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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第九十話 金色、白い冬を知る。

「カトラス様、どうか落ち着いて下さい!」


「相手は魔王ですぞ!?」


「ハッハッハ……そんなに不味い事か? 魔王ヴァチェスタは我らに嘘をつくこと無く、三年行方知れずの王女を国に連れ帰って、付け加えて言えば、ヴァチェスタという魔王が侵略を行ったという話もない。罰する理由も躊躇う理由もないだろう」


 そういう問題では無いだろうが、と我は内心でそう思った。我が仮に魔王でないとしても、この尻尾が表しているのは魔族であるということだ。魔族である時点で、我らは礼を言い合う関係ではない。先祖から代々に積み重なってきた骸の上で睨み合うべきものなのだ。


 この中にも、先祖を魔族に傷つけられたというものが居る筈だ。ヌトのように怒り狂って剣を抜かないだけ、この場は魔族に優しいと言える。ミルドラーゼのように、狂人呼ばわりされるだけで済むことは無いのだ。


 そう言った事柄を、周りの文官達は言葉を選んで説明していた。我の背中にも幾らか視線が集まる。強い猜疑の視線だとか、沸々とした苛立ちの視線である。そうだ、こういったものが普通なだけで、カトラスや王妃の悠然とした振る舞いがおかしい。


 ああだこうだと諫言を並べる文官達を振り返り様にちらりと見て、我はエリーズの方を見た。エリーズはやはり肩身が狭そうにうつむいていたが、我の視線に気付くと、申し訳なさそうな顔を向けてきた。

 確かに、この状況は幾分か面倒くさい。当然だが、我とカトラスとの謁見にはこうして城の者が揃い踏みになる必要がある。


 何を話すにしても関係のない者が多く控えており、こうして話が途中で止まることもざらにあるはずだ。我は礼だとかそういったものを無視して、さらりと欠片の主について聞いてみようと考えていたので、すこしばかり遠回りになる。


 ……だがまあ、それはどうでもいい。面倒なだけであるからな。我がエリーズを見たのには、別の理由がある。


 ――エリーズはどうして、王城から抜け出したのだろうか。


 我についてや、砂漠に向かうまでの道のりを語った筈のエリーズは、この期に及んで逃避行の理由をカトラスに伝えていないという。確かに気まずさや申し訳無さはあるだろうが、そういった次元の話ではないはずである。


 我は最初、王室が途轍もなく濁っているのかと予想していた。あれほど朗らかに笑うエリーズが、目を伏せて自分を出来損ないだのと言う環境である。相当に王が乱心していて、自分の娘を虐待だのなんだをしているのかと思っていた。母の愛を受けず、ろくに責務も果たせず、出来損ないと揶揄されて……そうして逃避行を決意したのだと。


 故に我は、扉の向こうから聞こえてきた王の声の明るさに、存外驚いていたのだ。そして顔を合わせてみれば……まあ、なんとも童心のある男である。王としての気品も経験もある癖に、その内心には純粋な若さがある。とてもではないが、出来損ないだのと口にする様が予想できない。

 王妃も、第一第三王女も、見た目には対してトゲを感じなかった。もし裏でどうこうしていたとしても、それを見つけたカトラスがどうにかするだろう、という予想がある。カトラスはそういった裏の悪事を許すような男ではないと我は思っているのだ。


 その上、カトラスの目には、エリーズに対する確かな愛があった。王妃も、エリーズの話題になると怜悧な顔を崩して、なんとも人間味のある苦笑を浮かべていた。それを踏まえれば、エリーズは充分に愛されている筈なのだ。


 エリーズにはきっと愛されていて、高貴な血があって、見た目が悪いわけでもなく、権力も金も、そこらの凡百とは比べ物にならないほどにあるはずなのだ。むしろ、ずっとそこに居続けたいと思ったとて、おかしいことではない。

