を出る前に見た、第三王女の顔を思い出したのである。

 全ては過去だ。過去であり、未来であり、別の時空での出来事である。だが、それでも……恐らくあの幼い命を、我が容易く絶命させたと思うと、嫌な気分であった。


 我は一旦自分に、落ち着け、関係の無いことである、と暗示を送って、いつも通りに口を開いた。


「……そう難しいものでもあるまい。というか、我は世話をしていたつもりはない」


「ふふ……まあ、それならいいんだけど」


 我の言葉に、リサは軽く笑った。……何だか馬鹿にされているようである。恐らくそうではないのだろうが、そう感じた。我が見るリサは珍しい咳払いを一つすると、ゆっくりと歩き出す。着いてこい、ということだろう。

 我は両腕を抱え直し、ゆっくりとその後を追った。歩くと何だか風が吹いているようで、寒さが倍増である。震える我に、リサが先程までしていた思案顔でこう言った。


「……なんかさ、オズワル支店って、結構悪目立ちしてるっぽい」


「……悪目立ちだと?」


「うん。……変な人が多いって聞いた」


 冒険者なんぞをやっている時点で変人だとかそうでないだとかではないだろう、と我は思った。文字通り同じ穴の狢である。同じ穴の狢だというのに、穴が違うと比べ合うのは、すさまじく馬鹿らしい。我が、どうでもいい、と素直な感想をリサに言うと、リサは苦笑いになって、そう言うと思った、と返してきた。


 すると、リサの言葉に合わせて北風が吹き、我は思わず呻いてしまった。相変わらず最悪な天候である。物理的な問題でルゥドール某を狩る理由が増えてしまった。どちらにせよ、15日が過ぎるまでにどうにかしなければ、恐らくは国ごと吹雪に包まれるだろうが……。

 我は北風に笑う童らになんとも言えぬ感情を抱きながら、ゆっくりとリサの後ろを追った。

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