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金塊の夢  作者: 平谷 望
第二章 大好きな貴方に
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第八十九話 魔王、謁見する。

 我は静かにどよめく左右の群衆に見向きもせず、悠々と前に進んだ。両腕が背中で組まれているので、中々歩くのに違和感はあるが、その分は尻尾を左右に振ってバランスを取る。

 我の尻尾や見た目に、ざわざわとした声が連なるが、我はただ一点――玉座に掛ける王を見つめていた。


 一度だけちらりとエリーズの方を見ると、エリーズはやはり心配そうな顔をしており、リサは変わらず青い顔をしていたが、先程に比べればマシな顔色になっていた。

 エリーズの隣に立つ二人の王女は我の視線に微かに笑い、または首を傾げた。見れば見るほど、エリーズに良く似ている女どもである。


 そんなことを思っていると、我の前を歩くヴァストラが玉座の前で立ち止まり、膝を折って臣下の礼を取った。我の背後でも二人の騎士が膝を折る音が聞こえる。


 騎士である三人が膝をつく中、我は憮然と立ち尽くし、玉座の王と向かい合っていた。玉座までの距離は大股で十歩ほどで、遠すぎず近すぎない距離感である。近くで見た王には白い口髭があり、佇まいには自然な威圧感があった。

 そんなことを思っていると、我の右前に跪いていたヴァストラが、左の肩越しにこちらを睨んでいた。大方同じように膝を折れ、ということだろうが……当然、我は跪かない。 


 我は魔王であって、この王の臣下ではないのだ。向こうも王、我も王とあれば、立場は対等である。慇懃にへりくだる理由は無いのだ。そんな我の様子にヴァストラは顔を歪めて、小さく動き出そうとした。

 だが、その仕草に待ったが掛かる。王が声を放ったのだ。


「ヴァストラ、良い。私は気にしていないのだ。お前が動く必要はない」


「……畏まりました」


 ヴァストラは不服そうな顔で顔を伏せた。さしもの奴も、主の命令があれば動けまい。変に口答えをしない辺り、優秀な臣下と言える。ヴァストラを制した王は、続けて我を見、ニヤリと笑った。


「遠路遥々、南の地からようこそ参った。魔王ヴァチェスタ」


「うむ。()()()()地下牢には水の一杯も無い故に、大した歓迎だと思っていたが……」


「ハハハ。港に魔王が出たと言われれば、いくら騎士といえど慎重になろう。そこは理解を汲んで貰いたい」


 まあ、納得はしている、と我は返した。言葉始めに軽く皮肉を飛ばしてはみたが、当然のようにさらりと流された。我と向かい合って尚、その顔には好奇心からくる笑みがあり、一分の怯えや緊張は無い。堂々たるその様には、有象無象との大きな差を感じさせた。


 そんな王は、我の背中に遠慮の無い視線を向ける家臣達をぐるりと眺めてから、さて、と言った。


「相手にばかり名乗らせていては、アルベスタ王の名が廃るというものだ。故に一つ、君に名を名乗らせて貰おう」


 魔王である我を前にして、北の王は堂々と口を開いた。白い髭と髪が僅かに揺れて、頭上の王冠がキラリと光る。


「私の名は――カトラス。北西のアルベスタを統べる国王、カトラス・ノア・アルベスタだ。宜しく頼むぞ、魔王ヴァチェスタ」


 カトラス・ノア・アルベスタ……か。思案する我に向けて、北の王――カトラスは、今にも握手をしてきそうな笑みで名を名乗った。我は内心で、エリーズの本名はエリーズ・ノア・アルベスタということになるのだろうか、と思いながら、「うむ」と適当な返事を返した。


 我の適当な返事に、ヴァストラやリサを含め、カトラスの家臣どもがすこしばかり煩くなったが、カトラスがそっと目線を送っただけで、夜風の音が聞こえるほどに静かになる。 

 そんな静寂の中で、カトラスは「さて」と切り出した。


「まず、最初に一つ確認をしたい」


「……何だ」


「ヴァチェスタ――君は本当に、魔王なのか?」


「……我を疑っている、という訳では無さそうだな」


 我の言葉に、カトラスはすこしばかり肩を竦めた。そうである。この世界には既に、アイン・ディエ・コルベルトという魔王が居る。至天の魔王として、アイン様の名は人間に届いている上、カトラスはアイン様と文通をしているのだ。そこへ我が自分を魔王と宣っても、あまり信頼性が無い。


 その上家名が被っているので、血縁があるのではと思われているのだろうが……これに関しては本当に説明が厄介である。まさか神々と戦って過去に、と諸々を説明するわけにはいかないのだが、ここを省くことは難しい。

 かといって、嘘を吐くのも躊躇われた。なので我は、ありのまま、全てを吐くことにした。普通ならば誤魔化しだの何だのをするが、カトラスという男の人格を鑑みて、我はそう決断したのだ。


