第九十三話 自分勝手な魔王に
「それで? どうしていきなり魔王とか言っちゃったわけ?」
「……どちらにせよ、あの場で嘘をついていれば切り捨てられていた。我は分からんが、どうにも我は嘘が苦手らしい。たとえそうでなくとも、間違いなく拘束はされるだろうし、その時点で終わりである。ならば堂々と言い放って、城の地下牢まで行ってしまおうと思ったのだ」
アルベスタにある王城の客室で、我はリサと問答をしていた。まあ、問答といっても我が一方的に質問をされているだけだが。
我の回答を聞いたリサは呆れたようにため息を吐いて、分かるけど、と言った。
「それしか出来ることがないのは分かるけどさ……もうちょっと、穏便っていうか……あんたに負担がかからないのは無かったの? 何時間も牢屋に入れられてたんでしょ?」
「……無かったか、と言われれば無いわけではなかったが……我としては最適解のつもりだ。ヴァストラの敵意は中々予想外であったが、目的は充分達成した。その過程でお前に迷惑を掛けたのは……すまぬとしか言えん」
「いや、あたしは別にいい……って訳じゃないけど、毎度毎度無茶し過ぎだって言ってるの。エリザベスちゃんの時も、亡霊退治の時も……」
いいわけではないのか、と我は思い、続けてリサが我に心配をしていることに、内心で苦笑した。リサは他人というか、自らの領域に入り込む相手には凄まじく警戒を向けるが、一旦懐に入れてしまうと、エリーズのように甲斐甲斐しく心配を焼いてくる。
怒りながら心配をするという器用な芸当を見せるリサに、我は取り敢えず話の矛先を逸らすことにした。
「それについては、まあ……気をつけておくとしか言いようがない。あまりにも癖になっているのだ。……そういえば、我が眠らされてから、一体何があったかについて教えてくれぬか? 最後にエリーズとバジルが何かを言った辺りから記憶がないのだ」
「あー……あの後、ホントにヤバかったわね……特にエリーズが。ヴァストラさん? に掴みかかってたし、あたしは騎士の人に押さえつけられて動けなかったし……バジルさん? はエリーズ見て冷静になったのか色々騎士の人と話してたし……」
「おい、待て……待て、色々と聞きたい事しか無いぞ」
エリーズがヴァストラに掴みかかった? やはりリサは騎士に拘束されていたのか。そして何故バジルは首を突っ込んできた? 困惑する我に、リサは、やっぱそうなるよね、と共感の表情を浮かべた。
「ホントにヤバかったんだから。あたし、初めてエリーズが怒鳴り声あげるの聞いたかも……ヴァストラさんがどうしたら良いのか分かんない顔でとにかく『落ち着いて下さい』って焦ってたし、あたしとあんたの周りの騎士の人達もポカンってしてたから」
「……それは結局どうなったのだ。まともな結末がつくとは思えぬのだが」
「まず、騎士の人達が総出でエリーズに謝り倒して、ヴァストラさんが『取り敢えず人の居ないところに行きましょう』ってあんた担いで港の外まで行ったの。そこからエリーズとヴァストラさんが色々話して、あたしは特に何もされずに騎士の人達と馬に乗って城に……って感じ」
「……バジルはどうしたのだ?」
我の体は一体どのように運ばれたのかという疑問があり、そしてそもそもヴァストラに我が持ち運びされていたという事実に気まずさもあったが、一番に気になったのはそこであった。
我の言葉を受けたリサはなぜか少しだけ不機嫌な顔になって、さあ、と言った。
「いつの間にか消えてたし……あんまりそれどころじゃなかったから」
「……城に着いてからはどうしたのだ?」
我が気を利かせてそう言うと、リサはようやくそこに触れたか、といった具合に大きくため息を吐いた。
「もう……もう、地獄ね。あたし、なんでここに居るんだろうって気分でいっぱいで……」
「……それで?」