 王族としての責務や義務がどれだけ重いかは理解しているが……それでも我には理解ができなかった。


 余程の理由があるに違いない。それが分からない限りは、奴を軽々しく救うことなど出来ないだろう。掴んだ手はするりと煙に巻かれて、いつもの仮面が顔を出す筈だ。

 いっそ直接に聞いてみるか、と我が思案していると、何やら前方が騒がしくなっていた。


「まあ、良いだろう? 私は彼と腹を割って話がしたいのだ」


「いえいえ、絶対に許されませんぞ! よくお考え下さいカトラス様。魔王と一対一で話し合う等、どれだけの危険があるか――」


 待て、どういうことだ。何故我の話だというのに我を除いて話を進めているのだ。我は雷に打たれたような気分になった。一対一……とは、そういうことか? それならば彼らが止めるのは当たり前である。というか、そういった王の乱心を止めるのは家臣の役目だ。


 だが、そんな彼らの諫言を聞いたカトラスは、噛み締めるように一つ頷いて、「成る程、相分かった」と理解を示す言葉を出した。……が、続けてニッ、と破顔する。我は悪い予感を感じたが、家臣達はその笑顔を見て、嗚呼と天を仰いでしまった。ヴァストラも膝立ちで頭を抱えている。


「――だが、それは彼との話をしない理由にはならないだろう。魔王ヴァチェスタは、『元魔王』だと言った。そしてそれを証明するように、ヴァストラはさらりと彼を捕らえてみせた。そうして彼は、今も両腕を縛られている。危険だとお前達は言うが……正直な話、彼が本当に危険ならば、今頃この場の人間は皆殺しになっているだろう?」


「そ、それは……しかし……その――」


「そう案ずるな。他の国はうるさくなるだろうが、手紙をやり取りしているだけでもう小言を言われているのだ。今更というものだろう?」


 カトラスがそう言うと、文官達は総出で項垂れてしまった。騎士達含む武官達はまだ何か言いたそうであったが、どうしてか口を開かない。エリーズを含む王女達は苦笑いをしており、リサは状況が読めていないのか疑問符が頭の上に乗っている。


 なんとも言えぬ雰囲気が謁見の間には満ちており、我は居心地が非常に悪かった。お前もなんとか言ってくれ、といった視線を背中に受けているのだ。

 どうして我に助けを求めているのかと言いたいが、この状況ではしょうがないと言える。


 そんな空気を、一つの声が――正確には、大きなため息が破った。ため息の主を見れば、カトラスの隣の王妃である。王妃は本日二度目の呆れ顔で、冷静に言葉を紡いだ。


「……皆さん、分かっているでしょうけれど……諦めなさい。この人がこうなったら、(わたくし)でもどうしようもないのですから」


 王妃は呆れ顔で首を左右に振った。その言葉に家臣は諦めるように黙りこくり、カトラスは王妃に笑顔を向けた。


「おお、ザリル。分かってくれるか!」


「……他に選択肢が無いだけですよ」


 随分と夫婦間で温度差があるようだが、カトラスの目には深々と愛情の念があった。それを一身に受ける王妃――ザリルは、はいはい、とでも言いそうな顔で、ゆっくりと玉座から立ち上がった。……本当にこの場から出るつもりか。いや、一対一だとは聞いていたが、流石に王妃は残っていると思っていた。


 ザリルは凛とした表情で玉座から離れ、ちらりと王女たちに目線を送った。その視線ですべてを察したらしい三人は落ち着いた顔色になって、ゆっくりとザリルの後を追う。唯一リサだけが、親鳥を追う小鳥のような形でその後を追って、そんな彼女らの動きに、家臣達はそれぞれ小さくため息を吐いた。


 そして、諦めの表情で玉座に一礼、または敬礼をすると、ピンと背筋を伸ばし、謁見の間を後にしていく。我は唖然としてそれを見ていたが、一人、また一人と入り口の大扉から外へ出ていき、最後にヴァストラが渋い顔をしながら、ゆっくりと扉を閉めた。