「……我は、確かに魔王である。魔王であるが……実のところ、既に力を失っている。いわば元魔王というやつだ。仮に力があれば、地下牢で座り込んでなどいない」


「……元魔王、か……話にも聞いたことがない。以前の魔王はゼウス・アーデンだったと記憶しているが……」


「その辺りについては……正直に言おう。説明が出来ぬ」


 我の言葉に、またもやざわざわと音が生まれた。我の言葉にカトラスは虚を突かれた顔をしており、カトラスの隣に座っていた王妃も興味深そうな顔をしている。

 ざわめきに乗じるように、我は畳み掛けた。


「現在の魔王と家名が同じであること、力を失っていること、そして我がどのような道筋を辿ってここに居るのかについては……説明できぬ。あまりにも荒唐無稽かつ、入り組んだ話なのだ。それでも何とか説明をするのならば……諸事情があった、と言う他無い」


 まるっきり、そのままの事実を我は口にした。ざわめきは広がり、視界の端でリサが頭を抱え、王女の一人が小さく笑った。ヴァストラは先程から肩越しに『正気か』と言わんばかりの眼光を向けてきている。

 ああ、いたって正気である。健常で、明晰だ。これ以外に、我はどう説明したものか分からなかった。故に、これが我にとって全力の回答なのだ。


 我の回答を受けたカトラスは一瞬だけ威風堂々とした雰囲気を崩して――大きく破顔した。声を上げて笑ったのだ。


「ハッハッハ! 成る程成る程。諸事情か。いろいろあったのだな?」


「そうである。魔王的な諸事情があった。そのせいで我は元魔王であるし、家名が現魔王と被っている。それについての証拠も無いので、お前に判断を任せる他に無い」


 我の言葉に、カトラスはしきりに「うむ」と相槌を打った。その顔には笑みがあり、どうにも楽しそうである。我の言葉を聞いたカトラスは、周りのざわめきを正すことなく、「相分かった!」と言った。


「そういうことならば仕方があるまい。私も始めから全てを聞けるとは思っていないからな。人には……おっとすまぬな。魔王といえど、言えぬことの一つや二つあるに違いない」


 どうやら理解を示してくれたようである。そこらの人間に同じことを言えば、間違いなく白い目が帰ってくるだろうが、カトラスはそこらの凡俗とは全く異なる考えを持っている。それがどうにかうまく噛み合ってくれたらしい。

 笑いを一旦収めたカトラスは、続けて口を開いた。


「種族や立場はさておき、私は正直な奴が好きだ。故に、私はお前の正直さと破天荒を好ましいと思っている。――正直な所、私は魔王と謁見すると思うと武者震いがしていた。いくら私でも、色々思うところはあったのだ」


「……それが普通だろう。本来、こうして気安く話す間柄ではないのだ。今がおかしいだけである」


 人と魔族は決して相容れない。互いを憎み、互いを殺し、数百年も前から終わらぬ争いを続けてきた。その結果、最早遺伝子に組み込まれるほどに人への憎悪が積み重なり、ますます両者の距離は開くばかりだ。

 ゼウスやカヌスのように、人間の国を滅ぼした魔王も少なくない……というか大多数がそうである。豪放な性格のカトラスでも、我との謁見は中々に緊張していたのだろう。我からすればそうは見えなかったが、本人が言っているのならばそうなのだ。


 我の言葉にカトラスはしんみりと頷いて、続けて表情を入れ換えた。話を変えるつもりらしい。


「さあ、それはさておき、だ。君が魔王であるとした上で、本来の話をするとしよう。……我が娘、第二王女エリーズ・ノア・アルベスタについての話だ」


 その話題に触れた瞬間、場の空気はどうしてか張り詰めていた。誰も声を出さず、我かエリーズを見ている。エリーズは居心地悪そうに俯いて、エリーズの後ろのリサはあわあわと珍しい慌て顔である。

 エリーズの話題に触れたカトラスの顔は……はっきり言って苦笑いであった。王妃に関してもなんとも言えない顔をしており、そんな二人の顔からは、どこか人間臭さのようなものを感じる。


 状況や話を切り取ると、家出をした娘が帰ってきた時の親と、娘を連れて帰ってきた見知らぬ男である。あまりにも俗というか、国を挙げてどうこうするような問題だとは思えなかった。


 なんとも言えない空気の中で、カトラスが言葉を紡ぐ。


「……我が娘、エリーズは……三年前に忽然と姿を消してしまった。理由は今でも分からない。教えてはくれない。話を聞くと貨物船に乗って坊主……ああいや、エストの膝元まで向かったと言う。私も正直な話をすると、どう口を開いていいものか分からない」


 カトラスは笑い七割の苦笑いをしていた。臣下達は気まずそうに顔を伏せるなりエリーズを見るなりしている。こうやって城に勤めているにも関わらず、エリーズをみすみす家出させてしまった挙げ句に船に乗せてしまい、三年間も発見できていなかったのだから、王に対して気まずいというより申し訳が立たないのだろう。