「……お城に入ったら、入り口の庭みたいな所で正面から王様とか王妃様とか、エリーズのお姉さんとか妹さんとか……もう、全員来たんじゃないかって人数が突っ込んできて……エリーズの顔を見た瞬間に全員号泣し始めたのよ。みんな集まってエリーズのこと抱き締めようとしてたから、エリーズの顔も苦笑いで……ヴァストラさんはあんた後ろに載せてたから、どうしようって顔してたわ」
……想像するだけで気まずいな。立場が不味い。リサはエリーズを三年の間家に泊めていた女である。エリーズが身分を明かさなかったことが問題だが、家出した王女を三年あまりも匿った果てに、王や王妃が涙を流すのを見れば……自分が誘拐犯になったかのような気分だろう。
付け加えれば、その雰囲気の中には先程まで魔王と名乗った我の存在もあって……ああ、最悪だ。変な言い方ではあるが、眠らされていて良かったとも言える。
リサはその事を思い出したのか顔をしかめていたが、それに、と続けた。まだなのか。まだ気まずい状況が続くのか。
「その後が本当に最悪で……王様がエリーズを抱き締めた後に、あたしに向けて『貴女が娘を見つけてくれたのか』とか『本当にありがとう』とか言い出しちゃって……それでヴァストラさんの後ろで寝てるあんたについてヴァストラさんに聞いちゃったから……あたし達全員何も言えなかったわ」
「……その後、どうなったのだ?」
「……ヴァストラさんが言いづらそうにあんたのこと説明して……そこからみんな大騒ぎね。王様はエリーズの前に立って庇おうとするし、騎士の人達は慌てて剣を抜いちゃうし……それで、あたしまで警戒されちゃって、本当にヤバかったわ。エリーズが説明してくれなかったら本当にどうなってたか……」
リサはその後の事を徒然と話した。我が騎士三十人を伴って地下牢に監禁されたこと、リサも相当の警戒を持って城内に入ったが、エリーズを交えた説明によってなんとか誤解を解いたということ。
だが、我についての説明に手間をとり、説明したはしたものの何故か我の謁見に付き合わされ、そもそもその前に王族に囲まれて話をするという環境が心に来て……と、そういった感じである。
どうやらリサは説明の結果、王家にとっての恩人であると判断され、どうにか信頼は勝ち取れたが……どうしてか勝ち取り過ぎたらしい。警戒を解いた王族達に囲まれ、根掘り葉掘りエリーズについて聞かれて、一般人のリサは相当苦心したであろう。
その上、どうしてか王女二人に気に入られ、我が見たように謁見の場を王女に挟まれて見学したのである。
「いや、ホント……嬉しいけど、心が持たないの。エルザ様は落ち着いていらっしゃられるけど、エリス様が良くあたしに抱き着いてきて、その度に王様の視線が……」
「あやつは自他共に認める親馬鹿というやつらしいからな。……もし、抱きついた対象がお前でなければ、生きて城から出られるか分からぬぞ」
「ちょっと……怖いこと言わないでくれない……?」
お前以外は、と言っているだろうが。その部分がうまく伝わっていないのか、リサは大いに焦って頭を抱えた。大丈夫だよね? と何やら言っている。
まあ、それはさておき……王女の名前が出たな。大きい方がエルザで、小さい方がエリスか。似ているような似ていないような……なんとも言えぬ名前である。
見た目の方は似ているが、確かにどこか異なる点は確かにあった。名は体を表すとは良くいったものである。
そんなことを上の空に考えていると、リサが大きくため息を吐いた。
「ホントに……死ぬほど緊張しっぱなしだったわ。……結局ストレスで寝れなかったし……。それで、あんたは?」
「我はいつも通り眠っていないぞ。疲れならば無い」
「いや、そうじゃなくて……ほら、地下牢に入れられてたんでしょ? 何かされたりとか……」
拷問のことだろうか。我にはそもそも拷問が意味を為さないのだが……まあいい、そのまま伝えるとしよう。