 先程までざわざわと人の気配が混じっていた謁見の間は急激に静寂を放ち、左右の曇りガラスはひたすらに夜の闇を映していた。絢爛豪華なシャンデリアは微かにだけ揺れ、部屋の大きさが二、三倍にも広がったように錯覚をしてしまう。


 我はしばらく誰もいない謁見の間で、正面の大扉を見て唖然としていた。場の流れに着いていけなかったのである。まさか本当に王と二人きりになるとは思わず、なおかつそれがあまりにも早い。

 そんな我に、玉座のカトラスは大きく笑った。


「ハッハッハ! うむ、良い家臣を持っていると嬉しいものだ!」


「……その良い家臣達を追い出した奴が言うことか」


「それはそれ、というやつだろう?」


 カトラスの家臣たちや騎士があれだけ我との一対一を止めようとするのは、それだけカトラスが人徳を持っているからに他ならない。彼らは確かにカトラスを慕っており、それ故に止めようとしたのだ。

 ……本当に嫌われていれば、何一つ口に出されないだろう。ああそうかの一言も無しに、冷めた表情で背中を向けるだけだ。


 まあ、そんな家臣らの忠誠も、カトラスの行動の元に打ち消された訳であるが……。


「さてさて……これでようやく、お互い腹を割って話が出来るというものだ。……私と君、互いに聞きたいことがあるだろう?」 


「……うむ」


 我は一つ頷いて、カトラスに向かい合った。……少しばかり、カトラスの雰囲気が変わっている。どことなく真剣というか、それでも飄々とした子供らしさはあるのだが、青い瞳とつり上がった口の端には、獅子を思わせる強かさがあった。

 どうやら、ここからが本番らしい。我としても、『北に何がある』と大勢の前で口にするのは何処か躊躇われた。踏み入った話をするのならば、その他大勢は確かに邪魔である。


 人間のことなので、この天井裏に何人か忍んでいる、というのもありそうだが、見えないものを気にしていてはしょうがない。


 ……とはいえ、本当に大丈夫なのか、という思いが我の中にあった。どうしてこの男はここまで警戒心に薄いのか、そういう疑問があったのだ。

 我は少し黙って、おもむろに口を開いた。


「……一つ、聞くぞ」


「うむ。どんと来るがいい!」


「……どうしてお前は、ここまで我を信じるのだ。元だとしても、我は魔王である。次の瞬間に自分の首が飛ぶとは考えぬのか」


 理由自体は先程聞いたが、なんとも納得がいかない。我の質問を受けたカトラスは、キョトンとした顔になった。肩透かしといった顔である。続けてその顔が笑顔になって、こう答えた。


「確かに、考えられない訳ではない。私は国王なのだから、身を案ずることは大切だ。……だが、先程も言ったであろう? 君に私の首が飛ばせるのなら、いつでもやっているはずだ。私は魔王というものを舐めたことはない。歩くだけで町が消えるようなものだとさえ思っている」


「……」  


「だが、君は違うだろう? こうして大人しくしているのがその証拠だ。私が魔王だとしたら、そもそも港でヴァストラに捕らえられてなどいない」


 ……それは確かである。魔王というのは、本当に人知を越えている。幾ら騎士団が相手とはいえ、先程の面子を相手にする位は訳がない。黙る我に、カトラスは続けて深々と笑った。それは非常に好戦的で、王に似合わぬ戦士の笑みだった。

 それを浮かべたカトラスは、「それに」と言った。


「私は多少、腕に覚えがある。()()()()()()()()()()()()、私が警戒することは無い」


「……どういうことだ?」


「そのままだ。若い頃の私は、腕一本で国を御してきた。騎士団の存在や、若くして未来のあるヴァストラという団長の影響か、よく勘違いをされるが……今、この時をもって、この国で一番強いのは――私だ」