 エリーズはエリーズで、その心境は計り知れない。どれほど居心地が悪いのだろうか。今すぐにでも逃げ出してしまいたい所であろう。理由を伏せて勝手な家出で王族の責務を放棄した挙げ句、南の都で三年呑気に暮らして、冒険者なんてものにもなっている。その果てには無理な口約束を二つ取り付けて、魔王と船で戻ってきたのだ。


 この場に居る全員が、口を開くのを躊躇っていた。王妃も頭を抱えそうな顔であるし、恐らく第一王女である女は微妙な顔で、第三王女は少しだけ怒った顔をしていた。

 だが、魔王を前にして黙るわけにもいかない。カトラスは苦笑いで続けた。


「……だが、話に聞く限り、君はどうやら悪人では無いらしい。常識外れだが善人で、優しく、愚直で傲慢だが、それを打ち消す程に誠実で真面目な奴だと聞いたし……実際、私も寸分違わず同意見だ」


 我は直ぐ様エリーズを睨んだ。ついでにリサも睨んでおく。馬鹿野郎どもめ。勝手に余計な尾ひれをつけおって……全くもって許せぬ。妙に気恥ずかしい上、いたたまれないではないか。

 我の睨みを受けたエリーズは申し訳なさそうに萎縮して、リサはふいっ、と知らん顔をした。……六割は奴のせいだな。感覚で分かるぞ。


 視線を戻すと、カトラスがクスリと笑った。どこか生暖かい笑みで、我はどうにも気にくわなかった。親目線というか、そんな感じであったのだ。バストロスの言う『孫に接する態度』というのもなんとなく理解できた。

 我は自分でも分かるほど不機嫌な声で言葉を紡ぐ。


「……大分言ってくれるではないか」


「はは、すまんな。……だが、娘としばらく一つ屋根の下で暮らした男が居ると知って、正直私は疑心暗鬼だったぞ。もしやその男のために家出をしたのか、だとか余計なことまで考えてしまって……我ながら馬鹿らしいと思ったな」


 カトラスは恥ずかしそうに笑った。疑心暗鬼云々はさておき、この様子だとエリーズ及びリサの説明はきちんと王に伝わっているらしい。自分がどういった経緯で南に流れ着いたのか、どうやってリサに出会い、三年を生きてきたのか。そして我との出会いや……余計ではあるが、我がどういった存在なのか。


 最初に謁見の間に入ったとき、どうにも拒絶の色が薄いと思っていたが、恐らく二人の説明がうまく伝達したのだろう。我はてっきり、全員がヴァストラのような塩対応を返してくると思っていたので、中々に驚きであった。


 苦笑するカトラスは顔をまたしても入れ換えて、それはさておき、と言った。


「事情は把握した。君が何者で、娘が三年をどう過ごして来たかも……そして恐らく無意識ではあろうとも、娘をこの国に戻してくれる遠因を作ったのが君だということも理解した」


「……こうしてエリーズを連れてくることになったのは、言葉通り本当に偶然のことである。我は何一つ関与していないぞ」


 ああ、分かっている、とカトラスは言った。だが、それに続けて「それでも」と続けた。


「それでも、君が為した事が変わることはない。君は娘を無事にこの国に送り届け、その課程で私が気にかけていたエストの問題をも解決している。間違いなく、謝辞を送るべき功績だ」


「……おい、お前……まさか」


 我は嫌な予感がした。待て、それは流石に不味い。一国の王が我にそれをやってはならない。我の制止を振り切って、カトラスは笑顔で軽く頭を下げた。下げると言っても、王冠が傾かない程度に首を曲げた位でしかない。だが、それでもとんでもないことなのだ。

 一国の王が……正真正銘の魔王に対して頭を下げるなど、あってはならない。既にバストロスに同じことをやられていたが、まさか二度目を犯すことになるとは思わなかった。


 カトラスの行動に家臣が全員固まって、一拍をおいて騒ぎだす。第二第三王女、リサを含めた三人が唖然として、ヴァストラが危うく立ち上がってしまう程に取り乱していた。カトラスの隣の王妃は頭を下げる自らの伴侶に呆れたような顔をすると、まあいつものことか、と慣れたため息を吐いていた。


「……礼を言おう、ヴァチェスタ。……本当に助かった」


「……全くもって馬鹿野郎だな」


 カトラスはすぐに顔をあげたが、そういう問題ではない。何故人間の王というのはどいつもこいつも頭が軽いのだ。普通王族と言えばもう少し頭が重いものだぞ。

 呆れの果てに出た我の言葉に、カトラスは苦笑いと共に言った。


「私は中々、巷で言う『親馬鹿』という奴に近いようでな……娘の事となるとどうにも気張ってしまう。今でさえ、君にどう礼をしたものかと考えてしまっている位だ」


 自分でも自覚はあるようだが、止められていないようである。なんという馬鹿だ。髪色といい性格といい、全くもってエリーズと似通っていない。間違いなくエリーズは王妃に似たのだろうな、と我は思った。


 魔王に礼をしたいだのと言い始めた国王に、本格的に周りが止めに入っているのを傍目で見ながら、我は大きくため息を吐いた。

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