我は目覚めて両手両足、尻尾と口が押さえられていたことを話し、続けて地下牢で生じたヴァストラとのやり取りを説明した。リサは心配の顔をした後に安心し、続けて緊張の顔になって、最後には呆れ顔になった。なんとも良く変わる顔である。まあ、いつも通りか。
「あんた……本っ当にに変わらないわね。もうなんか、いっそ清々しいわ」
「うむ、そうだろう。お前も見習うと良い」
「絶対に嫌だけど」
……一体なんなのだ、こいつは。我は今更な事を思って、ため息を吐いた。取り敢えず、リサの機嫌はとれたらしい。最初に見た苛立ちは綺麗さっぱりに消えて、どこかすっきりとした印象がある。愚痴を吐くだけ吐いて安堵したらしい。
我はだらんと長椅子に座り、こちらを見るリサに……いつ、話を切り出そうかと考えていた。機嫌が良い今ならば、さらりと言えるだろうか。我は一瞬、どちらを先に言おうかと悩んだ。悩んだが、優先度からしてこちらの方から話すのが良いだろう。ルゥドゥールの侵攻に関しては後々カトラスを交えて話すことになるのだ。
そんなことを脳裏に巡らせた我は、お互いの事情を語り終えたこの一瞬を見計らって、おい、と一つ声をかけた。
「ん?」
「……一つ、話がある」
リサは我の声色から、真面目な話だと察したらしい。長椅子の上で佇まいを正し、我の目を見つめ返してきた。少しだけ眠そうな焦げ茶の瞳に、美しい我の姿が映っている。
……我は昨夜、カトラスに一つ願い事をした。リサについての願い事である。
「リサ……お前は――我が欠片を取り戻すまで、城で待っているがいい」
「……え?」
我は一つ、カトラスにこう言った。
――我が力を取り戻すまで、リサを城に置いてもいいだろうか、と。
カトラスは意味深に笑ってから、良いだろうと言った。そうである。我は、リサを城に置いておくつもりであった。元よりリサは、我の勝手でアルベスタまでやって来た。わざわざすべてを捨てて、慣れぬ北国に来たのである。アルベスタでの生活は、恐らくリサにとってかなりの苦労である。
付け加えて、我の伝手を探す為にリサと共に依頼を受けるというのも、なんだかリサに負担を与えると思った。宿や食事、生活そのものが未知であり、苦労である。そんな苦労に、リサを巻き込むのはなんだか気が引けた。
……そして何より、欠片を取り戻すそのときの話である。リサは、当然弱い。リサは至って平均的というか、冒険者としては下流の実力である。なので当然、ミルドラーゼのように我の帰りを待つことになる。
つまりリサは、我の勝手に巻き込まれ、異国の地で慣れぬ生活と、依頼をこなしながらも、その報酬というか目的に何一つ関与できないのだ。それはあまりにも徒労というやつである。
ならば、我一人でどうにかしようと思ったのだ。幸い、リサは王家にとって恩人である。王女らとも仲が良いし、不安であろうエリーズの側に居てやることもできる。城の中は緊張するであろうが、我が居なければリサの扱いは多少マシになる筈だ。雪の降る城下町よりも、城の中の方が居心地が良いに違いない。
……と、我は懇切丁寧な説明をリサにした。出来るだけ穏便な言葉を選び、説得力を持たせたつもりである。多少、勝手に変な約束はするな、と言われはするだろうが、順当に頷かれるだろうとも思っていた。だが、我が説明をすればするほど、リサは顔に怒気を募らせた。最後まで話終えてしまうと、最初に扉を叩いた時のような、憤懣に満ちた表情である。
我はその表情の理由が分からず、唖然と憤るリサを見ていた。リサは一つため息を吐くと、不機嫌そうな唇を動かしてこう言った。
「あんた……本当に勝手すぎ。何、あたしが城の中に居た方が良いって。あたしが戦えないとか、そういうのならわかる。悔しいけど本当の事だから。でも……それは違うでしょ?」
「……」
「あたしは、あたしの意思であんたに着いていくって決めたの。あたしが決めて、あたしが歩いたの。だから……全然違う」