 まあ、あと十年もすればヴァストラに抜かれるだろうがな、とカトラスは呑気に言った。我はかなりの衝撃を受けたが、同時に納得した。カトラスは中々の体躯をしている。肩幅は広く、老いている筈の肉体には確かな筋肉が宿っていた。特に首と腕の筋肉は太く、若かりし頃の豪腕を彷彿とさせる。


 それを見て、その佇まいを見て――我は一つのことを思い出した。嗚呼……我はこいつを知っている。一度会ったことがある。我が復讐に取り付かれ、人を殺す化物となっていた未来で……我は北の国を滅ぼした。あの夢だ。壊れた城の中で黒髪の少女の首を折る夢。


 あのときは気分の悪い夢程度にしか思っていなかったが、あれはこの世界にとっての未来である。我は手当たり次第に人間の国を滅ぼし続け……そうして、このアルベスタをも滅ぼした。そのときに、一際面倒な男が居たのだ。老齢の体の癖をして、我の豪腕に辛うじて抵抗を為した化物のような男が。もし若年(じゃくねん)であれば、どれ程の腕だったか、と印象深く思っていたが……それがカトラスである。


 我は思わぬ衝撃に言葉が出ず、顔色が変わらぬように意識するのでやっとであった。……ああ、見れば見るほどあの夢に似ている。もう一ヶ月も前に見ただけの夢だが、欠片ほどの既視感があるのだ。

 となれば、我が首を折ったあの少女は……恐らく、第三王女とやらだろう。姉達が云々と死ぬ前に言っていた気がする。


 黙る我に何を思ったか、カトラスは自慢げに口を開いた。


「もし人間の王で殴り合いの大会があったのなら、私が一人ずつ殴って優勝だ。もうしばらく戦ってなどいないが、未だ自信はあるぞ」


 ああ、そうだろうな。今から十年後……年にして恐らく五十にも六十にもなる男が、世界最強を欲しいままにする魔王の力に、一瞬でも抵抗し、薄い記憶に爪痕を残したのだ。今のカトラスが人間と殴り合いでもすれば、一撃で頭蓋骨を消し飛ばすくらいは出来るだろう。

 我は、カトラスが腹を割って話したいと言ったときに、武官や騎士がなんとも言えぬ顔をしていた理由を悟った。


 我は笑うカトラスに苦笑をして場を濁す。確認の質問だったのだが、思わぬ反撃を食らうことになった。なんとか衝撃を飲み込もうとする我に、カトラスが機嫌良さそうに口を開く。


「私は君の質問に一つ答えた。……次は、私が質問をしよう」


「……ああ、分かった。好きにするといい」


 少し待ってくれと言うわけにもいかず反射でそう返すと、うむ、とカトラスは言った。続けて、ずっと浮かべていた笑みを少しだけ抑えて、厳かに口を開く。


「魔王ヴァチェスタ。君はこの国に我が娘エリーズを連れ戻した。……だが、それは君の意思による行動では無いという」


「……」


「――では、問おう。ヴァチェスタ、君の目標とは何だ? 君は何故なにゆえ、このアルベスタの地を踏まんとする」


 実に好都合な質問だった。これはむしろ我が次に問おうとしたことに被さっている。我は咳払いをひとつして、カトラスの青い瞳を見た。この期に及んで、その目には恐怖でも疑心でもなく、ひたすらに好奇心があった。

 これは王妃も呆れるだろう、と思いながら、我は答える。


「……我が名はヴァチェスタ。魔王……元魔王である。今は力を失い、そこらの衛兵から逃げおうせることも出来ぬ」


「……」


「カトラス、単刀直入に言おう。我がこの地を踏んだのは……我が失った力、その一片がこの地に眠っているからである」


 我がそう言った瞬間に、カトラスの雰囲気が変わった。顔から笑みが消える。飄々と笑うその顔が無表情になると、それだけで大きな威圧があった。豊かな髭や髪も相まって、まるで獅子のような顔である。それを見て、我は何故カトラスが常に笑顔を見せているのかの一端に、素の顔の恐ろしさがあるのではないか、と思った。それだけの表情である。