リサの目は、馬鹿にしないで、と言わんばかりに強い意思を持っていた。そこだけは譲れないと、持ち前の勝ち気さがあった。
「何が良くて、何が悪いかは私が決めるの。あたしは……迷惑じゃないなら、あんたの隣がいい。あたしが苦労するとかそういうのは、あたしに聞いてから言ってよ」
本当に勝手なんだから、とリサは言った。我はただ唖然として、リサを見ていた。リサはしばらく我と視線を合わせ、どうしたのかと思案顔だったが、少しして自分の発言に思い当たったのか、跳び跳ねて口を開いた。
「あ、いや、ちょっと待って、そういう意味じゃないからね? 隣っていうのは一緒ってことだから……うん、そういうこと。変な意味じゃないから」
「……うむ。理解はした」
リサは若干、顔を赤くしていた。だが、我はその言葉を対して気にしていなかった。我はリサの強い瞳に一瞬だけ気圧されたことに気を集中させていた。
まさかこの我がリサを相手に口を止めることになるとは……ああいや、そういった状況自体はあったかもしれぬが、明確に意識したのはこれが初めてである。
黙る我に何を思ったのか、リサは「違うからね?」と念を押して、ため息を吐いた。
「……とにかく、そういうことだから。王様には悪いかもしれないけど、断っておいて」
「……ああ」
ここに来て、我はカトラスの意味深な笑顔を思い出した。……まさかあやつはこれを予想していたというのか? いや、流石にそれは無いだろう。未来予知じみている。
我がそうやって変な考えを鎮めていると、リサがゆっくりと長椅子から立ち上がった。
「……行くのか?」
「うん。あんたに着いていくつもりだってさっき言ったでしょ? だから準備しないと……この格好も、外だと凍えて死んじゃうし」
「……外か」
我もどうにかせねばなるまい。防寒具である程度はどうにかなるが、根本的な解決にはなっていない。きちんとした服を買わねばならんようだ。
思案する我に、リサが、うーん、と背筋を伸ばした後に言った。
「まあ、あんたも準備しといて。多分、組合に行くんでしょ? あたしもあんたも場所知らないんだから、人伝いに探すことになるし……時間かかると思う」
「……組合の後は服を買わねばならんな……雪が降る寒さならば動くことが難しい」
「……お金、足りるかな」
リサは苦笑いになって、ゆっくり部屋の出口へ向かった。宣言通り自分の部屋に帰り、準備をするのだろう。我はその背中を目で追って……無意識に、おい、と呼び止めていた。
「ん?」
「……さっきはすまなかった」
我がそう言うと、別に謝ることじゃ、とリサは苦笑いを浮かべた。その苦笑いに被せるように、我はもう一つ言葉を放った。
「……それと――宜しく頼む」
「え……あぁ、うん……まあ、よろしく」
一応、確認の意味を込めて放った言葉にリサは少しまごついて、よろしくと返してきた。今回も少しばかり面倒が多い。それに付き合わせるにあたって挨拶は必要だろうと思ってのことだったが、変な反応をされてしまった。
リサはそそくさと我の部屋を出て、我はまた一人に戻った。
何か変だったか、と我は一人思案しながら、ゆっくりとベッドから腰を上げる。リサに言われた通り、準備をするとしよう。とはいっても、基本は厚着をするぐらいなものだろうが。
後は……王様に断っておいて、と言われたが、我はどうしたものか分からない。まさかもう一度謁見をするわけにはいかぬだろうし……取り敢えず、リサが王族と言葉を交わした場所を目指すとするか。そこでなければ歩いている騎士か使用人を捕まえて聞けば良いだろう。
それはそれとして……幾分か口にしづらい話題ばかりであるな。
そんな風に思いながら、我はリサに倣って、大きく背筋を伸ばした。
ヴァチェスタはヴァストラに背負われていたとかではなく、布団みたいに馬の上に載せられて、紐で馬に括られていただけです。