 まあ、当然の反応である。取り乱さないほうがおかしい話だ。元魔王である我が力を取り戻したら、という考えと、一体何処にそんな物が眠っているのか、という考えが交錯し、バラバラに弾けて入り混じる。

 カトラスはしばらく黙ってから、ゆっくりと口を開いた。


「……質問に質問を重ねるようで悪いが……一つだけ答えて欲しい」


「……うむ」


「君は何故、力を望む」


 我はどう答えようかと考えたが……そのときには勝手に唇が動いて、答えを綴っていた。


「大切な人を、護るためである」


 完全に無意識で、半ば反射に近い行動である。我の言葉にカトラスは驚き、我自身も驚いていた。ああなんとも、勝手な肉体である。もう少し我の命令を聞いて欲しいものだ。

 カトラスはしばらく唖然とした表情を浮かべてから、右手で目を覆い、小さく笑った。


「ハハハ……成る程。君には大切な人が居るのだな。恐らく命に代えても良いと思えるだけの、そんな存在が」


 我は静かに頷いた。するとカトラスは、続けてこう聞いてきた。


「……それはもしかすると、魔王アインの事ではないか?」


「……」


「……成る程。これは確かに、『魔王的な諸事情』があるのだろうな。入り組んで語るのも難しいのだろう」


 カトラスはしんみりと理解を示した。王族に相応しい察しの良さで、事の複雑さを把握したらしい。二人の魔王、繋がった名前、消えた力、そして護るために力が必要。改めて見れば、事態の複雑さを示す材料は幾らでもある。


 我はしばらく口を開けないでいたが、聞かねばならぬ事がある。これだけは聞きたいことだ。今回の目的というか、目標でもある――欠片の主についての話である。幸いにも、話の流れが良い。さらりと繋げられそうである。


「……一つ、質問をしたい。我が求める力についての質問だ」


「うむ。言うが良い」


「我の力は……そうだな。ここから更に北へ二百か三百キロは離れた場所に、何か目立つものは居ないか? 怪物だの、魔物だのである」


 我が欠片の位置を探りながら適当に言うと、カトラスの体が固まった。続けて渋い顔になり、口をつぐむ。……どうやら、心当たりがあるらしい。それも、この男に渋い顔をさせる何かである。

 カトラスは似合わぬ渋顔で、ゆっくりと口を開いた。


「……魔王ヴァチェスタ。君は、『白狼シラカミ』を知っているか」


「シラカミ……? 聞いたこともないが」


「白い狼と書いてシラカミと読む。……ここから更に北へ向かうと、針葉樹の森に出る。北の海まで続く、広大な森だ。その森にはな、白狼と呼ばれる魔物が出るのだ」


 その森にだけ出る魔物か。……案外普通である。そういった魔物は世界各地に生息しており、流石の我も全てを把握してはいない。北の更に北の、そんな森に出る魔物など知らぬのだ。

 白狼とやらについて知らない我に、カトラスは落ち着いて説明をした。


「白狼を簡単に説明をすると……冬を呼ぶ白い狼だな」


「……冬を呼ぶ?」


「そうだ。白狼は冬を呼ぶ。彼らは魔物として括られているが……実際のところ、狼をかたどった精霊の一種だ。はっきり言えば、生物ではない。彼らは降り積もった雪から生まれ、そこに居るだけで冬を呼ぶ」


 白狼の詳しい生態については、今も良く分かってはいない部分が多い、とカトラスは言った。……冬を呼ぶ魔物か。なんだか漠然とした話ではあるが、それぞれが常に氷の魔法を使っているだけ、と解釈すればいいだろう。

 話を噛み砕く我に、カトラスが続けた。


「白狼は冬を呼ぶ。そしてその力は、白狼の数が増えれば増えるほど増していく。アルベスタは南や東に氷や、冬の産物を輸出しているが……あまりに強い冬が続けば、作物が冷害で潰える」


「……誰かが白狼を狩る必要があるな」


「そうだ。誰かが白狼を狩って、春を呼ばなければならん。だが、白狼は非常に素早く、賢く、そして雪と殆ど見分けがつかない。重装備の騎士ではまともに戦うことが出来ないのだ」


 だから、白狼を狩る為だけに生きる者が居る、とカトラスは言った。その目は何処か遠くを見ており、恐らく北の森と、そこを歩く狩人のことを想像しているのだろう。


「雪に混じり、風より速く動く白狼を討ち、そうして春を呼ぶ者達……彼らの事を私達は、『白伐(しらう)ち』と、そう呼んでいる」


「白伐ち……か」


「白伐ちは、この国の春と冬を司っている訳だ。アルベスタでは、白狼が増えれば冬になって、白狼が減れば春になる。白伐ち達は私達王家と連携し、毎年白狼の数を調整して、春と冬の期間を決めることによって、安定した自給と輸出を産み出している」


 冬は雪に連なる産業を、春は作物や穀物を作り、凶作ならば少しだけ春を伸ばして……と、そんな感じだろう。そう聞けば、白狼という魔物は中々に有用に思える。上手く扱えば、春と冬……つまるところ季節を自由に操る事が出来るのだ。

 そんなことを考えていた我に、カトラスが「だが」と重い声を放った。


「……近年、それが崩れ始めた。冬が段々と続くようになっていき、今年は既に三年前から冬が続いている。その前は二年冬が続いた」


「……白伐ちが足りていないのか?」


「いや、そうではない。数の問題ではない。……白狼の中に、何かが生まれた。歴戦の白伐ち達から巧みに逃げ延び、何年も何十年も息を潜め……証言を照らし合わせれば、百年近い年月を生き延びた大狼……白狼の長が生まれたのだ」


 百年を生きた冬の狼、か。魔物は長く生きればその分力を得る。百年も生き延びた魔物を相手にするのは、いかに熟練した者だろうと人間である以上無理がある。かといって、雪の中に騎士団を派遣するわけにもいかないのだろう。カトラスにとってその白狼は相当に厄介の種であるらしく、故にこそその顔にはシワが寄っていた。


 ……間違いなく、そいつが魔王の欠片を持っているに違いない。だが、気になる点がひとつあった。前に視界を覗いたとき、奴は人の言葉を話していたのだ。言葉を理解するのではなく、使いこなしていた。

 砂漠の亡霊と全く逆に、今回はすさまじく知能の高い相手と戦うことになりそうである。


 考え込む我に、カトラスは憎々しげな言葉を吐いた。


「百年を生きた大狼は強い冬を呼び、かといって白伐ち達も下手に踏み込めば全滅すると言って、春を呼ぶことが出来ない。どれだけ白狼を狩っても、その大狼が百匹分の冬を呼ぶ」


「……」


「君が求めている力は……もしかすれば、その大狼が持っているのかもしれんな」


 ここから北へ進み、更に進んで森に出て、更にその奥、とカトラスは言った。


「……常に吹雪の止まぬ禁足地……『音無(おとなし)雪渓せっけい』に、大狼は潜んでいると言われている。……軒をす巨躯、その上で見逃すほどの白さ、そして狡猾なる知能を持ったその大狼を、白伐ち含め、私達はこう呼んでいる」


――“大白狼オオシラカミ“のルゥドゥール、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そのときに、一際面倒な男が居たのだ。老齢の体の癖をして、我の豪腕に辛うじて抵抗を為した化物のような男が。もし若年じゃくねんであれば、どれ程の腕だったか、と印象深く思っていたが……それがカト…
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